マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
あと、途中でフォントが変わっているところはいつも通り英語のでの会話です。ジブリールが日本語(?)ペラペラになってくれるまでの辛抱です……よろしくお願いします。
あの人の指示でゲーム開発部の人員と行動を共にすることになった。しかも朝からだ。あの人は朝のうちに明日の強行偵察に向けた調整のために各所を周ると言っていたので別行動。午後というか、夕方には合流するらしい。
今日の動きはちゃんと現地語でのコミュニケーションをとれるようになってこいという意味もある。もちろん私も言語能力の向上の必要性に異論はないし、アラタが必要だというのなら、それは必要だ。あのココナというやたらと子供っぽい教官からもらったカードと片言の言語能力しかコミュニケーション手段がないのはまずいというのもわかっているし、昨日の白い車いすの女性との会話も後であの人から説明をもらわないとどうにも理解できなかった。
それでも明日にはゲーム開発部……事故とはいえあの人に機械を投げつけたモモイという子達をつれて強行偵察の実施となる。いろいろな確認は必要だろう。
渡された地図を元にミレニアムサイエンススクールの一室を目指す。先方から指定された時間は10時ちょうど。あまりに早く着くと迷惑だし、遅れるわけにはいかないので、5分前につくように調整する。自衛用の小銃と拳銃を持っていくことをあの人は止めなかったけれど、悲しそうな顔をしていた。ワンタッチでワンポイントとツーポイントを切り替えられるスリングは便利だ。小銃を背負って移動するにはツーポイントの方が使いやすい。弾倉の予備は二つ。薬室は空にしているので30発が3つの90発。本格的な戦闘だと心もとないが、それでも一回戦闘して逃げるには十分な分量だ。こちらの世界ではTITTYと呼ばれるインフォメーション・イルミネーターも携帯している。なにかあればあの人の指揮を受けられる。
「ジブリールちゃん! ぐっどもーにんぐ!」
やたらと訛った挨拶が飛んできて振り返る。桃色のオーバーサイズ気味なジャケットを着たモモイがブンブンと手を振っていた。猫の耳を模したと思うカチューシャというか、イヤーマフというか、ともかくそう言うのが目立つ。あれでちゃんと会話ができるのかと思ってしまうが、できるらしい。異教徒なので被り物はしていない。ミャンマーの時でも同じようなことで戸惑ったものだが、さすがに被り物の有無だけでは動揺しなくなった。……流石に下着の意味をジッパーで破壊した代物を身に着けて服だと言い張る痴女には困ったものだが。
「おはようございます」
さすがに挨拶ぐらいはカードがなくてもわかる。元気いっぱいにモモイがこちらに駆けてくる。すごく元気だ。羨ましいぐらい。
「うんっ! おはようっ! じゃあ、えっと、れっつごー、アワー……? 部室って何て言うんだろう。まあいいや! れっつごー!」
とりあえずブッシツという場所に連れて行ってくれるらしいが、そのブッシツというのが
とはいえ、無邪気が形になったようなモモイのことだから、猟奇殺人みたいな形で物質に還元しようなんて言わないだろうし、万が一のことがあれば小銃でぶん殴って離脱すればいい。キヴォトスは弾丸よりも鈍器で打擲した方がダメージを与えられるおかしい世界だ。メインウェポンを棍棒とか投石具にすることをあの人に提案したら困り切った顔で『検討する』と言っていた。
「ジブリールちゃんはお菓子は好き? って、あー……どぅーゆーらいく……スイーツ? スナック?」
「ハイ。わたしはスイーツが、すき? です。ですが、いまはあさです。おひるのごはんはちかいです……だから、あー」
「おっけーおっけー! お腹すいてないんだね? ユーノットハングリー。アイアンダスタン!」
お腹を叩きながらそんなことをいうモモイ。伝わったようで少しだけ安心する。このあたりのコミュニケーションはなんというか、ミャンマーで戦っていた頃、キャンプハキムというか、そこに送り込む前の教育を行う“
そんなことを考えていたらあるドアの前まで来た。猫のようなロゴマークにGame Development Departmentという看板がかかっている。ゲーム開発部のオフィスらしい。成程、ブッシツというのはオフィスの意味だったか。
「ジブリールちゃん来てくれたよー!」
私の名前を言いながらモモイが部屋に飛び込んでいく。同時にガチャン! と金属質な音がした。
「Welcome to club room, Gibril. えっと、ようこそ、ゲーム開発部の部室へ、ジブリールさん」
モモイの双子の妹だというミドリがそう声をかけてくれた。モモイより英語はできるらしい。少し安心したのもつかの間、
彼女たちは、整理整頓という言葉を知らないのだろうか。いや、それ以前に換気をしっかりするべきだ。おそらく床に座って作業するタイプの部屋で、ラグが複数重ねて置いてあるが、前に天日干ししたのはいつなのだろう。おそらくラグの上で揚げたお菓子かなにかを食べたのだろう。掃除機が見える位置に置いてあるので、掃除機は掛けようとしてくれていたか、掛けたけど甘いか。
壁にはスチールラックが設置されていて、そこにはなにかの機械がある。おそらくあれがゲーム開発部のプロダクトか製造用のマシンなんだろう。それにしてもコードの数が多い。これも全部整理する必要があるだろう。というより、ここ、来客を想定してないのだと思うが、夕方にはここにあの人が来るのか? ここに?
