マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
3階建てで『ビルディング』というのは一体どうなんだと思わなくもないけれど、ビルと名乗っている以上はそれを信じるしかない。まぁ、二階建ての外階段、ベランダに洗濯機を置くタイプのくせに『
《社長、そろそろ現実に戻ってきて》
「そ、そうよね……」
無線の向こうからそう窘められる。そうは言っても現実逃避ぐらいしたくなる。今回のクライアントである先生……まぁ、最近は先生の仕事で手一杯で他の依頼を受けられてないんだけど……、ともかく彼からの指示は『襲撃犯の一人からFOX小隊の位置らしきものが伝えられたので、所在だけ確認してほしい』というものだった。
なのに、なぜそのビルをアランチーノファミリーの勢力が取り囲んでいるんだろう。バレないように変装だったりいろいろしているが、あれではトリニティのお嬢様でも気づかれるレベルの杜撰さだ。……多分まともなトリニティのお嬢様はブラックマーケットに来ないのだろうが。
「……アランチーノって冷静沈着って聞いてたんだけど、どうしてこんなに雑に攻めてるのかしら」
無線に吹き込むと、小さくため息が聞こえる。綺麗な月夜の晩だ。放射冷却でかなり冷え込んでいる。さっさと終わらせて帰りたい。今は電気もお湯も使いたい放題なのだし、風呂でしっかりぬくもって、ついでに蒸しタオルで目元も休めたい。
《向こうにものっぴきならない理由があるんでしょ》
ブラックマーケットでもアランチーノ家は大手だ。ドン・アランチーノをトップとした統制の効いたクラシカルな悪徳団体で、よくも悪くも安定してしまっているために突発的な事故が起こりづらい。先生曰く『プロの悪党として信頼できる』相手というわけだ。……まぁ、その悪党集団が素人ムーブをしているのが大問題なんだが。
《で、どうするの?》
「どうするもこうするも……排除して進むわけにもいかないでしょ。アランチーノファミリーがどうにかするか、どうにかなるまで待つわよ」
どうにかできるとは思わないけど、と心の中だけで続ける。スコープ越しの窓は、カーテンでしっかりガードしている。狙撃対策の基本通りの動きだ。さすがプロ。まあ商店街の3階なんて見たい眺めもまずないか。
今回の観測対象であるFOX小隊は、災厄の狐、ワカモを追い詰めた部隊だ。少なくとも手練れ以上の戦力であり、伊達に連邦生徒会の切り札、SRT特殊学園のトップエリートではないはずだ。
《アル様……本当に排除しなくていいんですか?》
《あたしもハルカと同じ意見。全員吹っ飛ばして誘い出せばいいじゃん》
「二人とも、私たちは戦力の確認をしに来ただけで、今相手を捉えたいわけじゃないの」
《でもFOX小隊には捕縛懸賞金出てるんでしょ? ここで押さえてガバっと儲けた方がよくない?》
ムツキの意見も尤もではある。シャーレの下働きで大分金銭的に余力のある今なら、装備を整えられる。リスクをお金に変えるのが便利屋の仕事の性質である以上、稼ぐには今だというのも筋は通っている。
「ムツキ、アランチーノファミリーは私たちが背負う予定だったリスクを勝手に背負ってくれてるの。おいしいところだけいただいて帰りましょう?」
《はーい》
「それよりもカヨコ、無線の方はどうなってる?」
《相手のラインをつかんだけど……多分だめだねこれ。多分ファミリーの下っ端が二束三文でチンピラを買って武器持たせただけだ。数だけはいるけど烏合の衆って感じ》
「了解。まぁ数をそろえたのはさすがと思っておきましょう。ハルカ、
《……あの、こっちに誰も来てないんですけど、大丈夫なんでしょうか……》
位置情報データといっしょにそんな無線が飛んでくる。裏にある外階段の二階。一つ上の階までのアクセスは天下の便利屋68といえども
便利屋68の配置は、FOX小隊のいるらしい目標のKV第34ビルディングから見て商店街大通を挟んだ北側のビルの屋上に
一方アランチーノファミリーは確認できるだけで42人。おそらく7人1チームが6組いるのだが、どうも動きが素人臭い。こういうのがまともに機能するとは思えないが、この数は厄介だ。さて、どうするつもりかしらね。
《社長、アランチーノが動く。ソロッツォとやらの名前で第1実行班に実行命令。キツネ狩りだって》
「ライン回して」
ソロッツォ家はアランチーノの傍系だ。なるほど、内部分裂かイニシアティブ争いか。ともかくアランチーノの庭をキツネが荒らしたんだろう。で、そのキツネの首を差し出す代わりに利益を云々みたいな話か。これだから内向きの話しかできない相手は嫌いだ。そこで筋が通れば正義になるのだから金ヅルとしては上客なのだが、ビジネスパートナーにはしたくない。
カヨコから無線を傍聴させてもらう。行儀の悪い言葉が飛び込んでくる。
《紳士諸君! キツネを狩り出せたものには、その耳を削ぎ取らせる権利をいただけるそうだ! 存分に暴れたまえ!
