優輝の日記 〜国立栄陽学園での日常〜   作:繭浮

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初ホームルームと平坦なるモノ

「さて……あの日の午後は、何かイベントとかあったっけ」

 

 昼食後すぐ、日記を開いた。食事中の雑談でエビフライの日の午後の事が話題に上がったけど、何があったかイマイチ思い出せなかったからだ。

 

 ちなみに伊勢海老料理は、どれも超を付けたくなるくらい美味しかった。さすが高級食材、満足感がハンパない。

 

 ただまあ、敢えて言うなら。美味しすぎるからか、頻繁に食べたいとは思えなかったかな。贅沢は時々くらいが丁度良い。

 

「えーと……んー……ふむ、そっかそっか」

「どうでしたか?」

「夕飯のメニューと、美味しかったってくらいだね」

「ふむ、感想だけか。つまりは特筆すべき事はほとんどなかった、と言うことか」

「だろうね」

 

 入学初日から次の日の昼食までの日記内容が濃密で濃厚だったせいで、午後も何かあったはず、と思い込んでいたみたいだ。

 

「そうですか……ふふっ。人の記憶とは、曖昧なものですからね」

「まあ、どうでも良い事は覚えていなくて当然だ」

「良い思い出ほど曖昧に、嫌な思い出ほど鮮明に、らしいですわ」

「ふ、そうだな」

 

 そう言い、みんなで笑い合う……んー。

 

(人の記憶は曖昧、か。確かにそうだ)

 

 ……そこがなんか、妙に気になった。

 

(ふむ……んー……まあ、今は純粋に思い出話を楽しむことを優先しよ)

 

 難しい事は少し後で考えよう……それはそれとして。

 

「まあ、次の日の事は、日記を見なくても思い出せるくらい記憶に残ってるけどね。嫌な思い出、とも微妙に違うけど」

「次の日、ですか。入学初の授業以外に、何かあったでしょうか……」

「まあ、あの葛藤は僕にとってだけだったろうけどね」

「優輝さんだけの……?」

「ふむ……ああ、なるほどアレか」

 

 

 

 

       ――――――――――

 

 

 

 

 その日はその後、午後に姉さんと一緒に鍛錬をし、荷物をすべて片付け、みんなと一緒に夕食を食べ、姉さんと一緒にお風呂に入って……やめてって言っても入ってくるんだもんなあ、慣れてるとはいえなるべく裸を見ないようにしないといけないから少しだけ気疲れする。まあ僕と比べられるくらい姉さんは平坦だから、ほんとに少しだけだけど。

 

 ともかく。そんな感じで、午後は何事もなく平穏に休日は終わった。

 

 

 ☆

 

 

 翌朝。今日もいつも通りの時間に目覚めた。

 

「姉さん、朝だよー。鍛錬行くよー」

「……今日はパスで」

「ん、了解」

 

 姉さんが朝鍛錬に付き合うのは、隔日な感じだ。特に、父さんと一緒に首都に出かけた翌日は、必ずと言っていい程参加しない。まあつまりはいつもの事だ。

 

 そうして、朝食前のルーティーンをこなした。ちなみに、朝鍛錬しない日でも、何故か姉さんは朝のシャワーの時に浴室に侵入してくる。目を覚ます目的らしいけど、8割方僕の裸が見たいだけだろうなあ。

 

 

 

 

「ふう、ご馳走様でした」

 

 昨日とは違い、色々と余裕を持って朝食を終える。

 

 今日の朝食は、コンソメスープに丸パン2つ、僕の大好きなトマトのスライスが添えられたコールスローサラダ、ウィンナー3本が乗ったモーニングプレートだった。今日も大変美味しゅうございました。

 

「今日から授業か〜。初めての授業って、科目にかかわらずなんかワクワクしない?」

「あー、なんかわかるかも」

「俺は早く対魔練の時間になって欲しいなあ」

「食べたらまた眠くなって来たからどうでも良い」

「アタシもミズ姉さんに同意〜……ふぁ」

 

 小さく欠伸をするパフィンさん。さっき「朝練したから目が覚めちゃった」とか言ってたけど、一時的な覚醒だったらしい。何にしてもパフィンさん、朝弱いのに付き合いが良いよね。好き。

 

「2人は相変わらずやる気ないわね」

「必要が迫ったら本気出す」

「甘いのくれたら本気出す」

「わ、私は、食べ物くれたら?」

「あなたたちね……というかヒロ、友人の悪い所は真似しなくて良いわよ」

「まぁまぁサチさん。やる気スイッチを教えてくれてる訳だし、大目に見てやってよ」

「優輝さんは甘いわね……けど、なるほど。そう言う見方も出来るのね」

 