「えっとジブリールちゃん?」
モモイが私の空気が変わったことに気がついたのだろう。どこか引きつった笑みを浮かべて私を見てくる。私はココナから渡されたカードを取り出し、必要な言葉を探す。
「これがひつようです」
Sojiと裏に書かれたカードを突きつけながら私はそう言うことしかできなかった。そうだ、この部屋にはクリーニングと整理整頓が必要だ。ここは女子校らしいし、腕まくりぐらいはしてもいいだろう。
「わたしたちは、ソージ、します。……にげない、モモイ!」
なぜか引き下がろうとしたミドリの肩を掴む。逃げようとしたモモイは反対の手でフードを掴んで引き留める。この小さい部屋ならすぐに終わるだろう。
「なにしてんのあんたら……」
「あっ、もうこの際ユウカでもいいや! 助けて! ジブリールのイングリッシュ掃除戦術に私達のライフが尽きそうなのっ!」
なぜか廊下に私物らしいローテーブルが放り出されていたのでゲーム開発部の部室を覗き込むとモモイが泣きついてきた。この際とか物凄い失礼な扱いをされた気がするがとりあえず状況把握だ。
「あぁ、ユウカ。おはようございます。いえ、もうこんにちはですね。コンイチワ……合っていますか?」
「こん『に』ちは、よ。ジブリール。で、何をしてるの?」
「コンニチワ……コンニチワ。はい、覚えました。そして何をしているかは見て分かりませんか?」
いつもしている赤いスカーフは巻き方を変えたのか、髪を隠したまま鼻から下をきっちり覆ってマスク代わりにしているのが見える。ゴーグルタイプのTITTYまでつけて万全の態勢なこともあり、表情がまともに見えない。
「私が知りたいのは“Why”の方よ。確かに私もこの部室の荒廃具合が気になってはいたけど、なんでジブリールが陣頭指揮をとって掃除って事になってるの? あと、あなたは英語を使わないんじゃなかったの、ジブリールちゃん? 私は、先生からそう聞いてるけど」
そういうと不満そうにプイと横を向くジブリール。いや、そういうところは可愛いけれど、彼女は語学研修生なのだから、その努力はしてもらわないといけない。
「ホコリがおおすぎます。だからそうじはします。イヌワシはやってきます。そうじはそれまでです」
ジブリールは「〇〇は✕✕です」の形で言語を覚えていっているようで、まだ受動態や過去形などは使いこなせていないらしい。それでもまだ4日目、よくやっているように思う。
つまりジブリールの主張としてはこの惨状の部屋に先生を入れたくないらしい。キレイ好きというだけでも好ましい性格だ。
「オーケージブちゃん。で、ゲームしたら出しっぱなし、いつ開けたかわかんないポテトチップスの空袋はころがりっぱなし、下手したら数日前に開けたペットボトルが常温放置されてたこの部室にようやくメスが入ったと」
「流石に偏見! ちゃんと炭酸は飲み切るか冷蔵庫内に入れてるもんっ!」
「お姉ちゃんそれで前お腹壊したもんね……」
粘着テープがついたローラーをラグの上で転がしていたミドリが援護射撃をしてくれた。主犯はモモイか。
「どちらにしても掃除は必要よ。それにもう床に物はなくなってるんだから、あとは定位置決めて仕舞うだけじゃない。すぐよすぐ」
「ユウカには! オタクが! 掃除するのに! どれだけ! ライフを! 削るのか! わからないんだっ!」
「それオタクだからじゃなくてモモイだからでしょ? 体力的にはすぐなんだし、やれば終わるんだからやっちゃいなさいな」
「HPとMPは違う概念なんですー! 体はラクでも心がしんどいんですー!」
そんな言い合いをしている間にもジブリールのテンションはどんどん下がっている。この子、風紀委員的に使うといいのかもしれない。逆にそれ以上のリーダーには向かないだろう。そういう意味では先生はこのジブリールを上手く使っているようだ。
「たなには、たくさんマシンがあります。モモイはこれをオーガナイズしてください」
「オーガナイズ?」
