マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる -   作:オーバードライヴ

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OPR-K005_取り調べ×2

 いきなり頬を張られるのは久しぶりだ。多分日本でヤクザな犯罪組織を壊滅させて逃げてきたタイに入国した直後の空港で、李さんに出合い頭に引っぱたかれて以来のはずだ。今回平手打ちをしてきたミヤコは、ちゃんと頬骨を避けてくれたからかなりの恩情だろう。

 

 僕が止めるよりも前にジブリールが頬を張り返していた。慌てて止める。取り調べの記録員をしてくれているヴァルキューレ警察学校の生徒さんも一緒に割って入ってミヤコを椅子に押さえつける。子ども同士の殴り合いの喧嘩はまぁ『あるある』なのかもしれないが、きっかけが僕だし止めるのが筋だ。

 

「とりあえずジブリール、そこでストップだ」

「アラタは優しすぎます。なぜ殴られて笑っているのですか」

「大丈夫大丈夫。落ち着こうか」

 

 ジブリールは不満そう。それでも固めていた拳を解く。取り調べ室のスチールデスクに上から押さえつけられるようにされているミヤコの対面に座り直す。

 

「ミヤコ、僕は君になぜ公園を占拠したのかを聞きに来たと伝えただけで、いきなり平手打ちをされた。なぜだろう?」

「貴方が正義を歪めてまで()()にいるからです」

 

 そのころになって、マジックミラーの向こうで待機していたらしいカンナやキリノ、フブキが取調室に飛び込んでくる。キリノがミヤコを抑え込む側に回った。

 

「貴様何を……!」

 

 怒鳴ろうとしたカンナを手で止めて、僕はミヤコと真正面から向き合う。さすがにさっきの今でカンナに銃を降ろせとは言えなかったが、とりあえずはハイレディの位置に収めてくれた。キリノがフブキを呼んで、記録席に向かわせる。このまま継続か。殴り掛かってくるぐらいなら別にいいんだけどな、と思うけれど、ここでジブリールまでポカポカモンスターになられると収集がつかない。

 

「そこ、というのはシャーレのことかな?」

「シャーレができる前から、SRT特殊学園は連邦生徒会長直轄の法執行機関として活動してきました。本来連邦生徒会の切り札たる法執行機関とは正義に則り運用されるべきもの。そうだというのに正義であるかを問うことなく武器を振るうあなたが、なぜそこに収まっているのですか」

「それは僕も知りたいところだね」

 

 とりあえずそう返す。実際問題、僕は連邦生徒会長に会ったことがないし、何をすればいいのかの引き継ぎもなかった。今となっては周囲の情報収集能力不足の結果、SRTの立ち位置を奪ったというのが現状なのだが、それを彼女に言ったところで怒りが収まるわけじゃない。

 

「つまりミヤコは、僕がシャーレの顧問をしていることが我慢ならないから、僕を引っぱたいたということかい?」

 

 それには答えが返ってこない。うーん、思ったより直情的な子だな。いや、子どもらしくてかわいいし、大人の言うことを素直に聞けないのは当たり前だ。

 

 とはいえ、取り調べをする担当者が明確に憎まれているとなると根本的にダメだろう。せめて次の担当者には素直に話してもらえるようにしないといけないし、このままミヤコたちRABBIT小隊に挽回のチャンスがないのも話が違う。

 

 重たい沈黙の間を使って、どうするべきか考える。まぁ、僕が提示できる条件なんて、僕の目が及ぶ範囲にしか答えはないんだから、限られてしまうんだけど。

 

 ようやく力が緩んだのか、キリノがミヤコを椅子に座らせ直した。それを待って口を開く

 

「じゃあ、君がシャーレの権限を全部引き継いでみるかい?」

「先生!?」

 

 多分、度肝を抜いた時の顔は今のキリノのような表情を言うのだろう。あと、ジブリールの視線が痛い。

 

「どういう意味ですか?」

 

 ミヤコは何を言っているのかわからないという表情だ。

 

「僕はシャーレという組織にこだわるつもりもないし、権力もいらないんだ。子どもたちがちゃんと教育を受けられて、殺し合いをしなくて済むような世界を作る方法を提案してくれるなら、僕の全財産をかけて買い取らせてもらう。その相手も、ちゃんと現実的なプランを提示できるなら、本当にだれでもいいんだ。君でもいいし、カンナでもいい。連邦生徒会長でもいいし、ヘルメット団でもいい」

