好感度MAXのウマ娘たちがお気楽トレーナーを落とす話   作:渚 龍騎

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遅れてごめんなさい。納得いくものが全然書けず、ようやくそれっぽく書けましたぜ。
因みにこの作品は長編は元より考えていないので、五話程度で完結です。


3 大切な────

 

 

 

 

 静寂だけが降り頻るトレーナー室。これといった目立ったものは設置されておらず、質素で簡易的に配置された家具や棚がある。その中で目立ったものと言えば、棚の上に並べられた黄金の栄光だ。いまだ煌びやかな輝きを宿したトロフィーは彼の担当バが、どれほど優秀な逸材であったかを簡潔に証明していた。

 そんな異質な空間で、二人は対面して座っていた。

 

 

 

「なあ、メジロアルダン」

 

 

 

 突然その名を呼ばれて、ティーカップを持っていたメジロアルダンは僅かに耳を傾ける。横目にトレーナーを見つめると、彼は机に頬杖を付き、ぼんやりと窓の外を眺めていた。意識を誘っておきながら、トレーナーは数秒の間を開けてゆっくりと顔をメジロアルダンへと向けた。

 彼は神妙な面持ちを持ち出して、それを察したメジロアルダンはティーカップに紅茶を注いだ。

 

 

 

「最近、思うことがあるんだけどさ」

 

 

 

 それにメジロアルダンは短く応答した。

 トレーナーは両肘を机に立てて寄り掛かり、両手を口元に寄せる。彼の長い前髪が普段は見える目元を隠して、彼が明らかに真剣な雰囲気を醸し出しながら、ゆっくりとその()()ことをたった一言で語り始めた。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 メジロアルダンの紅茶を取った手が一瞬だけ止まったが、直ぐに動きを再開して、その渇いた喉を爽やかな香りと共に潤す。鼻孔を抜ける香りを味わいながら、メジロアルダンは顔を上げて爽やかな笑顔を浮かべ、こう思った。

 

 

 

 

 

 ────え、いまさら?

 

 

 

 

 

 今まで気が付かなかったのか──そんなツッコミは胸の奥底にしまい込んで、メジロアルダンは「そうですか……」と平然を装いながら淡々と答えた。

 トレーナーがコップを手に取り、その中で硬質物同士の当たる音が響く。中を満杯に埋めている飲み物は分からないが、そこにいくつかの氷が入っていることだけは分かった。

 カラン、と響く音が静寂に包まれる。耳に残る音、それが頭で木霊するのを感じながら、メジロアルダンは頭を抑えるトレーナーを一瞥した。

 

 

「それだけ姉様が、トレーナーさんに心を許しているということですよ」

 

 

 姉の尊厳を保つ為にも、彼に恋をしている事実は隠す。それが妹の役目だと勝手に思いながら、メジロアルダンは紅茶を一口。告げられたウソにトレーナーが「そうなのかなぁ……」などと呟いた。

 

 

「だって凄いくっついて来るよ? ていうか引っ付いてるって感じ」

 

 

 トレーナーは思い返して、一つずつ指を折りながら、メジロラモーヌが今まで引っ付いてきた場面を口に出す──メジロアルダンは、聞いてもいないのに語り始めたトレーナーを一瞥して、紅茶を味わった。

 

 

「今日なんて作業してる俺の横に座ってたし」

 

 

 ソファーが対面しているのにも関わらず、その横に座るメジロラモーヌ。近過ぎるあまりに離れるとその距離を縮めて来る。肩すらも当たるそんな距離間。もはや既に距離〝間〟は消滅していた。

 だが、ただ横に座る程度なら()()問題はない。

 

 

(まえ)は触らせてもくれなかったのに、最近じゃ()()()()()()も任せてくれるようになったし」

 

 

 一瞬、メジロアルダンの手が止まる。ティーカップを持ち、口元に運んでいたその手と、香りを楽しむ為に閉じていた目蓋が僅かに痙攣し、片目を薄っすらと開く。首を傾げるトレーナーに目を眇めた。

