マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
「よし。ここでいいだろう」
ゲーム開発部の4人と私を引き連れてずっと先導していたネルと名乗った少女がそう言って足を止める。その後ろに回って笑っているアスナがいい笑顔でこちらを見てくる。
「ここって……なんでこんな廊下で……」
「いや、確かに解体予定のB棟でこの時間なら人少ないだろうけど……」
結局ついてきた才羽姉妹がきょろきょろとしている。戦闘レンジ的にもさらに後方に位置取ることになるユズとアリスがその後ろにいることは実際悪くない。
ネルにゲーム開発部の部室のある建物から呼び出されたにも関わらず、やってきたのは高いビルの上層階に近い場所だ。通ってきたエレベーターホールには24と書いてあったから多分24階か25階。わざわざエレベーターに乗せられてやってきたこの長い廊下だが、窓の外には陽が沈んだばかりの街並みを見下ろせる。窓は西向き、その向こう300mほどの距離にこのビルより背が高いビルがあるということは、なるほど、狙撃手がそこにいるからここを選んだということか。
「安心しろ赤ずきんモドキ。
「シューティングレンジではないようですが」
「お行儀よく戦ったってつまんねぇだろ?」
ネルは両手に提げたサブマシンガンを手に笑っている。その2丁の銃は鎖で繋がっていて、その鎖が地面に落とされる。もうここから大きくは動くつもりもない、ということだろう。両手に銃を抱えてどうやってマガジンを取り換えるつもりだろうか。あれでは排莢不良の時に銃をチェンジするにも鎖が邪魔でまともにハンドリングできずに困るだろう。
少なくとも、まともな戦闘スタイルではない。このキヴォトスの子どもたちを見ていると私自身の『まとも』がどこまで本当に『まとも』なのかを疑う方が早いのかもしれないが。
「改めて聞きますが、どうしてネルはデモンストレーションを求めるのですか?」
「改めて答えるが、興味がわいた。そんだけ……と言いたいところだが、頭でっかちな赤ずきんには理由が必要か」
ネルはめんどくせぇ、といいながら耳の後ろを器用に掻く。サブマシンガンとはいえ、銃を持ったままよくやると思う。銃はそんなに軽くはない。
「あたしたちC&Cは、ミレニアムの切り札として存在している。それをしっかり覚えてもらわなきゃなんねぇ」
「アラタはあなたたちが十分頼りになることを理解していると思います」
「そういうお前はどうなんだ、赤ずきんモドキ」
「私はアラタの銃ですから、それ以上の意味をあなたたちにも求めません」
ヒジャブのことを揶揄されるのはいい気分ではないが、私の髪をあの人以外の視線から守ってくれるこのヒジャブは必需品だ。黙っておくことにした。
「先生に通信しようとしても無駄だぞ。あたしはあんたたちに興味があって、先生に興味があるわけじゃねぇ」
言われてTITTYの全体通信をコールしようとしてみたが、確かにつながらない。なるほど。移動はこのためか。
「先生の言葉でも、神様とやらの言葉でもなく、お前自身の言葉で語れよ。新田ジブリール」
「対話とは祈りです。言葉とは祈りです。その祈りのために私の力は使われるべきです」
このあたりをちゃんとこの言葉で表せるかは自信がない。それでも諦めることは悪手だろう。聞く耳を持たない相手と話すために武器を、そして私たちを使ったあの人も、対話ができるうちは対話を選ぼうとした。
「その果てに分かり合えず、あの人の前に立ちふさがるなら、それを排除するだけです」
「……ふん。つまんねぇやつだな。で、そっちのデカブツはどうなんだ」
「アリスはわかりません。それでも、ちびメイド様が戦いたい理由はわかりまし―――もごっ」
アリスの口を才羽姉妹が押さえて黙らせている。ネルの顔が赤くなる。
「そういう認識だと―――」
セーフティを弾く。安全から連射へ。
「―――こっちも困るんだよなぁっ!」
「ユズ!」
私の声にハッとしたようにユズが引き金を引く。グレネードが私の横を飛び抜ける。炸裂。ちゃんと狙う余裕がなかった中では上々だろう。ビルにしては高い天井でも、グレネードを投射するには高さが足りないなかではよくやったと思う。少なくともアスナの初動を遅らせた。窓ガラスを白く曇らせた爆風を背にネルが突っ込んでくる。私から少しずれた軌道、ネルの狙いはアリスか。
「ユズ、みんなを連れて下がって! ロジコマの手配を!」
