マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる -   作:オーバードライヴ

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「……はい、わかりました、はい。では」

 

 通話を切ると何個目からわからないドーナツをもごもごしているフブキと目が合った。

 

「先生はなんて?」

「先生自身が確認に行かれるそうです。他の子に見せられないような状況になってそうだからって」

「……過保護だよね、先生は」

 

 そう言ってかけらを飲み込んだフブキはトァンの方を見て笑う。

 

「というわけで、連邦捜査部のボスが預かることになったから、この件は任せて。公安局も絡めて動けるだろうから大丈夫だよ」

 

 フブキが小さく笑ったタイミングで通知。内容を読んで承認(アクセプト)しておく。

 

「……信頼できる奴か?」

「そこらの人よりはね。誰よりも優しいし強い」

 

 フブキは小さく笑ってベッドサイドテーブルに肘をついてトァンを見る。

 

「それで、これからトァンはどうしたいの?」

「私に選択肢なんてないでしょ」

「まぁ、これまではそうだったんだけど、戦線離脱ホットラインの運用が始まって、色々変わってきたところもある」

「……誘拐もしてきた犯罪組織の一員でも?」

「下っ端だったわけだし、通報もしてくれた。更生の余地あり、ということで」

 

 タブレットを叩いたフブキがそれをトァンに見せるように置く。

 

「復学支援プロトコール……」

「そ。今回連絡をくれた戦線離脱ホットラインはこのプロトコールの第一ステップとしてやってるの。で、キミが望むならこれの候補者リストに登録することができる」

「それで何が変わる」

「キミ次第だけど、復学が早かったり、いろいろまぁメリットもあると思うよ」

「……こんな犯罪者を受け入れてくれるところがあるわけないだろ」

「ま、そこは直接話してもらったほうが早いかな」

 

 フブキの声に合わせるようなタイミングでノックもなくドアがスライドする。

 

「やぁやぁキリノちゃんたちお疲れ様ぁ」

「ホシノ部長、お疲れ様です」

 

 一応敬礼。きっとそんなことしなくてもいいといわれるだろうけど、それでも礼儀だと思う。

 

「いいよいいよそんなことしなくて。ここの定期健診のついでに寄っただけだからさ」

 

 いつも通りのアビドス高校の制服に盾、ショットガンを背負った小柄な少女が窓際の開いているスツールをもって座る。

 

「初めまして、トァンちゃんでいいかな?」

「……いきなりなれなれしいが、お前は何なんだ」

「連邦捜査部シャーレ部長(C o C)、小鳥遊ホシノ、とここでは名乗るべきなんだろうけど、トァンちゃんにはアビドス高等学校廃校対策委員会委員長で覚えてほしいかな」

「……廃校対策委員会?」

 

 優しくふにゃりと笑ったホシノさんはくるりと私のほうを見る。

 

「キリノちゃん、RtSの説明は?」

「まだです」

「んじゃ、本当に資料見せたタイミングだったんだね。じゃ、このままおじさんが説明しよう」

 

 ホシノさんは一人称が時々『おじさん』になる。ある意味それで会話のペースを握って相手を『ホシノワールド』に引き込む交渉術はなかなかすごいと思う。

 

「復学支援プロトコール、Return-to-Schoolの頭文字をとってRtSプロトコールって呼んだりもするんだけど、まぁともかくそれは、本人が望む望まざるに関わらず一度学校からドロップアウトしてしまったけど、また学校に通いたいと願う子にもう一度チャンスを与えるための手続きなの。最近始まったんだけどね」

 

 そういってホシノさんは置きっぱなしのフブキのタブレットをスワイプする。

 

「プロトコールが開始されると、最初の数か月は全寮制の予備校に入ってもらって規則正しい生活リズムを整えたり、勉強の仕方を覚えなおしたりしてもらうことになる。んで、そこから段階的に学校になじんでって、学校というコミュニティに戻ってもらおうって話」

 

 資料は簡単なイラストがいくつも載っていて、これはゲーム開発部に外注したらしい。ポップなデザインのリーフレットをしかめっ面で見るトァンはどこかミスマッチに見える。

 

