マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
4桁の短縮ダイアルの方の外線でコールが入る。同時にコンタクトタイプの戦闘情報表示端末に発信元の番号が表示される。履歴に該当なし。番号からして携帯電話。右目を三回瞬きして応答する。セミナーの執務室だが、緊急度が高く
先生の日程を確認。今は
「はい。
《こ、ここで、こわい人たちからにげるの、てつだってもらえるって……》
通信状況が悪いが聞き取れる。かなり幼い声で語彙も少ない。かなり
「えぇそうよ。連絡ありがとう。貴女のお名前は? 言うのが怖いならあだ名でもいいわ」
通話を受けつつスマートフォンを取り出し、専用アプリケーションを起動。同時に折りたたみの薄型キーボードを取り出して同期。同じ執務室で書類仕事中のノアがアイコンタクトを送ってくる。業務から離脱OKのサインだ。
《ミチ》
「よろしくね、ミチ。私はユウカ。早瀬ユウカよ。逃げるのはあなた? 他の人?」
《わたしもだけど、おねえちゃんたちもいっしょ》
「OK。何人いるかしら?》
《えっと、おねえちゃんと、ミキちゃんと……6人》
通話にリスニングオンリーで先生が入ってくる。同時にメッセージ。先生からの情報支援が開始された。対応は私が続行。発信元の逆探知と、声紋と「ミチ」という名前両方からヴァルキューレ警察学校の失踪人リストに照会が走る。おそらくまだ小学生ぐらいで情緒も幼い感じだ。おそらく誘拐かお姉ちゃんが連れてきたか。
「ミチも含めて6人ね?」
《うん。あのね。おねえちゃんが『おちゅうしゃ』されてね、つれてかれちゃったの》
指が一瞬止まる。「注射」と「連れていかれた」という状況からおそらく麻薬が使われた。危険度が一気に跳ね上がる。無理矢理前線に戦闘員として出すか、性犯罪の
「そのお注射はいつ? 前にもあった?」
《はじめて。おきてお水がくばられたあとだから、たぶんあさ》
今は11時半だからおそらく4時間ぐらい前だろうか。戦闘に使っているならそろそろだ。「水が配られた」から朝ということは、食事が制限されている。どんどん状況が悪くなる。緊急対応が必要だ。
「わかったわ。あといくつか質問するけど、もし怖い人に電話がバレそうになったらすぐに切りなさい。あなたは今どこにいるかわかる?」
《わ、わかんない……くらいへや。まどない……、よるはすごいさむい、ごめんなさい》
「大丈夫よ。ミチは悪くない」
シャーレメンバーに準備情報が発報されると同時に、間髪入れずに発信元の逆探知完了。ブラックマーケットの東にある放棄区域でヒット。電話番号の照会結果が転送されてくる。ヴァルキューレ警察学校公安局から提供された犯罪利用の可能性がある番号の一覧の方でヒット。おおよそ3ヶ月前に遺失物として届けが出ているスマートフォンだ。遺失物届には鉄道車内で盗難とある。おそらくこのミチは犯罪組織に捕まった子だが、携帯電話の持ち主ではない。監視役が使っているか、暇つぶしのために与えたか。ミチにかなり危ない橋を渡らせていることになる。
「怖い人の名前とか、名乗りとか、わかることはあるかしら」
《えっと……よくりゅうかい? って。ひをふきだすじゅうをもってる》
「翼龍会ね。火炎放射器があっても大丈夫。私たちは強いから」
ヴァルキューレから人物照会の結果が転送される。今度は特異行方不明者一覧でヒット、つまりヴァルキューレに捜索願が出ている。
ほぼ2ヶ月。栄養失調状態が長い可能性もあるし麻薬が絡むとなるとかなりまずい状況の可能性がある。あぁもう本当に腹が立つ情報ばかりが積み上がる。まさに先生がよく口にする『教育に悪い』状況だ。
先生がトリニティの救護騎士団に支援要請と病床の空きを訪ねるための連絡を飛ばし始めた。怒りは先生も同じらしい。同時に私宛てのテキストメッセージ。
“救出対象にあまり情報を渡さない方が良い。今安心させるとその動きで犯人グループにバレる”
「ミチ、これだけ情報があれば大丈夫。何かあったらいつでも連絡をちょうだい。ほんとうにいつでもいいわ。必ずまた」
