ブライトラップ 〜ヤンデレブライトにゆっくり溶かされていく〜   作:砂糖と蜂蜜の牛乳割り

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 至高のヤンデレアルダンを目指していたら、こんな文章量に……。

 それにしても——ヤンデレを書いていると、次第に書いている側も心を病んでいくんですよね……。
 ですから、なんか、これ書いてる時の私はおかしかったです……


メジロアルダンの歪んだ愛

 

 

 

 

「貴方はどなたなのでしょうか?」

 

 メジロアルダンの暗く濁った瞳は、その真意を覗き込むどころかむしろ、こちらの心の内を見透かしてくるような、深い闇を纏っていた。

 

 なぜ、アルダンがここに?

 そんなバカなことは今更思わない。

 彼女がアルダントレーナーを——自身の担当トレーナーを誘拐したのだから。

 

「っ、はあっ、はあっ……」

 

 緊張で息は上がり。

 干上がった喉は痛みを発し。

 べっとりと額にかいた嫌な汗は気持ち悪い。

 やがて大粒の汗となったそれが、額から頬、顎先を伝ってヒンヤリ冷えた地下の床へと——ポチャンッ——こぼれ落ちた。

 落ちた先はインクのぶち撒けられたような紅の跡。

 汗で僅かに滲んだそれが、きっと以前ここに訪れた『お客さま』とやらなのだろう。

 

 ——本当に、気分がわるくなる。

 

 

 俺がそうして答えないでいると次第に、アルダンの目は冷ややかなものへと変わっていく。

 

「……お答えになられないのでしたら、先にどちらがお好みか選んでいただくことになります」

 

 そして、痺れを切らした彼女が懐から取り出したものに、俺の背筋は完全に凍りついた。

 

 

 それは——赤黒く錆びついた『ペンチ』と透明な液体入りの『注射器』。

 

 

 それを何に使うのか、どう使うのか一目で理解した。

 彼女は無理矢理にでも聞き出すつもりなのだ。

 きっとそこに躊躇ためらいはなくて。

 とことんまでやる、とその瞳は強く語っている。

 

 これから訪れるであろう苦痛に体を固まらせる俺に、しかしアルダンはクスクスと笑いだし、再びその器具を懐にしまった。

 

 

「ふふっ……申し訳ありません、驚かせてしまいましたね。さきほどのは冗談です♪」

 

 

 ……随分と笑えない冗談だ。

 趣味わるいよ、お前。

 俺からの嫌悪の視線を向けられるのに構わず、彼女は安心しろというように穏やかな口調で続けた。

 

「ブライトのトレーナーさんに、そのような酷いことは致しません」

「わかっていて……」

「お茶会にいらっしゃることはお聞きしていたので」

 

 そうは言うものの、まことに不本意といった様子でアルダンは「はぁ……」と憂うように頬に手を添え、小さくため息を吐く。

 その視線は、ぐったりとしているアルダントレーナーへと物欲しそうに向けられていた。

 

「アレをすると響く『鳴き声』で、トレーナーさんが臆病な子猫みたいに怯えてくださって可愛いのですが……仕方ありません」

 

 かわいいブライトのためですから。

 そう付け加えて、改めてアルダンは俺に向き直り。

 そして、可愛らしく小首を傾げた。

 

「貴方は、ここへは何を……?」

 

 わかっている癖に……。

 わざわざ聞いてくるあたり、本当に趣味がわるい。

 頭に血が上るのを抑えつつ、俺は冷たい椅子に座らされているアルダントレーナーを指さし、臆さずそのふざけた問いに答えた。

 

「そこにいる男——お前に誘拐されたトレーナーを助けに来た」

「誘拐……?」

 

 すると、アルダンは今度こそ不思議そうに首を捻った。

 その顔には、キョトンとした表情を浮かべてすらいる。

 

 なんだ、さっきからこの噛み合っていない感覚は……。

 まるで、そもそも二人の認識が異なっているのかのような。

 

