マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
「こんにちは、チンピラさん」
「アンタもチンピラじゃねぇか社長サン」
路地裏で適当に買った揚げドーナツをつまんでいると、横に赤いコートを肩に掛けた女がやってきた。
「それで、また情報提供に来たのか?」
「アフターサービスぐらいはするわよ。そっちもシマが広がるのはわるくないでしょう? ジャブジャブヘルメット団のリーダーさん?」
ちっ、と舌打ちすると赤いコートの女がにやりと笑った。油の染みた紙袋から最後のドーナツをつまんで指の油と砂糖を舐めとる。
「お忙しい社長サマがこんなチンピラと油売ってていいのか」
「こちらとしては、
「……それで、なんの用だ」
赤いコートの女のポケットから薄いビニール袋に入ったメモリーカードが出てくる。
「それは?」
「翼龍会のテリトリーがすっぽり空いた跡地、そこを狙っている『こわいやつら』のブラックリスト。……扱いには気をつけなさいよ」
「これもシャーレの差し金か?」
「業務委託の範疇という意味では、そうとも言えるわ。でもこれはあくまで便利屋68としての判断よ」
その言い草に少しむっとする。
「誰がお前らの飼葉桶から飯を食うか」
「あらそう。じゃあ、ほかの組織に取られるだけよ。少なくともシャーレがたった2時間で『ショッキングピンク』のレシピごと翼龍会を叩き潰したことは知られている。皆あのレシピを狙っているし、同時にその空白地帯をめぐって抗争は激化する。……乗り遅れた後、その対処に手を焼くのはあなたたちよ」
翼龍会が潰されたのはおおよそ32時間前。壊滅寸前の『カタカタ』を使って押さえさせたのが26時間前。これを手柄に『カタカタ』を再編することができると言う意味ではヘルメット団の正常化のいい起爆剤にはなった。しかしそのうえでなぜこの便利屋がここまで入れ込むのかがわからない。
「ちっ」
そのビニール袋ごとメモリーカードを奪い取る。今の『カタカタ』に外部からの攻撃を捌ききるだけのパワーはない。急襲されたらそれこそ潰される。そこまでわかって敵対組織の情報を流してきているなら、この便利屋の手は本当に深くまで入り込んでいることになる。
「賢明な判断ね」
「……牙を抜かれて丸くなったか、おまわりの犬はよほど楽しいんだな」
「そう見えるかしら」
それでも怒った様子がないのが意外だった。赤いコートの女はビルの隙間で切り取られた冗談みたいに青い空を見上げる。
「あくまで私たちが生き残るためよ」
「そんな臭い正義で腐った飯を食って楽しいか」
「残念ながら正義に尻尾を振ってるわけじゃないのよ、こっちは」
声がすっと下がる。空はこんなに青いのに、ここには陽が落ちてこない。
「私たちがシャーレからの仕事を受けてるのはそれが正義だからじゃないし、正義のためというならここまでやらないわよ」
「そんなにあの先生にお熱? そこまでのタマなわけ?」
「いいオンナの
見上げたままの赤いコートの女の横顔をじっと見る。……この女、こんな瞳の色だっただろうか。
「ブラックマーケットがなんで存続できるか、考えたことはあるかしら」
「あ? ゴミ箱だからだろ。ゴミ箱にゴミを突っ込めば誰かがごみを消してくれると思っているおめでたい奴らに支えられてきたわけだ」
「そう。だから許されてきた。見えないことで認められてきた」
「それをシャーレがぶっ壊そうとしているわけだが? あんたもそれが気に入らないクチか? だったらなんでアイツにしっぽを振ってんだ」
連邦捜査部、シャーレ。そしてその顧問となっている『新田リョータ』という先生。
今年の春になっていきなり現れた『先生』によって設立された組織と一度やり合ったことがある。まだそれから3か月も経っていないが、あの時はまだ弱小組織の風合いだった。それが今や、
「私が先生と組んでいるのは、そうね、法外な額を払ってくれてるというのもあるし、お互いのメリットになるからパートナーとして組んでいる。あなたたちもそうでしょう? ホットラインを使えばいい子過ぎて合わない子を表舞台に『返品』できるんだから」
「薄っぺらい正義だ。それで救ったつもりかよ」
「本人が聞いたら、それで子どもが救えるならって即答しそうね。でもまあ、正義でも正義でなくてもいいのよ。それにこのブラックマーケットに正義を捨てに来たのなら、それはそれで面白いじゃない。それを再利用して生き残るのが、ブラックマーケットでしょ?」
赤いコートの女が背を向ける。