HK416Cの銃声にかき消されないように声を張り上げつつネルの横腹を狙う。左肩に鈍痛。ネルが横なぎに撃った弾がヒットした。この身体じゃなかったら死んでいたかもしれない。あまりにここは分が悪い。ここは相手のキルゾーンだ。
「っ!」
覚悟を決めて相手の懐に飛び込んで左手の掌底を相手の顎先に叩き込む。ネルはヒットする前に地面を蹴り後ろに飛んだ。ユズのグレネードの爆発を感知した天井の消防設備が水を吐き出し始める。
「あたしに接近戦を挑むとはいい度胸だ」
「目がいいのですね」
そう応えつつ左肩の痛みを確認する。鎖骨は多分無事、戦闘は問題ない。
「ジブリールちゃん、すぐ戻ってくるから!」
ユズがそう言ってここまで来た廊下を逆走する。足音がそれに続いた。四人いればアスナの追走くらいなんとかできると信じる。
「結局こうなるのか。本当はお前の相手はアスナにさせてあたしがデカブツを確認したかったが。まぁいい、不足はねぇ。――――――Cleaning&Clearing、コードネーム・ダブルオー、美甘ネル」
決闘のつもりだろうか。傭兵が名乗ってどうすると思うが、ここは相手に乗っておいたほうがいいだろう。これで2秒でも稼げるなら重畳だ。
「アラタの子、ジブリール」
そう言うと相手がにっと笑った。
「掃除を始める」
なんて言っていいかわからず、とりあえず引き金を引くことにした。
「こっち」
アリスちゃんの手を引いて今は使わないように言われている非常口のドアを抜けると、足元が透けるグレーチングの階段が現れます。青白いLED照明に照らされた縦長の筒のような階段室は足元から生ぬるい風が抜けていきました。あまりに長い非常階段の床材に軽いグレーチングを採用したことで風が吹き抜けやすい造りになっているのです。
「これって……」
モモイが戸惑ったような表情をしていますが、答えている余裕はありません。ジブリールちゃんがいくら鬼のように強くてもメイド部のトップ相手に押し切れる保証はありません。急ぐ必要があります。
「B棟の避難階段って……地縛霊が出るから立ち入り禁止になってるって噂の……こうなってたんだ……!」
ミドリがそんなことを言っています。煙突効果で風が足元からふわりと上がってくるから、どこか落ち着かないせいでそんな怪談ができたのだとは思うけれど、それより先にやることがあります。
「すぐ追手がかかるから……! 上で出待ちしよう」
そう言うとモモイが言いたいことを察してくれたらしくて、一つ上の階まで上がって下向きに銃を構えてくれます。グレーチングは弾丸を
「バーン!」
そう口で言いながら後を追ってきたアスナ先輩がドアを蹴り破って飛び出してきます。間髪入れずにモモイがグレーチング越しに弾丸の雨を降らせますが、アスナ先輩はそれに笑顔のまま対応しています。モモイは跳弾を避けるためにもグレーチングに銃口を突っ込んでいて、アスナ先輩に大きく避けられると射角が取りづらい状況でした。とはいえ、全弾を躱し切ることは不可能で「1マガジン分乱射して5発も食らわせれば十分封殺できる」と考えたのですが、
「うそっ!?」
「さっすがゲーム開発部、ご主人様仕込みってやつかなっ!」
ジャンプして階段を飛び上がってくるアスナ先輩。手すりを飛び越えてきたタイミングで飛び出したのはアリスちゃんでした。光の剣:スーパーノヴァは背負ったまま、アスナ先輩が階段に足をつく前に踊り場のほうに押し出します。
「うおっとぉ!?」
さすがに体が空中にある状態だと対応しきれなかったみたいでそのまま踊り場までアスナ先輩は飛ばされていきます。背中からグレーチングの踊り場に叩きつけられているのを見るとさすがに痛そうです。
その時、かなり上の方で、カンっ! と音がしました。見上げて喉が干上がります。
「ミドリっ! 上っ!」
「きゃっ!」
アスナ先輩に向けてポインティングをしようと銃を手すりに仮託した銃をミドリが慌てて振り上げました。1秒前まで銃がそこにあった場所めがけて上から降ってきたのは、眼鏡をかけた女の人。その着地の衝撃でおそらくアルミかステンレスの板を曲げて作った手すりがゆがみます。
「アカネ先輩……!」
「こんにちは、ゲーム部の皆さん。そして無事ですか、先輩」
「もー背中も肩も痛いし動きたくなーい!」
「無事みたいですね」
歪んだ手すりからおりてきたアカネ先輩。25階の踊り場に、モモイとミドリと私、そしてアカネ先輩。4人もいたら誰も銃をまともに抜くようなスペースもない。
「先に上の踊り場にミドリさんを送っておくべきでしたね。この非常階段を知っていたことは賞賛に値しますが……さて、おとなしくしていてください。私たちC&Cの目標はアリスさんとジブリールさんです」
