マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
「どうしたどうした! もうおしまいかぁ!?」
スプリンクラーのせいだが、ずぶぬれになると思考までみじめになる。それでも煽られるが相手にはしない。相手は想像以上に手練れだ。射撃の精度も出ている。
「怖がりなのはあなたですね、ネル。臆病者ほど口数が多い」
「んだとゴラ!?」
相手にしないと言っておきながら、やっぱり私も意思が弱い。そう反省しながらマガジンチェンジ。HK416Cの予備マガジンはいま挿したもののほかにあと一つ。60発と
とはいえこういう相手が一番しんどい。ミャンマーの奥地で戦っていたときもそうだった。命よりも戦果が欲しくて突撃してくる相手は厄介だ。ミャンマーと違うのは銃を突きつけられて仕方なく突撃してくる兵卒じゃなくて、自分の意思で飛び込んでくる突撃バカだということ。さらに頭が痛いことに技術があって作戦も理解するであろう頭の良さがあるのになぜか飛び込んでくるタイプのバカだ。
近づけるとあの人が悲しい顔をしそうなタイプの女を相手に負けるわけにもいかない。
「おらおらおらっ!」
案の定その突撃バカが飛び込んでくる。こういう時は変に逃げずに相手の後ろに回り込むように跳ぶのがいい。射撃距離が急速に変わる方向に動くと照準を外しやすい。チェストプレートを仕込んでおいてよかった。防弾性はあまり期待していなかったし、なくても死なないというのはわかっていたが衝撃が分散するから対応が遅れずに済む。
相手の左の短機関銃が
下げた視線に相手のつま先が映った。チェストプレートを蹴り上げられる。弾丸とは段違いの衝撃が入る。
「ぐぁ……っ!」
「まだまだぁ!」
足を踏みかえた相手の蹴りを何とか小銃で受けつつ後ろに飛んで衝撃を防ぐ。ワンポイントスリングで完全に弾き飛ばされることは防いだものの嫌な軋みがあった。この世界に来て初めて、あの人に買ってもらった銃を放すのは屈辱だが、あの人は「そんな銃よりも」と言ってくれると信じる。スリングの緊急用のリリースタグを引いて体と銃を繋ぐスリングを切り離す。
咳き込む余裕もない。もう一歩大きく下がって着地。右手をマチェットの握りに添えつつ前を見るが、相手はどこにもいない。
「どこ見てんだ?」
背後というか横というか、ともかく斜め後ろから声がかかる。鎖が視界の上から下に流れた。首と鎖の間に引き抜いたマチェットと右腕を差し込めたのは運がよかった。首が完全に締まるまでの余裕が作れる。
反射で体を前に倒して逃れたくなるのを理性で抑え込む。最適解は後ろにいる相手に全力でタックルを仕掛けることだ。濡れた床と無理やり蹴った靴底の間で音が鳴る。足が滑らないことを願う。
「うぉっ!」
相手に体重を預けたまま数歩、この突撃バカは本当にスキルがあるしバランス能力もいいが、壁に叩きつけられる前に離脱することはできなかったらしい。その姿勢のまま左肘を相手のみぞおちに突き上げるような形で叩き込む。胃液を吐くのは結構だが、ヒジャブにかかるのは御免被りたい。
右手ごと縛っていた鎖が緩んだ。首を縮めるようにして顎の下から鎖を抜きつつ逆手に持ったマチェットをそのまま後ろに叩き込む。肉を切った感触がなかったので外したようだがそれでも相手が一瞬息を飲んだので皮膚を掠ったか服を切ったかしたんだろう。やわらかい壁材のせいで結構深く刺さってしまったマチェットを抜くことは端から諦めて、そのまま持ち上がった鎖をつかみつつ振り返る。
短機関銃の大きな銃声がするが痛みはない。鎖が銃床につながっている銃で、しかも片手でしか保持できない状況に追い込んだ。鎖を明後日の方向に引っ張られてまともに弾が当たるはずもない。私のマチェットは刺繍だらけのジャケットを巻き込んで壁に刺さっていた。なんの感慨もなく右手で拳銃を抜く。腰の高さで体から離れないように構えた拳銃は奪われにくい。この距離なら狙わなくても当たる以上は武器を奪われるのが一番の脅威だ。
相手に選択肢はない。メインの武装を手放してサブの武装に切り替えるほかない。
ひたすらに引き金を引く。相手が抜いた拳銃の弾が眉のすぐ横を飛び抜ける。互いに撃ちきってスプリンクラー以外の音が消える。
