転生先は百合ゲーのモブでした。 作:王子様系女子が好き。
すこし風が騒がしい春の放課後。何もしないで吹かれていれば、私の心も花びらのように攫われていくような気さえした。
今日も今日とて東屋を拠点とする私は、いつものように本を読み耽る。最近手を出したミステリー小説。掴みは良く、犯人が気になるものだったが、中古本だった為に所々に落書きがされていた。その何れもが一人の登場人物を囲む丸であり、もはや意図が読めたそれを、なんだかなぁと嘆くしかなかったのだ。
尤も、ミステリー小説の醍醐味は失われていたが、それでも描写や表現は秀逸であり、退屈さを感じることはなかった。
文章から香り立つような血の臭いを感じ取るように、精一杯呼吸をすれば、庭園の花の香りが鼻腔をくすぐり、途端に現実に戻されてしまう。
そうしたことを、馬鹿みたいに何度も何度も繰り返していると、自分がこの世界で生きているのだと嫌でも自覚させられた。
「お姉様、また此処にいらしたのですね。」
静かな花園に、少女の声がポツリと一つ。
人気は無いが、咲き誇る花々は見事な為に、姉妹間の逢引きの場所として選ばれがちな此の場所。また何処かの姉妹が仲睦まじく過ごすのだろう、と別段気に留めることは無い。しかし、耳を傾けてみれば、どうにも声の主は私の知り合いのようであり、発声地も近いようだった。
「なんだ、ハルマキか。」
重たい頭を擡げると、見知った顔が此方を捉えていた。どれくらい無視していたのだろうか。彼女は呆れたような顔をしては、「まったくもう!」といった感じの台詞が似合う素振りをして見せた。
「『なんだ』とはなんなんですか。お姉様は意地悪です。……それとも、お邪魔でしたか?」
途端に、しをらしい表情を浮かべるハルマキ。そのような顔を向けられると、此方が悪い事をしているような気分になった。
——
このハルマキという少女は、『花ヴァジ』のサブキャラクターであり、主人公と同じ委員会に所属する一つ歳上の先輩という立ち位置のキャラクターだ。ハルマキはファンの中で癒しキャラとして人気で、歳下である主人公に揶揄われるようなポジションが、そのきっかけであったらしい。
ぱっつんの前髪と麻呂眉、低い身長と、ムスッとした雰囲気。「うるさいですね。」と言わせたくなるようなキャラクターは、サブキャラで収めておくには勿体無いとすら思わせた。
「それで、ハルマキはどうしたのかな。私に何か用があったんじゃないのかい?」
「そ、そうでした!」
何時迄も可愛い後輩に気を遣わせるわけにもいかず、本題に切り込む。わざわざ庭園にまで出向いた理由が有る筈だと考えたのだ。
「聞いて下さい、お姉様!
——件の霧島先生。本名を
勿論、彼女も『花ヴァジ』の登場人物であり、養護教諭という立ち位置は主人公との距離こそ遠いものの、プレイヤーからは絶大な支持を得ていた。
と言うのも、この霧島シズカというキャラクター、彼女は所謂お助けキャラであり、プレイヤーは度々保健室を訪れることとなる。ヒロイン攻略に行き詰まった時や、ヒロインの好感度を知りたい時には霧島シズカに頼らざるを得ないシステムとなっていた。
しかし、彼女がプレイヤーから人気を博すこととなった要因は別にあった。
それは、保健室を訪れた際に現れる選択肢【おしゃべり】の異質さだ。プレイヤーはこの【おしゃべり】にヒロイン攻略の活路を見出し選択する。だが、彼女の話すテキストは何れもチグハグで、意味不明なモノから意味深なモノ、現実の豆知識まで実に一万通り。それも、確認されている範囲での話だ。
この掴めなさが攻略スレで話題となり、wikiには彼女のテキストを把握出来る限り書き記す流れができたのだった。
そんな【おしゃべり】であったが、騒がれたのはガチガチのプレイヤー間のみだった。にも関わらず、霧島シズカはインターネット上のミームとなり一人歩きしてしまう程の人気となっている。
どうしてだったのか。
あれは、そう。彼女のテキストが現実世界の出来事を予言していただとか、言われ始めてからだった。それも複数個当てはまるテキストが見つかった。事件は『花ヴァジ』発売後の物であり、事件に準えてということもあり得ない。ファンが感化されて〜、という説も挙げられたが、いち百合ゲー程度では考えられないと切り捨てられた。
だからこそ、彼女の【おしゃべり】は特異であり、都市伝説やカルト的な人気を得ることになる。『花ヴァジ』が発売一年後、売れに売れることとなったのは、霧島シズカというキャラクターが一役買っていたのだった。
「あぁ、また霧島教諭に揶揄われたんだね。」
そんな霧島先生、主人公やヒロインズ、サブキャラクターに至るまで、ありとあらゆる人々を揶揄うきらいがあった。
中でもお気に入りは、このハルマキちゃん。揶揄った時の反応が面白いから〜、というのは本人談だ。
「私、これから保健室に用があったんだ。霧島教諭には私から注意しておいてあげるよ。ハルマキも一緒に来るかい?」
「そうだったのですね。お姉様が同席してくださるのなら、是非に。」
ハルマキが来てくれたおかげで、自分の用事を思い出した。私も保健室に行かねばならないのだった。——それも、"保健委員"として。
