マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
「うぅ……SRTに戻りたい……」
そう思いながら木の幹に背を預けて周囲を見回す。高い木の上というのは狙撃しやすく、狙われづらい。ギリースーツをちゃんと被っていれば見つかりにくいというのもある。
「あ、でももうSRTはないんだっけ……うぅ、どうしてこうなんでしょう……」
木が風で揺れる中、照準器越しに視線を滑らせていく。ビルの屋上に展開したヴァルキューレ警察学校の狙撃手部隊は排除したが、それでも観測手はまだ置いている。確認できるだけで2組4人。あまり練度も高くないのかな。
「あれ……?」
そんな中、目の端に違和感を覚える。スコープを覗いていない左目でナニカが動いたように見えた。そちらに銃口を合わせ、スコープを合わせる。
「シャーレの……」
ドアの奥で赤いスカーフが闇に浮かんでいるように見える。屋上の塔屋の奥は陽が入らないのか不気味な雰囲気でその奥に浮かんでいるスカーフというか、頭巾というか、ともかくそれで髪を覆った少女がいる。確か名前はジブリールちゃん……だったはず。見た目のインパクトで見間違えはないが、名前が合っていたかは自信が無い。
「RABBIT1、シャーレが来たみたいです……」
《RABBIT4、報告は正確にお願いします》
ミヤコちゃんの指示に思わず「ひぅ」と声が漏れる。我ながら情けない。
「13P2インディゴのビル屋上にシャーレのスカーフの子がいます」
《スカーフの子……アラタ先生にべったりだった子ですね。それにしても屋上? あの子は狙撃手向きではないように思いましたが……RABBIT4、状況を詳しく》
「えっと……塔屋のドアを開けて中で様子を窺っているみたいです……周りをきょろきょろ見てて……なにか取り出してます……懐中電灯?」
スコープの向こうで懐中電灯の柄の部分に親指をおいて、フラッシングしているのがわかる。そのまま足下を照らしては消してを繰り返している。何をしているのだろう。
「あ」
その周期が規則的なことに気がつく。なるほど、暗くないとあの明かりが見えにくくなるから塔屋から出てこないのか。つまりジブリールちゃんは何かをこちらに伝えようとしている。途中からだがデコード開始。
「RABBIT4からRABBIT1、モールス信号です。……ツー・フォー・スリー・デジマル。ツーファイブ……以上循環してます」
《243.25……ヴァルキューレの
《フン、そんなもの追い返せばいいだろう》
無線に割り込むようにそう言ってきたのはRABBIT2のサキちゃん。
《あの戦車モドキ対策はしてあるしここはミレニアムじゃない。わざわざバケモノレールガンをミレニアムに頭下げてまで借りてきてここにクレーターを作るような度胸はヴァルキューレにはない。勝てはしなくとも負けはしないぞ》
《勝てなきゃダメじゃん》
RABBIT3のモエちゃんも会話に入ってRABBIT小隊全員での会議になる。その間もビルの屋上のジブリールちゃんはずっとちかちかと周波数を送り続けている。
《……いえ、RABBIT2の言うとおり負けはしないことが重要です。一年生である私たちであってもそう簡単に鎮圧されないだけの力があること、そして、SRTという正義が消えることの問題を連邦生徒会が認識することが今回の作戦目標です。我々が対話をするべきは連邦生徒会であって、連邦捜査部ではありません。連邦捜査部との対話は不要です》
ミヤコちゃんはそこで間を取った。
《RABBIT4、当該シャーレ部員の側、意図的に外したことがわかるものを狙撃してください》
「え? どういう……?」
《シャーレ部員に怪我をされては困りますが、対話はしないというメッセージが必要です》
そう言われサイトの奥で良いものがないか探す。
「じゃ、じゃぁ……懐中電灯壊す?」
《いいですね。RABBIT4、狙撃してください》
セーフティオフ。距離は
「……成功、です。……っ!」
《どうしましたRABBIT4》
「ジブリールちゃんと目が合いました……! 配置転換します」
《了解。09E5に転進してください》
すぐにさっと階段室の奥に消えたが、それでもあの鋭い瞳は確かにこちらを見ていた。
