マージナル・アーカイブス - 子供使い、先生になる - 作:オーバードライヴ
「地獄に落ちろ」
サキにもそう言われ、僕に対する嫌悪感はミヤコにとどまらなかったことを悟る。まぁそれはそうか。SRT休校の最後の引き金を引いたのが僕……らしいのだけれども、ともかくデモの元凶になった男の管理下ならデモを継続していいよ、と言われるのはかなりの屈辱なのだろう。
取り調べのための拘留期間が満了し、解放される流れになったのだが、彼女たちを玄関ロビーで待っていたら冒頭この言葉である。僕に対するスタンスについて、ミヤコとサキは明確に敵対、対ケセド攻防の時のヘリオペレーターだったらしいモエとスナイパーのミユは限りなく敵対に近い中立、といったところだろうか。
ジブリールは、一昨日の対SRT騒動で頑張りすぎていたので、昨日今日と休暇を申し付けてゲーム部のみんなにミレニアムに拉致してもらった。今日の護衛はノノミ。そのノノミが珍しくいい笑みで青筋を浮かべている。いや、僕は比較的子どもの相手は慣れているし、思春期の娘の相手はジブリールでかなり予習しているつもりだ。地獄に落ちろぐらいで気を悪くしたりはしない。
「言われなくても僕は地獄行きだろうから、そこは安心していい」
あんまり否定するとだめだろうと思ってそう言ったら、今度はノノミが同じ笑みで僕を見ている。とりあえずノノミのケアは後回し。
「だけども現状君たちの身柄は防衛室長直々に僕が預かるように言われてしまった。君たちの身の安全と教育の機会を維持するためにも、最低限の接触は維持しなければいけない状況だ」
「それは誰の命令だ?」
「命令というよりは、僕のエゴだね。面倒を見るように預けられた子がひどい目に遭うのは嫌だからね」
即答すると言葉に詰まるサキ。なおのこと敵対されると困るんだけどな。多分彼女は命令とかそういう建て付けが必要な子なんだろう。
「まぁ、カヤからは『RABBIT小隊をお願いします』と言われたからとてもあいまいな意味ではカヤからの命令ともいえる」
「……それで、先生は私たちに何をさせるつもりですか」
ミヤコが感情を押さえつけていることがわかる声色で問いかけてくる。及第点、といったところだろうか。
「僕から提案できる選択肢は2つ……まぁこのまま矯正局に自主的に君たちか入るというのも含めれば3つだけど、実質2つだろうね。まずはシャーレに所属して治安維持活動に復帰するプラン。この場合は、シャーレの設備を全開放するし、シャーレとしての治安維持に必要な権限も付与する。要はほかのシャーレ部員と同様の権限、身分で活動してもらう」
「アンタに従う気はない」
サキが代表して答えてしまっているが、モエやミユが不安そうにミヤコを見ている。決定権は結局だれが握っているのかわからない。というのが内情なんだろう。
「そうか。では次だ」
あっさり引き下がったことに不信感を抱いたらしいサキが睨んでくるがそれを無視してメモを取り出しつつ続ける。
「連邦生徒会からD.U.にある子ウサギ公園の利用許可を出してもらった。そこで君たちが考えて地域に貢献できる何かを積み上げるプランだ。相談してくれれば活動予算の折衝や有力者とのコネクションを得る場と機会は提供する。ただし、ヘリや爆薬等の武装はヴァルキューレから利用許可が出ていないし、SRT活動用の匿名口座は凍結されている。それらの資材が必要ならシャーレ経由で貸し出すことになる」
「それで貢献を積み上げた結果、何が変わるのですか?」
「少なくとも、君たちの振る舞いを見ている人間、君たちの
やりたいことをやるには、お金と時間が必要だ。そしてそれを得るには、実績が必要だ。大人ならそれを仕事で得る。
「君たちがするべきは、支援者の組織化だ。それがシャーレを利用することならそれでいい。シャーレに敵対することで反対勢力に取り入ることでも問題ない。その手段で誰かを不要に傷つけるものでなければね。それが反シャーレデモならそれでもいい」
