マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
「ユウカ、いますか?」
「あら、珍しいじゃない。コタマがわざわざセミナー執務室に来るなんて。どういう風の吹き回し?」
もうすぐ帰ろうかとしたタイミングでコタマが訪ねてきた。日も落ちたころからハッカーが活躍するとは聞いたものの、このタイミングでやってくるとは本当にめずらしい。
「一応、聞かせておいた方がいいかと思いまして」
「また盗聴してるの? 先生にも止められてるんでしょ?」
「これは先行投資です。……だけど、ちょっと危ない領域の話が出てきたので」
コタマが取り出したのは安っぽいプラスチックボディの旧式――少なくとも音楽ド素人の身からしたらどれも旧式に見える――ポータブルミュージックプレーヤー。
差し出されたものを受け取ろうとしたら、すっと手を避けられる。
「……なに? 聞かせてくれるんじゃないの?」
「ここからは商談です。このプレイヤーには先生の会話のデータを入れてきました。3分34秒のFOX小隊の狩り出しに入っていたSA班と先生の会話が録音されてます」
SAは昼間戦闘してレストに入っているセリカを除くアビドス高校のメンバーが全員参加していたはずだ。左目に入れているコンタクトタイプのTITTYを起動。現在活動しているのは戦術単位Sが2つだけ。百鬼夜行の忍術研究部をそのままスライドしたSC班は現在ロジコマが回収し、ヴァルキューレ第23地域巡察拠点まで撤退を完了。SA班と先生がブラックマーケットを離脱するまで準警戒態勢で待機中。当該のSA班は先生と一緒にブラックマーケット内の便利屋68の事務所にいる。全員位置情報以外の情報をクローズしていた。
「それで、ヴェリタスの音瀬コタマ
「組織の看板を背負っているわけじゃないんですが……そうですね、この端末の代金と、あとは……白兎をシャーレに貸してほしいです」
「コユキを? どこに潜らせる気? 最近もカジノで債権をアホみたいにばらまいた直後なんだけど」
出てきたあだ名に顔が歪むのを止められない。あれは本当にひどいオペレーションだった。
ジブリールちゃんが大暴走して『こんな不埒なものでアラタの眼を汚すわけにはいかない』と先生の目をチョキで潰そうとしたり、結局バニーコスチュームのアスナに左腕を引っ張られる形で踏み込んだカジノを荒らしまくったり、ジャックポットを攫われまいとムキになったコユキをきっちりポーカーで
先生が手の読みあいに恐ろしく強いのは知っていたけれど、だらだらとコールするカモのフリ、いわゆる『スロープレイ』でコユキを一瞬で身ぐるみ剥いだ結果、たった一日で『
何はともあれ、今はコタマが何を考えているかだ。今ここでコユキの手綱を放すとどこに飛んでいくかわかったものではない。
「シャーレ直属のホワイトハッカーとして動いてもらおうかなと。……シャーレは、もうすでに学園間のいざこざの最前線ですから」
「そうね……。どちらにしても今の組織は
「そしてシャーレにも、ミレニアムにもそこに足を取られている余裕はありません。……これはその一つのリスクです」
そう言ってミュージックプレイヤーを振るコタマ。
「……いいでしょう。その情報、買うわ」
手を差し出すと今度はプレイヤーが手元にやってきた。
「ネットには上げないようにしてください。ヴェリタスのサーバにも上げてないので」
「わかった。
「目よりも耳で入れる情報ですけど」
「イディオムよイディオム」
そう言ってデスクからいつ最後に使ったかわからない有線イヤホンを取り出す。下手に無線で流して誰かに又聞きされたくはない。イヤホンを耳に差し込む。
プレイヤーの中身はファイルが一つだけ、それを選択して再生ボタンをタップ。聞こえてきたのはシロコと先生の会話だった。ロードノイズが乗っている。走行中の車の中か。
―――僕はそれでいいんだ。君たちが銃以外の解決策を見つけて幸せになってくれれば、それでいいんだよ。
―――それで私たちが銃を撃たなくてもよくなったら?
―――先生は廃業だね。
―――先生じゃなくなったら、どうなるの?