「整理整頓しろってことよ」
ま、頑張りなさい。と言って部屋から離れようとしたらガシッと手を掴まれた。モモイが必死な形相で見上げて来る。
「……なに?」
「一生のおねがい! 掃除はしなくてもいいから、掃除が終わるまででいいからジブリールちゃんの翻訳手伝って! ジブリールちゃんに触っていいものや触り方をレクチャーするのあたしやミドリの言語力じゃ無理っ!」
「なにかあったの?」
「Weeのセーブ中に電源コードぶっこ抜いた!」
「あー……」
先生曰く、ジブリールが電子機器に人並み以上に疎いのは、砂漠とかジャングルとか電力が制限される環境でずっと戦闘を繰り返したせいだと言っていた。確かに電子機器のセーブの概念や、リカバリ、ロールバックの概念などを説明するのは骨が折れるだろう。
「ゲームガールズアドバンスSPとかまで壊されたら、廃部どころの話じゃないから!」
「買い直せばいいじゃないの」
「8コア16スレッドの8Kカスタム機を買い直せと!?」
「それで動かすのは16ビットゲームでしょうが! それに英語ならユズがいるんじゃないの? なんなら私より英語できるでしょあの子、ユズはどうしたのよ」
「人見知りがひどくて別の意味で無理ッ! お願い! 廃部以外なら何でも従うから! 一生のお願い!」
そんなことを言われてもとは思うが、涙目で見上げられると断り切れない。
これじゃあ先生を甘いとか言えないなぁ。
「……いいわ。その代わり、来週の部長会議にはユズを縛ってでも連れてきてもらうわよ」
「わかった!」
「えっ!?」
ミドリが眼を剥いている。哀れユズ。友人に早速売られている。
「じゃあお邪魔するわよ。ジブちゃん。手伝うわ」
「ありがとうございます」
お礼が返ってくるのは悪い気分じゃない。ジブリールにウインクして部屋の角にあるロッカーに手をかける。ベリという音とともに目張りされた薄い金属のドアが開く。
「ということで、ユズ。来週の月曜、会議に出てもらうし、掃除も手伝いなさい」
「……ひゃい」
ロッカーの扉が開いたことで目を白黒させている赤っぽい髪の少女を引っ張り出す。
「なぜそこに人がいますか」
ジブリールがじっとりとした目で私とユズを見ている。ミレニアムサイエンススクールのジャケットを着ているユズだが、あまりにオーバーサイズ過ぎて指の先がちまっと出ているだけに過ぎない。ロッカーという狭い空間にいたせいでわずかに浮いた汗が冷や汗に代わっているのがわかる。ジャケットをつまむとなんだか猫を吊るしている気分になる。ちゃんと食事は食べてるのだろうか。あまりに軽いんだけどこの子。
「この子は花岡ユズ、このゲーム開発部のボスよ」
「なぜボスがロッカーにかくれてますか」
「人見知り……って言葉は知らなそうね。彼女はとてもシャイなの。Extremely shyって言えば通じる?」
「わかります」
ジブリールは口元を覆っていたスカーフをどけてTITTYを外す。ジブリールの綺麗な色の瞳がまっすぐに見つめてくる。
「はじめまして、ユズ、わたしはジブリール、アラタ・ジブリールです」
「えと……あう、……その、花岡、ユズ……です。よろしくお願いします……」
「はい。よろしくおねがいします」
自己紹介を無理やりさせたところでモモイとミドリをじっと見る。
「なんでジブちゃんにユズを紹介してないの?」
「ジブリールちゃんって子が来るよって話したら隠れちゃったし……ガムテープで目張りまでされちゃったし……」
ミドリが目をそらしながらそんなことを言う。モモイが『怪力……』と呟いたのは情けで聞かなかったことにした。内側からガムテープで目張りされたロッカーの一つぐらい突破出来なくてセミナーが務まるものか。
とはいえ、昨日先生にゲームコントローラーが直撃した後のジブリールの様子を見てたらロッカーに目張りしてこもりたくなるのも、理解できないわけではない。先生が目を覚まして冷静さを取り戻すまでのギャップで風邪ひきそうだったけれども。