 

 僕は指を組んでみる。せいぜい悪く見えるといいんだけど。

 

「僕は正義にこだわらない。だけど正義が必要だという君は、僕には見えないものが見えているんだろう。僕にはできないことができるんだと思う。だから君が何を見て、何ができるのか教えてほしい。SRTについては僕の埒外にあるから約束はできないけれど、シャーレであれば僕の一存で君たちに権限を渡すことができる」

 

 ため息が聞こえる。多分フブキのものだろう。僕はまっすぐミヤコを見つめる。

 

「シャーレの今の立ち位置は、もともとSRTの物だったといったのはミヤコだ。じゃあ君がシャーレを潰してSRTを復活させてみるかい? それでキヴォトスがより平和になるなら僕は喜んで協力しよう。SRTを使って君は何をする。シャーレを使って君はどんな世界をつくりたい?」

 

 答えはやはり返ってこない。うーん、困った。

 

「もし、そのプランが浮かんだら教えてくれ。その時は商談に入ろう」

 

 そう言い残して席を立つ。カンナは拳銃を仕舞って僕についてくるようだ。最初からいてくれたヴァルキューレ警察学校の生徒さんとキリノとフブキの3人で対応を引き継いでくれるらしい。

 

「……商談? 最低に聞こえます」

 

 取調室を出ようとしたタイミングでそう声を掛けられる。

 

「あなたがいなければ、SRTは廃校にならなかったのに、今更意見を聞くふりですか」

「……そうだね。少なくとも僕は子どもたちに武器を持たせて、子どもたちの命を掛け金に戦争をする最低な大人だよ。僕はその状況をお金に変えて生き残ってきた。最低な、大人だ」

 

 ジブリールが袖を引く。何も言わなくていいという意味も込めてジブリールの頭を撫でる。

 

「なら君はどうだい? RABBIT小隊の指揮官として、運動公園での抗議活動を開始した君は、少なくとも部下3人の責任を負う立場だった。サンクトゥムタワーではなく、公園で立て籠った時点で、武力行使でSRTの休校を覆せる見込みは薄いとわかっていたと思う。それでも始めた君の戦争を、君はどうやって終わらせる?」

 

 そう、本気で武力で交渉をするつもりなら、連邦生徒会に直接殴り込めばよかったはずなのだ。それでも公園を狙ったのは、おそらくアピールのためのデモ活動のつもりだったから。つまり、世論を味方につけないと勝てないと認識していたからに他ならない。すくなくともミヤコは戦力差を認識できている。

 

「それは……」

「そこで言いよどむような答えなら、戦争を始めるには早すぎる。引き金を引くより、銃を置く方がよっぽど難しいんだよ。正義がそこにあったとしても、銃を置くことができないのなら、待っているのは終わりのない地獄のような戦争だ」

 

 もっとも僕がミャンマーで戦争をしていたころは、その終わりのない地獄のような戦争をすることを目標にしていた。だらだらと戦争をして、ぬるま湯のような戦争を日常にすることでお金をアメリカや日本から巻き上げ、子どもたちを連れて足を洗う。僕の子どもたちに銃を置かせることができるならそれでよかったからできた作戦だ。どう頑張っても悪党以外の感想は持てない。

 

 きっとこの子は、僕がまだニートをしていたころの僕に似ている。何も知らず、責任も持たなかったころの僕、それでも自分には技術と夢があると信じていられたころの僕だ。

 

「君の言う通り、僕は最低だ。君は君自身が知らないうちに最低だった。そして君はこれから自覚的に最低になる。……指揮官とは、そういうものだよ。ミヤコ」

 

 廊下の明かりで僕の影が長く伸び、ミヤコの顔を僕の影が塗りつぶしている。いけないいけない。相手は子どもだ。同族嫌悪をしていい相手ではない。

 

「とはいえ、君はまだ子どもだ。責任を背負うのは大人の特権だよ。なにかあれば、いつでも連絡をしなさい」

 

 そう言って今度こそ取調室を出た。ジブリールが膨れながら追いかけてくる。

 

「アラタが最低ではないことを私は知っています」

「ありがとう、ジブリール。それでも、まぁ、ままならないものだね」

「アラタは私に隠し事をしないと約束しました」

「そうだね。……だから、弱音を吐いている」

 