ギリースーツを被っていても、光ってしまえばバレるのは当たり前の話ではある。ただしこちらはサプレッサを装着しているしレンズも反射防止用のフィルタを使っている。露見する可能性はかなり低かった。向こうはおそらくこちらが撃つ前にアタリをしっかりつけているということだろう。
カウンターが来る前に木から滑り降りる。指定されたポイントは森の中だが正面入り口を狙いやすい位置だ。つまり突入を警戒している。
《おそらく5分程度でシャーレが突っ込んできます。RABBIT小隊、警戒を厳に》
《狙撃手を狙撃手ポイントから追い出すことに成功しました》
「こっちはずっとひやひやしてたよ。怪我はしてないかい?」
《ありません。おそらく狙撃手も私に当てるつもりはなかったでしょう》
「そうか。……ジブリールが言うならそうだろうね。とりあえず下がってくれ。あと3分でロジコマとSA班が現着する」
僕はそう返しながら
ジブリールに伝えてもらった周波数はずっとだんまりだ。わざと信号用の電灯を壊したということは交渉チャンネルごと拒否、ということだろう。さて、そうなると本当に突入しかないぞ。
管制要員も兼ねていたハレとコタマまで現地に狩り出したので指揮所は人手不足になっている。二人と一緒に『当番』だったユズの他に、ロジコマの整備中だったウタハを呼びつけてサポートにいれることになり現在指揮所は3人体制。本当はハレを残してユズを送り出したかったが、『人が多くて怖いですけど、ようやく一人でシャーレのオフィスになんとかこれました、なんとか……!』とかやりきった顔で言っている彼女をヴァルキューレとの共同戦線に突っ込むわけにもいかなかった。
現地でのオペレーターは大分拡充できたので問題ないのだが、ちゃんと僕に代わって指揮所を回せそうなのがアヤネとユウカ、次点でアコというのはかなりマズい。ユウカはどちらかといえば前線指揮官といった立ち位置の方が動けるし、そもそもアコに至ってはゲヘナ学園の風紀委員会から連絡役も兼ねた研修出向中の人員であって正規の部員じゃない。僕が指揮できるうちはこれでいいのだが、僕がいなくても回るようにと考えるとかなり厄介だ。
「少なくとも今はSA班とジブリール頼りになるか……」
《そんなご無体なアラタ隊長! 我々ロジコマ隊も活躍できますから!》
《そうだそうだ! 待遇改善を要求するー!》
《天然オイルーをー!》
「みんな落ち着いてぇ……!」
僕用の管制卓から二段下がった場所にあるロジコマ用の専用制御卓からユズの慌てた声が響く。実質的にユズ専用席になっている場所でわたわたしながらキーボードを叩いているユズは忙しそうだ。
「どうして天然オイルなんだい?」
「あ、えと……駆動用グリスを天然モノにするのがコマちゃんたちの間で流行ってるみたいで……」
「流行りかぁ」
ユズが教えてくれる間にも、彼女がコマンドでロジコマに指示を出しているのがわかる。それをどこか笑いながらウタハが情報支援に入ってくれる。
「出所はモモイだそうだ。愛機には天然オイルで愛情を掛けるのが伝統だそうだけど?」
「そんな伝統があるのかい?」
「少なくともキヴォトスで聞いたことはないかな」
そうなるとゲームかアニメか、そんなところだろうか。SA班とジブリールの合流場所を修正しつつ雑談がてらウタハに問いかける。
「天然オイルは個体差が出ると思うんだけどいいのかな?」
「その個体差がきっと生き残りにつながるはずさ。これも
「ロジコマはあくまで手段で、万が一の時は使い捨てるつもりだったんだけどなぁ」
ミャンマーで『まめたん』を使っていたころも同じように悩んだのを思い出す。子供たちがまめたんを戦友として認識したり、壊れた部分を労わっていた。ジブリールもその筆頭で戦闘でライトを割られたまめたんを気に掛けていたことがあったっけ。
「便利だし可能な限り活用したいのは確かだけど、必要な時に諦められないと困るんだよなあ……」
そういうとウタハが喉の奥で笑った。
「先生はそんなに諦めの良い人じゃなかったと思うけど?」
「子どもに対して諦めが悪いだけだよ」
「でもその子どもがロジコマを欲してるんだからそう邪険にしないでほしいね。マイスターとしてもロジコマのデータは貴重なんだしさ」
