マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる -   作:オーバードライヴ

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「朝日がまぶしー。朝一から働きすぎだよ私たち」

「お互いさっきまで寝てたじゃないですか」

 

 横で寝ぼけ眼をこすっている相勤(バディ)合歓垣(ねむがき)フブキに声を掛ける。D.U.随一の大病院で、同区域で唯一の三次救急病院でもある連邦生徒会立ウトナピシュティム記念病院のエレベーターはガラス張りだ。おかげで朝日が目に染みる。

 

「それに、昨日はジブリールさんたちオペレーションチームが頑張ったんですから、ここからは私たちの踏ん張りどころなんですからね?」

「張り切りすぎて目を回さないでよー。法務ユニットリーダーが倒れたら全部私が処理しなきゃいけなくなるんだからね?」

「ふふっ、その時は期待してますよ。そうしたら後で好きなだけドーナツ奢ってあげます。カロリー消費のために訓練もセットですけど」

「うげー。どんどんキリノがワーカーホリックになっていく……」

 

 ここのエレベーターは古めなのかあまり速くない。階表示を見上げながら言葉を続ける。

 

「そういうフブキだって。被疑者(マルひ)が話したいって言ってるって聞いて、慌ててドーナツ買いに行ったじゃないですか」

「これは私用なの」

 

 そのためだけにそんなに買いますか? と突っ込もうとしたがエレベーターのドアが開いたので反論はやめる。フブキが誰よりも真面目なことは、私もよくわかっているし、一人用ならわざわざ小分けの袋をもらったりはしない。

 

「さて、お仕事です。慌てずに行きましょう」

「それ、私がキリノに言いたいけどなぁ」

 

 お目当ての部屋はすぐにわかった。シャーレの徽章をつけたオペレータが二人、目当ての部屋の前に立っている。敬礼をしてきたのでこちらも答礼。

 

「あい、お疲れさん。ドーナツ買いすぎたからお裾分け。人払いさえできてればいいから、隠れてこそっと食べちゃいな。あと、0(マル)9(キュー)0(マル)0(マル)に交代要員来るから、それまでファイト」

 

 フブキがそう言って渡している。ドアはスライドドアで気密性はない。当然()()()も低いだろうから人払いは必須だ。

 

 様々な配慮から個室になっている病室に入る。

 

「体調は大丈夫ですか?」

「見てわからないか?」

 

 中では軽く起したベッドの背に体重を預けたまま、白い包帯を巻いた少女……と呼ぶには少し大人びた雰囲気の子が待っていた。内装は壁に木目調のパネルを使った結構豪華なもの。病室が空いていなかったのもあるし、今回の被疑者(マルひ)は立ち位置が複雑で、ちゃんとリスクを管理できる病室が必要だった。血色はあまりよくないが、それでも話せる状況のようだし、呼びつけたのは向こうだ。

 

「話せるみたいでよかったです。はじめまして。連邦捜査部シャーレ法務ユニットの中務キリノと言います。こちらは合歓垣フブキ、この二人で今日のヒアリングを担当します。では、ミ……」

「トァンだ。霧慧(きりえ)トァン。そう呼んでくれ。その名前では呼ばれたくない」

「そ、じゃあそれで」

 

 会話に割り込んだフブキが勝手にベッドサイドテーブルを展開し始める。ガサガサとビニールを盛大に鳴らしながら笑った。

 

「とりあえず、ドーナツ食べる? 病院食も味気ないだろうし、あんまりおやつとか食べてなかったでしょ? ガリガリだしさ」

「なんで」

「ミチちゃんたちがいつもわけてくれてたって言ってたからね。ミチちゃんからも、他の子からも頼まれちゃったよ。トァンだけは許してあげてって」

「それで、お前らは私を勝手に許せる立場なのか?」

「まっさかぁ。でも、情状酌量の余地ありって一筆書くことぐらいはできる。それが通るかは別としてね」

「ふん」

 

 ふてくされたような表情のトァン。フブキは、彼女の前に紙ナプキンをお皿代わりにしてワックスペーパーで挟んだオールドファッションを置く。

 