 

 

 好意を寄せる殿方に甘えるのは、乙女として自然の道理。ですが、姉様──極端に距離を縮め過ぎです。

 

 

 メジロアルダンは心の中で苦笑した。

 元よりメジロラモーヌは、誰よりもターフを愛するウマ娘。恋愛は疎か、他のことに興味を持つことすらなかった。それ(ゆえ)に、その恋を発展させる方法を知らず、まともな距離の詰め方も分からない。

 姉がやっていた出来事によって、恥ずかしさで身体を震わせるメジロアルダンは、心の落ち着きを取り戻す為にティーカップを口に付けた。

 

 

「なによりこの前はこう──」

 

 

 メジロアルダンの事情など微塵も知らず、トレーナーは自身の上着を脚に巻き付けながら、過去を思い返しながら事実を再現。袖を使って自身の脚にぐるぐると巻いてから口を開いた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 その刹那から放たれたストレートによって、喉に注ぎ込んでいた紅茶が変な場所に引っ掛かり、メジロアルダンは思わず口元を抑えて噎せた。

 

 

「えっ、アルダン大丈夫?」

 

 

 そして、気が付いてしまった────超完璧超人のメジロラモーヌにも、苦手な部分(こと)があるのだと。

 メジロアルダンは驚愕で咳き込みながらもなんとか心身を落ち着かせ、未だ癒えぬ喉で改めて叫んだ。

 

 

「い、いまなんて──!?」

 

 

 珍しく焦った様子のメジロアルダンに圧倒され、トレーナーは僅かに目を見開く。そしてその表情に困惑と心配を滲ませて、数秒前に自分が口に出した言葉を一言一句そのまま伝えた。

 

 

「だから、尻尾を俺の脚に絡めて来るって──」

 

 

 改めてそれを聞いた直後、メジロアルダンは頭を抑えた。聞き間違いであればと願ったが、それは紛れもない真実。その有り様に、メジロアルダンは顔が真っ赤になっていくのを感じた。

 呆気に取られているトレーナーの手を取って、メジロアルダンは強く身を乗り出して顔を近づけた。

 

 

「いいですかトレーナーさん、約束してください」

 

 

 トレーナーをその透き通った瞳で捉え、逃げ場を与えないように彼の手を強く握り締めた──拒否権は与えない。逃げられないと、それを察したトレーナーが無言で小刻みに首を縦に振った。

 

 

「──絶対に、この話は私以外の方にはしないでください。いいですか?」

 

 

 詰められる意図がまるで分からず、トレーナーは困惑の声を漏らす他ない。だがメジロアルダンが声色を更に強くして「いいですか?」と、顔を近づける。その表情は、一見笑顔ではあるもののどこか脅迫めいた怖さが滲んでいて、トレーナーは思わず頷いた。

 

 

「は、はい……」

 

 

 メジロアルダンがそこまで顔を赤くして釘を打つ理由は、ウマ娘たちにしか分からないことだった。

 ウマ娘の感情が表れるのは、声色や表情以外に〝耳〟と〝尻尾〟があり、人間以上に感情が読み取りやすい。その耳と尻尾から表れる感情というのは、ウマ娘本人でも上手くコントロールができない。即ち、尻尾はウマ娘の感情を無意識に表すもの。抑えようとしても物理的にしか抑えられないのだ。

 

 

 

 ましてや尻尾を特定の人物に絡める行為は、人間でいうところのキスやハグと同等の意味がある。もしかしたら、それ以上の意味と価値があるかもしれない。

 

 

 

 はい、つまりメジロラモーヌはとんでもなく恥ずかしいことを、知らず知らずのうちに無意識にやってしまっているということだ。うまぴょいうまぴょい。

 

 

 

 相手が無頓着のお気楽トレーナーだったからこそ良かったが、もしもこの事実が、周りのウマ娘に知られてしまえば、メジロラモーヌは愛が大きいトリプルティアラのウマ娘として未来永劫語られることとなる。