 朝のホームルームが始まるまでの数分、僕の机の周りに集まり雑談した。すっかり仲良くなった僕らは、側から見たら数年来の友人のように映っていたかもしれないけど、実際は合って数日なんだよね……なんか不思議な感覚。

 

 そしてそんな僕らを、クラスの男子達が遠巻きに見ている。この美少女軍団に話しかけられる勇者はいないようだ……雅だけは天然なせいか、そういう発想自体が出てこないようだけど。

 

 飯屋峰君? 彼なら気絶して椅子に縛られている。よく縛られる人だ。

 

 ちなみに今回の理由は……朝一番教室に入ったら、飯屋峰君がヒロに無言で接近し、胸を鷲掴みにして揉みだしたからだ。

 

「ふむ、悪くない」

『………………』

 

 あまりに予想外の行動に、みんなの思考が一時停止した。

 

「イヤアァーー!!!!」

「ぼっ!?」

 

 裂帛の叫びと共に放たれた拳が飯屋峰君の鳩尾に叩き込まれた!

 

 ……ちなみに、悲鳴を上げたのも腹パンしたのもヒロだ。無意識に拳を突き出したっぽい。痴漢に対する防衛本能によるものかな。ヒロ、痴漢に狙われやすそうな雰囲気というかオーラというか放ってるしね。

 

「ぐっ……なかなか良い拳だがぱっ」 ぱちんっばぢっ!

 

 さすがにヒロのリキが十分に入っていない咄嗟のパンチだけでは気絶まではしていなかったので、僕が追撃として指パッチンして電撃を浴びせてスタンさせた。

 

「授業開始まで大人しくしててね」

 

 電撃で体が痺れ硬直した体を後ろに倒れさせる飯屋峰君、

 

「授業開始まで座して待て」

 

の動きに合わせていつのまにか彼の背後に椅子を持って待ち構えていた姉さんが、椅子に座らせて縄で縛り付けた。

 

「あわわわわわ……」

「大丈夫だよヒロっ危機は去ったから! ほらっチーズかまぼこでも食べて落ち着こ?」

「えっあっち、チーズかまぼこ、うん、それ好き、ありがとアキちゃん」

 

 そして真っ赤になってアワアワするヒロを抱きとめて宥めるアキ。なるほど、ヒロは食い気で精神を瞬間的に鎮められる、と。憶えておこう。

 

「なんというか……流れるような良いコンビネーションだったわね。感心するわ」

 

 僕と姉さん、アキヒロを交互に見てそう感想を述べるサチさん。

 

「まあね、双子だしね」

「うむ」

「友達歴長いですから!」

 

 それに、僕らは当然と言った感じで返す。

 

「んにしても、ほんとご飯君はマジの残念イケメンだねぇ〜。もったいないな〜……ツンツっあいたっ」

 

 椅子に縛られた飯屋峰君をツンツンしたパフィンさんが小さく悲鳴を上げる。あー。

 

「まだ帯電してるかもだから、触らない方が良いよ」

「……先に言ってよユキさ〜ん。目ぇ覚めちゃったじゃんか〜」

「目が覚めたのならむしろ良かったじゃないの、パフィ」

 

 涙目でそう訴えるパフィンさん。可愛い。

 

「んお? そいや、ミズ姉さんは平然とした顔でご飯君に触れてたような〜」

「ま、慣れているからな」

「おぉ〜、さすがミズ姉さ〜ん」

 

 実際はちょっと違うんだけど、まあ大雑把に言うと間違いではないし。訂正とかは別にしなくて良いか。

 

 

 

 

……とまあ大体こんな事があった。

 

 それにしても。僕にちょっかい出してるだけなら良く……はないけど、まだ対処はしやすい。

 

 けど今回は、ヒロに手を出して来た。嫁達宣言の内の1人だった訳だし、こういう行動に出ることも十分予測出来たはずだから、ちょっと考えが甘かった。

 

 昨日の僕の失敗も含めて、今後は彼への警戒度をもっと引き上げて行動しないと……まさか、魔物じゃないのに警戒しなければならない存在が現れるとは。人生色々だなあ。

 

 初のホームルームが始まる前。そのほんの僅かな時間で、僕はさらに飯屋峰君を嫌いになり、飯屋峰君はクラスの男女全員から敵として認識された。

 

 

 

 