聞くに堪えないし、無理やり切ろうかと思ったタイミングで言葉が止んだ。いや、多分喋ろうとしただろうが喋るどころじゃなくなったんだろう。
《アル様! 何かが爆発しました!》
窓ガラスが真っ白になったということは屋内で何かが爆発した。おそらく爆薬。相手がドアノブを回した瞬間に作動するように構えていた。
《なんだなんだなんだ!?》
現場は大混乱。その無線の向こうでは銃声がしている。おそらくアサルトライフルの発射音。その銃声は2発だったり3発だったりが散発的に来る。おそらくフルオートのまま指切りで2点バーストをしている。
通報のあった部屋の隣の窓に爆炎が見える。
《ッ! くそっ! 何がキツネ狩りだ! 巣穴に詰まってるのは恐竜じゃねぇか!》
今更気が付いたのかと思う間にも爆炎が連鎖する。
「ハルカ! 路地に飛び降りて! 今すぐ!」
《はいぃっ!》
ハルカを逃がした瞬間に外階段のあった壁の一部が吹き飛ぶ。直後に長い黒髪の少女が飛び出し、壊れかけの外階段に飛び込む。
「あれが……FOX小隊!」
廊下がごろつきでミチミチに詰まってることに気が付いてたのだろう。FOX小隊は
「そのまま屋上に逃げる! ムツキG24P4へ!」
《はーい!》
少数精鋭の部隊にとって脅威となるのは、相手の練度ではなく相手の数だ。相手が無制限に犠牲を許容する場合、捨て駒の兵を山ほど集めるだけで最終的には制圧できるだろう。そんな状況なのだから、敵の正確な数を把握できないうちに正面突破なんて作戦は分の悪い賭けになる。だから別の出口を見つける必要があるのだが、それがビルのフロアを1フロア吹き抜けにすることだとは恐れ入る。
チンピラ集団の無線を強制カット。もうここから得られる情報はない。とはいえここで引き下がれるような安い仕事もしていない。そうなれば取れる手段は限られる。
「カヨコ、コンディション・ラズベリーを
コンディション・ラズベリーはシャーレ向けの符号。隠密行動などの際に危機的な状況になった場合に使うもので、最悪でも先生に『何かあった』ことを伝えられるし、脱出や状況打開のための莫大な情報支援を受けられることになる。
《わかった。シャーレメインシステム・コネクテッド。ラズベリーをデクレア。SCHALE1がオンライン》
「先生早すぎない?」
《緊急呼び出しにはすぐに応じるようにしているんだ》
軽口のような内容だが、声のトーンがフラットだ。エンジンの音がする。先生はいま車の中だろうか。シャーレメインシステムが一瞬ディスコネクト。A.R.O.N.Aに再接続された。たしかこのシステム名は先生のタブレットの呼称だったはずだ。つまり内々で処理しようとしている。
「FOX小隊は居たけどいきなり鉄火場よ」
《ハルカの撤退まで時間を稼ごう。FOXには可能なら西に逃げてもらう。相手が優秀であることを願おうか》
コンタクトタイプのTITTYに表示される情報量がぐっと上がる。先生は、この地域を飛び交う無線通信をことごとくスキャンをかけているようだ。限りなくグレーに近い黒な行為のはずで、このために多分タブレット処理にした。いや、タブレットだけでできるような処理じゃないはずなんだけど、どうやってるのかしら。
《対象をB1からB4までナンバリングする。アル、B2から無力化できないかやってみようか》
「私が撃破されたら回収よろしくね」
《そうなる前に逃げるんだよ》
先生に怒られるがその間にも初弾装填。屋上に出てきた黒髪のB1の後ろ、グレーのような髪色にオリーブ色のヘイローの子を狙う。狙撃手なのでおそらくあれが一番脅威になる。
