マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
ド文系人間が聞きかじりで書いているので、ロボット工学とか人工知能とかの話題は地球基準だと誤っている可能性があります。もしそのような箇所を見つけられた場合は「キヴォトスではこうなんだな」とあきらめてください()
それではよろしくお願いいたします。
「先生といると本当に面白いことが尽きないねぇ」
シャーレ本部ビルの医療ブロック、特別診察室をマジックミラー越しに観察できる控室にウタハとコトリが入ってくる。コトリはいつも通りの恰好で、ジブリールがいると少し不機嫌になっていただろうが、今はゲーム開発部の面々の夜間警護に向けてミレニアムで部屋を借りて休息中のはずだ。
この控室にはアヤネとノノミにもついてきてもらっている。シロコは廊下で警戒するとのこと。アビドスの面々がここまでピリピリする必要は正直ないと思うのだが、それを言うと思いっきり耳をシロコに引っ張られたのでとりあえず今は黙っておくことにしている。本当はアビドスの皆にはちゃんと高校生活と青春を送ってほしいんだけどな。
「急な依頼となってしまって申し訳なかった」
「いいや、さっきの言葉に嘘はないよ。立ち入り禁止区域で発見された正体不明の謎のロボットの解析なんて、心が躍るじゃないか」
そう言ってマジックミラーの向こうにはベッドに座っているアリスと、トリニティ学園の生徒のセリナが何やら話しているのが見える。セリナはホシノの奪還作戦時に伝手ができた救護騎士団の所属で、ホシノの治療などにも噛んでくれた優秀な看護学生だ。今日はホシノの様子の確認などでシャーレに足を運んでくれたようで、快く応援を承諾してもらった。
「……それで、どうだった」
「どうにも『わからない』というのが正確な表現だと思う。わかっているのは彼女にはAL-1Sというシリアルナンバーが与えられていたこと、高度な独立性と自己修復性を持つ義体であること、そしてそのボディに積載されている電脳が既存のどんなニューロモルフィックVLSIよりも高度であるということだけだ」
「ニューロモルフィックVLSI?」
ここまで知識のどこにも引っかからない単語もなかなかない。オウム返しに聞き返すと「説明しましょう!」と声が割り込む。
「ニューロモルフィックとはニューロン、つまり神経を模造して実現するものという意味で用いられます! 神経模倣工学、といった翻訳が妥当です。その実態は生物学的な神経構造をシステム・アーキテクチャとしてとらえ、工学的に再現することでヒトと同じような処理ステップを再現することを目指します。ですから……えとえと」
長くなりそうだと覚悟したようなタイミングでウタハがぐるぐると指を回して『巻きで』と伝えて話を横から奪った。
「で、VLSIっていうのは大規模集積回路のことだ。PCのCPUの実体……といった捉え方でいいかな。要は人の脳を模して作ったコンピュータが積載されている、といったニュアンスだ。……まあロジコマもそうと言えばそうなんだけど、あのAL-1Sに搭載されているプロセッサは比較にならないくらい高度だ」
「それはより人間に近しいロボット、という意味かい?」
「どうだろう。……おそらくだけど、人型である意味があったというよりは、結果的に人型になったという可能性の方が高い気がする。作った人と話せるなら話してみたいね」
ウタハはどこか寂しそうにそう言ってマジックミラーに背を預けるように寄りかかった。
「現代の常識から考えて、消費電力が明らかに低すぎるんだ。まだ
僕と同じように会話に取り残されているアヤネやノノミの方を見る。二人ともぽかんとしている。
「……えっと、結局追い付けてないんだけど、要はミレニアムでもまだ基礎研究が終わってないはずの理論で組み立てられたのがアリス……と捉えたけどそれでいいかい?」
頷いて見せるウタハ。その時にマジックミラーに彼女の服がぶつかったのか軽くこつんという音が鳴る。マジックミラーの向こうのアリスが顔を上げ、鏡を見る。ありえないはずだが、目が合った気がした。