 が、ようやく俺の疑問に合点がいったのか、アルダンは実に丁寧な物腰で応えた。

 

「ああ、どうか、勘違いなさらないでくださいませ。これは誘拐ではありません。トレーナーさんは、自らここに——私の元までいらしてくださりました」

「なっ……!」

 

 

 あまりに無理のある言葉に対し、とうとう俺は怒りのまま吠えるように反駁はんばくしてしまう。

 

「っ、そんなわけないだろ! その証拠に見てみろ、アルダントレーナーはボロボロじゃないか!」

 

 枷の嵌められたアルダントレーナーの手足は赤黒く色し、体の至る所に傷が目立つ。それに、その目は一切の光なく死んでいた。

 自らが望んだ境遇で、こんな光のない目をする奴はいない。

 

「トレーナーさん、そうでしょう?」

 

 しかし、アルダンがぐったりとする自身のトレーナーに近寄りそう言っても、彼は壊れた人形のように「ウん、アルダン愛シテル……」と呟いてはしきりに頷くだけ。

 

 ——もう彼は正気ではないし、明らかに言わされているのがわかった。

 

「……」

 

 それが不満だったのか、スッと冷たい目の無表情となったアルダン。

 すぐさま彼女は懐に手を入れ、何か黒く細長い帯状のものを取り出す。

 

 なんだ、目隠し……?

 

「……残念ですが、トレーナーさん。『幽霊の時間』です」

 

 今度は、幽霊……?

 さっきから何を言っているんだ……。

 

 イマイチ状況が掴めずにいると、突然、近くからガタガタ! と大きい音が鳴った。

 

「……っ!?」

 

 俺は慌てて音のした方に目を向けると、そこには体を小刻みに震わせるアルダントレーナーが。

 彼はしきりにブツブツと何かを呟く。

 

「——ヤメテやめてヤメテやめてヤメテ……!」

 

 その歯はガチガチと擦り合わされ鳴り、縛られた手足は戦慄わななかされる。

 

 なんだ? アルダンが『幽霊の時間』と言った途端に……明らかに普通の反応じゃない。

 

 アルダンは優しげな笑みを浮かべ、怯える彼の耳元に囁く。

 

「——安心なさってください、トレーナーさん。辛いのは一時いっときだけ……そうすれば、すぐに私がお助け致しますから」

 

 すると、恐怖に引き攣っていたトレーナーの顔は少しだけ安らかなものに。

 

 その表情に、アルダンはさらに頬を緩めてから後ろへ半歩下がり。

 そして、アルダントレーナーの腹目掛けて『拳』を放った。

 

「ゴボォッ……!!!」

 

 ——飛び散る鮮血。

 彼の口から吐き出された夥しい紅。

 肉が抉れ、潰れる嫌な音。

 それがなんどもなんども、何度も繰り返され。

 ウマ娘の膂力りょりょくから放たれるそれは、急所は避けるも、確実にアルダントレーナーの命を削っていく。

 

「ガッ……っ……ァ」

 

 もはや呻く力も失った彼は、力なくだらりと腕を垂れ下げた。

 それでもなお、アルダンは自身のトレーナーを殴りつけるのはやめない。

 いや、むしろどんどん苛烈になっていった。

 もう、とても見ていられない。

 

「お、おい、それ以上はやめ——っ!」

 

 俺は静止の声を掛けようとしたところで、あることに気づき、言葉を失ってしまう。

 

 ——自身のトレーナーを殴りつけている最中、アルダンは非常に辛そうな顔をしていたのだ。

 下唇を噛み、眉尻を下げ、ウマ耳を下に垂れさせる姿はあまりにも……。

 

 なんで、お前がそんな表情するんだよ。

 辛いのはアルダントレーナーの方だろうが。

 

 それでもアルダンはその瞳から涙を流し、悲痛そうに呟いた。

 

「っ、トレーナーさん、もう少しの辛抱です……」

 