引き金をことりと落とす。相手の銃を狙ったが、おそらく直前で気づかれた。すんでのところで外す。よく晴れた日の夜だ。一発撃ったら即居場所がバレる。慌てて伏せるとそのすぐ上を弾丸が飛んでくる。おそらく発砲音からして、短機関銃の弾丸、B4でナンバリングされている盾持ち金髪の子だろう。相手のビルは3階建ての一方で、こちらは4階建て。若干こちらに利がある。銃を抱えたままごろごろ横に転がるようにして少しでも位置を変える。
《アル、そのまま3メートル左に動いて建屋の影に逃げよう。カヨコ、
カヨコの銃にはサプレッサが付いているし、その発砲音は相手の銃声にかき消された。伏せた姿勢でゴロゴロと転がる関係で状況を把握することはできないが、それでも相手の動きが変わったのはTITTYのアイコンの動きでわかった。グレーの髪の狙撃手B2、桃色のやたらと大きな耳をしているショットガン使いのB3が西側のビルに飛び移っている。金髪盾持ちのB2が屋上の私をピンしながら黒髪アサルトライフル持ちのB1がカヨコを牽制している。
弾丸が止んだ。おそらくは弾の交換に入った。そのタイミングで塔屋の影まで移動。こちらの銃はセミオートだからコッキングはいらない。そのまま構える。
「!」
B2とバッチリ目が合った。引き金を引く。同時に強い衝撃が走った。ほぼ勘で顔を逸らしていなければスコープごと眼をやられていた。右耳に鋭い痛みが走る。衝撃波で鼓膜を抜かれたようだった。弾は.50口径、直撃をもらったら危なかった。
それにしてもこちらの弾丸は、弾道からしてあり得ない程遠くで弾けた。コンクリートパネルでわずかに破片が跳んだのをそれでも見逃さずに済んだのはただのラッキーだった。
(こちらの弾丸を撃ち墜とされた!?)
眼が無事だったのはおそらくこちらの弾頭と向こうの弾頭が空中でぶつかったせいだ。向こうの.50口径は、こちらの7.62×51mm弾に比べて圧倒的に質量がある。ぶつかったときにより弾道がブレるのはこちらだ。
つまり、相手はこちらの弾丸を撃ち墜とすことで安全を確保した。
(これがFOX小隊……!)
バケモノ、というのはこういう相手を言うのだろう。
《撤退だ。情報は集まった》
先生の声に被るようにムツキから
「まだいける。スコープ無しでもう1発」
目算で合わせる。あと5秒こちらに集中してもらう必要がある。引き金を引くと、向こうにもおそらくヒットするだけはした。向こうは遮蔽物もない。当てられて当然の距離なのだが、この状況では牽制できるだけでも十分だ。
相手はそれを承知で構えていたし、こちらの攻撃を受けきった上で撃ってきた。今度こそ相手の銃弾がこちらの銃を弾き飛ばす。
「くっ……!」
腕が痺れて
《ハルカ、次の角を左へ。ムツキは東に4つ行った所のビルまで屋上伝いに待避。武器は放棄していい》
《はーい!》
黒煙の中から身軽になったムツキが全力疾走で逃げていく。こちらも塔屋の影に隠れ直して息を整える。敵のアイコンがどんどん西に逃げていくのが確認できる。……これが確認できるということは、先生は私たち以外に人を張り付かせていたことを意味する。バックアップを派遣してくれていたらしい。こういう所は過保護だと思う。
《アル、こちらの指示には従ってくれ。今日は独断専行する子が多すぎる》
「ごめんなさい。でも、舐めっぱなしで終えられるのはこちらの沽券に関わるの」
《名誉はお墓に入らないよ》
「わかってるわよ。……それでも、格好ぐらいつけさせてちょうだい。それよりも首尾は?」
先生はまだ何か言いたげだったけれど、無理矢理話題転換を図るとそれ以上はなにも言わずにいてくれた。
《画像診断でも本人と一致しているし、どういう状況かも裏が取れた。あとはこちらでカバーする。迎えを送ってるからまずは怪我の手当を。後で君たちの事務所で落ち合おう》
「え? 先生が来てくれるの?」