「……ま、私とあなたの関係はあくまでビジネス。お金になるんだから文句はないでしょう?」
「この場所でクスリを作って売りさばくとか考えないのかよ?」
「もちろん考えたわ。1グラムでも売ってみなさい。今度は『ジャブジャブ』ごと潰すわ」
二日前なら笑い飛ばせた。それがいまやどうだ。
「ま、私が貴女をビジネスパートナーに選んだのは、あなたが比較的話が通じるというのもある。貴女はクスリを売ったりしないし、無造作に鉄砲玉として使えないやつを送り込んだりしない。古風な、正統派のアウトローだから、というのもある」
「……それがシャーレのやり方か。それがゴミ箱をわざわざひっくり返す理由か?」
赤いコートの女が笑う。大声で笑う。この女の一言であの四つ足戦車軍団が飛んでくるかもしれない。少なくともビラをばらまくために輸送機を飛ばす集団が背後にいる。あの無人戦車が空から降ってきたら文字通りブラックマーケットは一瞬で燃え上がるのだ。そのリスクをどこまで取れるだろうか。
「思い違いも甚だしいわ。河駒風ラブ。一つ忠告をしておいてあげる。……彼らはブラックマーケットなんて
コートを翻して正面に立つその女。
「連邦捜査部はあくまで一過性の組織よ。先生はシャーレをさっさと潰したがっている。じゃあいつ潰すのか? ブラックマーケットを浄化できたら? 違う。カイザーのような悪徳業者を一掃できたら? 違う。――――――新田リョータは、このキヴォトスから銃声を消すために、世界に対して戦争を仕掛けた」
「はっ! 矛盾してる。それが出来たら本当に世界平和だ」
吐き捨てる。そんな日なんて来るわけない。だれがそれを望むと言うのだ。
「そう。その子供じみた、バカみたいな夢を掲げて組織を旗揚げした。そんな組織が急拡大したのは、それだけそんな馬鹿を彼と一緒に笑いたい奴がいたって証拠よ。そんな馬鹿たちが掲げた馬鹿げた夢が芽吹こうとしている。それって最高のショーだと思わない?」
赤いコートの女はじっとこちらを見てくる。
「私は彼の戦争を、かぶりつきで見るだけじゃ物足りなくなったのよ。……便利屋68はこの世界で最後まで銃を持つ組織になる。私が最後の、つまり
女の顔が急接近する。耳元で囁くように声が出される。
「だから私の邪魔をしちゃだめよ、チンピラ」
女が――――――陸八魔アルが笑って去っていく。舌打ちをして背を向ける。
「くふっ、アルちゃんかっこつけちゃってぇ」
「ちょっと! 笑うような要素あった!?」
聞こえた会話は聞かなかったことにしてあげるのが情けというものだろうか。むしゃくしゃした気持ちが収まらず、空になった紙袋ごと押しつぶす。
「楽にしてください、別に査問のために呼んだわけではありません」
「……っす」
査察結果の報告書になにか不備でもあっただろうか、と心臓がバクバクしていたけれど、イチカ先輩も同じみたいだった。ナギサ様は長いテーブルの向こうで優しく微笑んでいた。
「難しい視察を頼んだということで、お礼にお呼びしただけです」
座ってくださいと促されたので、椅子が引かれた場所に腰掛ける。出てきたのはフルーツのロールケーキやクッキーがのったアフタヌーンティーセット。
「美味しいニルギリが手に入ったのでお楽しみいただければと思いまして。ミルクティーが合うかとおもいますが、それでよいですか?」
「は、はい……っ!」
声が裏返ってしまうが気がつかない振りをしてくれたみたい。出された紅茶に口をつけるが、全く味がわからない。美味しい紅茶なんだろうけどまったく味がわからない。それでも感想を言わなければとなんとか言葉をひねり出す。
「お、おいしいです」
「最近はぬるい湯で淹れた紅茶に塩を突っ込めだの、電子レンジで紅茶を淹れろだの、奇抜な意見が多いので、静かに正当な紅茶を飲めるだけでもありがたいものです」
ナギサ様はそんなことを言っている。多分ゲヘナのだれかに喧嘩でも売られたのかなぁとなんだか場違いなことを考えた。
「ははっ、ナギサ様もご苦労が多いみたいっすね」
イチカ先輩はいつもより声が固いけれど、それでもナギサ様としっかり会話をしている。学園生活のこと、正義実現委員会のこと、いろいろな話題が飛んでいく。そんな会話をしていると、ナギサ様も私たちと同じ生徒なんだなぁと思える。
「興味深いといえば……あなた達からそれぞれ出してもらったシャーレの報告書、拝読しました」
来た! 本題! と心拍が一気に上がる。
「まったく真逆の意見が飛び出したので、それぞれ見てきた時の感覚を直接お伺いしてみたくて」
そう言われて反射的にイチカ先輩を見る。