 それどころか、恥ずかしげもなくそういったことを公衆の面前でやるウマ娘だと思われる可能性も。

 

 

 これはなんとしてでも隠さねば──姉を重んじる妹の本能がそう叫んでいた。

 

 

「取り敢えずですがトレーナーさん。姉がそ、その、尻尾を絡めるような行為をして来たら、さり気なく払ってください」

「分かったけどどうして?」

 

 

 考えるな、察しろ。

 そんな無知鈍感トレーナーの問い掛けには一切動じず、メジロアルダンは威圧を以てして「いいから、そうしてください」と答えを出さずに制圧した。

 

 

「取り敢えず今度からそうするよ」

「分かっていただけてなによりです」

 

 

 メジロアルダンは取り敢えず安堵の息を漏らしてから、その手に取ったティーカップに口を付ける。対面に座っていたトレーナーは、メジロラモーヌ特集の雑誌を広げ、まじまじとその内容を見つめていた。

 それはメジロアルダンも一度だけ目を通した代物だった。その中身を端的に語るなら、メジロラモーヌのファンがメジロラモーヌとそのファンに捧げる写真集のようなもの。表紙に限らず、その中身に至るまで、全てがメジロラモーヌで彩られている。

 

 

 因みに、彼がその雑誌を開いているのは、メジロアルダンが知っているだけでも実に九回。それが書店などに並んでから、まだ一ヶ月として経っていない。それだけ彼もメジロラモーヌのファンだということでもあるが──にしても見過ぎじゃない?

 

 

 トレーナーは一枚を捲ってから「でもさ」と、話を切り出した。

 

 

「どうして急に距離間が近くなったんだろうね」

 

 

 最もな疑問である。メジロアルダンはその理由を知っている故に、不思議だと感じることはないが、何も知らないトレーナーからすれば、気まぐれなメジロラモーヌが突然として距離間を縮めて来たと感じる。職業柄トレーナーは、ウマ娘の異変に気が付き易い。

 

 メジロアルダンは平然を装いながら、端的にたった一言で「さあ?」と曖昧に返事をする。だがトレーナーがそれで納得する訳でもなく、冗談じみた表情を浮かべて口を開いた。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 なーんてね、と軽く笑って微笑むトレーナーの言葉に、メジロアルダンは一瞬だけその動作を止めたが、直ぐに何事もなかったかの如く同じように笑った。

 

 トレーナーが雑誌のページを捲り、メジロアルダンはティーカップに紅茶を注ぐ。そこでようやく決心がついたかのように、トレーナーはその雑誌を閉じて顔を上げた。

 

 

「それとさ。一つ、話したいことがあるんだけど」

 

 

 なにやら改まった様子のトレーナーに、メジロアルダンはティーポッドを机に置く。姿勢を正してから、ゆっくりとその瞳でトレーナーを捉えて首を傾げた。

 それを肯定の仕草だと感じたトレーナーは、視線を逸しながら口を開いた。

 

 

「最近気が付いたのは、ラモーヌのことだけじゃないんだ」

 

 

 息を吐く。その漏らした吐息は、トレーナーの思考を停止させて意識を纏める。そして何度か小刻みに頷きながら、トレーナーはその()()()()()()()の正体を語った。

 

 

 

 

 

「────()()()()

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 小鳥の囀りと、風に揺られた木々が爽やかな彩りを奏でる道。見上げた空は視界の端から伸びる葉々に遮られ、その隙間から僅かに差し込んだ陽の光が、大地を点々と、そして恍惚と照らしていた。

 

 自然が遍く一本の道を、ただ意味もなく二人は歩いている。吹き抜ける輝きを受けて、道行く人々は一人のその容姿に見惚れ、釘付けになっていた。

 

 恐ろしい程に整った容姿の彼女には、人間と同じ形をしていながら、人にはないものを二つ持っていた。

 一つはその頭にある。艷やかな髪から生えた耳。人間と違う形をしていた。そしてもう一つは彼女の尾骶骨──スカートに開けられた穴から伸びた尻尾だ。

 時折、風に揺られてさらさらな毛並みを梳かす。それが彼女の尻尾を、どれだけ整えられているものなのか一目で伝えていた。

 