「……矯正局に行くのと何が違うんだ」

「ふふん? 乗り気でおじさんはうれしいよ。大きく違うのは復学時に事務局の運営を担っている連邦捜査部シャーレが身元保証人としてつくこと。身元保証人がいればバイトがしやすくなるし、どうしてもお金に困ってバイトが必要ならおじさんたちと一緒にシャーレでのアルバイトもできる。訓練だけでも活動報奨金も出るから結構お得だよー、戦闘テクも磨けて、法務とか事務の知識もついて、お金ももらえる」

 

 矯正局から出た子たちがまた犯罪組織に戻ってしまう理由として、金銭的に極度の困窮状態に陥りやすいというものがある。犯罪歴のせいでアルバイトが限られてしまうからだ。そこに少しでもメスを入れようとしているのがシャーレであり、今の連邦生徒会だ。

 

「あとは予備校だったり、完全に復学できる間の期間が矯正局での教育期間の扱いになるから、実質的な保護観察期間の短縮になる」

「そんなことをしてお前らになんの得がある。矯正局での()()()中の生徒を学校に迎えるんだぞ」

 

 そう問われ、ホシノさんはふにゃりと笑った。

 

「そうだねぇ……理想論と現実的な話、どっちが聞きたい?」

「理想なんていらない」

「じゃぁ、現実的な話だね。学校側としては犯罪組織の弱体化による警備予算の削減が期待できるし、受け入れ校に対して連邦生徒会からかなりの助成金が出るの。生徒数が増えるだけでもうれしい学校もあるしね」

「結局金か」

「トァンちゃんだってお金が理由だったでしょ?」

 

 すっとホシノさんの目が細くなる。

 

「昨日の夜に君のことを徹底的に調べたよ。昔の名前も、なんで犯罪組織に行ったのかも、君のお姉さんのことも」

 

 トァンが体を跳ね上げ、ホシノさんにとびかかろうとする。ホシノさんは顔色も変えずに殴りかかろうとしたトァンの右手首をからめとるとベッドサイドテーブルに叩きつけた。ここのベッドサイドテーブルは万が一の際にはバリケードとして使えるように裏に鉄板が仕込まれている。トァンの上半身がそこに押さえつけられた程度ではびくともしない。口もつけられていないトァンに渡したドーナツが床に落ちる。

 

「キリノちゃん、フブキちゃんも武器をおろして。ちょっと驚いただけだろうから」

 

 トァンの右手首を抑え込んだまま、ホシノさんは全く変わらないトーンでそう言ってくる。反射で抜いていた拳銃を渋々戻す。

 

「お姉さんは呼吸器系の重たい病気で、治療のためのお金が足りなかった。だからトァンちゃんは必死に働いた。好きだった読書もやめて、二束三文にしかならないとわかってても文庫本も全部売り払って、稼ぎのいいバイトを求めてブラックマーケットに行き着いた。そして、違法武器の運び屋として働いたところを、翼龍会に拾われた」

 

 ホシノさんはそう言ってゆっくり力を抜いたが、それをチャンスと見たのか、またトァンは暴れようとする。今度もホシノさんは涼しい顔で相手の拳を左手だけで受け止めて、抑え込みなおす。今度はちゃんと相手の手を背中までまわしていた。

 

「……お前に何がわかる」

「わからないよ。トァンちゃんの痛みも、つらさも、悔しさも、わかるわけないじゃん。そんな簡単に誰かとわかりあえるなら、とっくに世界は救われている!」

 

 最後だけ語気を強めたホシノさんはそこで一拍分の間をとった。ホシノさんの出している情報はまだシャーレの資料のどこにも載っていなかったし、ヴァルキューレのデータベースにも記載はない。ゲヘナ風紀委員の情報部やティーパーティーの情報機関ですら握っているか怪しい情報だ。そんな情報をさらりと拾ってきたホシノさんは、なんでもないような涼しい顔をしている。

 

「でもね、トァンちゃん。それでも私はわかりたいと思う。つらい気持ちや無力感を抱えて、それでも生きてきたあなたを、それでも乗り越えようとあがいてきたあなたの痛みをわかりたいと思うんだ」

「なんでだ。なんでだよ……」

「だいじょーぶ。乗り越えられる。必ず乗り越えられるよ。ねっ?」

 

 うめき声に変わる。ホシノさんはゆっくりと手を放す。今度はだらりとその手が垂れただけだった。

 