「お二人から上がった事実に関する情報はほぼ共通でした。潤沢な予算と最新装備、それの有効利用を可能にする訓練プログラムに指揮系統を支える高規格な通信インフラ、どれも目を見張るものでした。しかしあなたたちから上がった結論は、結論だけは真逆と言っていいものでした」
わたしはイチカ先輩に報告書を提出し、イチカ先輩が取りまとめて出したはずだ。わたしはイチカ先輩が何を書いたのかを知らない。
「ミコさんは順当に治安維持システムとして機能を全うしていると書いている。報告書だけ見れば私はミコさんに同意します。……イチカさん、あなたはあそこで何を見たのです?」
イチカ先輩は目をすっと開く。いつも糸目の先輩の優しい目の印象ががらりと変わる。
「……ミコの書いた通り、シャーレは少なくとも現状に十分に適合していると思います。しかし長期的に安定した組織としては存続し得ない。そう考えます」
「それが貴女の『シャーレとは一定程度距離を置くべき』という結論ですか?」
イチカ先輩はそれに頷いて答える。ナギサ様がかちゃりとグラスを置いた。
「おそらくシャーレは数年以内にD.U.のみならず、
「ですがイチカさんはそれを好ましくないと思っている」
「はい」
イチカ先輩は即答する。
「部長のアビドス高校の小鳥遊ホシノや、事務方トップのミレニアムの早瀬ユウカと実力者が入っていますからそう簡単に瓦解はしないでしょうし、連邦生徒会が瓦解を許さないと考えられるっす。SRT特殊学園が休校し、ヴァルキューレ警察学校に吸収された以上、連邦生徒会の切り札はシャーレだけになったっす」
話しているうちに先輩の口調が崩れた。ナギサ様はそれをとがめることもなく聞き続ける。
「現状において、シャーレの正気を担保できるのは、内部の人員の理性と倫理にかかってしまっている。それを外部から担保する手段は、形ばかりの監査委員会のみ……それも、いろいろ黒い噂の絶えない不知火カヤを委員長にする組織です」
「つまり、信用に値しない、と?」
「バックアップとして、もしくは状況を変えるための核爆弾としてなら信用するっすよ。……少なくとも、シャーレは正義に基づいて行動する組織ではない」
そう言われ、制服の袖を机の下できゅ、と握る。腕に巻いた腕章が重い。
「核爆弾は爆発しては意味がないっす。使われるかもしれないという恐怖が本質であり、コントロールできない欠陥兵器ではいけない。……っと、これは釈迦に説法っすね」
「いえ、続けてください」
「シャーレの先生は優秀っす。そして善良っす。力の使い方を知っていて、ためらいなくそれを振り下ろすことができる。そしてそれを許容するような広範な権限を持っている」
つまり、シャーレが
「……善良であって、靡かない。故に対立した場合の対応が困難」
「その通りっす。実際それでミレニアムサイエンススクールは、自治区のすぐそばにクレーターをこしらえた。トリニティやゲヘナに対しての抑止力になりうる技術を扱う天童アリスというカードを場にオープンにせざるを得なかった」
天真爛漫を絵にかいたような髪の長い女の子の笑顔が浮かぶ。このあたりの情報はわたしに伝えられていなかった。視察の開始前に聞いた『そういうことのハンドリング』というのは、この情報だったのだろうと今ならわかる。
「なるほど、よくわかりました。……ツルギさんやハスミさんが信頼するわけです。お二人に視察を頼んで正解でした。……よく励みなさい」
イチカ先輩が立ち上がって、敬礼。慌ててわたしも追って敬礼。
「これは仮定の話ですが……シャーレに正義がないとして、それを破るだけの正義を、我々は持ちえますか」
「それは……っ!」
シャーレと全面戦争を考えているのかと喉が干上がる。半歩分前に出た体をイチカ先輩が翼で叩いてくる。
「ミコ、仮定の話っすよ」
「えぇ、仮定の話です。組織として、最悪は常に考えなければなりませんから。それで、イチカさんはどう思いますか」
「……先生はどこまで行っても子どもの味方みたいっすからね。戦争よりも教育によい道を示すことができれば、おそらく」
「それは実質的に不可能という回答ですね。わかりました。退出を認めます。楽しいお茶会でした。また話しましょう」
再度敬礼して、退出。
「……イチカ先輩」
「そんなに恨みがましい目をしてもだめっすよ。そういう世界もあるって話っすから。そしてそうならないために私たちが頑張るんす。シャーレと全面戦争なんてゾッとしないっすからね。そうなる前にいろいろ手を打つしかないんすから」
イチカ先輩は、イチカ先輩らしくない笑みを浮かべて歩き出す。