「――という訳で改めまして〜。みなさん、3年間よろしくお願いします〜。一緒に頑張りましょうねぇ〜」

 

 相変わらずの眠くなりそうな声でホームルームを締めるネイ先生。

 

「さてさて〜、引き続き授業に入る訳ですが〜。最初の授業なので、このまま私が、担当科目の先生を紹介させていただきますね〜。どうぞ、お入り下さい〜」

 

 そう言い、扉の向こうにいた初老位の男性を呼び入れる。最初の、というか、地曜日の1限目は現国だから、彼が現国担当の先生か。

 

 精霊国の一般的な高校の時間割は1日6限らしいけど、栄陽学園の時間割は1日5限に分けられている。

 理由は、対魔練の授業があるからだ。しかも水曜以外の毎曜日、1日2回。体力的にも精神的にも、6限目を受られる余裕がある人はごく少数だろう。

 

 そんな1-Dの今日の時間割は、

 

 

午前

現代国語 数学 対魔練

 

午後

精霊国史 対魔練

 

 

となっている。

 

 基本的に午前・午後の最後に対魔練な授業なのだけど。水曜のみ、3限目は戦闘座学となっている。さらに水曜のみ6時限目があり、ロングホームルームを行うらしい。

 まあ、LHRは正確には授業ではないので、結局授業は5限目までだ。

 

 

 

 

(あー……ついに、この時間が来てしまった……)

 

 3限目が対魔練……それは、普通の学校で言う所の体育にあたる授業な訳で。当然、運動着に着替えなければならない訳で。

 

(普通に着替えたら、バレる確率高いよねえ……)

 

 僕は今、訓練棟の「女子更衣室」と書かれた札がかかっている扉を見つめて佇んでいた。

 

(僕の見た目というか格好というかで男子が使っている方行ったら大騒ぎになるんだろうなあ。どっちにしろ、バレたら大騒ぎ必至だろうけど)

 

 午前2限まで授業が終わり、2限と3限の間の休み時間。水曜以外の3限・5限は訓練と決まっているので、着替える時間を考慮して、2・3限と4・5限の中休みの時間は25分と少し長い。

 ので、本気で速攻で周りの目を一切気にせず1人で更衣室に特攻すれば、1人で着替える事も可能……だけどまあ、そんな奇行に走ったらみんなから変な目で見られるし、絶対に更衣室に誰もいないなんて保証もない。つまり、色々とリスクが多すぎるからやりたくない。

 

 この事で僕が取れる行動は、怪しまれない程度に出来るだけ早く教室を出て、少しでも人が少ない状態で手早く着替えを完了させるくらい、かな。終了後も同じく。

 

「優輝さん、どうしたの?」

「あー、うん。いよいよ実戦訓練の授業だなーと思って」

「? まぁ、そうね」

 

 サチさんに不思議そうな顔をされた。まあ、一緒に来たのに入るのを躊躇していたら当然だよね。

 

 うん、まあ。セーラー服を着る覚悟を決めた時点で、ここで着替える事の覚悟は出来ている。

 とはいえやはり罪悪感、それと秘密がバレないかの危機感。さらに犯z……い、いや、他所ではそうだけど、ここでならある意味では問題なかったりする。

 

 この学園の、かなり特殊な部分の1つ。「男子更衣室」と「女子更衣室」は、実際には分けられていない。

 学年毎に、着替えのための部屋が2部屋用意されてはいるけど、どちらが男子用だとか女子用だとかは明確には分けられていないのだ。性別に関わらずどちらの更衣室で着替えても良い、と校則にもある。

 

 理由は、体育ではなく、対魔練だからだ。

 

 国家間の戦争に参加するための戦闘訓練ではないとはいえ、この星を脅かす侵略者である魔神勢との戦争に備えるための訓練をするのだ。星の命運を左右しかねない戦場で、「異性に着替えを見られるなんて嫌だ」とか言って戦闘用の服に着替えられないなんて、笑い話にもならない。寝言は寝て言え、どころか、死んだら寝言なんて言えないのだ。

 

 なので栄陽学園では、「戦争状態時に、不特定多数の異性へ着替え等を見られるかもしれない」事を意識させるため、この学園の施設は男子用・女子用と分けられているものはない。シャワー室も、トイレも、寮も、寮の大浴場もだ。この事は国から認められている。

 

 とは言え、そこは思春期の男女。国から許可されているとは言え、理由が正当なものとは言え、我慢出来ない人はいる。なので、男子が使う施設と女子が使う施設は、生徒が自主的に話し合って決めている。最初のホームルームで話し合った内容はそれだった。