 そういうと、ジブリールが頭を僕の腕に預けてくる。

 

「アラタは正しいことをしています。だから世界を滅ぼしそうな顔をしないでよいのです」

「子どもたちのいる世界を僕は滅ぼさないよ。大丈夫」

「それは私が子どもだからですか」

「ジブリールだけじゃないよ」

 

 そう言うとポカポカモンスターになるジブリール。よくここまで耐えてくれたというのもあるし、とりあえず叩かれるままになる。

 

「……さっきまでの緊張感はどこに行ったんですか先生」

 

 カンナが額に手を当てながら僕に声を掛けてくる。

 

「ちょっと言い過ぎたところもあるから反省しているところだよ。……それでカンナ、ほかのRABBIT小隊のみんなは?」

「テロ活動をするにしても動機があいまいなまま突入していますね。誤解を恐れず言うならば、警官にもテロリストにもなれなかった半端者、といった印象です。月雪ミヤコの取り調べ次第ですが、このまま矯正局に収容させるのが妥当かと」

「そうか……」

「まさか、シャーレの全権云々は本気じゃないでしょうね」

 

 そう言われると僕も首の後ろを掻くしかない。

 

「ミヤコが十分なプランを提示できたら業務委託でもしようかと思ってたよ。SRTは廃校じゃなくて休校、学籍そのものはヴァルキューレ警察学校に移管されるだろうから、委託しても問題はないだろうと思うんだけど」

「あのですね先生。ヴァルキューレでも運動公園を全焼させた特殊部隊崩れをはいそうですかと迎え入れられません。少なくとも人事局長は受け入れを拒否するでしょう」

 

 ヴァルキューレへの編入を拒否するためにテロを起こした相手を仲間にしたくはないという意見もありますから、というのはカンナの談。まぁ、そうなるか。

 

「だとしたら、復学支援プロトコールでシャーレ傘下にしてどこかに学籍をロンダリングするしかないわけだね」

「明らかに反発している生徒を抱え込みますか?」

「じゃあ矯正局に送ってずっと閉じ込めておくのかい? それこそ行き場がなくなる」

「……まったく、お人よしは刺されますよ」

「そんなことはさせません」

 

 ジブリールが即答。僕は苦笑いだ。

 

「とりあえずはこちらの取り調べが全部終わるまではこのまま留置所です。その後の処分については検討しますが、ここまで大きくなると連邦生徒会に話を上げざるをえません」

「ちなみに管轄は? アユムになるのかな?」

「D.U.内で騒動が完結しているので、調停室は絡みません。この状況だと防衛室になるので、不知火防衛室長の預かりになるかと」

 

 となると、SRTの問題はカヤが最終権限を握っているということだろう。

 

「わかった。その会議の時には僕も呼んでくれ」

「……本当に、いつか刺されますからお気をつけて」

「ですから、そんなことはさせません」

 

 胸を張るジブリールがいとおしくて厳重にその頭を撫でる。

 

「まずは、それよりも……」

「うん、わかってるよ」

 

 カンナが足を止めた一つの部屋の前に立つ。扉が開くと同時に陽気な声がかかった。

 

「やぁやぁ先生。待っていたよ。噂に違わぬ活躍。我々の大蛇号が全く歯が立たなかった」

 

 僕と護衛のジブリールが取調室に入ると両手に手錠をはめた状態の小柄な少女が待っていた。金色の眼がほの暗く光っているように見える。案内をしていたカンナはこの部屋に入らない。鏡のような横長の窓が部屋の横にあるから、その奥で様子を見守るつもりだろう。

 

 キヴォトスに来てすぐの頃、ここに通されたことがあった。アビドスでの初戦闘の後でキリノとカンナに呼び止められたときのことだ。あの時との違いは、ドーナツが乗せられていた机が撤去されていて、椅子が二脚向かい合わせに置かれているだけだということ。

 

「はじめまして。僕は――――」

「”イヌワシ”こと新田リョータ先生、連邦捜査部最高顧問(E A C)……なあに、そんな嫌そうな顔をしないでもいいじゃあないか」

「そのあだ名ももう漏れているんだね」

「少なくとも私よりも有名人だろう? 座りたまえよ。私は容疑者で君は取り調べの担当者、立場が下の私が座りっぱなしというのはどうも居心地が悪い。申し訳ないが、いま私は立つことができなくてね」

