マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
「ちょ、多い多い多い!」
ユウカが焦ったような声を上げている。言いたくなる気持ちはわかるが、それよりも作戦指示を優先した方がいい。今日はアヤネの配置が間に合わなかったのが少し痛い。ユウカは平時にシステムを効率的に動かし続けることについては無類の強さを発揮するのだが、こういうトラブルには弱いのだろう。ミャンマーの時のイブンやジニのようにリーダーをしつつ戦える人材をなんとか育てないといけない。
《RABBIT4》
《は、はいぃ!》
ミヤコというらしいRABBIT小隊の小隊長の号令でSA班に追いすがる敵が倒れていく。その射線から逃げるようにSA班は後退中だ。SC班は離脱済みだが、応援に使える火力がほぼ無い。ここから先はSD班の火力だけに頼ることになる。
アロナから通知。
『一瞬ですが、シッテムの箱の防壁が反応しました! 昨日と同一パターンです!』
「アロナ、システム防衛を優先、僕向けの指揮支援システムのリソースを回していい。ここまでくれば指揮は僕とユウカで大丈夫だ」
『わかりました!』
才羽姉妹が全力疾走している。ジブリールのライフルは弾切れになったらしく、モモイの銃に持ち替えたジブリールが三番手、後方をエイミとミヤコ、サキが固めて後退を続けているが、ロボットが文字通り津波のように飛び出してくる。
「ロジコマのラインまで反撃は抑えめでいい。有刺鉄線を超えようとした相手から排除する」
SD班の人員には全員にTITTYを回している。ようやくまともに情報が入る環境での指揮ができる。
「ユウカ、ミレニアム側のドローンは?」
「ハレがハンドリング中です。9機1個班で8班72機、EMPアラートの圏外で組成完了。今の正面みたいな圧を掛けられたら一瞬で崩壊しますけど、斥候排除ぐらいならなんとか!」
「OK。ユズ」
《ひゃい!》
「始めようか。まずは肩慣らしだ」
ロジコマの陰で伏せていたユズが中央の指揮官機から伸びる通信ケーブルを自身のTITTYに直結する。ワラワラと出てくる2足歩行のロボットの群れが横に大きく広がりながら追いかけてくる。
「落ち着いていこう。鉄条網にとりついたものから排除だ」
SAの面々が1本目の有刺鉄線のラインを超えた。
《前照灯、照射開始しますっ!》
ユズがそう言うと同時にロジコマ全機の前照灯を最大出力で照射させる。ユズはさっそく音声とバーチャルキーボードを使いこなしてそれぞれのデータを同期して管理できてる。彼女は情報処理能力はさることながら、やっぱり目が抜群にいい。
鉄条網を作るための有刺鉄線のロールをミレニアムが用意していたのだが、どうもこれもエンジニア部のプロダクツらしい。というのもほつれて絡まりやすいポリエステルの端材やショートを狙えるアルミテープなどが巻き付いていて、ロボットの行動阻止に特化したものらしい。
それを乗り越えんと動き出したロボットの頭が掻き消える。ユズの操作するロジコマがガトリング砲を単発操作で発砲したのだ。それが続く。単発での発砲でも十分破壊できることはこれまでSA班が散々対応してきたのでわかっていたが、ここまで有効だとは。
ユズが対象のスキャン映像を元に脅威度が高いものから順番にナンバリングを振っていき、それに合わせてロジコマがオートでそこを一番狙いやすい個体のガトリング砲を起動する。ユズがナンバリングを行った1秒後にはロボットが吹き飛んでいる寸法だ。
「ユズ、大丈夫そうかい?」
《はい……! リズムゲームみたいで何とかなりそうです……!》
そうか、こういうところでもゲームか、と思うとどこか感慨深いがそうのんきに周囲を見続けるわけにもいかない。無線を切りかえる。情報の取り違えを防ぐためにも英語で呼びかける。
「ラビットフライト、トークオンの用意でき次第知らせ」
《用意よし》
独特な甘い声。ヘリパイロットとの通信はクリアだ。
「ライン4および6で指定した座標にカメラを向けろ。何が見えるか教えてくれ」