 彼女の名はメジロラモーヌ。ウマ娘だった。

 そしてその横に並んで歩いているのは、彼女のトレーナーだ。容姿が整った彼女とは別に、彼の髪は無雑作にボサボサで、その身に纏ったスーツはネクタイこそ整えられているが、それ以外はどこか()()()()()

 

 そんな相反する二人。トレーナーは、落ち着いた様子のメジロラモーヌとは違って()()()()していた。

 

「貴方、落ち着きがないわよ」

 

 指摘され、トレーナーは「え?」と(うなじ)に手を当ててそわそわしている。大きく息を吐き、視線を泳がせながらメジロラモーヌへ()()()()と視線を向けていた。

 そんなことを続けていた(ゆえ)、とうとう呆れ果てたメジロラモーヌがトレーナーを見上げた。

 

「さっきからどうしたのよ」

 

 そう言われて驚いた様子のトレーナーだが、メジロラモーヌは彼がなぜそんな落ち着きがないのか分からなかった。

 トレーナーから気分転換にと散歩を提案され、二人で近くの公園へと赴いていたが、彼は最初からずっとその調子で、メジロラモーヌも気が気ではなかった。

 

「えっと、なにが……?」

「なにがって、こっちの台詞よ」

 

 見上げられた灰簾石のような瞳に、頼りないトレーナーが映る。彼はメジロラモーヌに見つめられて、身体のあちこちに触れ、視線も右往左往していた。

 

「なにかあるなら、ハッキリ言いなさい」

「いや、別に。そんなこと、ないよ……」

 

 トレーナーは頭を抑える。口元を手で覆って隠し、目線が右上へと向いた。

 人は嘘をついている時に右上へと向く──メジロラモーヌがそれを見逃すはずもなく、一歩だけ大きく詰め寄り、トレーナーは退いた。

 

 

 

「嘘ね」

 

 

 

 詰め寄られる度に、トレーナーは一歩退く。影に濡れた表情を覗き込んで、メジロラモーヌがゆっくりと彼の頬を手で触れた。そこに向けられる彼女の表情は、普段の凛々しいものではなく、ただ心配の色を強く滲ませているものだった。

 

 

「顔色は悪くなさそうだけれど」

 

 

 トレーナーの額に手を当てる。メジロラモーヌは自身の体温と比べるが、直ぐに異常はないと感じて心配げな眼差しで彼を見つめた。

 だがトレーナーはメジロラモーヌの手を取って、直ぐさま離れた。

 

「な、なんともないから、大丈夫だよ」

「そうは見えないわ」

 

 引き下がるつもりのないメジロラモーヌに、トレーナーは首を振って否定する。蹈鞴(たたら)を踏んで、トレーナーの身体が()()()と蹌踉めき、態勢が崩れた。

 メジロラモーヌが慌てて手を延ばすがもう遅い。トレーナーは尻から茂みに突っ込み、その勢いと衝撃で葉っぱが舞い上がり、激痛が奔り巡った。

 

()ってて……」

「大丈夫? ほら、手を貸しなさい」

 

 手を差し伸べられて、トレーナーはメジロラモーヌの細い腕を取る。幼気な少女とは思えない力で引き寄せられ、直ぐに立ち上がれば、メジロラモーヌはトレーナーを見上げた。

 

「ごめん」

 

 謝罪を述べると、メジロラモーヌは不服そうな顔を浮かべて溜め息混じりに言う。

 

「そこは謝罪じゃないわ。感謝よ」

 

 気が付いて、トレーナーは微かに微笑んだ。

 

「そうだね。ありがとう、ラモーヌ」

 

 改めて感謝を告げると、メジロラモーヌは満足げな表情を見せて瞳を閉じる。そしてその表情のまま「それで?」と口を開いた。

 ポカンと呆気に取られるトレーナー。訳が分からんとした彼の頬に優しく手を添えて────、

 