「……そう、何とかするしかないんすから」
なにか大きいことが動こうとしている。嫌な予感が胸の奥に居座っている。それを押し込めるように頬を両手でぱちんと叩いてから追いかけた。
余ったロールケーキの甘さを紅茶で飲み下す。報告書の内容と、先ほどの正義実現委員会からの報告を頭の中で振り返る。
「……
報告書から何をしようとしていたのかはおおよそ見えている。麻薬、人身売買、そして特定の人物の内臓のコピー。そのDNAは既知の人物とは合致していないが、それでも目的があるとしたら。
「特定の人物の模造品を作っている。その神秘に用があるか、だれかに成りすまして潜入させるためか」
そしてあの場所には、
「おそらく、トリニティにすでに誰かが潜入しているのは間違いない。誰かが天秤を裏で動かしている」
酸いも甘いも飲み下すのが為政者の仕事だとはわかっている。この痛みは、ほか人が知る必要なんてない。
「アラタ先生……」
そういう意味では、正義という枠にとらわれない相手は有用だ。毒を制するには毒がいる。その運用で一人がズタズタになったとしても、それで学園が守られるなら。
――バックアップとして、もしくは状況を変えるための核爆弾としてなら信用するっすよ。
あの正義実現委員の言葉。それを信用してみようと思う。少なくともセーフティネットは張られている。あとは覚悟の問題だ。
「……誰か控えていますか」
そう言うとすぐに一人が入ってくる。
「ヒフミさんを呼んでください。大切な話があると」
いまから私は、友人を失う。
それが正解だと、私の正義だと信じる。そこに納得は必要ないのだから。
「納得できません! なぜSRTが廃校にされなければならないのですか!」
「廃校ではない。休校だ。それに最終出動をしたRABBIT小隊の小隊長がみっともなく駄々をこねるな! SRTの看板に恥を塗る気か!」
怒鳴って、怒鳴り返される。それでも、納得はできなかった。SRTの先輩はまとめ終わった私物が入ったたった一つの段ボールを撫でながら苦い顔をしている。
「……もう決まったことだ。私たちは連邦の弾丸だ。連邦生徒会はそれを撃たないと決めた。ここで暴発したところで、連邦生徒会が傷つくだけだ」
「先輩はそれでいいんですか! 私たちの正義は、矜持は!」
「月雪」
苗字で呼ばれる。先輩のいつもの声のトーン。
「悔しいさ。それでも耐えるしかない。SRTは弾丸にしかなれなかった。銃にはなれなかった。ましてや自分で引き金を引く立場にはなれなかった」
「だからって、連邦捜査部がそうなるって言うんですか。そうなれるって言うんですか」
そんなはずがない。そう叫ぶしかできない。
わかっている。わかっているんだ。先輩にぶつけたところでどうにもならないってことぐらい。
「SRTは、見捨てられたのですか」
「耐えろ、月雪。正義はどこにでも芽吹く。ヴァルキューレでSRTの正義を芽吹かせろ」
「……納得なんて」
「できなくてもだ。……現時刻を持って、月雪ミヤコのRABBIT小隊長の任を解く。ヴァルキューレ警察第三分校の警備課にて新設される強行突入班班長の内示が来ている。2週間後までに編成を完了しろ」
先輩はそう言って出ていく。何もなくなったSRTの事務所を見る。無機質なスチールデスクしか残っていない。正義の砦として堅牢だと思っていたSRTが、たったひと月で空っぽになったのだ。
「……どーすんの」
いつの間にか、小隊の面々がオフィスの外から覗いていた。納得はできない。それでも進むしかないのなら。
「RABBIT小隊は、現刻をもって、本来業務に復帰します」
これは賭けだ。それでも、私には、正義を全うする義務がある。
ということで、F2はここで終了となります。
今回の地獄みたいなタイトルですが、さすがにアレなので解説はこちら、
【挿絵表示】
次回から予告通りカルバノグの兎の第一章に入りますが、シナリオ整理と書き溜めのために1か月から2か月ほど休載したいと思います。その間に思い付きでふらりと短編を上げるかもしれませんが、その時はご容赦ください。
次回 アウトロー・アウトロー
感想・評価などはお気軽にどうぞ。
誤字報告大変助かっております。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
Next Operation>>>
Op.3:Operation VORPAL-RABBIT
「正義の果てに殺戮があるとしても、正義を途絶えさせるわけにはいかないんですよ、先生」