マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
あれから2週間近くがたった。
「こんにちは、先生。……お疲れのように見えますが、しっかりとお休みになられていますか?」
話し合いたいと僕が申し入れると、セミナーの会長執務室を指定された。部屋の主であるリオは他にヒマリを呼んでいたらしく、僕が部屋に入った時にはすでに場はどこか居心地が悪いくらいに冷え込んでいた。いや、ヒマリにも話を持って言った方がいい話題ではあるから、ちょうどいいのだが、会議前に変な意思統一とか図られているとちょっとばかり面倒だ。
とはいえ、それを生徒にぶつけるのは筋ちがいだろうから、労わってくれる言葉を素直に受け取ることにした。
「ありがとう、リオ。実はキヴォトスに来る前と比べてもしっかり睡眠時間を確保できてる。身体的にはかなり楽だ」
「それなら……よいのですが……」
そういってくれたのはヒマリだ。なぜかここでリオがヒマリを目くばせというか、軽くにらんだ。僕でイニシアティブ争いする必要はないと思うんだけど。
「大丈夫、これくらいでへばったりしないさ」
「そうはいっても寝てる間もTITTYをつけっぱなしでしたよね」
今日の会議に護衛役として付いてきてもらっているアヤネがどこか頬を膨らませて僕を見ている。
「それは移動中の仮眠だからね。何かあったらすぐ対応できるようにしているだけだよ」
そう言うもため息をつかれる。別に間違っていることを言っているつもりはないのだが、アヤネはとても心配性だ。彼女はアビドス高校の対策委員会書記としての実力もあるし、セミナーとのコネクションをしっかり作った方がいいと同行を頼んだのだから、アヤネには僕より先に自分自身の心配をしっかりしてほしいと思う。
リオに進められて席につく。2週間前はここで作戦指揮をした。結局その『あとしまつ』にこれだけかかった、ということでもある。
「それで、結局どうなったのでしょう? 今回の第13直轄地の責任でシャーレの予算は削減、というところですか?」
ヒマリはそう言って首を傾げつつ僕に聞いてくる。
「逆だ。ヴァルキューレ警察学校やSRT特殊学園の予算の一部がシャーレ予算に転用されることになる」
「……それはどういう」
リオは事態を飲み込めていないらしい。僕も肩をすくめた。
「予算を渡すことでシャーレの活動をしっかりと監督する大義名分を作ったってことだろう」
「正確には不知火カヤ防衛室長が先生に首輪をつけたがっている……という感じだと思いますが」
アヤネが苦笑いでそんなことを言っている。鐘崎港での一件の後から、彼女はわかりやすく僕たちを取り込もうとしている
「カヤが僕を上手く使ってくれるならそれでもいいんだけどね。ただ、いろいろ考えなきゃいけないこともあるし、そのためにも君たちにも改めて聞きたいことがあって、話し合いの場をセットしてもらった」
そろそろ聞いてもいいだろう。
「第13直轄地に眠る大量破壊兵器の破壊に関する作戦と君たちが位置づけていた
「とりあえずマスターアップ! 間に合った―――!」
モモイが両手を上げて喜んでいます。アリスもそれにならって両手を上げてみます。なんだか仲間と共有できている感じがしてとてもうれしくなります。ミドリもそれに続き、ユズは控えめに両手を掲げています。ジブリールはそれに乗ってきませんでした。彼女は疲れ切って目が赤くなっていたので、今は保冷シートを目に張って冷却しながらスリープ中です。
「まさかのG.Bibleの中身がアレだったときはどうなるかと思ったけど……なんとかなるもんだね」
「結局ジブリールちゃんもここに張り付きになっちゃったけどね……」
ジブリールは一瞬ぴくりと耳を動かしたようですが、気が付かないふりをしてくれているようです。実際にまだジブリールは、アリスがそのシートの上にマジックで目の模様をこっそり書いていることには気が付いていません。
アリス達があの工場から戻った後、なんとか手に入れたG.Bibleを開封してみました。そこにあったのは『ゲームを愛しなさい!』という一言だけで、モモイはそれに絶望していましたが、なんとかここまで行きつくことができました。
ゲームのシステムとイラストとシナリオの同時並行作成で、最初はアリスもジブリールも手持無沙汰だったのですが、テストプレイとデバッグをアリスとジブリールで行うことになり、難易度はジブリールがなんとかクリアできるところで調整という形で対応しました。先生も「ジブリールも協力したいと言っているからね」と言ってくれたので、みんなでデスマーチをしていたのですが、ようやく終わりが来たようです。