どうして主人公と同じ保健委員に入っているのか。
関わるまいと考えているのなら、大人しくしておくべきだと言われるのも致し方ない。私とて、同じ委員会に入るほど馬鹿ではない。関係を持たない為には近付かないのが一番だ。
わかっていながらも、どうして保健委員などという立場にいるのか。一年前なら大丈夫だろうと油断したのだ。保健委員は体調不良者の付き添いという体でさぼりやすく、実に魅力的だったのだ。
その結果が、この様だ。主人公の頼れる先輩生和ハルマキは一年前も保健委員で、ひょんな事から『お姉様』などと慕われるようになってしまった。更には、霧島シズカはどうにも私を気に入っているような節があった。
どうにも悪夢を見ているようで、頭を抱えてしまうような状況だった。
「私、常々疑問だったのですが、どうして霧島先生はお姉様にだけ普通な感じなんですか?」
「悪いけど、私もよくわかってないんだ。」
彼女が他生徒を揶揄う姿は幾度も見てきたが、私に限ってだけは普通の人間のように話をする。此方を見透かしているような瞳が印象的で、あまり反応をしなかったのが原因だったのだろうか。
「保健室に行く前に、少し【おしゃべり】でもどうかな?」
「お姉様と談話をですか!?是非お願い致します!」
うきうきと目を輝かせるハルマキ。私との会話なんかに価値なんて無いのに、煌びやかな宝石にでも触れたかのようだった。
本をぱたりと閉じ、向き直る。これから行われるのは単なる雑談。後輩と先輩が交わす世間話に過ぎない。御相手は生和ハルマキ。私の可愛い後輩だ。
「指輪、外したんだね……。」
彼女の姿をはっきりと捉えた時、今までの彼女とは異なる点に気がついた。これまで彼女の細い指に通されていた金色の指輪が無くなっていたのだ。
「あぁ、指輪ですね。はい、外したんですよ。元々サヤカお姉様とも、そういう話でしたので……。」
一年間も着けていた指輪を懐かしむように、空の五本指を伸ばして見せる。何度か裏表と手の平を返すハルマキは、少し寂しげな様子だった。
「姉妹で恋仲になったり、姉の卒業後も忘れられないというのはよくある話ですが、サヤカお姉様は割り切っている方でした。」
よく知っている。私も彼女とは交流があり、可愛がってもらっていた。
そんな彼女はネームドキャラではなく、私と同じモブ。それもゲーム開始時には卒業している事から、名前が出ることもないモブだ。でも、彼女は確かに生きていた。この世界の物語に関わらない人々だって、確かに生きているのだ。
「学校の伝統であるから妹は取るが姉妹らしい事をする気はない、というのがお姉様の考えだったんです。私もそれに同意しました。」
紡がれるのは、彼女達の契約内容。
姉妹二人での参加を前提とする行事の多いこの学校では、表面上姉妹であるとする関係も少なくはない。
「そんな中で、唯一私とサヤカお姉様を繋いでいたのがあの指輪だったんです。」
姉から妹に贈られた、姉妹の証。
姉妹となった二人は、お揃いの何かを所持する事が習わしだ。姉が買い選び、妹に渡す。多くがキーホルダーやアクセサリー等の小物で、通学鞄のワンポイントとして好まれる。
だから、言ってしまえば指輪なんて物を贈るのは重いとすら思われた。
「形式だけの姉妹関係でも、贈り物だけは立派に。なんて、サヤカさんは考えたのかもね。」
「サヤカお姉様は感情を口に出すのが苦手な方でしたからね、そうだったのかも知れませんね。」
ハルマキは、くすりと笑うと少ない思い出を振り返っているようだった。
私は側から見ていただけだったが、彼女達はよくやっていたと思う。どちらかが踏み出せば本当の姉妹のような仲になれていただろう。それでも二人は深い関係は望まなかったのだ。きっと必要以上の情が湧いてしまう性格だったから。
「ハルマキももう二年生だね。妹を取ってもいい年齢だ。どう考えてるんだい?」
ハルマキに問う。私はただただ百合厨だったから、主人公×ハルマキの芽も残しておかなければいけなかったのだ。本編では見られなかった組み合わせ、考えるだけでもセロトニンがドバドバと溢れた。
「……やめておきます。私は姉って感じでもありませんので。」
儚く笑う彼女の姿は、サブキャラクターに押し留めておくには、あまりにも勿体無くて、彼女だって一人の
花びらの舞う庭園で、春を冠した彼女が踊る。
——季節は春。世界は加速し始めた。物語の幕開けはもう間も無くだ。
「姉妹とは言いますが、お姉様こそ妹を取らないのですか?最上級生となるお姉様の方が人に言えた事じゃないじゃないですか。」
浸っていたところ、痛いところを突かれてしまう。
「アリサにも言われたよ……。」
耳にタコができそうだとアピールするように耳たぶを伸ばして見せた。少し茶目っけがあるくらいではないと孤独に思われてしまう。あくまで私は孤高なのだ。
「お姉様がその気なのでしたら、私、立候補してみてもいいですか……?」
小さく手を挙げるハルマキ。
はにかんだ彼女の姿は年相応の少女のもので、彼女の優しい人となりが全て出ているようだったのです。
わァ! 地の文ばっかり!
前話感想評価ありがとうございました。こんなにも励みになるものなんですね。(王子様系女子)やっぱ好きなんすねぇ。