「……では、トァンさん、話したいことがあるとのことでしたけど」

 

 横のスツールに腰掛け、メモとペンを手に取る。コンタクトタイプのTITTYを起動しているので、記録は自動でとれるが、聞いているということを示す必要がある。フブキはもぐもぐと箱から取り出したドーナツを朝ご飯代わりに食べながら聞く姿勢だ。……聞く姿勢としてどうなんだというのはこの際置いておく。

 

「その前に教えてくれ。……翼龍会はどうなった」

「廃倉庫にいた面々は捕らえていますし、地下水路の入り口にトラップとして爆弾と一緒に縛られていた子たちは無事に保護しています。倉庫はまだ調査中ですが、保全そのものは完了しています」

 

 紙媒体で持ってきた新聞の社会欄を見せる。電子媒体だといくらでも加工できるということもあり、こういうときは紙媒体の方が信頼されやすい。一人のために新聞用の輪転機を使うことはまずできないということもあり、偽造はしづらいのだ。

 

 トァンは新聞を見下ろしてため息をついた。

 

「そう、か……」

「安心してください。貴女の身の安全はちゃんと保障されます」

「証人に逃げられては困るからか?」

「もちろんそれもあるけどね」

「ちょ、フブキ!」

 

 話を進めようとしたらいきなり横から茶々を入れられた。口にしていたドーナツを飲み込んでからフブキが続ける。

 

「きれいごとだけを話したって変わらないでしょ。だけど信じてほしいのは、私たちはそのきれいごとを実現するためにここに来たわけ」

「……どういうこと」

 

 トァンはぼそりとそう聞き返してくる。

 

「もちろん表の護衛はキミが勝手にいなくならないようにという監視の意味もある。だけどそれ以上に私たちは君の立ち位置がとても危ういってことを理解してる。だから話を聞きに来たの。少なくとも私たちが突入した時に、キミは冷凍コンテナに叩き込まれてたわけだ。残党なり支援者(パトロン)なりがいれば、間違いなく君は狙われる」

 

 指についてた砂糖のかけらをしっかりなめとってからフブキが笑う。

 

「それを防ぎたい。そのためには情報が必要なの。それを聞きに来た。こちらから出せる情報もあると思う。もちろんキミが望むなら、だけど」

「……ミチたちはどうしてる?」

 

 ちらりとフブキがこちらを見てきたので言葉を継ぐ。

 

「保護して別の病院で治療中です。お姉ちゃんの方はいまフェンタニルの離脱症状の急性期のせいでしんどそうですけど、乗り越えてくれることを信じてます」

 

 そう言うと、トァンはどこか言いよどむような間を取った。

 

「……間に合ったのなら、よかった」

「ミチちゃんから聞きました。……彼女たちに戦線離脱(エバキュエーション)ホットラインの番号を教え、携帯電話を提供したのは貴女だそうですね」

「……」

 

 聞いてもトァンは答えない。目を伏せている。

 

「それを受け、我々連邦捜査部が強行突入を実施した。……貴女の通報は、正常に機能した。通報、感謝します」

「……あの子の姉にショッキングピンクが打ち込まれるまで、何もできなかったけどな」

 

 トァンはため息をついて窓の方を見た。西向きの部屋。遠くのビルの窓に反射した朝日がキラキラと輝いているのが見える。

 

「……トァンって名前、確か小説か何かのキャラクターだったよね」

 

 フブキがまた口をもごもごさせつつ話題を変えた。コツコツとタブレットを叩く音。

 

「そうそう。『<harmony/>(ハーモニー)』だ。調べたら出てきた。やっぱり思うところがあるわけ?」

 

 フブキからタブレットを渡される。ネット百科事典のページだった。キャラクターの所までスワイプすると確かにその名前がある。

 

「ゲヘナですらなじめなかったしね。枠の外に出るしかなかった」

「……そっか」

 

 フブキが優しく相づちを打つ。百科事典のページに目を通す。

 

 霧慧トァン。少女時代は親密さを強要する社会に逼塞し、反社会的な友人に心酔し、服毒自殺未遂を起こす。その後、人の意識に関わる大騒動に巻き込まれていくことになる。

 