「ほ、本当にそれで……いいんですか……」
蚊の鳴くような声で割り込んだのはミユ、目が合った瞬間にミヤコの後ろに隠れてしまった。
「いいんだよ。君たちの安全の保護と、交渉チャンネルとして、シャーレのメンバーか僕が定期的に顔を出す必要があるけれど、それはあくまで僕のエゴだ」
肩をすくめて答える。
「君たちはまだ子どもだから、その責任は僕がとる。それが嫌なら、大人のフリをするのではなくて、大人の戦い方を学びなさい。現在地と目標を確認し、そのギャップを埋めるためになにが必要か、何ができるかを考えて進みなさい。その結果、僕を利用したいなら交渉だ。僕を排除したいなら……まぁ、それはそれで穏便に話し合いたいね」
ノノミから強い視線を感じて最後は言いよどむ。まぁ。今この場でRABBIT小隊に撃ち殺されたとしたらいろいろと中途半端だ。いま死ねないのは確かなのだから受け入れる。
必要な情報が揃っていることを確認してメモを切り取る。
「子ウサギ公園には最低限の野営設備、発電機、燃料を集積している。公園には公衆トイレも水道もある。シャワーなども必要ならシャーレのものを提供できる。あとは自分たちで考えて動きなさい。支援はできるから相談するように。それでは状況開始だ」
ミヤコに場所と集積済の物品をまとめたメモを渡す。ミヤコは何も言わずにそれを受け取った。ミヤコは僕を利用する方向に舵を切ったらしい。まずは第一関門突破、というところだろうか。サキは恨めし気に僕を見ながら、残りの皆は複雑そうな顔で僕を見て、去っていく。
「……先生はそう簡単に死のうとしちゃだめですからね」
めっ、ですよ? と言ってくるノノミが愛おしくて頭を撫でる。
「大丈夫、まだ死ねないからね」
「……先生が死んでもいい日は多分来ませんからね?」
「人はいつかみんな死ぬんだよ、ノノミ」
肩をポンと叩いてから歩き出す。ノノミはマシンガンを抱えてえっちらおっちら歩いてついてきてくれる。前、重そうだから持ってあげようかと言ってマシンガンを持たせてもらったことがあるが、腰が砕けるかと思った。やっぱりノノミはすごい。
「それで、これからどうするんですか?」
「いったんシャーレに戻って情報の整理……と行きたいところだけれど」
見覚えのある顔がヴァルキューレの正門の前にいて意図的に笑みを作る。……まぁ、そろそろだろうか、とは思っていたが、相変わらず武器商人は耳が早い。手を振られたので狙いは僕だ。
「やぁ、キャスパーさん」
「Mr.アラタ、直接お会いできるのは久しぶりだ。お元気そうでなにより」
差し出されたので握手を交わしておく。HCLIのキャスパー・ヘクマティアル……キャスパーさんは友人にはなれないが、ビジネス相手としては悪くないし、子ども相手に変なことをしたりはしないからまぁ問題はない相手だ。
「それで、キャスパーさんはどうしてここに?」
「商談の
「僕のことじゃないだろうね」
「
そう言って肩をすくめたキャスパーさんが門柱に背を預けた。ちょっと話があるということだろう。
「ノノミ」
「わかりました」
周辺警戒の指示を出して僕もその隣の塀の前に立つ。ノノミは抱えていたマシンガンを手に提げ直し、数メートル離れた位置で警戒に入ってくれた。刺激しないように、という意味もあってヴァルキューレの施設内には入れていなかった人員を呼び寄せておく。何があるかわからない場所で、なにが起こってもおかしくない相手だ。
最寄りにいるのはイズナ他忍術研究部の面々、一昨日の夜といい、今日といい、なんだか便利に使ってしまっていて申し訳ないが、それでも使える戦力は使わざるを得ない。
「それで、調子はどうだい、イヌワシさん?」
「ちょうど商談がしたかったところだね」
「僕としても貴方との商談はおいしい話です。それで、何をお求めで?」
