3日目の昼も、2日目と同じくらいの時間に捌けた。つまりは大繁盛の大忙しである。嬉しい反面、3日続けてなので流石に疲労困憊だった。
というわけで、3日目はサチさんと周る予定だったのだけど。
「ごめんサチさん、もう少しだけ休ませて……」
「謝らなくていいわ。仕方ないわよ、仕事自体に慣れていないでしょう? お疲れ様、優輝さん」
現在時刻は、昨日姉さんと出かけた午後2時ちょっと前。アルストロメリアの店内メンバーは、僕含めだいたいグッタリしていた。サチさんの言った通り、接客業に慣れていないがための精神疲労が主だろう。
一見元気そうなのは、何故かドヤ顔している姉さんと、食休みで本を読んでいる月影ちゃんだ。
まあ、姉さんは精神超図太いからともかく。月影ちゃんは普段と変わらぬクールな顔を全く崩していないからそう見えるだけで、僕らと同じくか、それ以上に精神疲労は溜まっていると思われる。基本引っ込み思案だしね。
というわけで、サチさんにはデートを30分くらい待ってもらう事にした。喫茶店は昨日と同じく午後3時からの予定だから、30分程度しか一緒出来ないのが申し訳ないけど……生真面目なサチさんは、僕が無理して一緒するのをよしとしないだろうし、今回ばかりは仕方ない。
「んん〜よく寝たぁ〜……気がしたけど30分くらいしか経ってないかぁ……んみゅ?」
テーブルに突っ伏して仮眠していたアキが伸びをしつつ辺りを見渡して、何かに気付く。
「どうしたの?」
僕の方は、ラノベを流し読みつつまったりしていたのだけど。アキの声に顔を上げ、僕も周囲に気を向ける……と、店外に複数人の気配を察知した。
「もしかして?」
「もしかしなくても、だろうね」
調理室の扉のガラス小窓から、廊下を覗いて確認する。そこにはすでに、開店待ちの列が出来ていた。喫茶開店まで、まだ30分以上あるんだけど……ちょっと甘く見ていた。
「ふむ。今日は開店時間を早めるぞ。5分後だ」
「「「了解」」」「りょ」「……ん(こくり)」
姉さんの一言で、そういう事になった。つまりは、サチさんとのデートが潰れた事になる。
「まぁ……知ってたわ。瑞希の予測通りね」
苦笑いを浮かべるサチさん……そういえば、初日の僕とのデート順決めで、サチさんは「多分無理」とか呟いていたけど。どうやら、3日目はこの状況になって自分とのデートの時間はなくなるだろうと、予め姉さんから予測を聞かされていたようだ。
……姉さん、どこまで読んでたんだろ? 我が姉ながら、凄い先読み力だ。
という訳で。サチさんには本当に申し訳ないけど、喫茶アルストロメリアの開店を優先する事になった。
「なので、これは僕からのお詫びとサービスね」
「ふふっ、ありがとう」
代わりのお詫びとして、サチさんには他のお客さんを入店させるより先に、クレープをご馳走様する事にした。初日にミックスベリーは食べていたので、今日はチョコバナナだ。
「というか、これだけで良いの? 後日埋め合わせするよ?」
「えぇ、これで十分よ。ふふっ……それにね? わずかな時間の慌ただしいデートより、優輝さんの手作りクレープを優先で食べられる事の方が、私にはよっぽど価値があるのよ?」
「そ、そっか」
頬を染めて恥ずかしがりつつそう言われては、これ以上食い下がる事は出来ない。というか、サチさんの気持ちに気付いているから、こっちは余計に気恥ずかしい。
「よし。喫茶アルストロメリア、最後の開店だ」
サチさんが食べ始めたのを確認してから、姉さんが立看板を出してお客さんへ入店を促し始めた。
最終日という事もあってか、喫茶営業にもかかわらず、
つまりは。
「もう材料尽きそうなんだけど……」
「ふむ。これは少々予想外だな」
「おぅふ、その瑞希の目をもってしても読めなかったか!」
ラストオーダーは、午後5時45分予定だったのだけど。このペースだと、5時前に食材の方が尽きそうだ。
その予想通り、4時40分過ぎくらいにチョコバナナの材料を少し残して、他は全て使い切ってしまった。つまりは閉店である。
「つ、つかれたー……」
「だねぇ……ばたんきゅー……」
「か、カロリーが足りないー……」
「……」
「す、すいーつ……すいーつどこぉ……」
「残ったチョコバナナの材料でも齧れ」
最後のお客さんが退店して、現在午後5時過ぎ。今度こそ、全員精根尽き果てた。姉さんも投げやりな言い方だから、結構キているようだ。