そうだそうだー!とロジコマからも応援が入る。ユズが困ったように僕を見ているのに気が付いた。そのままこくこくと頷いているので「使い捨てにはしないであげて!」といったところだろうか。結構ユズは顔に表情が出るタイプらしい。
「ま、上手くやろう」
ぱぁあ、とユズの顔がほころぶので読みはビンゴ。ジブリールもこれぐらい素直だったらなぁ。
「エイミ、まもなく到着。到着後は指揮階梯の変更を行うから構えておいて」
《了解》
ジブリールの視界映像にロジコマたちが映った。先遣隊のジブリールとキリノとフブキ、そして今合流したSA班のエイミとセリカ、マキとコタマの7人に加えて24機のロジコマが、シャーレとして今回投入できる全戦力になる。
《全員降車!》
エイミの号令で皆が降りる。ユズにはすでにロジコマの配置箇所は指示済だ。ユズが先行して配置を始める。
「フブキ、
《領域内の民間人の避難チェック完了ー。問題ないよー》
「キリノ」
《公園内の監視カメラは完全にキルされています。RABBIT小隊が奪った装備には監視カメラとそれらを統合運用するためのモバイルモニタが含まれているので、おそらく突入と同時に察知されるのは防ぎようがないです》
「わかった。ふたりとも突入に備えてくれ」
全体無線に切り替える。
「指揮階梯を変更する。ジブリールをリーダーにSA班。班員はキリノとセリカをつけるから正門からの突入に備えてほしい。エイミはSC班としてコタマとハレ、フブキを連れて北門からだ。ロジコマはそれぞれ6機つける。みんな位置についてくれ」
それぞれのアイコンが移動し始めるのを確認しながら考える。さて、相手は対戦車兵器をどれだけため込んでいるだろう。24機で足りるだろうか。可能ならジブリールたちが突入する前に撃ちきらせたい。
「カンナ、聞こえるかい?」
《はい、
ヴァルキューレ側の無線に合わせた無線から声が返ってくる。
「相手は交渉を選ばなかった。なぜだろう?」
《……私はRABBIT小隊ではありませんし見当もつきませんね。そもそも本気ならばこんな運動公園ではなく連邦生徒会本部を狙うはずです……FOX小隊のように》
「FOX小隊もSRT特殊学園の部隊だったよね」
《はい》
少し考える。相手の落とし所はどこだろう。
僕は、カンナの意見とは少しだけ違う。本気じゃないからこの運動公園に陣取ったわけではない。おそらく本気だからここに陣取ったと考えている。
「物資の搬入が容易だっただけ? ……もしくは、何かを待っている」
《待っている、とは、何をです?》
奪われた武装などの計上が可能である以上、RABBIT小隊の継戦能力はヴァルキューレ側でも予測可能だ。つまり、時間が経つほどRABBIT小隊が不利になる。
そして、ケセドと戦った時に話したリーダーのミヤコはそれを見逃すほど楽天的には見えなかった。それでも交渉を蹴った理由がどうしてもわからない。なにかの情報が足りていない。もしくは前提を見誤っている。
前提が間違っているとしたら、戦力が本当は4人ではなくもっといる。ぐらいか。あとは補給のアテがあるか。
「僕もわからないけど、あり得るのは増援かな」
《FOX小隊が裏にいる、と?》
「可能性はあるかもね」
どちらにしても、長期間の消耗戦には持ち込みたくない。できれば短時間で、最小限の被害で終わらせたい。FOX小隊はアビドスでのホシノ奪還作戦の裏で連邦生徒会に襲撃をかけた部隊だ。それが出てくる可能性があるのなら、それが本当に来る前に理由の方を潰したい。
《SA、レディ》
《SC、レディ》
ジブリールとエイミからほぼ同時に声が掛かる。ジブリールはいつものライフルの他に、マチェット一振りと試験運用中のワイヤランチャー……といってもスマートフォンサイズなのだが……を持っているのがわかる。
「両班スタンバイ。次の指示までそのまま」
同じ画面を見ているユズがぽそりと呟くのが聞こえる。
「絶対張られてますね……」
「うん。正門から、正面の丘に繋がるまでの250メートルは遮蔽物もない。撃たれ放題だ」
裏手の北側に回したエイミ達はまだ遮蔽物も使えるが、正面側のジブリールはそうもいかない。そこをなんとか超えてもらわなきゃいけないが、迫撃砲だけでも事前に叩き込んだ方がよいか。