 その言葉に、アルダントレーナーも僅かに頷き、目隠しの隙間から涙を流す。

 ——『異様』。

 まさにその言葉がよく似合う状況に、俺は何もできず、ただ立ち尽くすだけだった。

 

「なんなんだよ、一体……意味わかんねぇよ」

 

 吐き捨てるように言った言葉は、外界から閉ざされた冷たい地下空間でむなしく響いた——

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 ——それからしばらくして、アルダンは殴るのをやめ、ようやくアルダントレーナーの目隠しを取った。

 

 その頃にはもはや、アルダントレーナーは虫の息。

 体の至る所が赤黒く腫れあがり、裂けた皮膚から命の雫が流れ落ちる。

 

 そんな傷だらけでボロボロの彼を、アルダンは包み込み慈しむようにそっとその胸に抱き、優しい手つきで彼の頭を撫でた。

 

「もう大丈夫です。トレーナーさんに悪さをする幽霊は、私が退けましたから」

「っ、もう何もしてこない……?」

「そうです。私がトレーナーさんの騎士となり、お守り致しました」

「ありがとう……ありがとう……!」

「ただ、お助けするのが遅れてしまい申し訳ありません……どうか、力ない私を許していただけますでしょうか?」

「うん、アイしてるよアルダン……ダイスキだ」

「私こそ大好きです、トレーナーさん……」

 

 そうやって、二人は抱き合ったまま、互いの顔を近づけてふかく深く口付けを交わした。

 地下に響くクチュクチュと粘着質な液体が擦れる合う水音と、ときおり交わされる熱を孕んだ息と溶け合うような熱い視線。

 きっと、二人にとって。

 互いの唾液は甘い蜜。

 交差する視線と吐息はそれを彩るスパイス。

 だから、俺に見られているということも忘れて、夢中になって舌を絡め貪り合う。

 

 まるで、この世界で二人以外はどうだっていい。私と貴方さえいればそれでいい。

 そんな、純愛にも似た『歪んだ愛』を形取っているかのようだった。

 

 

「狂ってやがる……」

 

 こんなの間違っているし、あまりにも歪だ。

 その歪みきった愛の形はそれほど心底俺を嫌悪させ、悪態をつかせた。

 

 が、アルダンはそれが聞き捨てならなかったのか、アルダントレーナーとしていたキスを名残惜しみながらもやめ——するとアルダントレーナーは、再び糸の切れた操り人形のようにぐったりとした——彼女はこちらを振り返った。

 その顔に強く疑問符を浮かべながら。

 

「狂っている……本当にそうなのでしょうか?」

「なに……?」

「私達の愛が狂っていて、他が正しいという道理はありません」

 

 そう言うと、次にアルダンはアルダントレーナーの後ろに回り込み、抱きしめ彼の耳元で囁いた。

 

「そうですよね、トレーナーさん?」

「あぅ、あっ、アルダンだいしゅきぃぃ……」

 

 廃人のように——いや、とっくに廃人か——アルダントレーナーは抱きしめられるまま、アルダンの大きく柔らかな胸に顔を埋もれさせた。

 もはやその仕草は赤ん坊となんら変わりない。

 アルダンの方も、彼からの反応があって嬉しいのか、ぎゅっとさらに抱きしめる力を強める。

 彼女はもう決して彼を離すつもりなどないのだろう。

 

 

 ……わかった。

 もはや二人に何を言っても無駄だということが。

 

「とにかくだ、アルダン。何かしらの理由があってお前は俺に手出しできないのなら、このまま俺はこのことを摘発する。それでおしまいだ」

「それはお勧めいたしかねます」

「ハッ、なんだ、今頃になって怖気付いたのか」

「いえ、ブライトのトレーナーさんが逮捕される姿は見たくありませんから」

「なっ……!」

「警察の上層部にはメジロ家の息がかかっており、事実は全て彼らが握り潰してくださります。体裁を考慮し、表面上は捜査をしたとしても、決して核心には迫りません。ですから、虚偽の情報を吹き込んだとして、むしろ捕まるのは貴方ですよ」

