マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
前回の更新との温度差で風邪ひきそうですが、最新話、よろしくお願いします。
「えっと……何があったんですか?」
第13直轄地での騒動からおおよそ25時間たった午後2時。今日はジブリールの言語トレーニングのためにココナと会うことになっていたのだが、そのココナが困惑している。僕も頭を抱えるが仕方ない。
連邦生徒会周りの対応もあって午前中は第13直轄地の再調査に関わる調整のためにノノミやアヤネに護衛を頼み、ヴァルキューレ警察学校やらサンクトゥムタワーなどを周っていたせいで、ジブリールたちとの合流がこの教室での現地集合になった。……のだが、先にミレニアムの様子を見ておくべきだったかもしれない。ここにきて別の方向性で大問題が発生中だ。
「僕もここまで適応するとは思ってなかったんだよ……」
「それはジブリールちゃんの語学力の話ですか? それとも、この不思議ちゃんの行動についての話ですか?」
「どちらかと言えば不思議ちゃんの方だね」
「今アリスの話をしましたか!?」
昨日工場で拾った時の機械的で落ち着いた言動はどこに行ったんだろう、と思うぐらいに明るくなっている。明るくなっているのだが、その主犯のゲーム開発部の面々に視線を向けると、三人同時に目を逸らした。仲良しなのはいいことだが、どうすれば
こう、というのは具体的に言えば、教室の戸棚を全部空けて確認しようとしたり、経験値獲得のためと称して初対面のココナに決闘を申し込もうとしたり、それをなだめるとゴールドの獲得も必要なのですね! と謎の納得をしていたりすることを指す。
そもそもがジブリールの言語トレーニングにアリスがついてくる必要もなかったのだが、それでもついてきたのはアリスが『パーティメンバーが離脱するのは危機的状況です!』とゴネたかららしい。その結果、ジブリールの言語トレーニングのために押さえた教室にゲーム開発部全員が勢ぞろいしている。
正直これを『不思議ちゃん』で済ませてくれるココナはすごいと思う。さすが教官、小さい子の扱いは慣れている、ということなのだろう。
「えっと、ジブリール」
「私は昨日は途中から
「ジブリールちゃんそんなご無体な!」
「ゴムタイヤがどうしたというのですか。モモイとミドリがゲームを勧めました。だからモモイとミドリが責任を所有します。違いますか?」
モモイにそうつんと返して目を逸らしたジブリール。彼女の言語能力の向上もアリスと負けず劣らず著しい。ジブリール自身が本当によく頑張ってくれているし、ゲーム開発部のメンバーの支援が大きいのだろう。ミャンマーの頃は部下に怖がられていることの多かったジブリールをポンと懐に迎え入れたモモイたちは本当にすごい。
……すごいのだが、感心している場合ではないのも事実だ。
「モモイ。昨日何があったのかを教えてくれ」
目を逸らしたままだらだらと汗を流すモモイ。
「――――――だ」
「だ?」
モモイのヘッドセットまでぷるぷると震えている。
「だってまさかここまでゲーム準拠になるなんて思わないじゃん!」
一気にそう言いながら僕の方に勢いでやってきてそう抗議してくる。ため息をついたのはミドリだ。
「お姉ちゃんが調子に乗って癖が強いゲームばっかりリストアップするから……」
「ちょ、ミドリ! ファントムバスターズを癖が強いと申すか!?」
「映画のロゴがマップを徘徊したりエンディングロールすらまともに流れないのに癖がないわけないでしょ」
「それを言うならドラゴンズフォグをオススメしたミドリも同罪だよね!」
「なんで!? なめらかなアニメーションを実装した当時最先端の革新的アクションゲームなのに!」
「その革新的なグラフィック処理でラグいのに1フレでミスったら即死するクソゲーじゃん!」
「ふ、ふたりともおちついてぇ……!」
いきなり姉妹喧嘩が始まった。ユズが止めようとアワアワしている。
「緊急バトル開始ですか?」
「開始しないから。アリス、いろいろこれから勉強していこうな」
「? はい! 経験値を効率よく回収できるように! アリス、頑張ります!」
なんとかアリスを言いくるめられないかと思案している間にも姉妹喧嘩が続いているので止めることにした。