「デスマーチ中のモモイ……デスモモイは強敵でしたね……」
「ちょっと! あれはただの深夜テンションじゃん!」
モモイはアリスに向かって腕をぱたつかせながらやってきます、アリスはそれを躱してユズの影へ、ユズを遮蔽物にするとモモイもミドリもたいてい止まってくれるので助かります。
「まぁ、お姉ちゃんのデスモモイより、ジブリールちゃんの方が怖かったけど……」
それでも起きないジブリールの方をちらりと見ながらミドリが言います。クリーチャーのデザインをどうするかという話し合いをしたときに、両手に段ボールで作った包丁の模型を持ったモモイが渾身の変顔で『デスモモイ!』と叫んだのは最高でしたし、それに対してジブリールが『刃物の使い方がなっていません』と真顔で武装解除して逆に瞬殺したのは傑作でした。おかげで包丁を振り回すゴブリンとアサシンが登場することになって突破口になったのでヨシです。
「ジブリールちゃんも頑張ってくれたもんね……アリスちゃんも」
ユズがジブリールの方を見ながら言います。
「えへへ、ユズに撫でられるとなんだかぽかぽかして気持ちいいです」
「あ、ありがとう……ございます」
ユズは照れると敬語になってしまうことがあります。照れているユズもアリスは好きです。
「ジブちゃんは本当にきれいな髪してるよねー。いっつもスカーフで隠してるけど」
うらやましいけどもったいない、とモモイは続けます。鳶色というらしいジブリールの髪は、とてもさらさらしています。さらさらしているのはよくそのスカーフ越しに先生に撫でられているからでしょうか。そのために、手入れをしているのでしょうか。
「まぁそれがジブリールちゃんの信じてる神様の教えらしいけどね。『その神がアラタを私たちの元に遣わしたのです』なんて言われたら何も言えないよ」
はーあ、とため息をつくのはミドリで、ユズもどこか視線を下げています。それを気にせずにモモイは言います。
「神様……かぁ。結局ゲームの神様みたいな人が作ったっていうG.Bibleもあんな一言で終わっちゃったし……神様なんているのかなぁ」
「でもアリスは知っています。きっとその神は乗り越えるべき壁なのです」
「アリス……」
「いつだって勇者の前には乗り越えるべき壁があり、それを乗り越えるためにパーティーを組み、立ち向かってきたのです。時にその壁は魔王であり、ドラゴンであり、神であり。でもそれを乗り越えることこそ、私たちのクエストです」
そう。ゲームはいつだってそうなのだと思うのです。
「そして、乗り越えられない壁などなく、諦めない限りチャレンジできます。今回アリス達はテイルズ・サガ・クロニクル2を完成させるというクエストを完了できました」
「うぅ、アリスちゃんいい子……」
ミドリに撫でられ、モモイにも撫でられ、すごくいい気持ちになります。
「撫でられるのはいい気持ちです」
「まぁ本当に結果が出るのは3日後なんだけど……やれることはやったし、うん、大丈夫な、はず!」
結局、成果を出せなければ廃部という条件は変わらないままです。でもきっと、それでも大丈夫だとアリスは思っています。
なぜなら、先生がついています。その先生は優しくて、抜け目のない先生ですから、もうすでに手を打っているでしょう。そしてそれとは別にアリスには交渉に使える切り札があります。
「きっと大丈夫、ううん。絶対に大丈夫です」
アリスはそう言い切ります。たくさんの感情やロジックをロードしてくれたゲーム部のみんなのためにできること。みんなに降りかかる火の粉を払うためにできることがあると、アリスは学びました。
「……っ!」
「うひゃあ!?」
「ジブリールちゃんっ!?」
そんなことを思っていたらジブリールの上半身がばね仕掛けのように跳ね上がり、目元の冷却シートをべりっと引きはがしています。
「誰か来ます」
髪から落ちていたスカーフを整えて装備品のベルトをさっと腰に巻いたジブリールは拳銃のチェックをしています。それを見て、アリスも耳を澄ましました。
「誰かって……誰?」
「わかりません」
「ゴム底のシューズの音が一つ、訂正、二つしています。アリスのライブラリから参照するに、一つはアスナというメイドのものだと思います」
アリスが聞こえた音をジブリールに伝えると、ジブリールは拳銃をアリスに渡してきました。この狭い部室でスーパーノヴァを振り回すと大変なことになるからです。
「め、メイド部……? なんで……?」
「モモイもミドリも銃を手元に。ユズ、話し合いでダメそうだったら逃げますから、その時は誘導をお願いします」
