マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
アヤネたち本部からの通信が途絶えたのを確認して、ポイントマンをしているジブリールに侵攻停止のハンドサインを送る。
「先生……?」
気がついていないのは多分ミドリだけ。ユズはすでにグレネードランチャーを手に後方を警戒している。モモイはそわそわと視線を走らせている。うん、
そんなことを考えている場合ではないのだが、それでもそう言う思考が入り込む位には周囲に動きがない。不気味なまでに静まりかえっている。さっきまで工場の駆動音がしていたのにピタリと止んだ。
「ジブリール」
「工場の音が止まりました」
「うん。切れたのは工場と外との通信だけだ。工場内の通信は活きている。先行するLA班を呼びもどし……いや、いったん放置して撤退。警戒を解かずゆっくり下がってきてくれ」
「はい」
ジブリールは前方を確認しながらゆっくりと下がる。そのタイミングでタブレットからのビープ音に心臓が跳ねる。指揮官用のTITTYにアロナのアバターが飛んでくる。
『電子的攻撃を受けました! 一瞬ですがシステムに侵入されちゃいましたごめんなさい! シャーレ本部サーバに飛ばれる前に焼き飛ばしたので問題無いとは思いますが、シッテムの箱の低レベル情報資産をかすめ取られた可能性があります。現在検証中、完了まであと32秒』
右目をウインクするジェスチャーで了承を伝える。
『一次解析、速報値出ます。侵入経路はロジコマの音声認識AIと判明。おそらく工場のノイズに混じるような形で分散型ウイルスが転送されていたんだと思います』
「工場の稼働が止まったのはこちらの防壁で相手側を焼いたからだな。わかった。アロナは解析続行。LAのロジコマは遠隔でシャットダウンしろ」
『シャットダウンは既に実施済です! 再点火するには物理的に見つけないと無理ですが……最終座標だけ回収済です』
さて、問題は指揮車両のコタマやヒマリ達との通信が切れたこと。アヤネが駆けつけているからひどいことにはならないだろうが、多分もうSC班が急行しているはずだ。実質的にアビドス高校のみんなとヴェリタスのアクティブ担当チヒロとマキという体制だが、アヤネ、ちゃんと手綱を握ってくれよ。暴走してそうで怖い。
「なんとかして通信を回復したいね。それにしても工場外との通信が切れたのはなぜだろうね」
「それは多分、電波暗室……だから」
「ユズ、もう一度。それはなんだい?」
確認の意味を兼ねて問いかける。
「えっと……鉛の箱みたいなイメージです……中と外の通信を物理的に封鎖したり、特定のシステムとしか通信できなくするために使います」
「鉛の箱、か……なるほど。もともと工場はそういうことが必要なものを作ってたのかな」
「そこまでは……でも、ロボット市民向けの病院とかだと、そういう造りになってるって、聞きます」
ユズは物知りだ。特定のシステムとしか、というユズの言葉でピンときた。要は検問を設けて物資の流れを制御するものの情報版、ということらしい。そのために電波を通さない鉛の箱みたいなものですっぽり工場を覆って、外部アクセスするには特定のルーターからアクセスしないといけない、という造りらしい。
「となると出入口が封鎖されたな。……入ったところに戻ってユズのランチャーでドアを破って脱出といこう。戻ろうか。……こうなるならジブリールのグレネードランチャー装備も考えた方がよかったかもしれないな。失敗した」
「イヌワシにみえないなら、だれもみえません」
ジブリールがフォローに入ってくれる。進む方向が変わってユズが先頭、ジブリールが最後方でサイドをモモイたち双子に固めてもらう。みんな背が低いのでなんとなく気分は小学校の工場見学だ。
そのタイミングでブツンと何かスイッチが入るような音が響いた。
《ここは制限区域です。認証を実施します》
自動音声。音の出所よりもカメラかセンサを潰したいが場所がわからない。
《ファンクション実行。才羽モモイ、権限エラー、適正ユーザではありません》
「え!? なんで私!?」
モモイの驚いた声。
「アロナ」
『シッテムの箱から漏れたわけじゃないですよ!?』