「それで、枠の外に出た先で、いろいろ嫌になっちゃった?」

「私は後悔していない。身体がボロボロになっても、行く場所なんてないしな。だけど、三ヶ月前……組織が変貌した」

「変貌?」

 

 聞き返す。おそらく核心に触れようとしている。

 

「名前はわからない。ある集団が接触してきた。巨匠(マエストロ)と名乗る二つ頭の怪物だった」

「マエストロ……、集団、といいましたが、そのマエストロ以外もいるのですか?」

「あぁ……姿を見たことあるのはそいつだけだが、別の女の声を聞いたこともあるし、そのマエストロ自身が『身内の依頼でもなければ、こんなにも非芸術的なことに囚われたくはない』といっていた」

 

 つまり、翼龍会を使()()()()()組織の存在が証明されたことになる。

 

「そのマエストロは、翼龍会に何をしたのですか?」

「……」

「臓器売買と麻薬の販売による資金調達、ですか?」

 

 予想を口にする。セオリーから外れるが、使っていた側の組織に関する情報は何もないに等しい。情報の収集を急ぐ必要がある。

 

「違う。そんな生やさしいもんじゃない。……あれは、狂気そのものが形作ったバケモノだった」

「……トァンさん、教えてください。あの倉庫で何があったんですか?」

 

 荒い息だけが聞こえる時間が少しあった。

 

「調べていないなら調べろ。倉庫中央の地下水路に繋がる点検口の脇に地下水が作った狭い洞窟がある。その中に手術につかった部屋があるはずだ。そして、耐えきれなかった子達の残骸も、きっとその部屋から繋がる洞窟のどこかにある」

「耐えきれなかった? 一体何の話です?」

「詳しくは知らない。だけれども、何人かがそこで手術を受けている」

 

 ぎゅっとシーツが握り込まれるのが見える。

 

「翼龍会は、条件に合った子を探し出して連れてくることを条件にあの倉庫をマエストロから譲り受けた。あの倉庫にあった機械類は全部マエストロが運び込んだものだ。マエストロ側の作業でフェンタニルを使うから、そのおこぼれを使って作ったのがショッキングピンク、あれは実行犯の鉄砲玉を作る為にヘッドの須頭が考えた」

 

 早口で情報が流れ出る。それを書き留めながら続きを待つ。

 

「マエストロは『複製の準備』と言っていた。それが本当だとしたら、アレは……子どもを別人に作り替える、そんな人体実験に見えた」

 

 

 


 

 

 

「……シャーレが『倉庫』を押さえたぞ」

 

 ギチギチと軋む耳障りな音と一緒に報告が上がる。黒い円卓が赤い光に照らされる会議場は重苦しい空気に包まれている。

 

「……やはり『シャーレ』は障壁となりますね。……黒服、貴方はこれでも本当にあの新田良太に問題はないと言うつもりですか」

「おや、妙なことを言いますねベアトリーチェ。シャーレの運営については貴女の子飼いが手を回しているという話ではありませんか。……不知火カヤ、でしたか?」

 

 シャーレ運用監査委員会という委員会が設置され、その予算執行等について厳密に管理されているはずだ。すくなくともそうすることで、新田良太をシステムで縛ろうとしているというのは過去の報告で知っている。

 

「そもそもです。マエストロにも言いますが、あそこで何をやっていたのかも知らされていないのに、私の一存で新田良太に対して押さえを効かせることそのものに筋が通っていません」

「ベアトリーチェの依頼とはいえ、まだ未完成な工芸品を奪われて世に出されるなど、どのような事情であれ、鼻持ちならない。それだけだ」

「マエストロ、貴方の芸術家肌はそれでこそ真価を発揮するというのはゲマトリアの一員として意見の一致をみるところですが、同時に説明をされなければ解釈も、その為に必要な処置もとりようがありません。ベアトリーチェ、貴女はどうです?」

「……では説明しましょう」

 

 ベアトリーチェは淡々と声を紡いだ。

 