 

 腰と両足を椅子に縛られている少女が笑って見せる。ここまでの拘束が必要なのか、というのは正直わからない。事前に見せられた経歴だけなら納得だが、その経歴と目の前の少女がどうも噛み合わない。

 

 鬼怒川カスミ――――ゲヘナ学園で指名手配されている筋金入りのテロリスト。温泉開発部の部長として、ゲヘナにとどまらず、温泉開発という名目で様々な場所を爆破しまくった挙げ句、どこも捕まえ続けることができなかった人物。

 

 そんな少女は頭の横から生えている角を揺らして笑っている。個人的には彼女よりも、僕の横で不機嫌そうに銃をローレディに構えっぱなしのジブリールの方が怖い。赤いヒジャブを目深に被ったまま警戒をしている。こういう場面はジブリールの方が正しい。情報に踊らされるのはバカだが、思い込みで相手を見誤るのは間抜けだ。危険な可能性があるのならば、警戒するに越したことはない。

 

 椅子に腰掛けながら声を掛ける。ジブリールは即応できる体勢で僕の左隣に立つようだ。その位置なら銃口のハンドリングが楽だからだろう。

 

「公安局長が逃がしてくれないのだ。だから()()()に先生との面談を設定してもらった」

 

 おそらくは半分本当で半分嘘だろう。現行犯逮捕したテロリストを逃がせ、というのはそもそもカンナが呑めない条件だ。その代わりで僕を指名して話をさせろといってきた。ドア・イン・ザ・フェイス……だっただろうか、なんだかそんな心理学用語があると昔のライトノベルか何かで読んだ気がする。絶対に認められない要求を叩き付けてから、本命の要求を出し、譲歩したように見せて要求を通す手法で、悪徳業者がよくやるアレだ。

 

 エイミを攻撃していた人員を中心にいきなり温泉開発部が退いたのはそこで取引をしたということだろう。なるほど、カンナも苦労している。数ヶ月前は僕もカンナに同じような交渉を掛けたし、今回はカスミに交渉を掛けられている。おそらく記録には残っていないだろうから大丈夫だと信じたいが、これでカンナの首が飛んだりしたら、シャーレとしてなんとか救済策をとりたいところだ。

 

「それで、僕に話というのはなんだろう?」

「一度話して見たかったというのが一つ。あと、シャーレが握っておきたいであろう情報が一つ」

「そんなに僕が気になるかい?」

「そりゃあ気になるとも。あの公安局長が惚れ込む男だ。どんな強面か見てみたくなるだろう?」

 

 ジブリールの視線がマジックミラーの方に刺さる。その様子を見てカスミが眼を細めて笑った。

 

「実際に会ってみると思ったよりも優男で驚いた。そして確信した」

「何をだい?」

「私と先生は同類だ」

「どういう意味ですか」

 

 僕より先にジブリールが反応した。

 

「根っからの悪党だということさ」

 

 飛びかかろうとしたジブリールの手を取って止めさせる。ジブリールの腕をなんとか掴んで引き留めたが、間違い無く殴ろうとしていた。単純なパワーではジブリールの方が上だろうが、体重なら僕の方が上だからなんとか止められた。

 

「確かに僕は悪党だけど、君はどうかな」

「おや、認めるのはそっちなのか。普通は連邦捜査部なんて組織のトップをやっているのだから私を悪党認定して自分と違うというと思ったのだけどね」

「あいにく、正義なんてものは最初から持ち合わせて無くてね」

 

 そう肩をすくめるとジブリールがポカポカモンスターになった。ここが取調室で危険地帯(ホットゾーン)だということを忘れてないだろうか。

 

「先生というのは正義がなくてもできるものなのかい?」

「ろくでもないことにね」

「アラタはろくでもなくありません!」

 

 ジブリールの頭を厳重に撫でながら目の前の少女に向き合う。

 

「内心がどうであれ、事情がどうであれ、子どもに引き金を引かせて戦争をする奴は問答無用で大悪党だよ」

「フフン。珍しいことを言うじゃあないか。だれも銃で死なないこの世界で、それでもその(とが)を背負うと?」

「咎……咎かぁ。そうだね、それが咎で、大人が誰もそれに向き合わないなら、僕がそれを負うだけだ」

 