《ちょうど近くまで来ているんだ。こっちも情報をある程度漁っているところだから、追って認識合わせをしよう》
先生はそんなことを言っている。忙しいはずだけれども、そこまで時間を割いてもらえるだけの成果を上げていると信じたい。
ふぅと息を吐く。事務所に制汗剤置いてたかしら、今から買い出しなんて余裕なんてないだろうから、嫌われないといいんだけど。そんな悩みは贅沢だろうか。
《じゃあ、後でね》
先生はそう言って無線を切った。リンクも解除される。
「まったく……かなわないじゃない」
そんなぼやきは夜空に吸い込まれていった。FOXとやり合うのはこれっきりにしたいというのは、贅沢な悩みではないと信じたかった。
「で、さっきのが便利屋68?」
「おそらくは。アランチーノファミリーと手を組んでいるとは驚きだが」
殿を務めてくれたクルミが無事に撤退先のトラックまで戻ってきて聞いてくる。
「で、オト……FOX4は大丈夫なのよね」
「心配してくれてる?」
オトギがへらりと笑いながらクルミをからかっている。相手にも戦果を与え撤退する理由を作ってあげたわけだが、そこを読んで退いてくれたのだから、便利屋68もまともな相手と言えるだろう。面倒な部類ではあるのだが、まだ話が通じる。
「それにしても、上手いこと逃げさせられたように思ったけど」
ニコが笑顔でそう言ってくる。最後の煙幕弾もそうだし、どうも本気ではなかったように見える。
「こちらに戦闘の情報を秘匿したいという理由もあるのだろう。それに戦闘の後から通信のドミネーションが入った。逃がして本丸まで案内させるつもりだ」
「じゃあ、全部セーフハウスは破棄?」
「既存のものはな」
「ちぇー、気に入ってたのになぁ」
オトギがそんなコトを言っている。遠くで消防車のサイレンが聞こえる。あれだけ火薬祭りになれば消防車も出てくるだろう。本丸に繋がるような情報は残していない。たどれたとしてもSRT特殊学園までで、その先はシャーレと同根になる以上、相手はこれ以上追っては来られないはずだ。
「さて、とりあえずは隠れ家を探して次の指示を待つぞ。……そろそろこちらも撤退する。出してくれ」
運転席に通じるはずの無線機に声をかけるが返事がない。トラックの荷台と運転室を繋ぐ小窓も開いている。聞こえないわけじゃないだろう。
「……おい、どうした」
《――――――――残念ながらおじさんは『おい』って名前じゃないんだよねぇ》
小窓から丸い塊が転がされる。反射的にトラックを飛び出して伏せた。私を庇うようにか、ニコが私の頭を押さえてさらに伏せる。直後、バン、と鈍い音がした。
「はいそこまで。ここから先は……覆面水着団が相手になるよ?」
ショットガンを構えたままの小柄な少女がこちらを見て笑っている。どこで撤退手段が漏れたのだろう。少なくともあそこで追ってこなかったことで、警戒を緩めてしまった。
便利屋はここまで誘導させるためのデコイだったのだ。それをわかってやっていたのなら、あの最後に爆弾を投げ込んで逃げた銀髪の少女がすぐに退いたのも理解できる。オトギを確認できた時点で追撃の必要は薄く、あそこで粘られるよりも次の部隊に引き継がせたほうが、便利屋68の被害が少なくなるはずだ。
覚えたぞ便利屋68。次会ったら色々と御礼をしなければならない。
僻んだところでどうしようもない。まずは目の前にいる連邦捜査部シャーレの部長、小鳥遊ホシノをどうにかしないといけない。
「とりあえずお話させてよ。
小鳥遊ホシノがにやりと笑う。言葉とは裏腹に好戦的な笑みだった。
もうすぐ戦闘が終わる
Q戦闘が終わるとどうなる?
A知らんのか。戦闘が始まる。
次回 強盗団も楽ではない。
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