「はいはい、喧嘩しない。……つまり、アリスはゲームを頑張ったんだね。どれぐらいやったんだい?」
「はい! アリスは20時間28分43秒プレイして、10タイトルをクリアしました!」
モモイたちへの質問だったが、それより先にアリス本人から答えが返ってきた。
「それは
「もちろんネットです! カセットの入れ替えなどは含んでません」
つまり、昨日の夕方ゲーム開発部の部室に到着し、テイルズ・サガ・クロニクルを皮切りにノンストップでプレイし続けたことになる。さすがロボット、休憩なしの長時間の稼働が前提となっているのだろう。見た目が人間に近すぎて僕も調子が狂う。
「なるほど、頑張ったんだね。……とっていいアクションととっちゃいけないアクションについてのインプットを急がないといけないけど……ココナ、これからどうすればいいと思う?」
「ダメなことをしたら、ダメなんだとその場で都度注意していくしかないと思います。あと何かできるとしたら、ゲーム以外の世界にもちゃんと触れる機会を確保するぐらいじゃないかと……」
困り顔のココナがそう言って僕を見てくる。まぁそうなるよね。うん。わかってはいたけど、すべてを解決できるような方法はなさそうだ。学問に王道なし、というのはこういうことか。
「わかった。機会の方はなんとか考えてみるとして……うん、注意の方はゲーム開発部のみんなも含めて対応していかないといけないね」
そう言うとモモイがきらきらとした目で僕のことを見てくる。
「じゃ、じゃあ先生はアリスちゃんがゲーム開発部にいてもいいって思ってくれてるってことだよね!?」
「条件付きでね」
「……条件って、なんですか?」
ミドリが会話に入ってくる。ジブリールは拗ねたままだが、それでも、聞いてくれているだろう。
「うん。その条件について相談する前に、まずアリスと相談しないといけない。……アリス、質問してもいいかい?」
「はい! アリスに答えられることならなんでも答えます」
僕の方を笑顔で見てくるアリス。この半日ぐらいで本当に表情が増えた。
「僕とジブリールは連邦捜査部“シャーレ”という組織に所属しているんだけど、アリスの力を借りる時が、おそらくいつかやってくる。その日に備えて、アリスをシャーレのメンバーとして迎え入れたいと思っている。どうだろう?」
そう言うとジブリールの目線がやっと僕に向いた。
「つまり、先生のパーティにアリスも参加する。ということですか?」
「その認識で構わない」
そういうとアリスは真剣な顔になって何かを考えている様子。ちらりとモモイを見た。
「先生のパーティに所属したらアリスはどうなりますか? アリスは今のパーティを抜けたくはありません」
「うん。そこについてはモモイたちとも相談になる。アリスにもわかりやすい話にすると……そうだね、RPGにたとえようか。アリス、今からするのは『たとえ話』だ。抽象化された話題になるから完全なイコールにはならない。そこは理解しておくように」
そう前置きして頭の中を整理する。
「ゲーム開発部はミレニアムサイエンススクールという組織に属している。これはユズをリーダーにするゲーム開発部というパーティがミレニアムというギルドに所属しているとも表現できる。ここまではいいかい?」
「はい!」
「じゃあ次だ。シャーレというパーティは、それぞれのギルドに登録する冒険者をシャーレに引き抜いて併任させることができるという契約をギルドマスターと結んでいる。だからシャーレ所属の冒険者は、もともとのパーティを抜けることなく、シャーレとして活動できるようになる」
そういうとピンときたようで、アリスは頷いていた。
「つまり、アリスが先生のパーティに入っても、モモイたちと一緒にいていいのですね」
「その通り。だけど状況によってはモモイたちの活動より、シャーレの活動を優先してもらう時があるかもしれない。……そうだね、緊急クエストみたいなものだと思ってほしい」
「薬草採取を頼まれていても、ドラゴンが現れたら討伐しないといけないのと同じことですね!」
完全に王道ファンタジー路線だが、理解としてはあっている。これは結構根深いところまでゲームがしみ込んでるな。