「……アタシに
空になったマガジンが床に落ちる重たい音が響いた。それを聞きながらこめかみから流れてきた血を掌でぐいと拭く。傷が引っ張られて痛いが我慢できないほどじゃない。
「たく、高けぇんだぞこのスカジャン。綺麗に穴開けやがって」
「傷つけたくないなら戦闘に着てくるのが間違いなのです」
特に攻め込むことがわかっている場合は、とまでは言ってあげない。相手は壁から無理やりマチェットをへし折りながら「わかってねぇなぁ」と笑って見せる。口の端に血の筋を付けながら彼女は笑う。
「かっこいいものに身を包まないと滾らねぇじゃねえかよ」
マチェットは二振り持つようにしていてよかった。左手でもう一振りのマチェットを取り出し、右手に持ち換える。相手は短くなった折れたマチェットを私に向けてくる。
「……これだから突撃バカは嫌いです」
「んだとぉ!?」
いい加減この展開も飽きてきたし、体力もかなり限界に近い。
急いでください、ユズ、モモイ。
ガンと音がすると、夜が近いことのわかる冷たい風が吹き抜けていく。
「ちょっと! おろして!」
ミドリと一緒にお米様抱っこ、というかアリスの肩に担がれて屋上まで上がってきちゃった。階段を跳ぶたびにアリスの肩がおなかに食い込んだり、背負った光の剣がゴンゴンと肩にぶつかってきたりしたせいで口から虹が出るかと思ったけど、今更そんなことに文句を言う余裕はない。
アリスが下ろしてくれる。降ろされたのは屋上へまで続く階段室が収まった
「早く戻らないと! ユズが!」
「いいえモモイ。戻ってはだめです」
アリスは光の剣を起動しながら止めてくる。
「なんで!?」
「ユズは遅滞戦闘のために残りました。ユズは、ユズがあそこに一人で残ることが一番の牽制になると考えました。だからアリス達は、ユズとジブリールのカバーのために応援を呼ぶことと、ユズの交渉の時間と逃げるための時間を作るために、狙撃手を
「!」
狙撃手。言われて思い出す。ジブリールは窓の外を警戒していた。そしてメイド部には間違いなく狙撃手がいる。場所を選んでるとしたら。
考えろ。ユズが何をしたいか、ジブリールが何をしたいか。考える。
「……わかった」
「お姉ちゃんっ!?」
ミドリはまだ状況を飲み込めてないみたい。
「ユズとジブリールを信じよう。……わたしたちは、わたしたちができることを、全力で!」
「はいっ! ……モモイ、アリスに指示を」
考える。わたしはあまり頭がいい方じゃないし、ゲームも上手いわけじゃない。でも考える。
「アリス、発電衛星とリンクできる?」
「はい。衛星は超高速光学通信に対応しています。スーパーノヴァとアリスであれば通信可能です」
「じゃあ、送電のリクエストだけ送っちゃおう」
衛星通信のリンクをヴェリタスかエンジニア部が監視してるはず。その衛星との情報通信回線で救援要請ができるはず。
この後ほぼ間違いなくユウカの前で正座になるだろうけど、もうこうするほかない。
「ミドリと私でミレニアムタワーにいるはずのメイド部のスナイパーを探し出そう。アカネ先輩とアスナ先輩が私たちを取り逃がしてることを教える必要がある」
「でも、どうやって見つけるの……?」
ミドリはまだ迷っている。それでもやるしかない。
「気合で!」
「お姉ちゃんふざけてないでちゃんと考えて!」
「ならアリスが囮になります。送電リクエストを送って廊下の真上でスーパーノヴァをチャージすれば、スナイパーは無視できません。その発砲炎を見つけてミドリが狙撃し返せばいいのです」
「でも、それじゃアリスちゃんも……」
「大丈夫です。これでも装甲値には自信がありますしHPも高いですから」
ジブリールが一人でメイド部部長相手に遅滞戦闘、ビル一棟まるごと全焼を前提にしたユズの交渉に加えてアリスを囮にしたスナイパーのあぶり出し。先生の前で正座も追加になるだろうから今晩ちゃんと布団に入れるか怪しくなってきた。だけど、やるしかない。
ポケットに入れていた先生との通信機能が付いたシューティンググラスを取り出す。前はこれを持ってなくてすごく怒られた。念のため持ってきてたのは、ミドリも一緒のはずだ。つけっぱなしにしてるジブリールほど真面目じゃないけど、持っててよかったと思う。