 そう言うとカスミの表情が落ちる。いや、多分落としたふりをした。一瞬だが表情に違和感があった。多分驚いたフリだ、これは。

 

 それにカスミは『だれも銃で死なないこの世界で』と言った。僕がキヴォトスの外から来たことは知られていても、別の世界から来ていることを知っている人はまずいない。おそらくは連邦生徒会の人員か、シャーレのコアメンバーぐらいだろう。

 

 つまりは、だれかから僕の情報について、かなり深いところまで聞いている。誰だろう。あり得るのはゲマトリアと名乗った黒服関連のどこかか、その延長だ。3秒考える。答えが出ないということはピースが足りていない。僕の知らないところで僕の情報が流れている。

 

 そう考えている間にも、カスミはなにか答えを出したようで、満足気な息を漏らした。

 

「……なるほど、強いはずだ。それだけの熱量。尊敬に値する」

 

 カスミはすっと表情を凛々しく整える。先ほどのおどけた様子がなくなった。

 

「わかり合えないはずだ。そのもはや狂気的(ファナティック)な熱……いや、既に快楽的衝動(リビドー)の域か」

「アラタ放してください。一度この人を殴らなければいけません」

「まてまてまてジブリールまて」

 

 こういう話題にジブリールがすぐに反応するのはなんだかんだ可愛いで済ましてしまいそうになるが、暴力沙汰は嫌なのでなんとか羽交い締めにして押さえ込む。

 

「そう怒らないでくれたまえよ。私は別に喧嘩をしたいわけではないんだ」

「であれば口を噤みなさい」

「おや、悪党を黙らせる為に暴力を使うのかい? ()()()()()()()()()()()()()()

 

 ジブリールが黙り込む。そっと羽交い締めを解除するが、飛びかかる事は無かった。

 

「私とアラタ先生はよく似ている……理解はしあえないが、それでもよく似ている」

「あなたがイヌワシと似ているとは思えません」

「似ているともさ。シャーレは強く、脆い。先生さえ無力化できれば、あっという間に制御の効かない削岩機に成り下がる」

 

 今度こそジブリールが小銃を突きつけた。もう少し羽交い締めにしておけばよかったか。

 

「もう一度言います。口を噤みなさい」

「ならば撃てば良い。その君の行動が、私の懸念の証明だ」

 

 カスミはジブリールの銃口に自分から顔を合わせ、こつりと額を押し付けた。

 

「先生を傷つけられないという病的なまでの潔癖主義、それがまかり通る気風。……まるでカルトだ。主義主張のあるデモやテロリズムの方がまだ制御可能なだけマシだろう。そうは思わないかね、新田ジブリール君」

「ならばあなたたちにその思想が、主義があると言うのですか」

「あるとも」

 

 即答だった。おそらくその問いを予期していたのだろう。かなり頭の切れる子だ。

 

「私はただ、人を癒やすための選択肢が欲しいだけだ。我々は温泉開発部、温泉とは熱源と水源があって初めて成り立つ。人は本能的に熱を求め、潤いを求める。それらを満たせる空間というのは生命を維持することができる空間だ。生き疲れ、傷ついた雛鳥がいつか飛び立つための英気を養うための泉、それが温泉だ。それを掘り当て、維持し、守り抜くのが我々の使命だ」

 

 朗々と演説をするカスミ。あのジブリールが気圧されている。なかなか厄介だなこの子は。

 

「これに共感してくれた部員たちが私の元に集った。この使命こそ我々の熱源だ。これを共有する仲間が居るからこそ、私はそれを代表し、掲げ続ける義務がある。これこそが我々の思想だ。――――さぁ私は答えたぞ。君の番だ、新田ジブリール君。これを君はエゴだと笑ってもいい。拒絶の()()()として1マガジン分このまま空にすることもできる。だが、これを君は笑えるのかい? 私と君、そして先生。その間にどこまでの差異があるというのかね」

 

 ジブリールの手が震えている。僕は彼女の銃のアッパーレシーバーを掴んで上に向けさせた。ジブリールらしくない。ハッとして僕の方を見ていた。

 

「ジブリールを使って僕に交渉をかけているつもりだろうけど、あんまり利口とは言えないと思うね」

「どうだろう。少なくとも先生を椅子から立たせることには成功した」

 