下の踊り場に続く階段の途中にいたアリスちゃんが一瞬こちらを振り返って、その隙を見逃さなかったアスナ先輩が跳ね起きます。
「隙あ……りッ!?」
「フンっ!」
振り返った動きで勢いをつけて遠心力で背負っていた武器を右手で抱えるような姿勢に持っていったアリスちゃんが、そのまま飛びつこうとしたアスナ先輩をスーパーノヴァで横なぎにぶっ叩いていました。
「アリスの武器は確かに遠距離アタッカーですが、接近戦にもパラメータを振っています」
横にはじき出されたアスナ先輩でしたが、今回は危うげなく折り返した先の階段に着地。そのアスナ先輩をアリスちゃんは立ち位置的に見下ろしながら屈伸しつつ煽り倒しています。……この動きを教えたのは多分モモイ。モモイがやって見せたのか、やられているのを見せられたのかはわからないけれど、多分モモイだと思います。さっきからアリスちゃんが地雷原の真上でタップダンスしています。
「あはっ! 準備万端じゃーん」
その煽りが通じなかったのを救いと見るべきでしょうが、気が気ではありません。そして同時に考えなければいけません。
銃声がします。ジブリールちゃんが、戦っています。
「……二人とも、いったん銃を下げて」
「ユズ……!」
「いい、から」
そう言うとモモイが不満そうにしながらもアカネ先輩に向けていた銃口を下げます。アスナ先輩をポインティングしていたミドリもいったん銃口を上に向けてハイレディに。
「聞き分けがよくて助かります」
アカネ先輩はそう言ってわたしの前に。アリスちゃんはどこか不安そう。それでも一瞬目が合いました。
「あの……ひとつ、き、聞かせてください」
「なんでしょう、花岡ユズさん」
アカネ先輩はそう言って視線を合わせるように至近距離でしゃがみこんでくれました。わたしがあまり話すのが得意ではない、というのを知っていて圧をかけてきているのか、本当に親切心なのかは、よくわかりません。
「メイド部のみなさんは、なぜ、わたしたちを、いえ、ジブリールちゃんや、アリスちゃんを攻撃するのですか」
「それが依頼ですから、というしかありませんね」
「さ、さっきのネル先輩が言っていることと、矛盾していませんか……?」
「リーダーはバトルジャンキーですのでそう言っただけでしょう。私たちには私たちの事情がある。それだけです。……時間稼ぎをしようと思っても無駄ですよ、ユズさん」
そう言ってわたしの胸元のジャケットをつかんでくるアカネ先輩。
「この非常階段には有線通信用のポートはありません。花岡ユズさんがここを選んだのは屋上まで上がって衛星通信経由で無線封鎖を突破して、ヴェリタスか先生にコンタクトを取ろうとしたからでしょう?」
眼鏡の奥の視線が冷えていきます。
「ゲーム開発部の皆さんのポテンシャルは、セミナーも認めるところです。ただ皆さんはあまりに
「それが……わたしたちを襲う理由です、か? それが本当に、シャーレを襲う理由ですか?」
落ちた沈黙が答えでしょう。
「今回の依頼主は、セミナー……、目的は、アリスちゃんが、わたしたちや、ジブリールちゃんがいなくても制御できるかを確認するための強行偵察……といったところですか?」
「……なるほど、先生が重用するわけです」
アカネ先輩は口だけで笑いました。
2週間前の戦闘で、アリスちゃんの砲撃が工場を押しつぶしました。当然その技術のコントロールをセミナーとしては求めるはずです。スーパーノヴァそのものはエンジニア部の技術力ですが、それを手持ち武器として運用できるアリスちゃんも、脅威となりうる。
強行偵察が目的なら、アスナ先輩かネル先輩のどちらかがジブリールちゃんを足止めして、ジブリールちゃんを相手にしなかった方がアリスちゃんに接触。アカネ先輩はわたしたちが付いてきてしまったときの分離役、と言ったところだろうか。
「だからアカネ先輩は、ここに追い詰めたのです、か?」
「どういう意味です?」
そう聞くとアカネ先輩はわたしをまっすぐ見てきます。軽く右手首を外に回すようにして動かすと、アカネ先輩の目線が一瞬武器を見て、戻った。青白い中でも、にゃん'sダッシュの横に取り付けた液晶ディスプレイはずっとNyan_Catの画像を流し続けています。
「アカネ先輩は、わたしたちがここを使って移動すると読んでいました。ここは、B棟の閉鎖された非常階段、です。閉鎖された理由は、火災の時に使えないからで、煙突効果で火災を早く上層階に広げてしまうから……つまり、設計ミスです。そのせいで大規模改修が必要なこのB棟は、来年まで大規模な改修工事が続きます。工事の人がいなくなるこの時間なら基本は無人……だから、アリスちゃんが暴れても、被害が少ないと考えた。そうですよね?」