「そういう感じだ。そこで、アリスと僕は取引をしたい。ミレニアムというギルドに所属することを認める代わりに、シャーレにも所属してほしい」
「待って!」
割り込んできたのはモモイ。うん、このタイミングで誰かが止めに入るのは予想していた。
「それって、シャーレへの所属を認めない限り、ゲーム部だけじゃなくてミレニアムにいられないってことじゃん!」
「そうだ。昨日アリスたちがゲームをしている間に、僕もいろいろ調べてみた。……その結果として、シャーレとして、アリスを手放しでミレニアムに預けることはできない、という結論を得た」
それを聞いたユズがごくりと唾をのんだ。
「それは……どういう意味、ですか?」
「昨日の検査でアリスには現時点で説明のつかない高度な技術が用いられていることがわかっている。アリスが何のために生み出されたのかも不明だし、その状況で複数の組織がアリスについて情報を得ようと僕にコンタクトをしてきた」
そう言うと驚いたように僕を見てくるミドリ。
「そんなことが……あ、昨日先生が出ていったのって……」
「うん。その対応をしていたんだ。その結果いろいろ情報を得られたんだけど、結論としてアリスは結構今後も狙われかねない状況だというのがわかった。アリスの身を守るためにも所属を安定させて、何かあった時に反撃できる体制を整える必要があるし、何かあった時のリスクに対応できる戦力を確保する必要がある」
「だから……シャーレが関わるんですね」
「そうだ。ミレニアムにおけるアリスの位置づけについてはセミナーと相談していろいろ考えないといけないところがあるからこれから話を持っていくことになる。だけどアリスはゲーム開発部のみんなと一緒にいたいとさっき言っていたし、そうなるように調整したいと思っている。だけどそれは僕だけでもアリスだけでも無理だ。だからモモイたちにも協力を頼みたい」
「わかった! 協力する!」
「……お姉ちゃん、まだ何をするかも聞いてないよ」
ミドリが手でメガホンを作ってモモイに小声でそう伝えているのが見える。
「アリスはもう仲間だもん。違う?」
「違わないけど、何をするかは聞かないと……」
「ははは、そんなひどい話じゃないよ。実務的な話をするならアリスがシャーレに所属することを認めて、その活動に際して活動の時間の捻出とかそのあたりに協力してほしいというのと、あとは……そうだね、アリスにいろんな世界があることを見せてあげてほしい」
「いろんな、世界……」
アリスが僕の言葉を反芻する。
「アリス、僕たちはいろんなことを学び続けなければならない。それはいつかいろんな世界を開く鍵になる。ゲームにもいろいろな世界があっただろう? この世界はたくさんの出来事があって、楽しいこともつらいこともある。それをいろいろな人と、いろいろな形で体験してほしい。そのためにもモモイたちと仲良く過ごせることが、ファーストステップとしてベストだと思っている」
モモイたちゲーム開発部のメンバーを見回して笑って見せた。
「ジブリールをぽんと受け入れてくれた君たちなら、きっとアリスとも上手くやれると信じているし、信じてみたいと思っている。だからちゃんと向き合って、いいことは褒めあって、悪いことはちゃんと指摘して、友達になっていってほしいと思っている。……僕が望むのはそれぐらいだよ」
「要は普通にしてれば問題ないってことだね」
モモイはそう言い切る。このあたりの思い切りの良さは彼女の美徳だろう。
「でもよかったー。先生が認めてくれるって言ってくれて。ヴェリタスへの依頼がパーに……」
「ん? ヴェリタス?」
僕が聞き返すと、言いかけた表情のまま固まるモモイ。
「モモイ、何をしたんだい?」
「な、なんのことかな~」
モモイが口をとがらせる。すぴーすぴーと音がするあたり、口笛を吹こうとして失敗したらしい。なんだその漫画でしか見ないごまかし方は。
「仕方ない。チヒロにでも聞いて――――――」
――――――みるよ。という前に部屋の入口の引き戸がスパーンッ!といい音を立ててスライドした。その音にココナが飛び上がるように驚き、実際ユズは飛び上がって反射でミドリの影に隠れていた。ジブリールが文字通り机を飛び越え僕の前に割り込んだ。
「やっぱりここにいた! モモイ!」
「げっ! 『冷酷な算術使い』ユウカ!」