 

 よくよく思い出せば、警察の捜査はザルであったように思う。全国各地に捜査範囲を広げ、徹底して探してもメジロ家だけは詳細に調べず、すぐに嫌疑は晴れた。いや、どのような証拠があろうとムリヤリ晴れさせたのだ。

 そして、いとも簡単に捜査は打ち切られ、それではと親族もついには諦め、もはやアルダントレーナーを探す人物は俺以外いなくなった。

 

 そんな、打ちのめされたような気持ちになる俺など構わず、なおもアルダンは続けた。

 

「それに、私達はもうすぐ他に人のいない地へと発ちます。そこで共に一生を二人だけで過ごすのです」

 

 

 そう言うと彼女は、うっとりと恍惚な表情を浮かべ、自身のトレーナーに熱い視線を向け、独りよがりの大演説を始める。

 

 

「ああっ……! 澄みわたる綺麗な海辺に建てられた二人の愛の巣……! そこで朝、二人は同じベッドの上で心地の良い目覚めをむかえ、私が「おはようございます」と言ったらトレーナーさんは無言で私にキスを。互いを求め合うようなそんなキスを……。そうして名残惜しみながら甘く激しい口付けを終え、息も絶え絶えになった私に対し、朝から元気いっぱいで昨晩の熱もまだ冷めやらない彼は私を押し倒してくださって。「いいよね……?」と確認してくださるのですが、先程のキスで頭の芯から溶かされてしまった私はその意味もよくわからず、「……はい、お手柔らかに」と頷いてしまうのでしょう。彼は優しいですから、きっとゆっくりとしてくださります。それでも、いきなり訪れたわけもわからない快感に私は嬌声をしきりにあげて。けれど、その最中も彼は「愛してるよ」「大丈夫? 気持ちいい?」「上手くできてるかな?」と本当はまだまだそういうのに慣れていなくて、健気に私を気持ちよくしようと頑張る姿があまりに可愛らしく私も熱が入ってしまい、そのまま昼まで……そのあとは私が作りました料理を「美味しいよ、いつもありがとう」と手と口を一切止めることなく笑顔で食べてくださるのです。あっ、でも彼は椎茸が苦手ですから、すべて食べきるのは難しいかもしれませんね。ですがそれでも彼は「アルダンが食べさせてくれるなら、食べられるよ」と甘えてきて、普段あまり甘えることがない人ですから、きっと私は舞い上がって箸ではなく口移しで食べさせてあげるのでしょう。それから夕方には、海に沈みゆく綺麗な夕日を見つめながら二人で肩を寄せ合うのです。静かに、それでいて落ち着いた雰囲気が二人の間に流れて、ああ、こんな日常が続けばいいなって思うんです。それで夜には、再び燃えがった二人で仲睦まじく愛し合う……その時になると普段は紳士のトレーナーさんもお茶目になって子供は何人が良いかなんて尋ねてきて、私は「トレーナーさんが望むなら何人でも頑張ります」と言うと、トレーナーさんはそれで理性が消し飛んでしまい、そのまま我慢することなく私に沢山の愛を注いでくださって……! 最後に疲れきった二人は手を繋いで「おやすみなさい」と幸せに包まれながら、病めるときも、健やかなるときも、いつまでもいつまでも二人でいることを願って……ふふふっ♪ いえ、もうすぐ『三人』になるのですから、そんなことを言うと、この子に失礼ですよね」

 

 優しく穏やかな表情で自身のやや丸みを帯びたお腹をさすり、じっと大切そうに見つめるアルダン。

 

 

 

 ——俺がここに辿り着いた時には、すでに手遅れだったのだ。

 

 

 

 ややあって自分勝手な妄想に浸っていた彼女は、さきほどとは違い、俺に可哀想なものを見る目を向けてくる。

 

「狂っていると貴方様はおっしゃりますけれど、私よりもブライトの方がよほど狂っていますよ?」

 