アロナのアバターが両手をぱたぱたと振りながら抗議するが、だとしたら流出元はどこだ。
《ファンクション実行。才羽ミドリ、権限エラー、適正ユーザではありません》
少なくとも何らかの反応を読み取っているらしい。何らかのタグなどを読み取っているとは考えにくいから手段はおそらく画像認証。つまり、眼が必要だ。
「ジブリール、カメラを探せ」
「はい」
《ファンクション実行。花岡ユズ、権限エラー、適正ユーザではありません》
「ひっ。わたしまで……?」
認証、ということはなんらかのリストと照らし合わせている。おそらく制限区域の立ち入りに必要な権限が付与されているかを確認している。
《ファンクション実行。新田ジブリール、権限エラー、適正ユーザではありません》
「!」
ジブリールが名前を呼ばれたことに驚いている。こうなると流出元は2択だ。シャーレのメインサーバか、ミレニアムサイエンススクールのサーバだ。
《ファンクション実行。
「え? なんか先生だけ対応違くない!?」
モモイが驚いている。僕だけエラーメッセージが違う。
「プライマリキーちょーふくエラーとは……アラタのことでしょうか?」
ジブリールが警戒を継続しつつも聞いてくる。発音がかわいいとか思っている場合ではないし、僕も答えを持ち合わせていない。
「なぜか僕の名前が工場のリストにあったみたいに聞こえるけどね……参ったな。全く覚えがない」
《ファンクション再実行。
「天井中央にカメラがあります。破壊しますか?」
「待て。今の処理が終わるまでは様子を見よう」
ジブリールを止めて考える。認証が通るなら、このままユーザとして承認をもらって堂々と脱出するのが安全そうだ。奥に進むのは避けたいところだが、ここは賭けになってしまう。
《競合データを
「下部?」
「まさか……」
直後にふっと足場が消えた。ドアが開いたと言うより、感覚的には消えた感じだ。胃が浮く感覚がある。
「お姉ちゃん!? 先生!? きゃああああ!」
「アラタ!」
ミドリの悲鳴をバックミュージックにジブリールが飛び込んでくる。落下距離がわからない。可能な限り僕が下になればいいがとジブリールを反射的に上に突き放す。直後に背中が地面にぶつかった。思ったより落下距離は少なかったらしい。直後に衝撃が複数回。顔面に誰かが落ちてきて息が詰まる。とりあえず鼻が折れてないことを祈る。
「……さ、さすがに死ぬかと思った……」
「お姉ちゃん、無事? ユズは……? 先生は?」
「先生はいまミドリが座布団にして」
「ひゃっ!?」
モモイの指摘の直後に顔面の圧迫が解けた。同時にジブリールが体をゆすってくる。大丈夫だからとジェスチャーで示しつつなんとか上体を起こす。奇跡的に骨に影響はないようだ。当たり所がよかったか。
「私たちの下で何をしてるんですか!?」
「いや、私たちのクッションになってくれたんだから文句言っちゃだめだよミドリ」
「えっ、あ……ごめんなさい。てっきりそういう趣味の人なのかと……」
「ミドリ、その発言ももう一度謝っておこうか……」
モモイが妹分に突っ込んでいるさなか、ジブリールは僕の体をペタペタと触っている。頭から首、胴ときている時点でおそらくトリアージのつもりらしい。
「ジブリール、大丈夫だ。ありがとう。怪我はなさそうだ。……モモイとミドリも無事か、ユズはどこだ?」
「み、……皆さん大丈夫ですか……!?」
遥か頭上、といっても5メートルもないだろうがそこからのぞき込んでいるのが見える。あの時、床が抜ける時に飛びのけたらしい。すごいなユズ。目視してから避けたのなら、とてつもない動体視力と反応速度だ。ジブリールよりも素早いんじゃないか。
「みんな無事だ! ユズ。そこから出口に向かえるか? おそらくSC班がそろそろ出入口に来ているはずだ。状況を伝えてロープを持ってきてもらってくれ」
「わ、わかりました……!」
ユズの顔が引っ込む。それを見送ってからため息をつく。
「さて、意味が分からないけど、僕にはなぜか権限が降りて、ここに落とされた訳だけど……工場は僕に何を見せようとしているんだろうね」
そう言いつつきょろきょろと見回そうとしたら視界が真っ暗になった。ジブリールの手のひらが瞼にあたって熱い。