だからここだった。そして対岸にはA棟……すなわちミレニアムタワーがあり、セミナー本部がある。そこからなら狙撃でサポートもできる廊下があって、動きを外部から観察できる。
「そして、わたしたちが通信を復活させるには、影響がないところまで移動するか、外から気付いてもらえるぐらい騒ぐしかない。だから、それがしにくい改修予定で無人になったB棟の、窓もない非常階段に追い込んだ」
アリスちゃんが多分気が付いてくれた。ゆっくりと武装解除するように見せて、スーパーノヴァの銃口を真下に向ける。
「ここにわたしたちを張り付けにできれば、なにもできないから、ここで待ち構えれば万全……アカネ先輩は、そう思い込んでしまったんです」
結果的にだけど、
「しまっ――――――っ!?」
わたしが体を逸らして空間を確保、にゃん'sダッシュを振り上げるように右手を前にだすと、アカネ先輩は武器を叩き落とすようにわたしの右手首を払おうとしてきます。
キヴォトスに暮らす人々は武器の脅威をよく知っています。だから、反射的にそうしてしまう。たぶんわたしも、これをやられたら反射的にそうしてしまうかもしれない。
武器があまりに印象的すぎると、それ以外見えなくなって、武装解除を優先してしまって、その武器以外で攻撃される可能性を見落としてしまう。
振り上げたにゃん'sダッシュをアカネ先輩から遠ざけるように振り下ろしつつ反動をつけます。そのまま体を振り戻して前へ。目を守るためにもぎゅっと目を閉じてそのまま相手に突っ込む。アカネ先輩の眼鏡でおでこが痛いがアカネ先輩はもっと痛いはずだ。鼻当てが鼻の脇に食い込むし、武器を押さえようとこちらに向けて姿勢を崩していた状況です。
「アカネ……!?」
アリスちゃんがスーパーノヴァのチャージを開始して、アスナ先輩が多分気が付いたのだと思います。でもわたしはみんなを信じるほかありません。そのままアカネ先輩に取りついて、少しでもアリスちゃんの邪魔をさせないように抑え込みます。
「させないっ!」
ミドリとモモイの発砲音。こちらに弾丸は飛んでこない。多分アスナ先輩への牽制。
「光よ!」
目を瞑っていてもわかるぐらいの光が飛んで、わたしはようやく目を開けます。おののいたような表情のアカネ先輩の表情が見えます。惨状に目がくらんでいるうちに、私は横に転がって距離を取って、にゃん'sダッシュを今度こそ構えます。
「わたしたちの居場所は、アリスちゃんの居場所は、わたしたち自身が守ります」
みんなががんばって繋いでくれた勝ち筋をここで潰されるわけにはいかないのです。そしてメイド部という
「なんてことを……!」
レールガンで溶けた非常階段のグレーチングが壁に触れて焦げ目をつけていきます。そもそもレールガンが着弾した地階の床は衝撃で吹き飛び、同時に高温になっていることでしょう。
この非常階段は、今いるB棟が大規模改修する決定打になった欠陥つきのもの。煙突効果で風が足元から吹き上がるこの階段の足元に、今、わたしたちは火をつけた。
「動かないでください」
動こうとしたアカネ先輩にも見えるように引き金に手を掛けます。この距離なら外さない。そして下まで落ちれば、命の保障はないのです。
「アリスちゃん、二人をつれて屋上へ。……かならずドアは開けっ放しにしてね」
「ユズ、アリス達は上で待ってます」
「ちょ! ユズ! 何する気!?」
「アリスちゃん! 離して!」
そう言い残してアリスちゃんは自分がレールガンで開けた穴を飛び越えてやってきて、二人を抱えて屋上に向けて飛んでいきます。アリスちゃんの身体能力はさすがで、二人を抱えて、手すりを足場にしながら身軽に消えていきます。
「わたしは、サイコロをふりました。つぎはあなたの番です、アカネ先輩、アスナ先輩」
アカネ先輩は爆弾使いという噂ですし、この意味が分からないほどの素人ではないでしょう。まだ吹き上がる風に熱はありません。それでもこの風が火の粉を運んでくるのでしょう。いつ来るかわからないデッドラインが互いの首をじわじわと締めます。
「いまここで、あなたたちが選んで下さい。ここでわたしと丸焼けになるか、無線封鎖を解除して撤退するか。……選んでください。今すぐ」
チェーンはまだ出てないけど、デスマッチにはなった。
次回 悪癖
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