「試供品として回してもらっていたボーララップ。あれを正式に350機、カートリッジ1万2000発分とセットで買いたいんだけど、調達できるかい?」
「お買い上げありがとうございます。やっぱりキヴォトスの生徒には弾丸なんかよりこっちの方が
上機嫌なキャスパーさんのサービストークが始まった。まぁ、これで心地よく向こうが仕事に邁進してくれるならそれでいいし、会話には乗っておく。
「まぁ、そうだね。傷つけずに無力化できるというのはとてもいい。うちの子達なら上手く使ってくれるし」
「ジブリールのことですかね?」
「よく覚えてらっしゃる」
「うちの武器を使ってくれている子だから覚えてますよ。いろいろ器用そうな子だ」
意外にこの武器商人、僕たちのことをよく見ている。武器の提案もするだろうから、コンサルみたいなものだし、営業スキルとしては当然なんだろう。
それよりも、わざと僕に見せた隙の方が気になる。おそらく相手が伝えたい情報はその奥だ。少しでも情報は欲しい。
「……ところで、キャスパーさん。商談の
そう切り出すと、キャスパーさんがむせた。おいおい、わざとじゃないのか。
彼の護衛らしい大人の女性……ヘイローがないから、おそらく彼と同じ経緯でやってきた人だろう……がちらりと一瞥してにやりと笑っている。
「いやぁ、直接的に聞いてきますね、Mr.アラタ。いえ、結構。気になるなら話しちゃいましょう。ビジネスパートナーとしてこれほど信頼できる相手はいない」
キャスパーさんの青色の目がすっと細くなった。
「連邦生徒会規則第百三十二条に基づく連邦生徒会標準火器の更新に関する検討委員会、通称132条委員会が開かれました。要はヴァルキューレ警察学校やSRT特殊学園の標準武装の近代化や更新を行う業者をプロポーザル方式で選定する委員会です。そこにわがHCLIが手をあげた」
「そして、落とされた?」
「えぇ、取り付く島もありません。……受注したのはカイザーファイアアームメント、このキヴォトスで天下を取っているといっていいカイザーグループの子会社です」
カイザー、ここでもカイザーか。思考回路を切り替える。
「入札ではなく、プロポーザル……キャスパーさんのHCLIは得意そうに見えましたが」
「全然。武器には自信はありますけどね、僕はあくまでスポークスマン……要はプレイヤーであって、コーチじゃない。上手くいかないことは当たり前ですけど……今回は妙なんですよ。……明らかに、必要要件が向こうに漏れているようにしか見えない」
便利屋68の事務所での会話を思い出す。FOX小隊が使っていたビルもカイザーグループにつながっていた。
「つまりは、インサイダー取引の可能性がある?」
「そこまでは断言しません。だがおそらく『どこまでなら向こうが譲歩できるか』という点に関しては、お互いに認識合わせがされていた」
それをインサイダー取引というのだと思うが、あくまで情報を流すことが目的なんだろう。あくまでも情報提供、それ以上のそそのかしはしなかった、ということで責任を回避する。上手い動きだ。
キャスパーさんにとって僕は連邦生徒会直轄組織の管理職、ここで情報を流すことでカウンターになるならそれでよし、ならなかったとしても、僕の弱みを一つ作ったことになるから、ということだろう。少なくとも僕にはシャーレの武器調達の権限があり、キャスパーさんからの贈賄なんてものがあれば、一発で僕は辞任に追い込まれる。
「おかげでこちらは大損害です。試験用にかなりの武装を先行調達してしまったので不良在庫を抱えてしまった」
「買い取れとか言わないだろうね」
「さすがにそこまでは」
肩をすくめるしぐさも様になっているキャスパーさん。あんまり僕には似合わないしぐさだろう。
「キャスパーさん、僕はただの戦争屋だ」
「でも、戦争屋が世界を変えちゃいけないなんてルールはない。もちろん、武器商人にも。趣味で世界を変えたっていいじゃないですか。そのための武器を、技術を、僕たちHCLIなら提供できる」