「アラタは見てはいけません」
「どういう意味だいジブリール」
「男性は見るべきではありません」
ジブリールはそれっきりで黙ってしまったので周囲の音だけが頼りだ。少なくともジブリールが両手を小銃から放せる状況ではあるらしい。
「お、女の子……?」
「寝てる……のかな。おーい……へんじがない、ただのしかばねのようだ」
「お姉ちゃん、不謹慎なこと言わないで……と、とりあえず、はだかんぼうはかわいそうだし……服着せてあげないとかな」
「ミドリ、替えの服なんて持ってきたんだ……ってそれ私のパンツじゃん!」
「よく見て。私のだよ。猫ちゃんの表情が違うでしょ。えっと……わ、すごい。肌もしっとりしてる」
「えっ私もちょっと失礼して……あ、ほんとだ、ふわもちしっとり。赤ちゃん肌って多分こんな感じなんだろうね。って、何か書いてない? えー、える、はいふん、あい、えす? アルイズ……あ、アリスって読むのかな」
なるほど、ジブリールが僕の目を隠した理由が分かった。そしてモモイもミドリも僕がいるということを無視しがちなところがある。
「ジブリール、僕は後ろを向いておくから周囲の警戒を頼む。僕がそちらを向いてよくなったら教えてくれ」
「はい」
座ったまま後ろを向くとやっと手が外れた。ジブリールが小銃を持ち直す音がして小走りでモモイたちの方向に走っていく音がする。
「これ、AL-ISじゃなくて、AL-1Sなんじゃない?」
「あー紛らわしい文字入れるのなんか通っぽいけど読みにくいのなんとかならないのかなぁ。あ、ジブリールちゃん! こっち持って! 上着きせちゃおう」
「これをもてばよいのですか」
「そうそう、そんな感じ! せーので背中側通すよ。せーの! じゃあジブリールちゃん前止めてあげて。えっとあとは……ミドリ、ネクタイまで持ってきてるんだ」
「お姉ちゃん、先にスカート!」
なんだか聞くのもいけないような会話になっている気もする。とはいえこういう時にテキパキと動いているモモイはリーダー気質なんだろう。
「で……本当に細いし、軽いし……眠ってるだけみたいな感じだけど……横の機械も置いてあるだけで繋がってないし。この子もロボットなのかなぁ……」
「どうだろう……こんなにわたしたちそっくりなロボット市民も見たことないし……よし。スカートもこれでよし」
「アラタ、こちらに来てもらっても構いません]
そう言われ立ち上がる。ジブリールたちがいる場所の上には天窓のような吹き抜けがあり、そこから太陽光が降ってきている。天井のガラスは健在。衛星写真の段階ではそこは金属製のドーム構造になっていたはずだから、中から開閉できるようになっているらしい。ということは、この変化にSC班が気がついてくれればあそこから脱出になるか。
その天窓からのスポットライトを浴びる場所に少女が一人椅子に寝かされている。この椅子がどう見ても歯医者さんにある椅子なのだが、そこにきっちりとミレニアムの制服っぽい……みんな改造制服が多いせいでどれが正式な制服なのかよく分からないのだ……そんな格好で寝かされている。
「眠ってるよう、というのは確かにそんな感じだね。問題はこの子……いや、この子、でいいのかな」
「トラップの気配はありません」
ジブリールがそう耳打ちしてくれる。警戒というのをそう捉えていたらしい。苦笑いが出そうになってしまったが、たしかに彼女自身がブービートラップの可能性があるよなぁ。どうも浮き足立っている感覚がある。
やたらと長い髪に触れようと手をその子の額のあたりまで伸ばすとピピッと電子音がした。慌てて手を引っ込める。ジブリールが僕に肘打ちをして割り込んで来る。すごく痛いし、たたらを踏むことにこそなるが、それでも被弾するよりはマシだろう。ジブリールの被弾率を下げるためにも僕が下がるのが一番理にかなっている。
《接触許可対象の接近を確認しました。休眠状態を解除します》
直後にその子の頭の上に四角が三つ重なったようなヘイローが浮かんでくる。……なるほど。電源が入ると付く仕様か。そういえば居眠りしているジブリールのヘイローも消えてたし、寝てると消える仕様なんだろう。