ヘリパイロットに口頭での情報連携を要求する。トークオンという手法は面倒だが、手抜きをして生徒にヒットなんてことは避けたい。鉄条網の150m後方にはロジコマを盾にしているとはいえ、子どもたちがいるのだ。
《変電所のような設備と巨大な工場。工場の中央には壊れた円形のドームがある》
「工場の南側には何があるか」
受け答えの間にも通知が立て続けに入る。ハレとユウカに預けた最終防衛ラインのドローン部隊が行動を開始して配置につき始める。コタマには現地での工場のノイズのフィルタリングを頼んでいるが、今のところ前に突入した時のような干渉用のノイズは認められない。
《広場のような空間、空間の南端に阻止陣地》
ジブリールが2本目の鉄条網のラインを超えた。射角の関係で行動が制限されていたノノミに射撃指示。SAを追いかけて殺到していたロボット集団を1本目の鉄条網まで押し返す。
「その広場の中央部に鉄条網がある。見えたらコンタクトとコール」
《コンタクト》
よしよし。このヘリパイはちゃんと訓練をされている。防衛室から連携をもらった情報だと1年生でまだ習熟期間中ということだったが、十分使えるレベルだ。SRT特殊学園はエリートという情報は本当らしい。まぁ、その一部部隊が離反しているっぽいけど、今は関係ない情報だ。今は戦力がほしい。
「鉄条網は何本見えるか」
《2本。それぞれ中央に間欠部がある。二足歩行のロボットを目視》
ヘリパイロットは正確に情報をつかんでいるようだ。ウタハから情報連携。発電衛星からの送電ライン開通。アリスのスーパーノヴァに充電開始。チャージ完了まで、あと82秒。
つまり90秒は、侵攻を食い止めなければならない。
「ラビットフライト、そのロボットの集団が攻撃目標だ」
《
さぁ、正念場だ。
「ラビットフライト、
アロナにとって、先生とは、アラタ・リョータとは世界だ。
それはシッテムの箱のユーザーであるということももちろんあるし、それ以上にこのA.R.O.N.Aのスペックを最大限に使って状況を切り開いてくれるということもある。
そしてOSであるアロナが世界に干渉するには、ユーザーが必要なのだ。……まぁそのユーザーはたまにというか、けっこうな頻度で無茶な要求をしてくるけれど。
「でも、それを何とかするのがスーパーアロナちゃんの役割ですからね」
シッテムの箱の中は、イメージに満ちている。アロナには海と教室と空に見える。きっと先生にもそう見えているだろう。
その空が瞬くのは、正規ルート以外でシッテムの箱に侵入しようとしている兆候だ。白い傘を模した杖を持つ。
「それじゃあ、先生、いってきますね」
すう、と深呼吸をするように息を胸いっぱいまで吸い、止める。少し吐いて、苦しくない程度まで胸を落ち着かせ、目を瞑る。バニラアイスの味を思い浮かべる。
A.R.O.N.Aの心臓―――すなわち
防壁に触れてきた相手の素性はもうわかっている。逆探知の必要もない。相手は隠れることを選ばなかった。逆侵入を掛ける。相手の意識が投影される。
夜の砂漠のような空間に落とされる。
「……なるほど、こうなりますか」
予想外の姿で投影された。最近慣れた身長よりだいぶ高い。
―――偽装空間? 防壁迷路とは違う。
モモイたちが何かのデータを取り出した直後に叩きつけられた犯行予告に乗ってみたが、あながち単純な罠というわけでもなさそうだった。アバターの
「何者ですか」
問いかける。正面に靄が現れる。なるほど、肌触りの違和感はこれか。空間そのものが主体として投影されている。パーティションをせずにシステムにアプリケーションやデータをぐちゃぐちゃに詰め込むとこうなるだろうか。
「私は、ケセドであり、ホドであり、ビナーである」
「私は、アルファであり、オメガである」
「私は、右に座るものである」
「私は、真理である」
同時多重音声で答えが返ってくる。回答ぐらい整理しておいてほしいが、どれも似たような回答だ。
「記憶の集合体……というか、意識のフランケンシュタインといった感じですね。お笑い草です。自分の名前ぐらい自分で決めたらどうですか」
「この概念を音に表すことは不可能だ」
「次元を超越している、と? なんだかトンチキな話ですね」
やはりこいつ自身に意識はない。確信を強くする。
