タキオンに騙されて古代ローマにタイムスリップしたら、ローマ皇帝シンボリルドルフの担当になっていた件について 作:砂糖と蜂蜜の牛乳割り
なんて刺激的な出会い! ロマンチックですわ〜!
雲ひとつない蒼穹。
砂塵舞い散るコース。
肌を焼き焦がす勝利への渇望と歓声の熱。
我がローマ帝国一のレース場——チルコ・マッシモにて、今日もまた私は興じていた。
『逃げウマ娘をかわし、一番シンボリルドルフ前に出た! ルドルフ先頭だ! 三バ身四バ身! 二番手との差をグングン広げていくぞっ!」
最終コーナーに入り、溜めていた脚を解き放つ。
マークしていた前方のウマ娘を追い抜かせば、彼女の驚愕が背に伝わってくる。
どうやら私の末脚を侮っていたようだ。
ならば、その認識を正さなければならないだろう。
——『絶対』を舐めるなよ。
『はやい、速いっ、シンボリルドルフ! スレイプニル頑張る! が、届かない!』
踏み込んだコースの土が爆ぜ、再加速していく体。
後方に吹き飛ばされていく景色。
さらなる熱気を帯びていく群衆の旋律。
すべては絶対なる勝利への調べ。
そして気づけば、私はゴール板を駆け抜けていた。
『10バ身以上もの差をつけてゴールイン! ルドルフ圧勝致しました! 優勝はシンボリルドルフ!』
実況が告げると同時にドッと湧き上がる喝采。
それらには、期待通りの結果に対する喜びを十二分に含んでいるようだった。
「きゃーっ、ルドルフ陛下ー!」
「やはり陛下こそが帝国一だ!」
私が徐々に速度を緩めていき、その声援に手を振りかえし応えていると、私と同じく鹿毛のウマ娘——『宰相』のエアグルーヴがこちらに恭しく一礼し、近づいてきているのがわかった。
その手にタオルを携えて。
「陛下、お見事でした」
「ありがとう、エアグルーヴ」
彼女からタオルを受け取り、かいた汗を拭う。
エアグルーヴはよく出来た臣下だ。
統治に際しては忌憚のない意見を私に真っ向からぶつけてくるし、帝国にとってより良い道を常に模索してくれている。
今もこうして私へのサポートも欠かさない。
エアグルーヴが居なければ、私はとっくに多忙で潰れてしまっていただろう。
そう言うと、しばしば彼女は首を横に振るのだが。
「それにしても、あの実況。まさか陛下のことを呼び捨てとは……ご不快であれば、審問にかけましょうか?」
エアグルーヴは額に青筋を浮かべて、実況席にいる人物を睨む。
睨まれた実況は「ひぃっ!」と震え上がってしまっている。
忠義に厚すぎるのも玉に瑕なのかもしれない。
今にも飛び出していきそうな彼女を、私は手で制した。
「いいんだ、エアグルーヴ。構わないさ」
「しかし——
「ここは何人だろうとレースを駆ける限り平等に扱われる神聖な場所。この場でだけは皇帝という肩書きを忘れ、私もただ一人のウマ娘でありたいんだ」
「……申し訳ありません、出過ぎた提案でした」
謝罪を口にするエアグルーヴの耳は、シュンと下に垂れる。
心から私のことを想って行動してくれる、そんな彼女だからこそ側に居て欲しい、改めてそう思えた。
「さてエアグルーヴ、この後の予定を教えてもらえるだろうか? どうも忘れてしまってね」
本当は覚えているが、仕事に打ち込めた方が彼女の罪悪感も紛れるだろう。
面目躍如。
エアグルーヴの倒れていた耳は復活した。
「はい、この後は議会から招集がかかっております」
「了解した。早速向かうとしよう」
コースを去ろうとして、私は後ろを振り返った。
そこには、レースに敗北し、地面に蹲って涙を流すウマ娘が居た。
しかし、彼女にかける言葉はない。
一着を手に入れるために蹴落とした私には、何も。
それに彼女達はそんなにヤワでないことは、よく知っている。
「次は絶対に勝ってやる……!」
その言葉が、前へと向き直った私の背に届く。
——『全てのウマ娘が幸福な世界を創る』。
そのためにも、私は邁進し続けなければならない。
多忙によりトレーニングが疎かにならないようにしていこう。
そうして覚悟を新たに今度こそ芝コースを去ろうとした所で、それは起こった。
——瞬間、天から雷が落ちたような、空気を引き裂く轟音が辺りに鳴り響いた。
「っ、危ない、ルドルフ陛下!」
同時に、エアグルーヴが身を挺し、私を抱えて横に跳ぶ。
もつれ合うように二人は何度か地面を転がり、その勢いを相殺することでようやく止まった。
「いったい何が……っ、エアグルーヴ、大丈夫か!?」
「……私は大丈夫ですっ、陛下」
私の下敷きになったエアグルーヴの安否を確かめる。
多少擦り傷があるが、どうやら大きな怪我はないようで、私はホッと息を吐いた。
「敵国の間者か、私に恨みを持つ者の仕業か……」
事態を把握すべく、元居た出入り口付近へと目を向ける。
そこでは、灼熱の炎が二本の直線を描き揺らいでいた。
そしてその先に人影が見えた。
危ないと知りつつも、立ち上がりそれに徐々に近づいていく。
するとそこには——
「この顔立ちは……東洋人か。見覚えはないが、何か引っ掛かる……」
私を襲ってきたと思われる男は気絶していた。
何処かに体をぶつけて、という訳ではない。
地面にはブレーキ痕らしき摩擦の痕がある、自ら止まったのだろう。
ならば何故気絶している……? もしや最初から気絶していた? そんな間抜けな暗殺者がいる者だろうか?
それに、ウマ娘としての本能が告げている。
この男は我々ウマ娘にとって——
「貴様っ! 陛下を暗殺しようなどと……!」
「牢屋にぶち込んでやる!」
私が思案している内に、側近のウマ娘達が気を失っている男を連行し、彼は地下深くにあるマメルティヌス牢獄に収監されてしまう。
そしてその後、今回の事件によって議会は紛糾した。
「ルドルフ陛下、奴は陛下の御身を狙った卑劣な輩です! 即刻、死刑にすべきです!」
「そうだ! 十字架に貼り付けて火炙りに処してやりましょうぞ!」
興奮した貴族議員を抑えるのに、議会の大半を要してしまった……。
それにしても、彼はいったい何者なのだろう。
三日月の出ずる夜半に、寝室で一人考えた。