ゆっくりと目を開いたその子。青い目が周囲を見回している。
「状況把握、困難……口頭での情報提供を要求します」
なんだか袋から出したてのアンドロイドというイメージがする固いトーンの声が飛んでくる。
「え、説明とか言われても分からないんだけど!?」
「説明が欲しいのはこっちの方、なんだけど……」
慌てているモモイ。どうしようとキョロキョロしているミドリ。ピタリとそのアンドロイドっぽい子に小銃を向けているジブリールと、その背後で脇腹を押さえている僕。そりゃあ状況把握は困難だろう。
「えっと、まずは君の名前と所属を教えて欲しい」
ジブリールの小銃のアッパーレシーバに手を添えて銃を下ろさせつつ、僕が前に出る。どうやら僕がキーになっている可能性が高そうだ。
「回答不可。本機の登録名称・所属等に関する情報が消失状態であることを確認しました。データがありません」
「いきなり撃ってきたりしない……よね?」
この質問はミドリだ。ガラス玉のような目がミドリを向く。
「消極的肯定。接触許可対象への遭遇時において、本機は本機の稼働を不可逆に制限しようとするものでないかぎり、敵対行動の実施を認めません」
「な、なんだか難しい言い方だけど……敵意を向けなければ攻撃をしてこないってことだよね?」
モモイの声にまたその子の目が動く。
「肯定。その解釈で支障ありません」
「接触許可対象とはなんだろう? だれが許可するんだい?」
「回答不能。データがありません。ただし、本機の深層意識における第一反応が発生したものと推定されます」
「その接触許可対象というのには現状誰が含まれると、君は認識しているのかな」
「嚮導者たるアトラハシースとアトラハシースが認めるものと記録されています」
「きょうどうしゃ……」
ジブリールが反応する。
「先生とか指導者とか、そういう意味だね。ここに入る前の自動音声も似たようなことを言っていたし僕の情報をどこかで拾って読み込まれたな。とはいえ、この記憶喪失っぽい子を放置する訳にもいかないし……どうするか」
「じゃ、じゃあつれて行こう!」
モモイがピッと手を上げてそう言っている。
「放っていくわけにも行かないし、ちょっと良いこと思いついちゃった!」
「お姉ちゃんのいいことは大抵悪いことな気がするんだけどなぁ……」
「そこっ! ミドリ! 変なこと言わない! それに置いてくの? この子?」
「う……」
モモイがその子を見ながらそんなことを言っている。
「いや、置いていくのはどうかと思うけど……それにまずはどうやって脱出するかも考えないとだし」
「あぁ、それは多分問題無いけど……」
僕がそう言って上を指さすと同時に天窓が吹き飛んだ。想定以上に派手だが同時に本部との情報回線が復活した。
「先生!」
「ちょっ」
天窓から人が降ってくる。SC班の面々が突入してきた形だがそんなダイナミックエントリーをしてくるとは思わなかった。降ってくるガラスの破片は少なかったがそれでも命綱ナシで飛び降りてきて無傷なシロコとマキは一体何なんだ。多分10メートルくらいあるぞ高低差。
「こちらSC2、先生と合流した。……ん。無事みたい」
《オペラ3。情報連結復旧を確認しました。先生、無事ですね》
飛び込んできたのはアヤネの声だ。
「登場の仕方に驚いたけどね。ユズは? 戦況はどうなってる」
《花岡ユズさんは先ほどチヒロさんと合流しました、内部の状況はある程度連携もらってます。外の戦況としてはさっきからロボット兵が攻撃を開始、ロジコマで消し飛ばしてます。本当は回収用にヘリを回したいんですけど、対空兵器が不明なので陸路で脱出した方が良いと思います》
「分かった。指揮を引き継ぐからデータを回してくれ。脱出は外の戦闘が大体落ち着いてからにしようか。こっちも要回収者が一人増えてしまっているし。落ち着いてから脱出しよう……といってたら、こっちもお客さんみたいだ。ジブリール、マキ、シロコ、戦闘用意」
どうやらここでもう一悶着ありそうだ。ジブリールが安全装置のノブを弾いた。
次回 工場の子
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これからもどうぞよろしくお願いいたします。