 

「どうしてそんな顔をしているの?」

 

 

 顔──トレーナーは困惑して聞き返した。

 

 

「ええ。怯えた子供のような、不安を携えた顔よ」

「俺が、そんな顔を……?」

「そうよ。貴方らしくもない」

 

 

 ()()()()()、と告げられてトレーナーは視線を落とす。メジロラモーヌの言った通り、今のトレーナーが浮かべる表情は()()そのものだった。

 だが、メジロラモーヌは呆れを見せるのではなく、寧ろその端正な顔立ちに優しさを滲ませて微笑んだ。

 

「貴方がそうなるぐらいだから、よっぽどね」

 

 そう言って、メジロラモーヌはトレーナーの頭に手を回す。僅かに踵を上げて背伸びをし、優しく抱き締めるようにトレーナーを引き寄せる。柔らかな感覚と暖かな温もり、それらを同時に感じながら、トレーナーはメジロラモーヌに抱き締められているのだと理解するのは、それほど難しくなかった。

 

 

「一人で抱え込んでいても、なにも解決しないわ。ただ心を蝕んでいくだけよ」

 

 

 だから、と言葉を繋いで────、

 

 

「ちゃんと言いなさい。貴方は私のトレーナーで、私は貴方の担当なのだから」

 

 

 曇りのない声色で語られて、トレーナーはゆっくりとメジロラモーヌのその胸から離れる。名残惜しくも感じるその温もりが、脳裏に焼き付いて離れようとしなかった。だがしかし、トレーナーの思考は驚くほどにスッキリしていた。

 

「じゃあさ、一つだけ聞いてもいい?」

「ええ、言ってご覧なさい」

 

 固唾を飲み、息を呑んで、トレーナーは覚悟を抱く。ゆっくりと顔を上げれば、その表情は真剣そのもので僅かに恐れと不安を滲ませていた。

 震わせた唇が声を奏でた。

 

 

 

「ラモーヌは、()()()()をどう思ってる?」

 

 

 

 風が、時を攫った。

 想定外の言葉に、メジロラモーヌの口から明らかな困惑が漏れる。時の流れが一瞬だけ停止したように感じたが、それはもはや吹き抜ける風によって、それが虚構だと塗り替えられた。

 

「どうって、言われても……」

 

 それは、トレーナーとして?

 それとも、人として?

 はたまた、異性として?

 あまりにも抽象的な問い掛けに、メジロラモーヌの中で混沌(カオス)が引き起こる。どの答えを求められているのか、乙女心が弄ばれるのを感じながら、メジロラモーヌは頭を抑えた。

 

 

 

 トレーナーとしては、致命的な部分がある。トレーニングメニュー等や仕事は殆ど適当だが、観察眼はメジロ家のトレーナーよりも優秀だ。

 

 

 人としては、致命的な部分が多い。常にお気楽で、物事を深く考えようとしない。だがしかし、誰よりも他人想いで優しい心を持っている。

 

 

 異性としては、あまりにも()()()だ。

 致命的過ぎるほどに────。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 沈黙。思考が停止して、更に沈黙。

 答えを待ち続けるトレーナーに対して、メジロラモーヌは口元を隠しながら顔を逸らしていた。

 そして────漸増する。いつかのあの日のように、彼のことを考えると本能が彼を求めて、拒絶しても延々と心が叫び続ける。それは無鉄砲に、そして純粋に、彼を求めて叫んだ。

 

 

 

 

 

 ────いったい、なにを?