「過去は変えられない。罪も消えない。それは呪いみたいにずっと心にのしかかる。だけどそれはあなたが救われちゃいけないこととイコールじゃないし、だれもがみんな多かれ少なかれ呪いをかけて、かけられて生きてきたんだよ」

 

 ホシノさんはどこか寂しそうに、言葉を選ぶように、間をとった。

 

「ただ泣くしかできない夜だってあるし、後悔で眠れない夜もある。あなたはそんなつらい夜を知っている。そんな夜を乗り越えてきたあなたを、私は支えたいと思う。信じてみたいと思う。それが私のエゴだとしても、さ」

 

 机に突っ伏して泣きはらす彼女の顔を上げさせて。そっと抱き留めるホシノさん。

 

「だから仕切りなおそう。どうしてもダメならアビドスまで逃げておいで。味方になるよ」

 

 そういって髪を()くホシノさんは笑っていた。

 

「……もう、なにもないんだ」

「うん」

「お姉ちゃんも間に合わなかった……」

「うん」

「ゲヘナにも戻れなかった」

「うん」

「翼龍会も、あそこでひどいことが起きてるってわかってて、止められなかった」

「うん」

「間に合わなかった。間に合わなかったんだよ……」

「うん」

 

 ホシノさんの相槌が響く。

 

「許されていいのか。全部なくした。何も残らなかった」

「そんなことないよ。だってミチちゃんは間に合った。今度は守れたじゃない」

 

 ホシノさんはそう言って優しく微笑んで目を閉じる。

 

「ゲヘナに戻れないならアビドスにおいで。きっと気に入る。今は砂漠しかない小さな小さな学校だけど、遊ぶ場所もあんまりないし、不便だけど、きっと大丈夫。あなたの居場所を、いっしょに作ろう。いつか呪いが解けるまで頑張ってみない?」

 

 トァンの身体をそっとベッドに戻し、ホシノさんが立ち上がる。

 

「じゃあ、いつか答えを聞かせてね。また来るから」

「……ホシノは」

「うん?」

 

 トァンの呼び止めにホシノさんが笑顔のまま振り返った。

 

「ホシノは、呪いをかけられているのか」

「超ド級のがね。それじゃあトァンちゃん。またね」

 

 ひらひらと手を振って出ていくホシノさん。なんというかすごく人たらしなんだなこの部長と思った。

 

「それじゃ、資料は置いていくから読んどいて。私たちはいったん退散するから、また話をきかせてよ」

 

 フブキが笑って話をたたむ。きっとこの子は大丈夫。なんだかそんなことを思えた。

 

 

 


 

 

 

 白い使い捨ての繋ぎに三重にはめた手袋、サージカルマスクにゴーグルまでつけて入る。生物学的危機(バイオハザード)の危険があるからだ。あの人は銀色の金属製の台の前で静かに手を合わせている。その祈り方は異教徒の祈り方のように見える。ジャングルにいたころ、仏教徒がそうしているのを見たことがあった。

 

「……アラタの責任ではありません」

 

 そう口にするしかできない。あの人は手を合わせるのをやめて、どこかくすんだ天井を見上げた。

 

 事件の全貌を知る必要があると言い張って無理矢理ついてきたユウカは、今頃トイレかどこかで朝のツナサンドと再会している頃だろう。ここの子たちは家族で羊を締めたりしないらしく、銃を撃ち合うような状況なのに、血や臓物に異常なまでに免疫がない。今日の確認に際して昨日の臓物の段階で真っ青になっていた面々は最初から連れてこなかったのだが、ユウカでさえもこうなる状況だ。私も朝は軽めにしておいてよかったと思う。

 

 あの人はそれでも、いつもと同じ口調で……いつもと同じ口調で喋ろうとコントロールしている声で答える。

 

「……そうだね。僕が引き金を引いたわけじゃないし、僕が追い込んだ訳でもない。僕たちがここの情報をつかめたのが昨日で、その日のうちに手を打ちきった。ジブリール達が最高の働きをして、最大限の戦果を勝ち取った」

 

 それでも、という叫びが声よりも強く届いてくる。

 

 アラタ自身が理性の人であろうとしていることはよく知っている。だけれどもその根底にあるのは、子どもに対する無尽蔵な思いやりと優しさで、そこから発する怒りや悲しみがあの人のなかでぐるぐると渦巻いているのも知っている。