「……自分で言ってて情けないんだけどさ、正直テクニカルな話は僕には追い付けないと思うから、何が革新的で何が課題なのかとかは理解しきれないと思うんだけど、大至急で考えなきゃいけないことが二つある。一つはアリスの処遇、もう一つは第13直轄地の追加調査の有無」
僕がそう言うとウタハは腕を組んだ。
「ウタハ、マイスターとしての君の見立てを聞きたい。AL-1Sというあの子は、市民や生徒として見るべきか、否か」
「……その質問が先生から飛び出すとは思わなかった。先生は優しいから生徒として受け入れるもんだと思ってたよ」
「買いかぶりだし、君たちはあの子を機械としての評価をしているということは、そういう側面もあるんだろう?」
そういうと困ったみたいにウタハが笑う。不安そうにアヤネが僕とウタハをちらちらとみている。その様子がどこかかわいくて、頭に手を乗せて落ち着かせる。最近分かったが、ジブリールに受けがいいこの方法はキヴォトスでも結構通用する。
「最初にも言ったけど『わからない』というのが正確な答え、なんだ。……問題は、ロボットのはずの彼女にヘイローが浮かんでいることでね」
「あ! た、たしかにロボットだとしたら変です……神秘の加護を受けているロボットなんて……」
アヤネが驚いたようにそう声を上げた。そういえばそうだ。アリスは水色というか黄緑色というか、そんな色の長方形が三つ重なるような光の図形を頭の上に浮かべている。一方で街中で見かけるロボットたちにはヘイローがない。……柴関の大将にもないけど、あれはなんなんだろう。
「存在しない。というのが常識だったのに、その反例が出てきてしまった。……高い知性を持っていることが示唆されているけど、彼女の論理モデルというか、中身はまだ白紙に近い」
「……まるで、出荷前のロボットみたいに、か」
ウタハが頷く。
「そしてかなり確度の高い予測として、用途は間違いなく――――――戦闘だと思われる」
その予測におおよそ間違いはないだろうと思う。驚きはなかった。
「つまりは、戦闘用ガイノイド……、か」
「端的に言えばそれが一番近いと思う。表面組織のサンプルは解析中だけど……自己再生能力が異常なほどに高い。多分シャーレのビルの屋上から落ちてもピンピンしてるはず」
ちなみにシャーレのビルは地上52階、地下5階建てだ。超高層ビルの上から落ちても大丈夫というのはにわかには信じがたいが、試してみるには危険すぎるし、必要性も低いだろう。
「マイスターとして、という意味なら実に興味深いし、このままミレニアムで確保しておきたいというのが本音かな。彼女の存在自体が今後のミレニアムの技術力を左右しうる。それに最悪の想像をするならば戦闘用ガイノイドだというのなら、彼女一人で終わりという可能性は考えにくいだろうし、解析は必要だ」
「それがなんで最悪の想像になるんだい?」
「ミサイルならなんとかなるだろう、みたいな戦闘用ロボットが制御システムが不明な状態で徒党を成してやってくるんだ。ミサイル代だけで破産するんじゃないかな」
「なるほど。確かに道理だ」
つまり、アリスが雪崩のように襲ってくる可能性、というのがあるわけだ。そりゃ可能性としてはあるよなぁ。そうなるとアリスをしっかり懐柔しておく、というのは時間稼ぎにはなっても根本的解決になる可能性は低い、だろうか。
「じゃあウタハ、君個人としては?」
「あんなかわいい子ちゃんを備品にしておくのはかわいそうだよ。ということでエンジニア部にちょうだい?」
「アリスの希望次第だね。シャーレや連邦生徒会としての確保が不要だとなれば、ミレニアムに管轄を移すことになるだろう。ただ、あいにくゲーム開発部から先に予約が入ってるよ」
僕がそう言うと、ちぇ、と舌を鳴らす音が聞こえた。
「ヘイローもあるし、表向き生徒としてミレニアムに紛れ込ませること自体は可能だし、ゲーム開発部に一人増えてもばれないと思う。モモイたちもいい子だしね」
「ウタハも面識があるんだね」
「彼女たちの武器のカスタムやゲーム機の改造をしたのはエンジニア部だから。ゲームガールズアドバンスSPの8Kカスタムはうちの傑作でもあるんだ」
たしかゲーム開発部のメインプロダクトはオールドスタイルな16ビットゲームだ。8Kの画素数は本当に必要だったんだろうかとか思うところはあるが、僕が指摘するより先にウタハが話題を戻した。