 

 

 

 

 

 それはもちろん。

 

 

 

 

 

 ────()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 言えるはずがない。言えるわけがない。それを口にしたら、この心は歯止めが効かなくなって、きっと暴走する。そうなってしまえば、あとはわからない。だって、彼の好きなところなんて文字通り──()()にあるといっても過言ではない。

 

「ラモーヌ?」

 

 不思議に思ったトレーナーが、メジロラモーヌに心配げな眼差しを向ける。その表情は心配とは別に、どこか悲しげな色を含んでいて、視線と肩を落としているようにも見えた。

 

 なぜそんな顔をしているのか分からない。だが、なぜかその表情が頭に焼き付いて離れない。そんな顔をしないでほしいと、淡い想いを抱いた直後──身体に灯っていた感情が鳴りを潜めた。

 放っておけない──そんな庇護心が芽生えて、メジロラモーヌの感情は落ち着きを取り戻した。

 

「トレーナー、しゃんとなさいな」

 

 溜め息を漏らして、ゆっくりと瞳を閉じた。

 トレーナーの言葉に対する答え。それが漠然と分かったような気がして、メジロラモーヌは当たり前の如くその言葉を紡ぎ始めた。

 

「どうしてそんな顔をしているのか分からないけれど、なにも心配なんて要らないわよ」

 

 優しげな表情の、心地の良い声色が告げた。

 

「私のトレーナーは、貴方しか考えられないわ。私にとって貴方は────」

 

 ゆっくりと、時が風と共に流れる。梳かす髪を手で柔らかく抑えながら、その灰簾石の瞳を開いてメジロラモーヌは微笑んだ。

 

 

 

「──()()()人だもの」

 

 

 

 囁くように告げられた言葉。それを聞いたトレーナーが、僅かに眉を上げて目を見開いた。

 呆気に取られた様子のトレーナーに歩み寄り、見下されるその漆黒の瞳を見つめながら、メジロラモーヌは彼の頬に両手を添える。凛としていた彼女の表情は、どこまでも優しく、そこにメジロの至宝と称えられるメジロラモーヌはいなかった。

 

 

 其処にあったのは、単なるトレーナーとウマ娘の二人。他者から圧せられる重圧も、責任も、其処にはない。

 

 

 トレーナーは思わず笑いを溢して、頬に添えられるメジロラモーヌの手に触れる。柔らかくしなやかな指、すべすべとしたその肌を感じながら「そっか……」と声を漏らした。

 

 

「だけど──」

 

 

 唐突にそう呟いたトレーナーが、首を傾げたメジロラモーヌを真っ直ぐに捉える。彼女の手を引き、身体を密着させながら見下ろす。突然のことに驚いて灰簾石の瞳を僅かに震わせたメジロラモーヌは、トレーナーを見上げたままその視線を外せなかった。

 彼の唇が上下して、言葉を告げる。

 

 

 

「──俺が聞きたいのは、()()じゃない」

 

 

 

 え、とメジロラモーヌの口からそぐわない声が漏れる。否定された言葉の意味を理解できず、その整った眉を寄せる。トレーナーが握り締めるその手に、僅かに力が込められた。

 

「俺を人として、男として、君はどう思う?」

 

 訂正。メジロラモーヌが答えたくない応えを、トレーナーは求めていた。

 ────好き。

 その言葉が思考を埋め尽くす。メジロラモーヌにとってその答えとは、ただそれだけである。それ以外には存在していない。だが、そんなこと言えるはずがなかった。

 

 

「あな、たは────」

 

 

 逃れられない。

 手は握られ、トレーナーに抱き留められていた。

 離れられない。

 思考では考えていても、瞳が彼を決して離さない。

 答えてしまえば、この関係が終わってしまう──そんな気がしてならない。だから、この場を切り抜ける方法を模索した。それでも、大好きな彼が目の前にいる所為で思考がまともに働かない。

 

 

 

 だから、メジロラモーヌは逃げなかった。

 

 

 

 鼓動が早鐘を打つ。強張る身体に炎が灯り、顔から火が出てしまいそうなほどに熱くなる。震える唇で、ゆっくりと言葉を紡いで、メジロラモーヌは真っ赤に染まった顔を隠すこともできずに答えた。

 

 

「人として、誰よりも優しい心を持っているわ……そのおかげで、何度も助けられている方がいたわ」

 

 

 それは、メジロラモーヌである。

 

 

「男性としては……そう、ね……」

 

 