「勝手にあだなをつけるな! ……で、物証もここにある、と」
そう言ってアリスの方を一瞥してからユウカは腰に手を当てた。
「モモイ、マキに頼んで生徒名簿を改竄させたでしょ!」
開けっ放しのドアの向こうにたんこぶを作ったマキが顔を出し、手を合わせているのが見える。
「……やぁユウカ。ちょうど僕も今その話をモモイとしようとしていたところなんだ。どういう状況か教えてくれるかい?」
「先生の差し金じゃないでしょうね」
「ハッキングという手段とかいろいろ気になることがあってね」
じっとりと睨んでくるユウカに肩をすくめて見せると、小さくため息で答えが返ってきた。
「……ミレニアムのサーバ更新でデータ不整合が検出されました。確認したところ、天童アリスさんという生徒がいきなり沸いて出て、ゲーム開発部所属ということになっているのが確認されたのが38分前。正常な手続き書類じゃないことが発覚したのが31分前。……で、マキから
そこまで言って、モモイを睨むユウカ。たんこぶは任意か、と思うとなんというかげっそりするがモモイも僕が忙しい裏で暗躍していたらしい。
「ゲーム開発部の存続条件は、ミレニアムに所属する生徒を一人以上部員として新規加入させるか、何らかのコンペティションで一定以上の成績をおさめること。……だからって正規の手続きを踏まずに所属をさせることは認められないわ。天童アリスさんがどのような出自であれ、ミレニアムの生徒として認められるには、その資格は正式な手続きを経て精査されなければいけないの。そこに例外は認められないわ。それがたとえヒマリ先輩やリオ会長が関わるようなものであってもね」
そう言われ言い返すための言葉を探して唸っているモモイ。ユウカのかざしている理論は正論だし、不正にデータを差し込んでいたのなら、それはそれで大問題だ。モモイは昨日の騒動が「データが不正にやり取りされていることがどれだけの問題を生むか」というところから端を発しているというのに気が付かなかったみたいだ。
「なるほど……僕がセミナーに話を持っていく前に動いちゃった感じか」
そう言うとギロリとユウカに睨まれた。
「で、最初の質問に戻ります。先生の差し金ですか?」
「いや。そこまでの共有はしていない。ただ、あの工場で保護したアリスの扱いについては、ミレニアムに何らかの形で籍を置いてもらう形で調整中だ」
「それは生徒としてだって意味だとは知らなかったんですけど」
「方法含めて検討中だったからね。……この件については連邦生徒会も興味を持っている。連邦生徒会側にイニシアティブを握られる前に決着させたいのもあって、ヒマリなどと対応を急いでいた」
「……つまり、今日はモモイがやらかしましたが、そうじゃなくても今晩とか明日とかにモモイと同じことを先生がやらかす可能性があった、と?」
どんどんユウカに青筋が浮かんでいく。僕に対する風当たりが悪くなるが仕方ない。
「もちろんアリスの扱いについてハッキングでシャーレが無理やり仕込んだ、というのがミレニアムの助けになるなら、そうなるね。もちろんそのあたりを事前にユウカやノアにも相談するつもりでいたんだけど、まずかったかい?」
「まずいに決まってるでしょう!? アリスさんに入学に値する価値があるのか証明がされていないでしょう。生徒になるには資格が必要です」
「では、アリスはそれを証明しましょう」
いきなりアリスが会話に割り込んだ。皆の視線がアリスに集中する。
「『冷酷な算術使い』ユウカ! ゲーム開発部の勇者アリスはあなたに決闘を申し込みます!」
あぁ、指導が間に合わなかったと僕とココナが同時に頭を抱えた。
「……いいわ」
「えっ!?」
待て待て、正式な手続きはどうした。
「あなたの実力、証明してみせなさい。そんな啖呵を切ったんだからせいぜいあがいて見せなさいよ」
ユウカが鼻で笑って続けた。売り言葉に買い言葉で急に恐ろしいことになってきた。
「エンジニア部に試験フィールドを空けてもらいましょう。予測以上の結果を出せることを期待してるわ」
予想外すぎて反応ができない。いったいユウカは何をさせる気なんだろう。
次回 Q.ロマン砲を振り回すのに、生徒は何人必要か?
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