 

 そして、あの人は子どもの前で泣くことをよしとしない。わたしが部隊に合流してから今まで、アラタが自身のために泣くことを許したのはハキムを喪った夜だけだった。三分だけ泣かせてくれと言ったっきりで、アラタはそれ以来、嘆くための時間や、悲しむための時間を自分自身に課したことがない。つまりあの人は、行き場のない感情を外に吐き出すための儀式をしていないということだ。

 

「後悔していますか?」

「いいや。……ジブリールからはそう見えたかい?」

「世界を滅ぼしそうな顔をしています」

「マスクで僕の顔は見えていないと思うんだけどね」

「目を見ればわかります」

 

 そう言って見上げる。本当は目を見なくてもわかるけれど、あの人は認めないだろう。本当に優しすぎるのだ。私が子どもじゃなければ、たとえばホリーさんみたいな大人であれば、弱音を吐いてもらえただろうか。

 

「アラタ、やはりアラタはジャングルに戻るべきだと思います」

「この世界を滅ぼして、かい?」

「アラタが望むならば」

 

 あの人は悲しそうなため息。

 

「できないよ、ジブリール。ここの子達は部隊の子たちと同じく、もう僕の子ども達だ。子ども達が生きる世界を滅ぼすことはできない」

「ですが、いくらイヌワシであっても羽を休めることは必要です」

 

 袖を引くが、あの人はこういうときに折れたりはしない。よくわかっている。だから私たちを率いて、ミャンマーで戦い、勝ち残ってきたのだから、自分自身のために身体を休めたりはしないのだ。

 

「アラタは、悲しそうに見えます」

「そうだね。とても悲しい」

「……それでも、進むのですね」

「うん」

 

 淀むことなく答えが返ってくる。

 

「なら、一つ約束してください」

「なにをだい?」

「私には、隠し事はしないでください。つらいときも、隠さないでください」

 

 きっとこれはわがままだ。それでも、怖くなるのだ。イヌワシの翼を求める人がきたらすぐに応えて飛んでいくのだろう。そのとき地上に残される者達のことをわかった上で、それでも飛び立つと決めたイヌワシを止める手立てなどないということを、きっとあの人はわからない。

 

「怖いのです。……また、アラタがどこかに行ってしまうのではないかと、怖くなります」

「今も昔も、僕はジブリールにずっと助けられてきた」

「それは、私を置いていかないという意味ですか」

 

 あの人は困った様子。あの人を困らせたくはない。それでも、手を伸ばすことは自由だというのは、モモイたちから学んだ。

 

「ホリーさんの代わりに、私はなれませんか」

「どうしてここでホリーが出てくるんだ。君はジブリールだ。僕は君に、君でいてほしい」

 

 その言い草にドキリとするが、それでもここで怯んで丸め込まれる訳にはいかない。

 

「私はアラタの隣にいたいのです。つらいときにちゃんと隣で慰められる、そんな大人になりたいのです」

「ジブリール……」

「私では足りませんか」

 

 あの人はすっと腰を落として目線を合わせてくれた。

 

「わかった。隠し事はなしだ。それでも僕は君たちのために働いて、生きていくと決めている、いつまで君のそばにいられるかは約束できないよ」

「ずっと側にいます。だから隣にいさせてください」

 

 あの人はどこか悲しそうな顔をしてからくしゃりと頭に手を置いた。防護服をずらすといけないからか、いつものように撫でてはくれない。

 

「まずはこんなことをしている奴らを探し出してやめさせないとね。……これ以上酷いことが起こる前に、手を打たなきゃいけない。……厳しい戦いになるぞ」

「私たちにはイヌワシがついてます」

「僕には守護天使(ジブリール)がついてる」

 

 あの人はまたそうして高く飛ぶのだろう。それを追いかけるしかできないけれど、いつかは横に並び立ちたいと思う。

 

「……さぁ、一旦戻って色々手配だ。悲しくても、ここで立ち止まってちゃどこにも行けない。前に進もう」

 

 前に進む。あの人の一歩はとても大きいものに見える。それでも、それを追いかけていくのだ。

 

「はい、アラタ」

 

 だから、いつも通り応える。

 

 そして、前へ。




ということで、次回で幕間は終わりとなります。もう少しお付き合いください。

次回 それがたとえ悪意だとしても。

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