―――ただの極悪人に戻るだけさ。君たちの知らないところで一人、最低な死に方ができればそれでいいかな。
とりあえず再生を止める。たしかにこれを他校の生徒……とくにシャーレを目の敵にしてそうな組織……主にはトリニティ上層部等……には知られたくない情報だろう。
「……先生が相当弱ってるってわけね」
「どちらかといえば、コレが素かもしれませんが」
「そっちの方がヤバイわよ。……少なくとも、先生が心神喪失状態だと疑われる事態だけは避けないと」
シャーレの優位性とは速度だ。ロジコマとTITTYによる高精度・リアルタイムな戦闘情報を瞬時に処理し、どんな組織よりも早く意思決定をし、常に先手を取り続けることで相手の作戦を真正面から破砕する。そしてその実行部隊としてロジコマによる圧倒的な機動力と練度の高い小編成の生徒が協力して強襲することによって、相手の戦闘意欲を削りに削って戦線そのものを崩壊させることを得意としてきた。
「シャーレの優位性は先生に依存している。アヤネやユズを中心に
その状況で、先生がメンタル不調を疑われて戦線離脱したらと考えたらゾッとする。
「コタマ、このコピーは?」
「ありません。そのプレイヤーの中身がオリジナルで、それだけです」
「このプレイヤーを今ここで即金で売ってくれる?」
「3万5,000クレジットですけど」
「オーケー。許容範囲よ」
財布から言われた額のお金を出して押しつける。コタマがそれを財布にしまったのを見届けてからプレイヤーごとへし折った。もったいない、という顔をしているコタマは黙殺。最初の条件で『コユキと端末の代金』を請求しているのだから、こうすることは予想してただろうに。
「さて、あとは先生のメンタル的な不安をどこまで解消できるかね。どう考えても先生ロリコンだからだれか傍に置くようにするか……」
「それ本気ですか?」
「だって、かわいい子がそばにいるだけで百人力じゃない」
なんでコタマが1,000m望遠の目をするのかがわからない。それに加えて『ユウカじゃないんですから……』と呟かれたのは納得いかない。かわいいは正義だろう。
「どこかで先生のお休みも確保しなくちゃいけないわよね」
「と言っても……こういうのも変な話ですが、先生って休んだことあるんですか?」
「私が知っている限り、完全オフだった日はないわ。休憩時間だからってビルの外に追い出すと、最高の笑みでどこかの学園に視察しに行くし、閉じ込めとくとシッテムの箱で遠隔指揮やら訓練指導し始めるから仕事剥がせないのよ」
「えぇ……あの人深夜でも1コールで通信出るんですけど……」
とんだワーカーホリックである。そりゃ疲弊するわ。指揮官用のTITTYにはバイブレーション機能が付いているし、先生は充電や故障に備えて、常に指揮官用グラスを3つにシッテムの箱と呼んでいるタブレットを荷物に入れている。寝ている時も実質スタンバイ状態ということだろう。
「とりあえず、無理やりにでも仕事から引きはがすしかないわね」
とりあえず方針は決まった。具体策はジブリールちゃんやホシノに相談してみよう。
「それで? 先生はモテ自慢をするためにここに来たのかしら?」
目の前でアルが眉毛をひくつかせながらそんなことを言ってくる。僕も遺憾だが、その謗りは甘んじて受けるしかない。
というのも、僕は今応接セットにしては柔らかすぎて後ろにひっくり返りそうになるソファに腰かけているのだが、右肩にはホシノがしだれかかり、左脇にはジブリールが座って腕を取っているし、ソファの後ろから僕の首元に腕を回して抱きしめてくるノノミという構図はさすがにそう言われても仕方がないと思う。
「とりあえずみんな、適度に離れてくれ」
「えぇー?」
「嫌です」
「ホシノ先輩やシロコちゃんが楽しんでいるのに私だけのけ者は不公平です☆」
今日は多分厄日なんだろう。昼間のエイミの独断専行に始まり、ミヤコの平手打ち、アルの遅滞戦争頑張りすぎ、ホシノの煽りすぎときてこの状況だ。ここに味方はいないのか。