《たすけてくれる?》
「約束するわ。私たちは何があってもあなたの味方になる。絶対によ」
必ず助けに行くと約束して通話を切る。キーボードを片付ける。
「ノア、悪いけど」
「もうヘリは暖気中です。屋上ヘリポートへ向かってください」
「本当にありがとう」
「先生によろしくね、ユウカちゃん」
ミレニアム自治区がかなり広い関係で、ミレニアムサイエンススクールの本部棟屋上には常にヘリコプターと運用人員がスタンバイしていて5分以内に飛べる状態になっている。ノアは私が救難要請を受けている間に手配してくれていたらしい。本当に助かる。
執務室を飛び出したところで先生からコール。シャーレ内部向けの通信回線だ。階段を駆け上がりながら受ける。
《ユウカ、百点満点の対応だ》
「どうもっ! で、対応は
《そうだけどユウカはもう少し落ち着こう。ヘリコプターの音がするね。今D.U.制限空域への進入許可を申請した。すぐ許可が下りるはずだ》
「ありがとうございます」
キャビンに飛び込み、扉を勢い任せに閉める。
「出して! シャーレ本部ビルまで最短ルートで! それで先生、犯人グループは?」
《だから落ち着けユウカ。翼龍会の情報は『陸八魔レポート』の一番上に書いてある。アルやカヨコのお手柄だな》
「便利屋68がまとめたカイザー系組織の支持基盤低下に伴う新興犯罪グループの脅威リスト……これでヒットは三件目。ほんと優秀よねあの子たち。つくづく風紀委員会にいなくて良かったわ」
《ヒナが聞いたら卒倒しそうだね……実際いまアコが泡吹いて倒れたからそれぐらいにしておこうか》
先生が軽口に乗ってくる。初動の情報は流し終えたのだろう。今日の運用基盤グループのとりまとめ役として指揮管制セクションリーダーのアヤネがいるからまずコケることはないだろう。アヤネは部下としても優秀だし、できれば今すぐにでもミレニアムに、というよりセミナーに部下として欲しい人材だ。絶対来ないとわかっているから、運用基盤グループの上司部下の関係で仕方なく我慢することにした。
「それで先生、陸八魔レポートの一番上、つまりグループAということは、やっぱり麻薬系ですか?」
《麻薬もだけど武器の違法改造とかも請け負ってるみたいだね。倉庫を複数不法占拠しているらしい》
「じゃあ、そっちも燃やさないとですね。先生はそういうの大嫌いでしたよね」
《大嫌いだね。だけど僕の好き嫌いより君たちの安全が優先だ。誘拐疑惑のところだけに絞ってミニマムにいこう》
「潰さなくていいんですか?」
《僕たちがするべきは環境の破壊じゃなくて、環境のコントロールだ。教育に悪いことをやめてくれればそれでいいし、今のシャーレにブラックマーケットのすべてを支えきるほどの体力があるわけじゃない》
少なくとも今はね、と先生が言う。ジブリールちゃん曰く、数万人規模の正規軍を相手に子ども兵だけを手駒に負けなかったらしいので、支えられるだけの体力がシャーレについてしまったら本当にブラックマーケットを掌握してしまうんじゃないかと思う。そんな覇権を許す学園もまずないとは思うけれど、先生は必要ならやってしまうだろう。
そんな懸念なんて知らない先生はグループチャットに切り替え、別のメンバーをコールした。
《ジブリール、候補生たちはどうだい?》
《基礎体力が足りてないメンバーが多すぎますが、テクニックは問題ありません。アラタの指揮下で一回戦闘するだけであれば大丈夫だと思います》
《十分だ。誘拐された子どもの救出作戦として、夕暮れに紛れて犯罪組織の拠点を急襲する。先遣隊の編制を頼む。ジブリールがリード、ホシノを補佐につける。規模は候補生から3人1組で3班、ユズを除いたゲーム開発部のみんなもつけるから君たちを含めて14人。できるね?》
《はい》
《おじさんが補佐かぁ。信頼されてるねぇジブちゃん?》
のんきな声が聞こえる。ホシノは最近ギブスが取れたばかりだったと思うが大丈夫だろうか。
《病み上がりだし、コンパクトな作戦になると思う。怪我が大丈夫そうならこれからどんどん頼ることになるよ》