 視線が逸れる。真っ直ぐに彼を見つめられない。額に汗が滲むのを感じた。

 男性として、致命的なほどに────、

 

 

()()()、よ……」

 

 

「どこが?」

 

 

 え、と再度その声が漏れた。

 予想もしていなかった言葉に、メジロラモーヌは驚愕を隠し切れない。見つめるトレーナーの表情には、微かな揶揄いがあるようにも見え、その奥に真剣な色も含まれている気がした。

 

 言えるはずがない。言えるはずがないのだ。

 具体的に言ってしまえば、歯止めが効かなくなる。それが分かるからこそ、言えなかった。

 

 できる限り顔を逸らして、真っ赤に染まったそれをトレーナーに見られないようにする。横目にトレーナーを一瞥するが、彼の瞳は真っ直ぐにメジロラモーヌを捉えて離さない。

 

 

 

「そ、それ、は…………」

 

 

 

 歯切れの悪い言葉が、口から溢れた。

 問われて、思わず思考に漸増した彼の魅力的な部分が、喉の奥から上り始めている。必死に抑え込む度に、胸の奥が締め付けられるような苦痛が蝕んだ。

 漏れる吐息が、熱を持った。

 激しさを増す鼓動が、呼吸を荒くした。

 

 その想いを再度自覚する度に、身体が熱くなる。隠すだけならば、これほどまでに崩壊を齎すことはないが、一瞬でもその想いを考えるだけで、それは暴走する。ただ褒めるだけなら、まだ耐えられた。

 だがもはや────、

 

 

 

「も、もう、勘弁してちょうだい……」

 

 

 

 耐えられなかった。

 本人にそれを伝えるのは、例えカップルであっても恥ずかしいもの。メジロラモーヌにとって地獄でしかなかった。今のメジロラモーヌは、誰も見たことがないほどに()()の顔をしていた。

 

 他者を揶揄い、詰め寄るのは得意なメジロラモーヌだが、逆に攻められるのは慣れていない。故に、トレーナーから少し詰め寄られるだけですべてが崩れていく。初めての経験に驚きしかなかった。

 

 

 

「俺のことは、嫌い?」

 

 

 

 その手が離れて、メジロラモーヌは顔を覆いながら直ぐに首を振る。だがトレーナーはそんなメジロラモーヌに向けて、意地悪じみた言葉を投げた。

 

 

 

「言葉で聞かせて」

 

 

 

 その刹那──逡巡を押し切って、メジロラモーヌはトレーナーのネクタイを掴んで引き寄せる。僅かに目を見開いて驚くトレーナーと息が掛かるほどの距離で見つめ合った。

 顔を真っ赤に染め上げ、微かな怒りを抱きながらメジロラモーヌはトレーナーを睨んだ。

 

「貴方、弄ぶのもいい加減にしなさい」

 

 引き寄せた顔。見つめられる互いの表情。癇癪を起こしたメジロラモーヌから告げられた言葉に、トレーナーは真剣な顔で返す。決して弄んでいるわけではない、とその顔色が教えていた。

 トレーナーはネクタイを掴むメジロラモーヌの手を握り、叫ぶようにそれを叫んだ。

 

 

「俺にとって、ラモーヌは大切なんだ!」

 

 

 顔を寄せられて、メジロラモーヌは僅かに退く。だが直ぐに前へ踏み込んだ。

 

 

「それは、トレーナーとしてでしょう!」

 

 

 恋愛感情は含まれていない。

 メジロラモーヌが求めて欲しているのはトレーナーの〝愛〟であり、教育者としての〝感情〟ではない。

 トレーナーから告げられた言葉を否定してそっぽを向いた直後に、彼は()()()()()

 

 

 

「いや違っ──」

 

 

 

 そこまで吐いて、トレーナーは自分が言いかけた言葉に気がつき、同時にメジロラモーヌも()()()()を理解して目を見開く。倒れていたはずの耳がピンと張って、ゆっくりと顔をトレーナーの方へと向けた。

 

「貴方、いま、なんて……」

 