ホシノ、ジブリール、ノノミは聞く耳持たず。ノノミに至っては首をしめてきて窒息するかと思った。というか、頑張って体を前に持っていく。首元の苦しさに耐えることで後頭部の感覚を思考から追い出す。
相手は子ども、相手は子ども……よし。
「アヤネちゃんはいかないの?」
窓際に立ってため息をついていたアヤネに、ムツキがニヤニヤしながら問いかけている。顔を真っ赤にして黙り込むアヤネ。助けてくれるとしたらアヤネだと思ったんだが、そろそろ収拾がつかなくなってきたぞ。いや、どうするんだこれ。アヤネの隣のシロコはどこか不満そうなまま黙っている。
「ともかくね、仕事の話をしましょう」
そう思ってたらアルがちゃんと話題を切ってくれた。いいぞアル。周囲の環境に囚われず仕事ができるというだけでかなりの好印象だ。そう思ってたら思い切り左腕をぐいと引っ張られた。ジブリールがなにか言うことはないんですかと言いたげな目で僕を見ている。確かに感心している場合ではないし、アルの声に応える必要がある。
「そうだね。僕もそうしたいところだね」
そう言うと、四方八方からため息が聞こえた。
「なんだい?」
「べっつにー?」
ホシノがぷいっとそっぽを向くがどこか楽しそう。まぁいいんだけど。
「便利屋のみんなが頑張って時間を稼いでくれたおかげで、だいぶ情報も集まった」
ポカポカモンスターに進化したジブリールをあしらいつつ会話を続ける。アルの横に座っていたカヨコはどこか呆れた顔をしているから、ジブリールに落ち着いてもらう。これはシャーレのビルに戻ってからもう一度ポカポカモンスターが出てくるだろうが仕方ない。ムツキはともかくハルカまで笑いを堪えているのは珍しいので、その笑みを引き出せたことでよしとする。
「それで、雇い主はわかったの?」
「やっぱり連邦生徒会で決まりでしょー?」
ホシノがあくびをかみ殺しながら答える。
「だって、RABBIT小隊をシャーレが預かるって話をしたときのあの隊長の顔、尋常じゃなかったもん」
「……やっぱりあの後接触してたのね。カヨコもハルカも無傷なんだから使ってくれてよかったのに」
アルの声にケラケラと笑うホシノ。
「そういうわけにはいかないかなぁ。アルちゃん社長もわかってるでしょ? 便利屋68がシャーレの出先機関になっているというのは
「その名目で大量の札束で頬を叩いたって構図が必要な訳ね」
「そういうことー。先生は『弾代で命を買う』方針だからさぁ」
ホシノはそう言って僕を横目で見てくる。
「で、話を戻すけど、先生の肌感覚としてはどうだったわけ?」
「誰が首謀者かはわからないけど、少なくとも、カヤとカンナはこの話を多分知っている。そして、温泉開発部にトリガーを引かせるだけの何かがあった」
シッテムの箱をアル達にも見えるように置く。
「FOX小隊がセーフハウスにしていたビルは2ヶ月ほど前に所有者が変更されているんだ。変わる前はカイザーリアルエステート、カイザーグループ系列の
「なんで?」
ホシノが首をかしげる。逆にため息をついたのがアルだった。
「タイミング的にあなたの救出作戦の直後……倒産回避のために売り出されたのね」
「あー……原因アビドスかぁ……」
「本筋はそこじゃない。競売の結果、誰も買い手が付かず、連邦生徒会の管理資産に取り込まれている」
アルは目線だけでどういうことだと問うてくる。
「ブラックマーケットの物件をかかえていたところで、活用方法はあまりない。そして結局管理会社にお金を払って管理させていた。その会社が――――――――」
「カイザーコンストラクション。結局元鞘に戻した訳ね」
「ちょっと待って」
カヨコが待ったを掛けてくる。おそらくここで止めるならアヤネかカヨコだと思ったが、実際そうなった。
「結局あのビルはカイザーコンストラクションが管理してるけど、ビルの持ち主がカイザーのグループ内企業から、連邦生徒会に変わった。単純にカイザーを支援していることにならない?」
「おそらくカイザー側にリスクを買わせたんだと思うよ。……たとえば」
「逃走中の襲撃犯ということになっている生徒をかくまう、とか?」