 ジブリールの銃のマガジンキャッチを押し込み、弾倉を抜く。薬室も解放させて弾を抜いた。ジブリールはセカンダリとして拳銃も持っているのだ。この状況であればそこまで致命的にはなるまい。良い状況ではないが、さて、どうしたものか。

 

「まいったね。君は僕のことをよく知っているみたいだ」

「先生は有名人だからな。知らないというのが無理なのさ」

 

 当たり前だけど情報源をそう易々と吐いてはくれない。子どもに無理やり喋らせるぐらいなら、僕一人罠にはまってのたうち回るほうがお似合いだろう。ジブリールやキヴォトスの子どもたちが無事に生き残れるならそれでいい。

 

 さて、現実逃避をしていても仕方がない。現実的な話をしなければ。

 

 カスミは本当に優秀な指揮官だ。カンナやゲヘナが許すならこのままテロリストチームを統率してほしい。この子がいない組織が暴走するよりは、優秀なリーダーが完全に統率している方が扱いやすい。少なくとも彼女は僕にそう思わせることには成功しているし、残念ながら僕もその認識をひっくり返せない。なるほど、このまま僕を使って大手を振ってここを出ていくつもりだろうか。

 

「それで、僕に会うためにわざわざRABBIT小隊に協力を?」

「それは本当に()()()()さ。目的が一致しているように見えたから勝手に同乗させてもらった」

「目的?」

「誰かに認めてほしいのさ。ほしいのは解決策ではなく、共感なんだよ」

 

 そこで浪々と演技臭いトーンに切り替えるカスミ。

 

「『私たちは死んでいない』『私たちはまだここにいる』『私たちの宝物をだれか価値あるものだと認めてくれ』……もっとも、我々温泉開発部にとっては、温泉を掘ることを認めてくれ、という簡単な話だが、彼女たちにとってはもっと切実だろう」

 

 カスミはそう言ってそっと目を伏せた。

 

「かわいそう、というのは簡単だし私もかわいそうだと思うけどね。彼女たちにそれを伝えたところで状況は好転しないだろう。彼女たちには……そう、時間が必要だ」

「そうだろうね」

 

 それ自体には同意して、僕はじっと彼女を見る。

 

「……で、シャーレに、僕にどうしてほしい」

「温泉開発部が求めるものはただ一つ、許可だ。シャーレビルの脇でサンプリングを行いたい」

「ならなおのこと、こんな襲撃じゃなくて窓口に申し出てくれればよかったのに」

「こんなテロリスト相手にまともに取り合うと?」

「僕は正義の味方ではないからね」

 

 そう答えると、上機嫌に笑うカスミ。

 

「ハーッハッハッハッ! なんて肝っ玉の大きい先生だ。今の約束、忘れるではないぞ? かわりにといってはなんだが、一つ情報だ。どちらかと言えば、先生よりも向こうの公安局長が知りたい情報かもしれないが」

 

 そう言って声のトーンをすっと落とすカスミ。

 

「ブラックマーケット南区にあるパライソ通り商店街の3番街にKV第34ビルディングという雑居ビルがある。その5階で()()()を見つけた」

「キツネ」

 

 オウム返しにそう言えば、カスミはどこか不満そうに鼻を鳴らした。

 

「おや、察しが悪いじゃないか、それともわからないふりかい? ウサギ狩りもキツネ狩りも、今はやりのスポーツじゃないか。……少なくとも先生は、鐘﨑港ですれ違っていると思うし、アビドスでの生徒奪還作戦の裏で動いていたらしいことは聞いていると思ったのだがね」

「……FOX小隊、か」

 

 にやりと笑うカスミ。信じていいかはわからないが、それでも確かに僕よりも情報に近いところにいそうだ。

 

「ありがとう、とりあえず情報だけはいただいておこう」

「ぜひ有効に活用してくれたまえ」

 

 カスミはそう言って手をひらひらと振る。話はこれで以上というサインだろう。

 

「それじゃあ先生、ぜひとも仲良くしていきたいね」

 

 それに対する答えは、肩をすくめるだけにした。




そんなこんなで1万字弱になっているのである! カスミを書いてたらこんな文字数になっていました。カスミを書いていると筆が進む……。

次回 便利屋稼業も楽ではない。

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