「カンナ。やっぱり迫撃砲だけでもあの丘の森に叩き込んだらだめかい?」
《延焼する危険性が高すぎて看過できません》
そこはどうしても譲れないか。なら、このまま突入するしかない。
「ユズ、SA班付きのロジコマ6機のハンドリングを僕に回してくれ。残りはユズに任せる」
「わかりました。ユーハブコントロール、です」
「アイハブ。カンナ、こちらの突入用意ができた。改めての確認だけど、突入してRABBIT小隊を確保、その後ヴァルキューレに引き渡す。これでいいんだね?」
《お願いします》
「わかった」
無線にはそれだけ返す。アロナが周辺のセンサやカメラの情報をとりまとめてくれている。なんとかこのまま乗り切りたい。
「それじゃあ、始めよう」
「スモークグレネード、ディスチャージ、します!」
ユズが発煙弾の投射を指示。僕もそれに合わせて投射。数秒待って煙幕の展開を確認してから指示を出す。
「SA,SCエントリー、煙幕を抜ける前にロジコマから下りるんだ」
思ったより風が無く、煙幕は横にあまり流れず上に流れようとしている。ジブリール達が飛び降りたあと最高速に近い速度でロジコマが3機突っ込む。案の定抜けたところにロケットランチャーが突っ込んでくるロジコマ1機に急制動を掛けさせ正面から受け止める。そのまま抜けられるとキリノが危険域に取り残されるからだ。
その爆風を背にジブリール達が飛び出していく。正門の危険域はなんとか超えた。森の中に5機のロジコマと3人が突っ込んでいく。ここからは僕のオペレーションだ。
「SAはN34P21へ。森の中はロジコマに接近しすぎないように」
ロジコマを先行させて射点を割り出す。機銃に小型ミサイルの雨あられ。あっという間に1機が蜂の巣になった。これでも駆動系が生きているのはさすがエンジニア部謹製といったところなんだろう。ジブリールたちが先行してたら本当に危なかった。
攻撃のあった方向には別のロジコマで射撃。無人の機関銃などが斜面にいくつか設置されているように見える。設置で手一杯だったのか偽装が甘い。一気に押し込んでいく。
「SC、そちらに向けてSA班が相手を追い込む。不意な遭遇に注意」
《コピー》
エイミが淡々と返してくれる。それが本当にありがたい。さて、どう出るRABBIT小隊。
《先生! 公園の北1.2キロに高速熱源検知しました!》
アラートを上げたのはまさかのアロナ。反射で地図を見る。位置は規制線の外だ。
増援? 本当にいたのか。
《アロナ、カメラを出してくれ》
言い終わるより速く画面に監視カメラ映像がリアルタイムで転送されてくる。
「……うん?」
巨大なドリルが道路の上を爆走している。赤いボディに銀色のドリル。それを乗せた台車が煙を上げてアスファルトを削り、土煙を出しながら公園めがけて爆走中だ。
そのドリルの脇に掴まるように、小さな少女が乗っている。丈のあってない白衣を着た赤いシャツに短パンの少女が楽しそうにしているのがわかるが音声までは届かない。おそらく高笑いしているのだろう。
《ゲヘナの温泉開発部……あのバカ来やがった!!》
カンナが苦々しく口にする。
そうか、あれが温泉開発部か。
「あのドリルで何をする気かはわからないけど、とりあえずなんとかしないとだね。SC班は34T23へ。ユズ、ロジコマで制止できるかやってみようか」
待ってた応援があれなのかな。テロリストみたいな集団だと聞いてたんだけどRABBIT小隊が頼るだろうか。
まぁよくわからないのはいつものことか。
こうやって慣れてきたのは本当に良くないと思う。とりあえず僕は、シャーレにいる生徒達をなんとかして守ることを第一に考えるしかない。
「とりあえずドリルには止まってもらって、話を聞かなきゃね」
だから、そうすることにした。
煙幕の向こうからこんにちはしてきた温泉開発部のせいで混乱が加速する!
次回 思い切り殴りました。
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誤字報告大変助かっております。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。