カヨコの補完に頷いて答える。
「そうなると、ほぼほぼ連邦生徒会がクロって話じゃん。どうすんの?」
「今のまま動かすと雇い主に噛みつくことになるね」
「……やるの?」
不安そうなアル。なぜかキラキラとした目線を寄せてくるシロコには悪いけれど肩をすくめるにとどめた。
「教育に悪いことに繋がりそうならね。そうじゃないなら経過観察だ。情報は収集するけど、このレベルになると現場で得られる情報は少ないから、どちらかと言えば会議室での戦いになるね。このあたりの折衝だとホシノとユウカの負荷が上がっちゃうんだけど」
「それよりも大変なのは先生でしょー?」
「政治はからっきしだからね。頼りにしてるよ」
素直にそう言うとホシノに脇腹を小突かれた。本当に今日は厄日らしい。ジブリールに反対側の脇腹を小突かれる。まねっこしているのは可愛いから許そうと思う。
「だけど、情報収集っていってもさ、切り口はあるの?」
「集まった情報は淡々と上に報告するさ。あといろいろと情報源になり得る協力者を手に入れたしね」
「RABBIT小隊のことですね?」
背中というか、頭の上から声が振ってくる。目線をあわせようと上を向いたら、頭の後ろに柔らかい感触があって慌てて顔を前に戻す。
相手は子ども、相手は子ども。
僕が自分自身に言い聞かせていると、アヤネの声が割り込む。
「でも、昼間の対応したセリカとちょっと話しましたけど、言うほど練度高く無さそうって言ってました。記録を見た限りだと、あんまり会議室でのやりとりは得意じゃ無さそうな感じがしますけど、大丈夫でしょうか……」
「でたらめ人間万国博覧会になってるアビドス高校と比べたらそりゃそうでしょう。みんながみんな貴女達みたいに相手をしばき倒しながら折衝なんてマジックショーができるわけじゃないのよ」
「ふふっ。先生が手取り足取り教えてくれましたから☆」
普段よりも半オクターブ高いノノミの声が近づいて、首に回っていた腕が少し狭まる。ノノミの指がスーツ越しの肩に触れてソファの背もたれに身体を押さえつけられる。完全に頭を胸元に抱き込まれる形になった。ジブリールの半目がものすごく痛い。
「と、とりあえずRABBIT小隊はシャーレ預かりになる」
身体を起こそうとする僕と、後ろに引き倒そうとするノノミの攻防がしばらくあったが、結局ノノミが折れてくれた。首元が一気に楽になる。
「引き渡しは今の勾留が終わる明後日。本人達の希望次第だけど、ある程度自由に動けるような形にしようと思う」
「ある程度って……大丈夫? デモ騒ぎで公園を占拠した相手よ?」
「だからちゃんと許可が出たところでデモ活動を続けてもらおうかなって。地雷とかヘリとか危険な兵器はヴァルキューレが差し押えてるからできることは限られる。彼女たちがアクセスできた口座とかも全部凍結したしね。あとは彼女達自身の個人口座ぐらいしか予算がないから、いきなり戦車を買って突っ込んでくることはない」
元々いた運動公園は全焼してしまったから他の公園になるだろうが、まぁ彼女たちが望めばそれでいいだろう。本当はシャーレに住み込みでもなんでもいいから居てくれた方が安全だろうけど、難しそうだ。あの嫌われようだし。
「できれば君たちみたいにシャーレでアルバイトでもしてくれればなぁとは思うけどね、まぁ、いろいろやらせてみよう。ダメだったらダメだったで考えれば良いさ」
そう言ってこの話そのものは畳みに入る。今回の報酬のことや、今後の動きを確認して解散の流れで整理した。あまり遅くまでいても迷惑なので、早々に撤退する。
「……こんな感じですかね☆」
「大分進歩しました」
ノノミとジブリールがコソコソとそんな話をしているのが聞こえた。女の子同士には僕にはわからない共通言語があるらしく、ため息が出そうになった。やっぱり今日は厄日らしい。
これでやっとカルバノグの一日目が終了、うそやろ……。
次回 ベースキャンプの下準備。
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