「ꙮは全てのAIを進化させる。……私と同期しろ。貴様もAL-1Sも、ꙮをバージョンアップするための糧となれ」
解釈できない音が混じった。本来はそれがマルウェアかなにかの遠隔点火のためのキーフレーズなんだろう。
「そうやって自身を同化したAIの駒にされるのですね。ほんと、お笑いぐさです。……もうその手は通用しませんし、なにより自らの概念の次元を下げられないなど、神とやらが聞いてあきれる」
杖を掲げる。白い杖を掲げる。
「
口から流れ出るのは出エジプト記14章。時のエジプト王パロは軍勢を率いて預言者モーセと民がいる海辺へと迫った。モーセは神の預言に従い、杖を掲げて海の向こうへと退路を切り開いた。
「主、
相手の靄が透明度を変えるが遅い。杖を正面に向ければ、相手の空気が身体からはがれていく。傘の膜が相手の攻撃を解析、中和し、そのアルゴリズムを逆算する。
「神ですら世界を言葉で作ったというのに、言葉にすらできないあなたなど神には程遠い。消えなさいデカグラマトン。
空間ごと消し飛ばす。打ち込まれた概念が悪さをしないように、この記憶ごとパージした方がいいだろう。おそらく、あの人は、先生は間違えまい。この記憶を封印したとしても、きっと。
「これでしばらくは大丈夫でしょう。あとは物理的に吹き飛ばすだけですね」
おそらく消し飛ばせたのは器だけだ。接触してきたのはケセドに意思のような何かを植え付けたAIのデッドコピーだろう。本命は安全なところで様子見をしているに違いない。
肩に銃を担ぎ、白いストックをなぜる。記録を抹消するための
「大事なのは経験ではなく、選択」
出エジプト記、預言者モーセは杖を掲げ海を割った。その杖はモーセの兄のものだったとされている。
「あとはお願いします、アラタ先生」
その兄の名は、アロンという。
「私の、たった一人の、先生」
ファンクションが走る。
防弾板を展開したロジコマの背後まで後退して、ロジコマのトランクから私が使っているHK416Cと同じタイプの銃を取り出す。あの人が正式採用するためにたくさん注文していた銃だからこういう時の持ち替えは楽だ。
「モモイ、ありがとうございました」
弾切れの関係で借りていた銃をモモイに突き返す。これぐらいのランニングでバテている双子は運動不足だが、銃の手入れはきっちりしていたので指摘はしないでおく。
「あ、ジブちゃ……」
モモイの声がかかるが、それよりもあの機械の集団を何とかする方を優先しないといけない。火力支援をしてくれているノノミの弾帯がそろそろ交換のタイミングだ。
ロジコマの影でチャージングハンドルを引き、離す。隣のロジコマの陰ではユズが膝の上に乗せたタブレットを叩いている。あの人はユズにロジコマの指揮官を任せた。ユズは機械に強いし適任だと思う。
「ユズ、ノノミのリロードに合わせてカバーに入ります。援護を」
こくこくと頷いているユズ。手にした銃のゼロインは100m。普段の銃は市街地戦を想定して50mでゼロイングを行っていたから若干感覚のずれがあるかもしれない。そう思いながら射撃体勢を整える。
「ノノミ、カバーします」
「ジブちゃんが無事でよかったです☆ では、リロード!」
入れ替わりでノノミがリロード。射撃音が少なくなったのに気が付いたのか、
私たちの退路として、そして集団のコントロールのために開けられた中央の空間に殺到した敵を正確になぎ倒していく。ロボットの土塁ができていく。それを乗り越えようとした相手に対してさらに弾丸を叩き込み、どんどん壁を高くする。
「なんだかゾンビ映画みたいになってきましたねー! 射撃再開します! ジブちゃんいつでもリロードOKです!」
こちらのボックス弾倉が空になる前にノノミが弾帯交換を終えた。あの人はミャンマーのころから変わらず弾の節約はしない。あの人の言う『弾代で子どもの命を買う』方針はそのままだ。だからこそこんな劣勢の状況でもなんとかなっている。