「あのね、三人とも、アラタ先生もジブリールちゃんも一応ミレニアムサイエンススクールとしては客人で、しっかり対応してくれないと困るの。少なくとも昨日ユズには私から電話したわよね?」
「はい……」
「ユウカ。彼女たちを責める必要はありません」
ジブリールが英語でさらりと割り込んでくる。おそらく今のジブリールの英語についてこられたのはユズと私だけ。モモイとミドリは多分置いてきぼりをくらった。ユズはスピーキングを除く英語のスコアは特待生レベルで高いから聞き取りは抜群なはずだ。
「他人はいわば己自身の映像を見せてくれる鏡のようなものであり、それはまさに『信徒は信徒の鏡となる』と
さらさらと水のように流れ出る修飾の多い英語、知らない単語がいくつかあるが、それでも内容自体は平易だ。
「イヌワシを知らぬものが、イヌワシを焼こうとするという格言にもある通り、抑圧は無知と驕りによって現れるのです。抑圧は物事を解決することはありません。その抑圧は自らを縛る鎖となります。私も、ユウカもそれを石に刻むように胸に抱えるべきでしょう」
「詩的な言い回しね」
「主に詩集からの引用です。私の言葉ではありませんが、ありがとうございます」
ノアが語学研修のカリキュラムを組んでいて苦戦していたというが、これは確かに苦戦するだろう。ものすごく芯のしっかりした子だ。そして詩集というのはおそらく宗教的なもので、そういう教育をしっかり受けているのだ。宗教とは解釈の余地がある分、ニュアンスにこだわる。頭がいい分、苦労するタイプだ。
「えっと……なんて?」
置いてきぼりを喰らっているモモイが首を傾げた。
「人の振り見て我が振り直せって話よ」
「なる、ほど……」
モモイが難しそうな表情をしているが多分わかってない。
「無知と驕りが抑圧と誤解を生みます。私はあなたたちのことを知りたいですよ、ユズ」
「ありがとう……ジブリール、ちゃんって呼んでいいのかな?」
「呼びたいように。あと、モモイやミドリの衛生管理や整理整頓の指導について協力を頼みます」
「ベストは尽くす……けど、どこまでできるか……うぅ」
そう言って詰まるユズに助け船を出すことにした。
「じゃあ、相互理解のためにも後でゲームでも一緒にしなさいな。あんたらの得意分野でしょ、モモイもミドリも」
こくこくと頷いているミドリとなんのことかわかってないモモイがいるが、ユズは笑っている。
「それにジブちゃんは電子機器の扱いについて先生から慣れるよういわれてるんだから」
「はい。もちろん忘れてはいません。掃除が終わったら教わるつもりでいました」
「……だってさモモイ」
「何っ!?」
いきなり名前を呼ばれて文字通りモモイが飛び上がっている。
「掃除が終わったら、ゲームしようねって……」
ユズが翻訳してモモイがぱっと顔を輝かせる。
「4人ならスマシスからかな!」
「あなたはそうじをするべきです! そうじ!」
ジブリールが突っ込んだ。それにユズが笑って、ミドリがため息をついた。……ようやくこれでスタートラインに立っただろうか。全く手のかかる子達だ。
「じゃ、要不要のジャンル分けとカテゴリ分けをしてくわよ。私とジブリールで棚卸しするからモモイとミドリで一次判断とカテゴリ分け。ユズが目録作成しつつ、悩んだものの最終判断。30分もかからないでしょうから、ちゃちゃっとやっちゃいましょう」
実際掃除というか、整理整頓始めるとスムーズに動き始める。みんな真面目な子だから暴走しなければいい子達なのだ。暴走しがちなだけで。
まぁ実際ゲームを始めるとジブリールはユズにコテンパンにされるだろうけれど、今は黙っておくことにした。
ジブリールを書こうとすると結構知識が求められる事に気がついて一人震えてる作者です。そしてゲーム開発部なんもわからん……。
次回 大乱戦スマッシュシスターズ
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