その自信はどこから来るんだろう。まぁ、ビジネスパートナーとしては信頼できそうであるから問題はないのだが。なんとなく、初期のイトウさん並みの胡散臭さを感じる。
「覚えておきます」
「はい、覚えておいてください。今はあなたぐらいしか扱えないシステムですが、きっと将来のスタンダードになっていくソリューションをHCLIは提供できる」
そう言って名刺を渡してくるキャスパーさん。妙な厚み……おそらく非接触式のICカードか何かが仕込まれてるな。後でデータだけ見たら破棄しないといけない。GPSとかだったら気味が悪い。
「ちなみにどういう話です?」
「仮称『ヘクマティアル・スマート・グリッド』……Hek-SG、兵站を強化できる情報支援パッケージ……とだけ今は言っておきましょう」
「情報支援パッケージ……」
兵站向けの情報支援、おそらくロジスティクスを一括で管理できる何かだ。確かに喉から手が出るほど欲しい。
「おそらく貴方とミレニアムあたりはその重要性に気が付いているはずだ。必要ができたらまた声を―――」
「キャスパー!」
声がした。反射的に僕も伏せる。その上に誰かが飛び込んできて頭を庇われる。直後、爆音。
「先生っ!」
「主殿っ! 大丈夫ですか!?」
「うん」
飛び込んできてくれたのは外周警護に当たっていたはずのイズナとなんでここにいるのかわからないセリナ。特にセリナのアイコンは3分前までは反応してない。少なくとも1キロ圏内にはいなかったはずだ。どうやってきたのかはしっかりと後で聞いておこう。
爆音の出所はヴァルキューレの施設内からだ。あのあたりは確かカスミの取り調べに使った部屋があるあたりだと思うが、そこから黒い煙がもうもうと立ちあがっている。
「襲撃……僕たちを狙ったわけではなさそうだが……」
「先生、お顔に擦り傷が……」
「今は後回しでいい。離脱する。キャスパーさん」
「僕たちは自力で何とかなります。エスコートは……あなた達にも必要ないでしょう。エドガー、アラン、ポー、そんなに慌てなくてもいいですよ。チェキータさんは、もう少し危機感を持ってくれると助かります」
「おや、ぼーっとしてたのはキャスパーの方でしょ?」
「いやはや、返す言葉もない」
漫才みたいなやり取りが始まっているHCLI組は置いておいて、こちらも行動しないといけない。
「アロナ、指揮階梯を変更する。ノノミをリーダーにSA班を編成、配下にイズナ、ミチル、ツクヨ。セリナは僕のサポートを頼む」
僕のところに来てくれた面々を再編成、ほかに使えるメンバーはあまりいない。最寄りのロジコマは6.2キロ先にお出かけパッケージの設置ポイントがある。とりあえず呼び寄せておくか。
「セリナと僕はポイントL45C3まで後退しよう。SA班は周囲の警戒をしつつ情報収集に入ってくれ。ルートはTITTY経由で指示する」
「主殿の護衛は!?」
「大丈夫。僕を狙った攻撃じゃない」
別の方向にゆっくりと撤退を始めたHCLIと別れて、僕たちも路地を避けて撤退する。外部からの攻撃の可能性があるが、そうなると狙いはRABBIT小隊か温泉開発部か。おそらく温泉開発部の攻撃だろうか。
「ヴァルキューレを支援しつつ安全を確保する。始めよう。僕の子どもたち」
昔からの癖でそういう言い方になるが、それはそれでどうなのだろうか。あまり子ども扱いしない方がいいのかとか、とりあえず今の状況を乗り切ったら誰かに相談してみよう。
イズナはやっぱりかわいいのです。
感想返信とかがおざなりですが、もう少しお待ちください……。
次回 野外生活入門
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誤字報告大変助かっております。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。