シューティンググラスを掛ける。まだ通信はオフライン。それでも、気が付いてくれることに賭ける。
「いこう。ゲーム開発部の正念場、悪あがきの時間だよ!」
「リーダー相手によくやるな……」
思わずつぶやいてしまうがここには聞く相手はいない。ここはミレニアムタワーの最上階にあるセミナー執務室の足元、1階下にあるセミナー関連の会議室の天井との狭間にある高さ50センチちょっとの天井裏だ。点検、交換用にユニット化されているビルの外装とそのさらに外側の飾りガラスを外してやると狙撃に最適な射点の出来上がりだ。ガラスに日光が反射する昼間はともかく、日没後なら律儀に銃身をビルから突き出したりしない限りばれることもないだろう。少なくとも屋上でシルエットを晒しながら待機するよりはよっぽど隠匿性が高い。
C&Cの狙撃手というスタンス上、ネル先輩やアスナ先輩相手に戦う相手は嫌というほど見てきた。実際ネル先輩は近接戦においてミレニアムにおいては向かうところ敵なしといった状況で、正義実現委員会の委員長と手合わせする機会が訪れたとしてもおそらく負けはしないだろう。
そんな実力者を相手にしているあの新田ジブリールという少女はどうだ。じわじわと追い詰められてこそいるが、しっかりゲーム開発部の面々を下げるためのしんがりとしての役目を果たしている。それだけでも十分に賞賛に値する。ネル先輩直々に手を出すなと言われてはいたものの、応援が必要になるかとグリップを握る右手に久々に汗をかいた。
ネル先輩が笑っているのが見える。拳銃まで撃ちきって短刀で切り結んでは距離を取って隙を伺うパターンを繰り返している。攻めるのは常にネル先輩。一方でジブリールの対処は冷静で冷徹だ。とはいえ体力勝負だとネル先輩に軍配が上がるようでどんどん追い詰められているように見える。それでも廊下から下がらないのはおそらくゲーム部の面々に狙撃がいくことを警戒しているからだろう。仲間思いの真面目な子だ。連邦捜査部はよい人材を抱えている。
「……ん?」
目の端でちかりと何かが光った。まずい、さすがに視野が狭くなりすぎていた。光った方向に目を向け……驚く。
ビルの屋上、人の背丈ほどの大きな四角い箱をネル先輩たちが戦っている廊下に向けるような姿勢で構えている影がある。
「アリス……!? 二人が破られた?」
アカネとアスナ先輩が足止めしていたはずだ。なんでB棟の屋上にフリーで立っているのかがわからない。先生とゲーム部との通信回線を封殺するために、地理的な影響範囲は最小に抑え込んではいるものの、全領域にわたる電波ジャミングを掛けざるを得なかったのがここにきて状況を難しくしている。自分たち用の回線の使用帯だけを開けておいても結局そこをサーチされてアリス達に先生から指示を飛ばされたら、今回の接触の目的自体が失われるため、自分たちの耳をふさぐ必要があった。それでもC&Cなら問題ないと実施に踏み切った。
だというのに蓋を開けたら、ネル先輩はジブリールをノックダウンできず、その間にゲーム部の4人がアスナ先輩とアカネを躱したことになる。……そんなことありえるのか? 無線のジャミングを解除すれば情報は聞けるだろうが、そうするわけにもいかない。無線封鎖は私が先輩たちからの合図がない限り解除しないことになっている。それ以外であれば私が持っているコントローラかそこから伸びるケーブルが物理的に破壊されるかだ。
「とはいえ、現実が全てだ」
私はこういう時、つまりまだ撤退命令が出ていない状況でアリスかジブリールがフリーになった時の控えとして配置されている。これを指示していたネル先輩は、突撃志向だがちゃんと押さえるところは押さえていたということになる。
アリスはまだチャージ中、さすがにネル先輩も不意打ちで頭上から急襲されては分が悪い。止めるならここしかない。
愛銃のホークアイに装填されているのは.55口径の
構え、呼吸を整え、ゆっくりと引き金を引き絞る。肩に強い衝撃が走り、向かいのビルまで超音速の線を繋ぎ……。
「外した!? いや、避けられた!」
髪を数本散らすだけで背後に突き抜けた徹甲弾は、彼女の背後にあった塔屋の壁面に突き刺さる。引き金を引くまで予備動作はなにもなかった。それだと言うのに、こちらが引き金を引いたその瞬間に相手はその場でターンをするように地面を蹴り、回転運動で弾をかわした。