《これが私の復帰試験ってことね。ま、連邦捜査部部長なんて大層な役職貰っちゃったのに前線にでれないのは気まずかったからちょうどいいね。よろしくジブちゃん》
《信頼しています。ホシノ》
そうか、ホシノが今日復帰か。なんだか感慨深いものがある。戦闘するところをちゃんと見るのは初めてだ。
「先生、今回の戦闘。私も前に出ますからね」
《そう言うと思ったから手配してるよ。本当ならユウカに移動指揮所を預けたいところだけど、さっきの子達との交渉役に専念してくれ》
「なんで」
《冷静じゃないってユウカが一番わかってると思うけど》
言われて数秒息を止める。脳が冴えてくる。
「……それは、わかってます。ですけど私はかわいい子達の味方ですから」
《僕も子どもの味方でありたいと思ってるよ。オペラハウスはアヤネがまとめてくれるから僕が前進する。後詰めの支援部隊と一緒に動こう》
先生はそんなことを言っている。もうすぐミレニアムの自治区を飛び越える。シャーレまではあと少しだ。
「アラタ、連れてきました」
「ひゅ……!」
ドアの陰に隠れてしまったオレンジ色っぽい髪色の女の子。その女の子を連れてきた赤いスカーフを頭に巻いた女の子とアラタ先生が二人がかりで説得に入る。わたしとイチカ先輩は何が起こっているかわからず、それを呆然と見ることになった。
ここは
「ごめんね、ユズはひどく恥ずかしがり屋だから」
結局先生の後ろに隠れるような形でやってきた背の低い女の子はユズというらしい。
「彼女は指揮管制セクションのユズ。シャーレではドローンオペレータとして活躍してもらってる。ユズ、彼女たちは今トリニティから視察に来てくれている正義実現委員会のイチカとミコ」
「よろしくっすよー」
なんだか子猫みたい、という感想が浮かぶし、このちょっと自信がなさそうな感じはなんだか昔の自分を見ているみたいでちょっと親近感。
「よ、よろしくお願い、します……」
「よし、これで
先生がパンと手を叩く。
「情報共有から開始するけど、今回は正義実現委員会のイチカとミコがオブザーバとして参加するから、一応覚えておいてくれ。それじゃあアヤネ」
「はい。はじめましてのメンバーもいるので、名乗りながらいきましょうか。改めまして、指揮管制セクションリーダーの奥空アヤネです。今回の作戦指揮を取りまとめます。現段階の情報をまとめます」
正面の大きなモニタに作戦図が出る。アヤネさんが続けた。
「32分前の
「準備級?」
割り込んだのは桃色のどこか眠そうな顔をした女の人……あの人がシャーレのトップである連邦捜査部部長、小鳥遊ホシノさんだというのは紹介されたから知っているけれど、正直そうは見えないと思ってしまった。
「ハイランダーがやってる小学校です。そのミチコさんを含めて6名の救援が今回の主目標となります。要救助者の基本情報、
「こういう形でホットラインが使われるとは思わなかったけどなあ」
眼鏡をかけている青っぽい髪色の人がコンソールを叩きながらそんなことを言っている。その人が手をあげて発言を求めた。
「チヒロさん」
「
「チヒロ、もっと詳しく説明できる?」
そう言ったのはずっとスマートフォンを握りしめながら話を聞いていたミレニアムの人。アヤネさんが敬語をつかってたし、かなり上の人なんだろうとあたりが付く。
「ごく最近まで翼龍会は武器の改造だけをやってる小さな違法組織だったはずなんだけど、数か月前から一気に武力化が進んだの。麻薬に手をつけたのもそのあたりね。で、この麻薬がかなり厄介」
インテリジェンスセクションのリーダーだというチヒロさんがコンソールを操作して画像が切り替わる。映ったのは薄いピンクの粉薬みたいなもの。
「通称『ショッキングピンク』。
「なーんでそんなものに手を出すかね……」
うげー、という顔をしたのはホシノさん。
「最高にハイになれるっていうし、世界がキラキラ
「最低な話ね」
「そこはユウカに同感かな。で、話を戻すけど、この翼龍会はフェンタニルやらコカインやらを仕入れて『ショッキングピンク』を作って売りさばき始めたっぽいんだけど……そんな資金力なんてなかったはずだし、そもそもフェンタニルの流通については締め付けが厳しかったはず」