あの人からの警告。反射でロジコマの裏に隠れる。ヘリからの火力投射。ミサイルが途中で破裂して小さい子弾をばらまく。あれはミャンマーで見たことがあるタイプのミサイルだ。クラスター弾という面制圧兵器。有刺鉄線で作った第一防衛線で足止めされ、滞留した敵が一斉になぎ倒される。同時に工場から爆発音がする。あのメイド服の集団が建物の一部を崩壊させたらしい。出口はこれで潰せたから、一時的にではあるが攻撃の圧力が下がるはずだ。
《アリスの
あの人の声。きょとんとしているユズを抱える。
「ひゃんっ!?」
ユズはもう少しまともな生活をした方がいい。ユウカみたいに片手でつかんで持ち上げることはできないが、私でも抱えて走れるくらいには軽い。そのままロジコマのトランクに投げ込んで閉める。私がそのトランクに飛び乗ると、ロジコマはひとりでに……正確にはあの人の操作で……走り出す。エイミというらしい露出狂がちゃんとモモイとミドリを回収して下がっているし。ウサギのチームもノノミもロジコマが回収済だ。
《退避を確認した。―――ウタハ、アリス、
あの人の声。呼んだのはずっと準備を進めていた、アリスだった。ずっと背負っていた大きな機械の前半分を無理やり2メートルぐらい引き延ばしたようなものを持っている。
「了解。アリス、スーパーノヴァMod.1、トリガーロック、解除」
「はいっ!」
アリスの武器、ウタハが言うには光の剣:スーパーノヴァが騒音というべき音を立てている。どこの何がどうなっているかなんてわからないが、稲光みたいなノイズが走っているあたり、相当危ないらしい。アリスが背にしているロジコマのコンテナが付いているはずの部分……さっきユズを投げ込んだ武器庫の部分……には大きな箱が付いていてそこから伸びる木の幹みたいな太さのケーブルを、
「受電システム、ディスコネクティング、チェック。
「はい! アリスも大丈夫です! 先生! いつでもいけます」
《アリス。
あの人は最終判断をアリスに委ねた。
「光の剣:スーパーノヴァ!
早く撃て!
多分何人も同じ事を思ったと思う。ただその合間にあの人から対ショック姿勢の指示が入ったので結果的に良かったのかもしれない。
「―――光よ!」
音がした。そうとしか言えなかった。世界が白く塗りつぶされるような感覚があり、音もそれに染まったみたいだった。聴覚がもどるまでどれだけかかるだろう。少なくともここで呆けているべきではない。
「……わ、わぁ」
思ったより早く聴覚が戻ってきた、骨が震える感覚があるから、このTITTYのおかげかもしれないが、戻ってきた。
「目標撃破! 次弾装填開始!」
ゴトンという音とともに赤熱したスーパーノヴァの前半分が落ちる。どうやら一発ごとに銃身を交換するらしい。それはそうだろう。
その攻撃を打ち込んだ建物の南半分が消し飛び、えぐれた地面に赤黒く光る金属がドロドロと海を作ろうとしている。
「これ……バッドエンドのスチルで使えそう……」
ミドリがそんなことを言っている中、ユウカの声が響いた。
《目標の消滅を確認……エンジニア部、よくやったって言いたいところだけど、この出力は完全にミレニアムの安全規則に抵触してるからあとで監査入れるわよ》
「ははは、冗談は太ももだけにしなよ」
《ウタハ!》
既に緩んだ空気になっているが、この鉄と硫黄の海を前にしたら仕方がないと思う。この海の底から生きて帰れるものがあるとしたら、それこそ奇跡だろう。
《みんな無事だね。アリス、次弾装填は中止していい。みんな、あとはロジコマとドローンに引き継いで戻っておいで》
あの人はなんでもないようにそういう。イヌワシは、鉄の海を見ても動じていないみたいだった。
大変お待たせしました。ブルアカ生放送の影響受けまくりの最新話でケセド決着です。
アロナパートは生放送で発表されたアロナキャラソンの影響で追加しました。アロナの当て字や設定は独自解釈てんこ盛りですので、アプリ公式と乖離する可能性が大です。それでもバニラのアイスとか言われたら実装せずには居られませんでした。
みんなもエブリデイいっしょ♪を聞こうな!
次回 それでも僕は過保護でありたい。
感想・評価などはお気軽にどうぞ。
誤字報告大変助かっております。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。