「さ、さすがに来年は、少し縮小しようね……◯◯食限定、とかさ……」
「「「「異議なし……」」」」「ん……(こくり)」
行けると思って張り切り過ぎた。実際行けたけど。疲労困憊だけど。
というか、今年は部長さん曰くのヘソクリ的部費があったから可能だったのだし。今年の大盛況で部費が増えたとしても、来年度に使える費用は、今年程潤沢には確保出来ないだろう。
「やあ、みんなだいぶお疲れのようだね」
「最初はどうなる事かと思いましたが、大きな問題もなく終わってなによりですぞ〜」
雑談していると、部長さんと副部長さんがやって来て、労いの言葉をかけてくれる。
「……はっ!? この匂いはエビチャーハン!!」
ガバッとヒロが起き上がる。部長さんが両手にオカモチを持っているから、それに入っているのだろう。
「学園祭終了まで少し時間があるし、ささやかながら打ち上げをと思って軽食を用意したのだk――」
「食べます食べます!!」
ヒロが食い気味にそう返す。
「ははは、途端に元気になったね、鯨井君らしい。キミの嗅覚通り、エビチャーハンを作ってきたよ。店内に見合った、華のある軽食でないのが少し申し訳ないけれどね」
「食べられれば何でもウェルカムです!!」
「食べられれば……」
ヒロの余裕のなさからの無慈悲な台詞に、複雑そうな顔になる部長さん。
ちなみに部長さんの料理の腕は、料理長さんとかと比べてしまうとどうしても見劣りしてしまうけれど、大衆向けな料理や味付けしか出来ないだけで、部長を任されるだけの実力はある。
それはそれとして。
「誰かから閉店したと伝え聞いたにしても、なんか妙にタイミングが良過ぎるというか……早過ぎませんか?」
閉店したのは数分前だし、台詞からして部長さんが手作りしたのだろうし。いくらチャーハンが手軽に手早く作れると言っても、全員分作ってここまで運ぶとなるとそれなりに時間がかかる。
「あれは確か……4時半頃だったかな。5時には完全閉店するだろうというメールが月影君から来てね。鯨井君がカロリー不足で動けなくなるだろうから、軽食の用意を頼まれたんだよ」
「いつの間に……」
定期的に気配を消して行動する癖があるっぽい月影ちゃんなら、まあやれてもおかしくはないのだけど……てっきり姉さんが先読みしててはいしたのかと思ったからちょっと驚いた。月影ちゃんの先読み力もなかなかだね。
まあ、先読み力よりも。
(月影ちゃん優しい、素敵……)
自身も疲れている最中での、周りに悟らせない気遣い。僕はそれにとても感激していた。
「はうぅ〜月影さん大好きですっ!! 月影さんは最高の友達ですぅ!!」
「……っ!? ……っ!っ!」
ヒロは感激のあまり、抱きついて月影ちゃんを熱烈にハグしていた。普段の隙のない月影ちゃんなら、容易には捕らえられないのだけど、疲労で反応が遅れたようだ……ていうかアレ、胸で窒息しかけてない?
「ヒロストップストップっ! 月影ちゃんなんかグッタリしてるっ!」
「ふぇ? ……あっ。つ、月影さーーん!?」
僕より先に動いたアキに止められてようやく月影ちゃんの状態に気付き、肩を掴み勢いよくガックンガックン揺する……ヘッドバンキングみたいだ。
「落ち着いてヒロ、脳震盪起こして悪化しちゃうかもだから」
「あっそ、そうですね」
くうぅぅー……
「あっ。はうぅ、恥ずかしい……」
僕がヒロの肩を掴んで止めさせる、と、ヒロのお腹から可愛らしい音がなる。空腹過ぎて思考能力が低下していたのだろう。
「……ん。ヒロさん、チャーハン、食べて……」
顔色悪いながら月影ちゃんが復活し、ヒロを気遣う。素敵、好き。
「どういう状況かイマイチわからないけれど……お疲れ様なのは間違いないわね」
今度はサチさんと雅が入ってきた。
「はい、差し入れよ。閉店してるっぽいし、打ち上げとして食べてね」
「色々買ってきたぜー。と言っても、どこも閉店間際だったから、不人気で売れ残ったヤツばっかだけど」
「バナナチップウマー……んう!? スイーツの気配!!」
「……さすがパフィ、疲労困憊でもスイーツセンサーは感度良好ね」
「不人気だろうとスイーツなら何でもウェルカ〜ム!」
パフィンさんがガバッと起き上がり、元気よくスイーツを催促し出した。さっき見た。まあでも可愛い。
「えーと、水飴……リンゴ飴ですかね?」
「おう、正解だ。ヒロの食べ物センサーもやっぱ凄ぇよなぁ」
「あー好き嫌い分かれるよねぇアレ、食べ辛いし」