「わ、わたしが……っ?」
「私はこのあたりの地図に詳しくありません。残りのメンバーで一番指揮官適正が高いのはユズです」
ジブリールは小銃を引き寄せ、チャージングハンドルを引いています。その金属質な音は扉の向こうにも響いたでしょうか。ゴム底の音がドアの前で止まります。
ジブリールはハンドサインでモモイたちを壁際に寄せて射線を開けます。アリスもジブリールにハンドサインを出します。手前もしくは右のターゲットをジブリール、奥もしくは左のターゲットをアリスが担当することで決まり、ジブリールは小銃のストックを軽く担ぐようにコンパクトに構えてドアの方を向きます。
ドアが蹴り破られました。打ち合わせ通りに動きます。
「――――――いい動きだ」
ジブリールに銃を突き付けられた相手がそう答えます。アリスがポイントした先でアスナが笑ってひらひらと手を振っています。
「何者ですか?」
「C&C、コールサインダブルオー、
ジブリールの銃の銃口を爪で弾きながらそういうオレンジ色っぽい髪をしたメイド服の女の子、ネルは目を細めています。ジブリールは銃をローレディの形に戻したので、アリスも銃口を上に向けたハイレディの姿勢に戻ります。
「ふん。そっちの用事が終わるまで待ったんだ。今から3日間は暇なんだろう? ちょっとこっちの確認に付き合ってもらいたい」
「確認?」
イニシアティブを取ろうとしているネルに対して、ジブリールは淡々と言葉を返します。
「
アスナとキルレートが変わらないというのはジブリールのことでしょう、後半はアリスのこと。
「面貸せ。お前らもこの部室ごと吹き飛ばしたくはないんじゃねぇのか?」
「あ! アリスこの展開知ってます! ちびメイド様の告白イベントのスチル解放直前イベントです!」
「わぁあああ!」
慌てた様子のモモイとミドリに口元をふさがれます。なにか間違ったことを言ったでしょうか。
「ふっざけんな! 誰がチビメイド様だぁ!? ぶっ殺されてぇか!?」
「怖っ!?」
モモイが驚いていますが対照的にジトっとした目を向けたのはジブリールでした。
「デモンストレーションは弾の無駄です。どうして私たちがあなたの興味のために戦闘をしなければならないのですか」
「言うじゃねぇか。愛しの先生サマがいないと弱気か赤ずきんモドキ」
「……いいでしょう。その軽口が二度と回らないようにしてあげます」
「ちょ! そんなわかりやすい挑発に乗っちゃダメだよジブちゃん!?」
一瞬で攻守逆転。ついてこい、と言われるがままにジブリールが歩き出します。とりあえずアリスもスーパーノヴァを背負ってついていくことにしました。
ちびメイドの背中にはドラゴンの絵柄がありました。ドラゴン殺しの名誉は勇者の特権です。
どうやら、アリスが次に超える壁はこのちびメイドのようです。
「先生はハムレットをお読みになられたことはありますか?」
芸香作戦とはなんだったのかという僕の問いを受けて、ヒマリは静かに質問で返してきた。
「いや、一度もないね」
「そうですか。では先生はこの天才美少女よりリオと気が合うかもしれません。ですがそれは今は些細な事ですし、話の流れを簡単に」
ヒマリはそっと目を閉じる。
「父である先代の王を失った王子ハムレットは、失意の中で王の亡霊と出会い、彼が毒殺されたことを知ります。毒を仕込んだ犯人であるクローディアスは、早々に未亡人となった王妃を娶り、すでに王冠を手に入れていました。それを知って復讐を誓ったハムレットは狂気を演じて時を待ちますが、そんな彼に周囲は戸惑い、彼の狂気は将来の嫁候補だったオフィーリアと会えなかったことによる恋煩いだと決めつけます。そうして周囲からの命令でオフィーリアはハムレットと面会が叶うものの彼に無下に扱われた挙句、実の父親を勘違いからハムレットに殺されてしまいます」
シェイクスピアの悲劇だったと思うが、このあたりの話はキヴォトスでも普通に伝わっているらしい。このあたりは学生の頃『オタクの必須科目だぞ』と言われたが結局読めていない。
「優しかったハムレットと実父、大切なものを一度に失ったオフィーリアは正気を失い、狂ったように詩と花をばらまいた後、溺死しました。―――そのオフィーリアが自分自身に宛てた花が芸香、すなわちヘンルーダです」
話が作戦名に帰着したようだ。なぜこの劇作を当てはめたのかはまだわからない。
「ヘンルーダは痛み止めや中絶薬、本の防虫剤として活用されてきた歴史あるハーブです」
「そのハーブを作戦名に取った……痛み止め、というよりは中絶の方が正解かい?」
「先生はせっかちですね。せっかちは女の子に嫌われちゃいますよ」