ターゲットと目が合った。270度回るようにしてこちらに正対したアリスがレールガンを構えている。再度照準した段階で、ガラスにひびが入るような音がした。おそらく弾丸。アリスへの発砲で位置が露呈した。アリスがいるビルの屋上にあるパラペット、安全と防水のために立ち上げた壁に銃を仮託した才羽ミドリの姿が見える。彼女が撃った。
「結構当ててくるな……上等」
つまりは、アスナ先輩とアカネは、ゲーム開発部の抑え込みに失敗したのだ。
ことりと落とすように、引き金を引いた。
「当たった!?」
「わかんない! ってか部屋の電気の影になってて見えない!」
ミドリがスコープを覗きながらそんなことを言っている。カリン先輩がミレニアムタワーの壁の中にいるのはちょっと予想外だった。てっきり屋上にいるもんだと思ってたけど、見つからないはずだ。見つけられたのはカリン先輩が屋上のすぐ下の壁にめり込んでいたから、もっと下の階にいたら多分見逃していた。アリスは見逃さなかっただろうけど、ミドリがすぐにポイントできたのは実力じゃなくて多分ラッキー。
「できればあそこは撃ちたくないけど……、っ!」
ミドリが慌ててスコープから目を離したら、スコープが破裂した。あと1秒遅かったらスコープごと目がやられてたかもしれない。イラストレーターにとって目は命だ。
そしてなにより、妹に手を出すとはいい度胸だ。もうキレた。あそこのすぐ上はたぶんセミナーの執務室だとか、そんなこと知ったことか。
「やっちゃえ
「魔力開放ッ!」
光の剣が輝いてミレニアムタワーに突き刺さる。結果的に部室を使う権利ごと吹き飛ばしたかもしれない。さよなら部室。でも次の瞬間には通信が復活したから結果オーライだと信じたい。
「先生っ!」
《派手にやったね。モモイ、
通知音もなく強制的に回線がオープンになったあたり先生はもう騒動に気が付いてる。抑揚のないフラットな声は先生の
「B棟でメイド部に襲われてて、ジブリールとユズが足止めしてる!」
《OK、確認した。アリス、スーパーノヴァのチャージは中止してくれ。送電の方は今エンジニア部にキャンセルしてもらった》
《ちょっと! 先生もモモイも何してくれてんですか! 私の執務室の床が半分消し飛んだんですけど!?》
ユウカの声が割り込む。アリスの砲撃がセミナー専用階の足元に直撃したのはわかってたけど、おかげでユウカがお冠だ。だけどそんなことも言ってられない。
「文句は足元にいるはずのメイド部に言って! 早くしないとユズが焼け死んじゃう!」
《はいっ!? 待ってどういうこと!?》
《Yuka,I must see you in Rio's office now. モモイ、ユズは無事だ。今リオからC&Cに撤退命令が出た。これ以上の攻撃はない。Jibril, ABORT,ABORT,ABORT. The operation is over.》
《Copy. Welcome back GOLDEN-EAGLE》
英語もポンポン飛び出すから何が何だかわからない部分もあるけど先生がオーバーと言っていて、ジブリールがほっとした声を出してるということはなんとか勝ったみたい。アスナ先輩に抱えられて青い顔をしていたユズが階段室から上がってくる。
「いやぁ、完敗完敗。すごいじゃんゲーム部!」
アスナ先輩はどこかうれしそう。アカネ先輩は盛大にため息をついている。
《今屋上にエンジニア部の輸送ドローンを送る。荷物扱いになるけどとりあえずそれで離脱しよう。消火活動は消防ドローンに任せて離脱だ》
なんとかなった、と思っていいのかな。いやなんともなってないけど。今から正座大会だけど。
「テイルズ・サガ・クロニクル2マスターアップ後でよかった……」
なんだか場違いな感想でアスナ先輩に笑われたのは、なんか釈然としなかった。
2話前の予告で「チェーンデスマッチ」と予告したのはこの回をやりたかったからだったんですが、前回と合わせてここまで1話でやろうとしてた作者がいたそうです……。どだい無理でした、うん。
次回 わたしたちクエスト
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