「リンゴ飴のリンゴォ、美味しくないんよね〜。だからぁ、飴ごとマルカジるんがベスト〜」
と、差し入れの内容で盛り上がっている中、
「ふふっ、すでに集まっておいでですね。私からも差し入れですわ」
「失礼致します」
「みなさん、お疲れ様です〜」
更に今度は、蒼月さんと静海とネイ先生が入ってきた……僕らの身内勢揃いである。
「ふむ、最後にドリンク系の差し入れか」
「はい。透華様プロデュースのお店で購入した、アイスハーブティーですわ。ラズベリーリーフ、と言っていました」
加藤家トリオは今年度新しく「ハーブティー愛好会」という部を立ち上げたらしく、学園祭では移動販売式でハーブティーを煎れたり茶葉を売ったりしていたらしい。
「ネイ先生、静海も。お仕事お疲れ様です」
「いえいえ〜。慣れてますしぃ、それに私、みなさんの先生ですから〜」
「滞りなく任務完了に御座います」
ネイ先生は教師だから、大勢の部外者が来る学園祭中は当然見回りをしなければならないし、静海も、姉さんの精霊剣という事で学園にいる事が許可されているけど生徒ではないので、警備員代わりに教師陣と一緒に見回りを担当していた。ので、アルストロメリアでゆっくり食事などしている暇はなかったのである。その点だけは、今回の学園祭での大きな不満点かな。
まあ、怒涛の忙しさだったから、どっちみちゆっくりは出来なかっただろう。過ぎたるはおよばざるが如しと言うし、すべてに満足のいく結果を求めて大失敗しなくて良かった、と思おう。
それよりも。
「……だからタイミング良過ぎるって。みんな、月影ちゃんから聞いて?」
「ええ」
「だな」
「ドリンク係を任されました」
「ん〜?」
「全て瑞希様の指示通りに行動致しました」
……反応からして、ネイ先生と静海以外は、月影ちゃんから連絡を受けて来たようだ。少しだけ予想は外したけど、どっちにしても。
「月影ちゃんの気遣いスキルが高すぎる。好き」
「優輝、口に出ているぞ」
「……(ぷい)」
我慢出来ず漏らした一言に、赤くなった顔をソッポに向ける月影ちゃん。超可愛い。
こうしてライブキッチン・アルストロメリアは、3日間とも大盛況で閉店を迎えられた。
最後の1時間だけだけど友達全員とも過ごせたし、結果的に大満足で寧花祭を終えられたと言える、かな。
「ふふっ。楽しい学園祭だったね!」
「うむ、優輝が満足そうで何よりだ」
―――――
「――とまあ、一年生の学園祭はこんな感じだったよ……うん。結構大変だったけど、最高に楽しかったなあ……」
粗方話終え、しみじみあの時に感じた想いに浸る。
「ふーむゅ……」
「……エリス?」
彼女の反応が鈍い。表情は物凄い真剣。
「……よし。どっかの高校に入学しようそうしよう」
どうやらエリスは、僕らの楽しげな学園祭の思い出語りを聞いて、自身もキャンパスライフを体験したくなったらしい。
「一応言っておくけど。日本の高校じゃあ、僕らが感じたのと同じ青春は、多分体験出来ないと思うよ」
「ふぇ、何で? 見た目は問題なくなくない?」
「いやいや、その見た目が問題でしょ」
「うむ」
「ですわね」
「ナンデ!? アタシ老け顔じゃないでしょどう見ても13、4歳くらいでしょ!?」
僕らの総同意に、エリスが少しオーバー気味に反論する。
「エリスさん、知名度的な意味ですわ」
「守護者として顔が売れ過ぎてるからね。身分を隠して学生するにしても、学校側には伝えないとだから教師陣にかなり気を使わせちゃうだろうし、変装するにしても美少女過ぎてバレやすいし。存分に青春謳歌、とはいかないんじゃないかな」
「どうしても学園生活を満喫したいなら、それこそ確実にお前を知らない異世界の学校にでも行くんだな」
「むぅぅ〜」
僕らの指摘に、不満気に唸り声を上げる。
「……とりあえず! 今夜は学園祭打ち上げでみんなが食べたっていうエビチャーハンねっ! 今日は中華デーだし丁度良いよねっ! ねっ!!」
「ん、了解」
不貞腐れた可愛い顔でそう言い、グイッと烏龍茶を飲み干すエリス。当時の雰囲気だけでも味わいたい、てとこかな。
(んー……いつも通りの味付けでも良いけど……せっかくだし、あの時の部長さんの味を再現しよっかな。となると、海老は安物の冷凍海老と……あ、学園祭まで話したから……)
夕飯に足りない素材の買い出しリストを書き出しつつ、次は何から話そうかを考え始めた。