ふふっ、と笑ってヒマリは続ける。
「演じられた狂気と、本物の狂気は別物です。オフィーリアの死にざまはとても死んでいるようには見えないほどに美しく、彼女の死という呪いが悲劇『ハムレット』の最後の惨劇につながる引き金を引かせたことは間違いありません」
ゆえに、と口にしてヒマリは少し間を取った。
「オフィーリアは死んでいなければならないのです。彼女に罪がなくとも、墓から掘り起こされた彼女が生きているように見えても、
「ヒマリ、君はこうなる前からアリスのことを知っていたね?」
そう言うとヒマリは口元を隠した。
「その答えは『はい』であり『いいえ』でもあります。私はアリスについて知っていました。ですがその正体を解き明かしたのは私ではありません」
「では誰が……?」
僕が聞く前にアヤネが問いかけた。
「連邦生徒会長です。芸香作戦の要綱をつくったのも彼女でした。私宛てとリオ宛てに封緘された命令書が届いたのは彼女が失踪した翌日。そして私たちはこれを軸に人員と態勢を整え、彼女の預言が現実にならないよう、備えていた」
預言、ということはなんらかの戦闘が発生する事態に備える、といった意味合いだろう。
そしてその恐れていた事態の引き金を、僕が引いたようだった。
「オフィーリアが女王になってはならない。本当の狂気が力を持つ前に、封じ込めなければならない」
「なるほどね……ハムレット役は、僕か」
そう言うと頷いたヒマリがリオの方に目くばせした。
「ミレニアムサイエンススクールとしては、彼女の記憶やそれに紐づく人格が排除されていたことから、アリスの機能は不完全であると判断しています。そして、完全にしてはならない」
「失われた記憶のコピーがあるということかい?」
「はい。おそらくそれをゲーム開発部はG.Bibleと一緒に持ち出してしまった」
「僕がヴェリタスに解析を依頼していたモモイの携帯ゲーム機だね?」
「そうです」
リオの肯定を受けて考える。
ゲームを愛しなさい! という容量の少ないテキストを流すために作られた実行ファイル。それだけでモモイの携帯ゲーム機の記憶領域全体を使い切るとは考えにくい。明らかに怪しいファイルが大量にコピーされたと考えるのが妥当だが、まだその中身がどうなっているかの解析は進んでいない。
「……そのデータの今後は?」
「今後も解析を続けます。ハードについてはエンジニア部にも協力してもらって、あのゲーム機と同一仕様のハードを1機調達して、表面のシールなどもキレイに移植した後、G.Bibleのファイルだけをコピーしたものをモモイに返す形で調整中です」
「なるほど」
こうなってくると防衛室が予算を僕に追加で回してでも首輪をつけようとしている理由がわかる。おそらくほぼ予定調和のような形で、アリスはシャーレでの活動につくことになる。作戦を組んだ連邦生徒会長はオーパーツであったアリスを戦力化することに成功した。
「……もし、オフィーリアが女王としての狂気に目覚めてしまったら、どうなる?」
「何が起こるかわかりません。ですが、旧文明が滅ぶような何かが再現されるでしょう」
「怖い話だ。……そして、アリスを兵器として見てしまっている君たちも、僕も、恐ろしいな」
「先生がそれを言いますか? 誰よりも正気なまま、狂気の作戦を毎回ジャグリングしている先生が」
ヒマリは辛辣だなぁ、と苦笑いが浮かんでしまう。リオを見ると意を決したような表情で僕を見てくる。
「キヴォトスは、とあえて言いましょう。キヴォトスは先生もアリスも制御不能の怪物になることを望みません。ですがあのケセドという怪物が出てきたように、ビナーが砂漠で暴れるように、狂気はすぐそこまで迫っていることに違いありません。どうか、正気を保ってください」
「努力するよ、としか僕も約束できない。アリスの方は……ヘンな全能感とか持ってないといいけど、そこは教育しだいかな」
「あ、それなんですが……」
ヒマリがニコニコと笑いながら小さく手をあげる。
「C&Cのリーダーが
「……うん?」
なんだかまた面倒なことになってそうだぞと覚悟した瞬間に遠くで爆発音がした。
2週間前もこういうことがあった。僕はもうセミナー執務室に顔を出さない方がいいんだろうか。
ということで、ちびメイド様がやってきてロスタイム開始です。
平行でウマ娘の連載もスタートしたため、これまで以上に更新頻度がばらつくかと思いますが、どうかご容赦ください。こちらものんびり続けていきます。
次回 チェーンデスマッチ
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