 

 自主的にとは言え、国からの超法規的措置的なもので犯罪者にされないとは言え、一応は分けられたのだ。女子用と決めた後にそこを男子が利用したら、ムラハチにされる事必至である……世知辛いのじゃ。

 

「はあ〜……」

 

 思わず重いため息を吐いてしまった。覚悟を決めていたつもりだけど、やっぱり迷いは残っている。

 まあ、こんなとこでまごついてても変な目で見られるし、時間が経てば経つ程人は増える。腹を括って、当初の予定通り手早く着替えを済まそう……

 

「ふみゅ……あ〜なるほどねぇ」

 

 アキが、何かを納得してウンウン頷く。何だろ?

 

「さっちゃん、優輝は平坦なのがコンプレックスみたいなのよ」

「ちょ」

「平坦?」

 

 アキがフォローなのか貶してるのかよくわからない事を言い出した。まあフォローのつもりなんだろうけど……アキってちょっと言葉足らずなとこあるよね。

 

「大浴場に誘った時も、それが理由で断られちゃったしねぇ」

「平坦…………あー、なるほどね」

 

 数秒僕の顔を見ていたサチさんが、チラッと一瞬僕の胸部に視線を向けて、納得の言葉を呟く。何故だか悲しくなって来た。

 

「あ、ごめんなさい優輝さん。今のは失礼だったわ」

「……大丈夫、気にしてないよ。個人差があるのはこの世の理だからね、うん……うん」

「ユキさん、めちゃ気にしてそうなトーンで言っても説得力ないよ〜?」

「だから気にしてないって……はは」

「んむぅ……ユキさんがここまでテン下げ状態になるとは〜……この話はヤメだね〜」

「そ、そうね」

 

 ……計画通り。これで、扉前でまごまごしていた事に対する不信感は誤魔化せた、はず。

 

 胸のサイズを気にしている云々は、大浴場行きを断るための言い訳だったけど。この設定は他の思わぬとこでも役に立つかも……気に留めておこう。

 

「ふふ、気にするな優輝。私にいい考えがある」

「ん……わかったよ。ありがと」

 

 そのセリフに何故か不安を覚えたけど、でもまあ信頼の置いている姉さんの考えだし、何より姉さんは天才だ。大丈夫だろう、多分。

 

 ということで。少し躊躇はしたものの、僕らは揃って更衣室に入った。

 

 

「これだ」

 

 更衣室に入るなり、姉さんは1つのロッカーからとある物を取り出し展開した。

 

「これは……テント?」

 

 それは、ワンタッチ式1人用着替えテントだった。モスグリーンの縦長式で、室内で広げてもそれ程場所は取らないくらいのサイズだ。

 

「この中なら、周りの視線を気にする事なく着替えられるだろう?」

「それはまあ、そうだけど……」

 

 確かにこれなら、バレないだろうけどさ……着替え終わるまで姉さんが見張ってくれてるだろうし……とはいえ。

 

「着替えるための部屋で着替えるためのテントを使うって、シュールっていうか。なんか恥ずいんだけど」

「直接見られて恥ずかしい思いをするか、目立つ行為をして恥ずかしい思いをするか。我慢出来る方を選ぶんだ」

「む、むうー……」

 

 ……バレないためには実質一択だけど、ここで即決すると多少不審に思われるかもだから、すぐには答えない。まあそれとは別に、普通に恥ずかしいってのも本心だけど。

 

「わ、私もそれ、使わせてもらっても良い?」

 

 と、僕が半分悩んでるフリをしていると、まさかの使わせての声。豊満な胸に片手を乗せて、もう片方の手をおずおずと挙げるのは、ヒロ。

 

「えっ。ヒロ、本気?」

「ゆ、優輝さんとは逆の意味だけど。私もちょっと、みんなの前で着替えるの、抵抗あって……」

「ふみゅ、ヒロは「ある意味目立つ」の方を選ぶのねん。さてっ優輝は〜?」

「……人が増える前にテントで着替えるよ」

「まぁ、それが正解よね」

「……優輝さんの生着替えが見られないのは、残念ですわ」

「うわびっくりした」

 

 いつの間にやら来ていた蒼月さんに変態的発言をされた。相変わらずの残念美少女っぷりだ。

 

「超速で着替えます、覗かれたら死んじゃうのでやめてね」

 

 これ以上悩んでるフリしてると面倒な事になる予感がしたので、着替えの入ったバッグと共にテントに飛び込んですぐさまジッパーを締め、急いで着替える事にした。この後ヒロも使うしね。

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