「多分だけど本当にアリスは何も知らないと思う。何らかの悪意をアリス自身が持っているとは考えにくい、かな」
「それはなぜだろう」
「さっきも同じようなことを言ったと思うんだけども、兵器としても、人間としても、中身がまっさらすぎるんだ」
端的過ぎてまた話を掴み損ねた。もう少しヴェリタスからの講義が進んでからこの会話をしたかった。そう思っていたらコトリが割り込んで来てくれた。
「ハードウェアが高度であることは、ソフトウェアが高度であることの証明とはなりません。それは膨大なリソースを要求するソフトウェアを短時間で処理できることの証明になっても、中で処理しているデータや、その知能の世代が十分に進んでいることはおろか、最適化されたソフトウェアの処理が走っているかなんて証明できません」
「つまり……中身が本当にまだ子ども……みたいなもの。ですか?」
「アヤネちゃんの言い方がわかりやすいね。多分だけど、データを喪ったんじゃない。喪うデータを手にしたことがないんだ。ゼロ歳児の全身義体……というのが一番近い」
「これは学習モデル自体の検証が進んでいないと思われることからも分かります。おそらくは
コトリがまたウタハから巻きを入れられている。
「と、ともかくですね! 元となるデータの量が少ないから語彙や判断基準が曖昧な状態で放置されていたとみるのが妥当です」
「だから先生の胸三寸でアリスが生徒になるか、兵器になるかが決まってくる可能性がある。真っ白なアリスちゃんにどう絵の具を乗せるか、という問題に着地する」
それを聞いて額を押さえた。……確かに僕は子どもたちを戦争に巻き込んできた極悪人だが、神様は僕に少女然とした様子のAL-1Sというロボットを兵器として育てるか、人間として育てるかを選ばせてくれるらしい。神も50口径かロジコマのガトリングで黙ってくれないものか。
僕が子どもの教育に直接関わるとろくな事にならないから、まともな大人に札束を叩き付けてアウトソーシングしたいのだけれど、この世界にいる大人は僕とどっこいどっこいなので委託先が見つからない。連邦生徒会に投げても結局は生徒に責任が回るだけだ。さて、いきなり詰んだぞ。どうしよう。
「あの、先生……?」
ずっと静観していたノノミが心配そうに声を掛けてくれる。
「いや、そうなると最終的にはセミナーと相談になるんだろうけど……シャーレがカバーできる状況を整えつつ、ミレニアムでサポートチームを作って対応していくのがいいのかな」
「ふふん。ジブリールちゃんの後輩が早速できたね?」
ウタハがそう言って茶化してくるので肩をすくめて答えに替えた。
「どちらにしてもアリスの件についてはシャーレが完全に手を引くわけにはいかない状況のように思える。アリスは起動時から僕を嚮導官……つまり、先生として認識していて、工場のセキュリティシステムも僕についての情報を持っていた」
「シャーレとしてはそっちの方がハイリスクでしょうね」
アヤネがそう言ってマジックミラーの方を見た。
「しっかり精査しないといけない状況ですし……ロジコマ無しであそこまでの大軍を相手取るのはシャーレでも結構大変だと思います」
「うん。今回はアビドスのみんながスタンバイしてくれたから何とかなったけど、いなかったら結構苦戦しただろうね」
そう言う意味で、ホシノが猛反発したのは正しかったことになる。リスク管理をしてくれとお小言を言われることになったが、言われるだけの価値があるということだろう。
ウタハが笑みを浮かべている。
「そんなものが第13直轄地に埋まっていたと思うとぞっとしないね」
「まったくだ。……きっかけになったG.Bibleの転送というのも、シャーレシステムへの侵入のことを考えれば十分にありえそうだし、詳細な調査や確認が必要そうだ」
僕の声に反対意見は上がらなかった。それにアヤネが苦笑いだ。
「それはそうなんですが……人員をどうしましょう?」
「そうなんだ。あの規模の戦闘がある可能性があり、あの地区にロジコマを不用意に突っ込むわけにはいかなくなった。そうなると人力で偵察することは必要になる。相手の情報を信じるなら僕には何らかの権限が与えられているから、僕がいればある程度安全に探索が可能だろう」
