ブライトラップ 〜ヤンデレブライトにゆっくり溶かされていく〜 作:砂糖と蜂蜜の牛乳割り
流し読むのではなく、読む前に想像を膨らませるのが読者において肝要ですわ。
ブライトがどうして病んだのか、予想してみてくださいね。
まあ、トレーナーも病んでますが……。
——メジロの屋敷を飛び出してきた俺は、頭を振り乱しながら、がむしゃらに走っていた。
「はあっはあっ……!」
息が苦しい。
脚が重い。
脈がうるさい。
けど、どうでもいい。そんなこと。
未だ耳の奥にこびりつく、愉悦と嘲笑にまみれたあの声を振り払えれば、どうだって。
『一年かけてブライトは、担当さんが貴方に対する憎悪を抱くように、ゆっくりと吹き込み続けたそうですよ♪』
——ウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだっ!
「ブライトが俺を騙していたなんて、そんなの嘘だぁっ!!!」
——叫んだ。
頭の中に浮かぶブライトへの疑念なんて、これっぽっちも思い浮かばなくなるように、喉を張り裂けさせるつもりで叫んだ。
——走った。
夜。しかも冬の時期が近づきつつある暗い寒空の下、少しでも足を前に出すためにふって振りまくる手は、つよく赤みを帯びもはや先端の感覚は失いつつある。息をする度に冷たい空気に侵され続ける肺はむしろ熱く爛れ、鋭い痛みを発す。が、そんなものどうだってよくなってしまうぐらい走った。
それでもなお、脳は警鐘を鳴らすようにくりかえし繰り返し、その度に否定してもなんども何度も、あのおぞましい言葉を再生して止まない。
「っ、さむい……寒い……」
体の芯から凍えるような、あまりの寒さに身を震わせる。
——もはや、俺の心臓は半分凍ってしまったのではないだろうか。
脳から心臓へと流れ込む冷たく凝固した血液は、たちまち内側から熱を奪い去り、その暖かく宿っていた鼓動を止めようとする。
それほどまでに、ブライトへの疑心が俺を苦しめ、悶えさせた。
そうして何時間も何十キロも、痙攣しつつある脚をもつれさせながら必死に動かすうち。
気づけば、さきほどまで見えていたメジロの屋敷はその影も捉えることができないほど遥か遠くに。
それでも俺の脚は止まらない——いや、止められなかった。
凍える体と心は、ほんの少しの温もりであっても縋りたくて。
自然とその脚はブライトとの思い出をなぞり駆けていった——
♦︎
——映画館、喫茶店、遊園地。
ブライトとデートで訪れたその場所は、既に夜の遅いこの時間ではどこも閉まりきり閑散としていた。
けれど、そこからはブライトのどこまでも明るく朗らかな声が聞こえてくるようだった。
『本物のトレーナーと担当ウマ娘が恋愛映画を一緒に見ていたら誤解が生まれる? そうなのでしょうか〜? あちらの会長さまとトレーナーさまはご一緒にこの映画を観られたそうなので、きっとわたくしたちも大丈夫ですわ〜。え〜い』
最初は担当と二人で恋愛映画なんてと思ったけど、思っていたよりもずっと映画は面白くて。
観たあと、俺が熱くなって感想を言えば、ブライトは優しい笑顔を浮かべたまま聞いてくれて、どこか胸の奥が暖かくなるような気持ちになったんだ。
『美味しいですわ〜……サンドウィッチとお紅茶がお口の中で仲良しさんになられています〜。トレーナーさまも——あら、トレーナーさまもそう思われますか? お口の周りにパンのおかけらが♪』
ご機嫌そうに微笑んだブライトが俺の頬についたパンクズをヒョイと取ってそのまま口に含んだ時は、自分でもはっきりと顔が熱くなるのがわかった。
『最初お乗り物はジェットコースターにいたしましょう。? トレーナーさま? 今度はお顔が青いですわ〜。それにお体も震えて……ジェットコースターが怖いのでしょうか? まあ、そんなことない、と。ふふふっ♪ トレーナーさまも男の子ですわよね〜』
高い所のダメな俺は、しかしブライトにどうしてもカッコ悪いところは見せたくなくて虚勢を張った。
けど、ブライトはそのことを見抜いていて。ジェットコースターに乗っている間、ずっと隣で手を握ってくれていた。
……その時だけじゃない。
あの時も、この時も、今だって。
ずっと側でブライトは俺を支えてくれていたんだ。
「ブライト……」
ポツリとその名を呟けば、透明な滴が一つ、二つ……とめどなく溢れていく。
……ああ ぽかぽか する
彼女と過ごした想い出のすべてが あたたかい
おかげで、体も心もほぐされて
ボロボロの脚はまだ少しだけ動かせそう
きっと次で最後だ
そう確信しつつ、俺は走った。
ブライトと初めて出会った公園を目指して——
♦︎
白樺、土、暗く陰った空、そして『雪』。
あの時のような、白く透明な結晶がしんしんと降り積もっていく。
茶色い地面はだんだん白くなって。
——もはや走れなくなった脚を引き摺れば、茶色い地面が剥け出した
ただでさえ白い白樺をさらに真っ白く染め上げる。
——飛び飛びになる意識と視界はとっくに白く濁っていた
そんな、白化粧を纏いつつある広大な公園で。
——俺はそれでも『光』を求めて歩き続けていた
けれど案外、欲していたものはすぐに見つかるものだ。
「……」
途中で脚を止め、ボヤけて暗い視界の中、それでも先を見つめる。
それは、他の木よりも遥かに大きく。
そこに一本だけ生えた白樺の木。
そして、その前に設けられたベンチには——
「っ〜、ブライト……!」
ブライトがいた。
ベンチに座り、初めて出会った時のように大きな白樺の木を見上げる彼女。
暗く雪の降りしきる中、頭に雪を積もらせて白くなっているが、あのふんわり明るい鹿毛とウマ耳は間違いない。
ブライトだっ!