 恐る恐る問い掛けたその先で、トレーナーは顔を蒸れたりんごのように赤く染めて、口を上下に痙攣させている。目線を右往左往とさせ、落ち着きのない様子で口元を右手で覆い隠した。

 

「ち、ち、チンジャオロースが、た、食べたいなあ、なんて……」

「誤魔化せないわよ」

 

 もはや逃げ場を失ったトレーナーは、メジロラモーヌから詰め寄られる度に後退った。

 一歩、また一歩とその距離を詰めていく中で、トレーナーの身体は力が抜けたように()()()と蹌踉めいてバランスを崩す。()()()と身体が揺れては背中から地面に落下。その瞬間、驚愕を押し切ったメジロラモーヌが、直ぐに踏み込んで手を伸ばした。

 

 

 

 伸ばされた手が、彼の手を握り────倒れる寸前で引き寄せる。その勢いに身体が引かれて、トレーナーはメジロラモーヌに抱き留められた。

 

 

 

 ぼんやりとしていた頭を振り払って、トレーナーはハッと意識を取り戻す。自分がメジロラモーヌを抱き締めるような態勢である状況を理解し、直ぐ様その距離を離した。

 

 

「ご、ごめん! 急に立ち眩みがしちゃって……」

 

 

 謝罪を述べ、メジロラモーヌを一瞥する。彼女は乱れた服を軽く整えながら「別に構わないわ」と短く淡々と答えた。顔に掛かってしまった艷やかな髪を抑え、メジロラモーヌは顔を上げた。

 

 

「これでも、まだ分からないかしら」

 

 

 首を傾げたトレーナーに、メジロラモーヌは呆れを含んだような溜め息を漏らす。

 

 

「さっきも言ったけれど、私にとって貴方は──」

 

 

 風が吹き抜ける。ゆっくりと歩み寄ったメジロラモーヌが、トレーナーの顎に手を添えた。

 

 

 

「──大切な人なのよ」

 

 

 

 そのまま困惑するトレーナーから離れて、メジロラモーヌは踵を返す。突き抜けた道を歩み出し、時間を掛けてようやく意識を取り戻したトレーナーが慌ててその後を追いかけた。

 

「そ、それって、どういう……」

「さあ?」

 

 問い掛けるトレーナーを受け流すが、彼は諦めることなく横に並んだ。

 

「それって担当ウマ娘として?」

「ふふっ。さあ、どうかしらね」

 

 慌てるトレーナーを他所に、メジロラモーヌは意地悪な笑みを浮かべる。吹き抜けた風と共に、メジロラモーヌの微笑みを爽やかに彩った。

 歩むその先で、子供のような表情を見せるトレーナーと、頑なに()()を答えようとしないメジロラモーヌの二人が、ただ愛おしい時間を共に歩んで行った。

 

 

 

 

 

 

 ひと味違った恋を謳歌する二人を、不審者の如く監視していたウマ娘が一人。

 彼女は偶々その場に出くわした。

 彼女は偶々その光景を見てしまった。

 メジロの至宝と謳われ、他のウマ娘よりも圧倒的に違うその輝きを纏うメジロラモーヌ。全てに愛され、憧れすらも意味を成さない彼女の光は、誰にも奪えない──と、思っていた。

 

 恋愛など、興味がないと思っていた。

 好きな人など、存在していないと思った。

 だからこそ、もしもいたら、メジロラモーヌがどんな感情を巡らせるのか妄想を膨らませていた。

 

 その妄想すら超え、彼女にとって今の光景は、()()などと言う言葉では表せないほどに()()だった。

 

 

 

「ぐはっ──!」

 

 

 

 思い返し、アグネスデジタルは眼前に広がっていた景色を前にして吐血。仰向けに倒れて、胸の前で祈るように手を組んだ彼女は、不気味なほどに微笑んでいた。

 

 

 

「──眼福」

 

 

 

 ただその一言だけを呟いて、アグネスデジタルはゆっくりと瞳を閉じた。

 

 

 




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