 その暴言に、とうてい俺は黙ってなどいられなかった。

 

「ブライトをお前なんかと一緒にするな……アイツは、担当が一人消えた時もずっと俺の側にいてくれた。そんな優しいブライトが狂っているだなんて、二度と言うんじゃないっ!」

 

 つよく強く、アルダンを睨みつけた。

 俺をいくら悪く言おうとも構わない。だが、ブライトのことを悪く言うのだけは絶対に許さない。

 だが、そんな強い意志で行った睨みも、長くは続かなかった。

 アルダンが次に放った言葉に、すべて掻き消されたのだ。

 

「その担当さんを消したのがブライトだとしても、ですか?」

 

 ——訪れた、一瞬の空白。

 いま、なんて言った……?

 

「もしや気づかれていないのですか? 貴方のことを、ブライトはお慕いしていますよ。私がトレーナーさんを想うよりも遥かに」

 

「私の調合しました茶葉で、ブライトが淹れた紅茶を二人でお飲みになっておられましたよね?」

 

『仮トレーナーさま、お紅茶はいかがですか〜? ぜひ、コンポートしたリンゴを入れてみてくださいね』

『トレーナーさま、食後のお紅茶ですわ〜』

『すべて、アルダンお姉さまが一から手がけたものですわ〜』

 

 ——アルダンの言の葉に、ブライトとの日々が重なっていく。

 

 

「あの茶葉には少々、お願いを聞きやすくする効果・・・・・・・・・・・・・がありまして」

 

「やめろ……ヤメロ……それ以上言うなっ!」

 

 俺は頭を振り乱して否定する。

 それでも、そんな俺を見て、アルダンは実に愉快そうに口を三日月に歪めた。

 

「一年かけてブライトは、担当さんが貴方に対する憎悪を抱くように、ゆっくりと吹き込み続けたそうですよ♪」

 

 ——脆くも崩れ去っていく、俺とブライトの幸せだったはずの日常。

 あまりにも綺麗で、今となっては残酷になってしまったそんな日常。

 もうこれ以上は耐えられそうになかった。

 

「——あ、あっ、あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ー〜ッ!!!」

 

 発狂。

 俺は狂ったようにアルダンに背を向け、外に向かって駆けた。

 

「あら、お逃げに……ここの秘密をどなたかに漏らされるのは少し困るのですが——」

 

 アルダンは逡巡するも、すぐにやめた。

 

「いえ、放っておきましょう……すでに『捨てられた子犬の目』でしたから。そのうち戻ってきます、ええ必ず」

「アルダン……アルダン、どこ……?」

 

 アルダントレーナーの瞳には、もはや光は映らない。

 真っ暗闇の中、光を求めて手を伸ばす姿は、まるで生まれたての赤子。

 そんな自身のトレーナーの姿に、アルダンはトロンとその淡い紫紺の瞳を蕩かさせ、頬を赤らめた。

 

「ああ……っ! かわいいカワイイ可愛いっ、トレーナーさん可愛いですっ! そんなにも健気に私を求めて……! ごめんなさいトレーナーさん! 一人で怖かったですよねっ! 邪魔者も消えましたから、気を取り直して続きをしましょうっ!」

「うん、アルダン、ダイスキぃっ!」

 

 

 火照った二人の体は、互いを溶かし合うようにして重なった——

 

 

 ♦︎

 

 

「はあっ……はあっ……!」

 

 果てしなく長い階段を駆け上り、激しく息が乱れる。

 だがそんなこと、つゆほども気にしていられなかった。

 何もかもをかなぐり捨てるように必死になって俺は逃げ出していた。

 

「ブライトがそんな……そんなの嘘だっ……!」

 

 脳漿にこびり付いた言葉を、振り払うために。

 

 ——この時、俺は知らなかった。

 自分の首元に、僅かに赤い光を放つ——発信機が付いているなんて。

 知っていれば、ブライトとの結末も変わっていたのだろうか。

 

 

 

 

 

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