そして俺の声に反応したブライトは、ゆっくりと後ろを振り返り、こちらを見るとその金色の瞳に優しい光を宿しながら微笑んでくれた。
ああっ……ブライトブライトブライトっ!!!
「あら、トレーナーさま……っ、ボロボロになられてどうなされたのですか?」
次の瞬間には、嬉しそうに輝いていた瞳は心配げな影を纏っていく。
変わらずブライトは優しいな……。
彼女と会って緊張が解けたのか、強張っていた体は自然と力が抜け、地面に倒れそうになる。
その前にブライトが側まで駆けて、支えてくれた。
「お体は大丈夫なのでしょうか、トレーナーさま?」
「うん、ありがとうブライト……」
「もしお辛ければ、わたくしの膝をお使いくださいまし」
「ああ、そうさせてもらうよ……」
ブライトは俺をベンチまで連れていき、そのまま膝枕をしてくれる。
ああ……柔らかくて、あたたかい。
優しく髪を撫でる手が心地いい。
包み込まれるようなその感覚に酔ってしまいそう。
もう気張るのも疲れてしまった……。
この際、このまま全てを吐き出してしまおう。
その方が楽になる。
そう思い、仰向けのまま俺は呟いた。
「……すこしだけ、悪い夢を見ていたんだ」
「ゆめ……? どのような夢なのでしょう?」
「それは……」
が、口にしかけた言葉は固まってしまう。
どうしても、その先を言えない。
けど、原因はわかってる。
——怖いんだ。
ブライトとの関係を失ってしまうのが。
でも——それでも俺は意を決した。
この先、疑念を抱いたまま彼女と過ごすことなど耐えられないから。
「……実は、アルダンが自分のトレーナーを監禁していたんだ。それでアルダンがブライトも俺を……その、好きだって、そのために騙してるんだって……」
言った——言ってしまった。
ああ、最低だ。トレーナーが担当を疑うなんて。
じわじわと胸の内から溢れかえってくる罪悪感に吐き気すら覚える。
……今、ブライトはどんな顔をしているのだろう。
悲嘆? それとも驚愕? いずれでも、きっとそれらが嫌悪の感情に変わるのは早くて。
ダメだ……。
一度その表情を見たら、心がダメになってしまう。
もう俺にはブライト以外いないのに……。
だから彼女の目を見れないまま、けれど必死にどうしても許して欲しくてすぐに頭を下げた。
「ごめん、疑うようなこと言っちゃって。しかも、ブライトが俺のことを好きだなんてさ……ほんと、何言ってんだろうな俺。そんなことあるはずないのに……ハハハ……」
悪くなるであろう雰囲気を誤魔化すべく笑ってみせるが、空振った笑いしか出てこない。
ああ……嫌われただろうな。
俺はおそるおそる逸らしていた目をブライトに向ける。
すると彼女は変わらず——微笑んでいた・・・・・・。
そこに嫌悪など微塵もない。どこまでも朗らかに。いつも通り・・・・・の笑顔で。
「トレーナーさま」
そのまま恐ろしく冷えた声に呼ばれ、ビクリと体を震わす。
何か——おぞましい何かが彼女の中で巣食っている気がしてならない。
その瞳は暗く濁っていたから。トレーナーを監禁し、愛に狂っていたアルダンと同じように。
状況がうまく飲み込めないで固まる俺などに構わず、ブライトは静かに続けた。
「わたくしは今も、これからも、ず〜っと前・・・・・からも、あなたさまのことだけを心からお慕い申していますわ〜♪」
そう言い、白い頬を桜色に染めるブライト。
本来なら嬉しいはずなのに。俺も好きだって返したいのに。
ドロリと湧き上がる粘着質なものが胸の奥にこびりつき、その言葉のつむぎを強く妨げる。
そんな何もできない永遠にも思える時の中で、彼女の言の葉だけが紡がれる——けれど、告げられたのは免れることのできぬ破滅の序詩であった。
「ですから、二人の邪魔をするあの子には消えてもらいました〜♪」
は……?
——さらに激しさを増して二人を白く染め上げていく吹雪。
真っ黒い絶望の色に歪む俺を見て、この降りしきる冷たい雪のようにブライトはどこまでも真っ白く嗤わらっていた……。