「じゃあ、
ホシノさんがそう言ってにやりと笑う。
「そういうこと。……そこで、なんだけど、先生」
チヒロさんが振り向いてこちらを……正確には隣のアラタ先生を見る。
「どこまで攻めるの?」
「まずは要救助者の確保を優先するし、戦線離脱ホットラインとしてはそこまでが仕事、というのが正解なんだろうけど……たまたま見つけたものは押収したり、製造設備を見つけたら押さえておこう。いたちごっこになるのはわかった上で、やれる範囲でやっていくしかないね」
「あの、さっきの麻薬、きっと使われてると思うんですけど、その対策は、どうしますか?」
おどおどとしたまま声を上げたのはユズさん。先生が話題を振り直す。
「アヤネ」
「トリニティ救護騎士団とすでに連携が取れていて、
「あと、もう一つ……火炎放射器があると聞いてます。麻薬が燃えると、大変なことになりませんか……?」
「なるね。精製済のコカインベースだ。気化した麻薬を吸うと大変なことになる」
さらりとそう言ったのはアラタ先生。
「だからこちらからの爆発物の使用は厳禁。アリスのスーパーノヴァも封印かな。そのうえで、全員に防毒マスクを配布する。そちらの手配はノノミに頼んでたけど、どうだい?」
「はーい☆ すでに先遣隊十四人分と先生たち前進司令部分の用意できてますっ!」
手をあげてそう言っているのはミルクティーみたいな髪の色をした女の人。
「うん、ありがとう。それでもまずい状況になったらロジコマ頼りだ。今回使えるロジコマは36台。うち12台はジブリールたちの盾役として先遣隊と一緒に突入。残りの24台を撤退ルートの確保や相手の使用ルートの封鎖に使う。この運用は、ユズを中心に頼む」
「は、はい! お役にたてるように、がんばり、ます……!」
ユズさんが思いつめた表情でそんなことを言っている。それに頷いて答えたアラタ先生は、わたしの反対側に首を振る。そこには赤いスカーフの女の子がぴったりと立っていた。
「ジブリール。なにかあるかい?」
「……この人たちを連れていくのですか」
そういってわたしやイチカ先輩の方を見てくる女の子。
「安心してほしいっす。これでも戦闘の経験はかなりあるっすから」
イチカ先輩が糸目をさらに細めてその人に言います。
「組み込むのが不安かい?」
「訓練での確認ができていません。私が指揮をするにもどれぐらいの粒度で指示を出していいのかわからないです」
「じゃあ僕の直下で動いてもらおう、ノノミ、二人と組んでくれ」
「了解しました!」
「ジブリールは残りの先遣隊13名のリードを頼む」
「わかりました」
イチカ先輩はにやりと笑ってアラタ先生の肩に手を当てた。
「じゃあ、私たちも上手く使ってほしいっすから、遠慮なく指示出しをお願いするっすよ」
直後にスカーフの人……ジブリールさんというらしい……の目が厳しくなる。
「はいはい。そういうのは後にする。あと確認事項はある? ない?」
アラタ先生は話を畳みに入る。質問はここでは出ない。後は移動しながら情報のアップデートを待ちつつになるらしい。
「僕たちにとっては日常だけど、相手はピリピリしている。落ち着いて、自然体でいこう」
先生は気負うことなくそう言って、簡単なブリーフィングは終了。三々五々出ていく流れになったけれどノノミさんがそばに来た。
「イチカさんとミコさん、よろしくお願いします。アビドス高校2年、シャーレでは
「よろしくっす。私もミコも適当に指示出ししてくれれば動くんで」
「はいっ! 期待してます☆ ミコちゃんも」
「よろしくお願いします……!」
頭を撫でられる。ノノミさんはいろいろとあったかい人みたい。
「それじゃあ行きましょう! シャーレ、出動です!」
ということで、新生シャーレが始動です。
先生のワンマン化を防ぐために先生が(ユウカにケツを叩かれながら)ハッスルして組み立てた組織図はこちら
【挿絵表示】
次回 イヌワシのために
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