「あの『倉庫』はロイヤルブラッドの複製のための実験場でした」

「実験場?」

「そうです。精神は肉体の影響を受ける。そして肉体が負ったダメージがヘイローにフィードバックされる。これはあまりに基礎の基礎で改めて言うまでもないでしょうが、そこは共通認識でよろしいですね?」

「続けてください」

 

 そう返し、言葉を待つ。おぼろげながら意図するものが見えてきたように思う。

 

「マエストロの研究(テーマ)である複製(ミメシス)。それに関して私もユスティナ聖徒会の復活、戦力化を条件に協力しています。その中でのキーとなるのが、ロイヤルブラッドの存在。ただし、その()()()()は現在一人だけ……アリウスの中でも断絶に近い状況にあります」

「なるほど、そのために複製を欲していると」

 

 言葉の先を引き取ると、ベアトリーチェは静かに笑った。

 

「とはいえ、骨髄の一部を移植したところで十分な機能を発揮できるわけではなかったようでして。血に耐えられなかったのかなんなのか……生半可では機能しませんでした。故にマエストロにこちらから提案を持ちかけ、あの『倉庫』の運用を開始しました」

「やることは簡単だ。手元にあるロイヤルブラッドの細胞から培養、複製した臓器を、生きている生徒の臓器と入れ替えていく。大部分の臓器の入れ替えは、ヘイローの移植に等しい。いままで仮説に近しい状態だったが、その確信を得た」

 

 後半はマエストロが引き取った。なるほど、血も涙もないことを考える。つまり、資格のない人間の入れ物に資格のある人間の中身を積み替えることで良血のコピーを生み出そうとしたのだ。

 

「それで上手くいったのですか?」

「鱗片だけは。ただそれができる前に、その過程ごと押さえられたわけだ」

 

 マエストロがそう口にして黙り込んだ。言うべきことは言った、ということだろう。

 

「そしてそのロイヤルブラッドやらは、血のみでは機能しない、という状況というのがわかったということですね。ヘイローまで書き換えなければまともに機能しないものである、と」

「ご理解いただけたなら何よりですわ」

 

 さて、状況は理解した。その上でどうするべきか。

 

「おそらくですが、新田良太はこれを容認しません。文字通り死に物狂いで我々ごと潰しに掛かるでしょう」

「そんなことはこちらも承知しています」

「であればこの黒服にも今更打てる手はありません。こうなる前に情報の一つや二つ流しておいてくれれば彼に警告の一つくらいはできたものを」

 

 どうするべきかを考えても答えは一つに収束する。すでにゲマトリアは新田良太の逆鱗に触れた。ならば対決するしかないのだ。

 

「……これは興味本位で聞きますので、答えたくなければ無視で結構。それで、どこまで進んでいたのですか?」

「真理にかなり近しいところまでは。とはいえ今からエデン条約の締結までに作り直すとなるとステップ数の関係でおそらく間に合いません。投資がこれで吹き飛んだわけです」

「成程」

 

 試みが無駄になった気持ちそのものは理解できるが、とはいえ「成程」以上の感想は持てない。

 

「糾弾が目的であれば別ですが、これ以上の対応はこちらとしても取りかねます。小鳥遊ホシノの一件で、私は彼に一つ大きな借りがある状況です。彼には、そして彼の子ども達にはまだ利用価値があり、観察に足る理由がある」

 

 ちっ、という舌打ちはベアトリーチェのものだろうか。まぁいい。お互い過干渉は避けるのが暗黙のルールだ。

 

「話が以上であれば次の議題に移ります。それでは――――」

 

 新田良太を真正面から敵に回したくはないが、こうなってしまえばどこまで耳を貸してくれるかが怪しいところだ。願わくばまだ忠告を受け取ってくれればいいのだが。

 

(さて、どうする新田良太)

 

 答えがでるのはしばらく先だろうが、それでも憂鬱な気分にならざるを得なかった。




前回あと2話といったな、あれは嘘だ(字数管理が相変わらずできてない人の図)

次回 君たちが生きる世界を滅ぼすことなんてできやしないんだ

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