「ハイリスクであることには変わらないですね……」
アヤネがため息をついて続けた。
「とはいえ、ミレニアムサイエンススクールにおいても喫緊の課題でしょうから、探索隊を再結成して人力で何とかする……っていうのが基本方針でしょうか」
「うん。それでいこう。ただまずはアリスの対応が先、調査が後だ。マンパワー的にもそのほうがいいだろう。……ウタハ、あとここでできそうな調査はなさそうかい?」
「そうだね。……落ち着いたらミレニアム側のラボでもいいんだけど、アリスの武器をなんとか見繕うという名目で機動力とかの確認をしたい、ぐらいかな」
「わかった。……じゃあ、ミレニアムにアリスも連れて戻ろうか。僕も今日はミレニアム側にとどまる。……護衛対象がばらけるのはよくない」
「わかりました。セリカちゃんやホシノ先輩にもミレニアムで待機するように伝えます」
アヤネがすぐに電話対応を始める横で、僕は考える。
今回の件、不自然なことが多すぎる。今晩はいろいろな相手に電話をかけまくらないといけないだろう。誰かが僕にカードを伏せたまま情報を得ようとしているようだ。だが、だれがそのカードを持っているかがわからない。
この状況はミャンマーでレインボー会議という中国にどう軍事的な嫌がらせをするかという会議に出ていたときを思いだす。結局あの会議はそれぞれの利権がぶつかって空中分解した結果、中国の躍進を許してボロボロになった。そうなってから会議の一員だった日本が主体となって僕を100億円で雇い直して戦線を押し戻す羽目になったのだ。
今回の構図はそれにすごく似ているように思う。何者かが僕という火種を第13直轄地に置くことを望んだ。実際そこで今後の扱いによっては殺戮兵器に化けかねないロボットが見つかった。これを僕に見つけさせることで何を得るんだろう。そしてさらに時間をさかのぼれば、何故そんなロボットがあそこで誰の手にも渡らずに放置されていたのだろう。
「……まぁ、これ以外にない、よなぁ」
「? 先生?」
ノノミに聞かれてしまっていて慌ててなんでもないよと言い直す。
「何でもないことはないんじゃないですか? 先生?」
ノノミがそう言いながら近づいてくる。
「私もシロコちゃんも、いつでも動ける状況ですから。指示をください」
「……そこまでがっつかなくていいんだ、ノノミも、シロコも」
ノノミの頭を撫でると顔を赤くしている。うん、ノノミぐらいちゃんと大きい子だと撫でているこっちもどこか気恥ずかしさを覚えてしまう。
「ですが今回の事件はあまりに度を越しています」
「そうだね。……だから、いろいろ確かめるためにも時間が必要だ。……今は耐えてくれ、頼むね」
「……はい」
「いい子だ」
控室を出る。フル装備のシロコに挨拶をしてこれからミレニアムに戻ること、アリスも一緒に連れていくことを伝える。
「さて、いい加減ユウカとかにも連携掛けないとだめだよなぁ……」
モモイが目の敵にしているので言うとこじれそうだが、状況が状況だ。教えないわけにもいかない。気が重たいが仕方がない。ドアを開けるとアリスの無感情な瞳とすぐに目が合った。
「先生」
「やぁ、アリス。検査は大丈夫だったかい?」
「はい。支障ありません」
「それはよかった。 セリナも急に巻き込んでしまって申し訳なかったね」
「いえ! 気にしないでください。アリスちゃん、またお話しましょうね!」
「はい。セリナ」
アリスの前でしゃがんで見上げるようにしてアリスを見る。
多分ここが一つの分水嶺だろう。その引き金を僕が引く。
恨むなら僕を恨めよ、アリス。
「難しいオーダーになるかもしれないけど、アリス、君への願いを伝えるね」
「はい」
「いつか、自らの意思で誰かを守りたいと思えるようになってほしい」
「私の意思という概念が理解不能です」
「そうか。でも君は優秀だ。試行錯誤の果てにきっと見出せると思う。……まずは移動しよう。ゲーム開発部、君が目覚めたとき一緒にいてくれた仲間が待ってる」
アリスの手を取る。ひんやりと冷たい指先に少し驚いた。
次回 電話大会TAKE2
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