ブライトラップ 〜ヤンデレブライトにゆっくり溶かされていく〜 作:砂糖と蜂蜜の牛乳割り
私史上、一番やべぇの出来ちゃった……うわぁ。
一応、最終話。次回、プロローグ。
「——ですから、二人の邪魔をするあの子には消えてもらいました〜♪」
さも当然かのように、けれど、おぞましいほどにご機嫌に微笑みながらブライトはそう告げる。
——白い雪が、背の高い木の枝が、ブライトが、何もかもがブレて見える。しだいに歪んでいく景色に吐き気と眩暈。極度の緊張により、一瞬で干上がった喉は粘つく唾液が絡み、つっかえ、うまく言葉を口にできない。
それでも、すぐに否定しなければ、と。俺はあえぐ舌と口を必死に動かした。
「ぶ、ブライト……なにを言って」
「あの子はメジロ家の別荘に監禁していたのですが、お紅茶の効き目も少しずつ薄れてきて……トレーナーさんを傷つけたことに、と〜っても苦しんでいましたわ〜。わたくしが手を下さずとも、ご自分から勝手にお消えになるほどに♪」
「——っ、さっきから何を言っているんだよっ、ブライト!」
そんな酷いこと、どうしても信じたくなかった。いつもの朗らかで明るいブライトを信じたかった。それがどんなに醜く綺麗な嘘だと知っていても。
が、その切なる願いを裏切るように、ブライトはさらに笑みを深め、懐から一つの『紙切れ』取り出した。
見るからに、今にも擦り切れそうなほどボロボロで、けれどしっかりと折り畳まれている『紙切れ』——否、よく見れば、それは『手紙』だ。
「これはあの子の残していった、お手紙です」
「……!」
「トレーナーさま宛のようですので、お渡ししておきますわ〜♪」
渡された手紙を、震える手でもって受け取る。
滲んでボヤけていたが、その表面に綴られた文字は確かに、あの子の文字であった。
彼女は最後にどんな気持ちだったのか知るために。
焦る心を宥め、そっと。破れてしまわないように、ゆっくりと手紙を開く。すると——『ごめんなさい』。長く綴られた文章は、この一文から始まった。
『ごめんなさい。トレーナーさん、ごめんなさい。あなたのことを騙して、傷つけてごめんなさい。いまさら、何を言っても取り返しがつかないかもしれないけど、ごめんなさい。
トレーナーさんは、私が無理しないようトレーニングを調整してくれたのに、何も悪いことなんてしていないのに、私のことを考えてないなんて、決めつけて。それでも、あの時は自分でもよく分かんないぐらい、目の前が真っ暗になって、どうしようもなくトレーナーさんのことが憎くなって。すべてを手紙に吐き捨てて、学園を駆け去って。気づいたら、どことも分からないとこに監禁されて。バカな私にはピッタリな末路。
でも、そこで朝目覚める度に、ようやくトレーナーさんの顔が浮かぶようになったんです。朝を重ねるごとに、より鮮明にあなたのことを思い出していくんです。恨んで憎んでいた時は一刻も早く忘れたかったのに。そうするうちに、優しいトレーナーさんの素敵な笑顔に切なくなって。どうしようもなくて。その段になって、私気づいたんです。ああ……好きなんだって。
私、勝手に好きな人を憎んで、傷つけて、拒絶して——ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい——大好きだよ、トレーナーさん。さようなら』
手紙の文字がボヤけていたのは、いくつもの降り注いだ涙が文字を滲ませていたから。
手紙がボロボロなのは、震える手で文字をなんども何度も書き損じ、その度に必死に書き直したから。
その手紙には、彼女の後悔と自責、これから訪れるであろう恐怖が宿っていて——これ以上は堪えきれそうになかった。
「あ、あぅっ……あ、ああ゛あ゛あ゛ぁぁぁっ!!!!」
俺は狂い、言葉にもならない何かを叫んだ。
ぐちゃぐちゃになる頭を掻きむしり、恥も外聞もなく、泣き喚いた。
しかし一方で、そんな苦しみ顔を歪ませる俺を見て、ブライトは歓喜の声をあげる。
「ああっ……! わたくしに騙されて可哀想なトレーナーさま! ほんとうに、かわいいですわ〜♪」
せせら笑うかのように、先ほどの微笑みよりも更に笑みを深めるブライト。いや、その笑顔は、いつも愛おしいと思って見ていたはずの笑顔で。
彼女は最初から、嘲笑っていたのだ。彼女の手のひらで面白おかしく踊る俺のことを。
なんで……どうして、俺を……。
「うっ、……っ、どうして……どうして、そんな酷いことをするんだよ! なんで、みんな、みんな、みんな! 俺をっ、騙すんだよ! ……なあ、俺、お前に何かしたか? 毎日、朝と放課後にトレーニングを見て、昼は書類に追われて。毎晩遅くまで、トレーニングメニューを調整してるのがそんなに。担当ウマ娘のことを想って必死こくのがそんなに悪いことだって言うのかよ! っ……お願いだから、教えてくれよ……なんで俺、こんな目に会わなきゃなんないんだ……」
湧き上がる激情のまま問いただそうとするが、最後は、消えいるように願う。
そうでなければ、今まで築いてきた何もかもが瓦解し、おかしくなりそうだった。正気を保つために、何か正しい理由を求めていたんだ。
「トレーナーさま」
しかし、上から降ってきたのは、激情とはかけ離れた声だった。
その声はさっきまでの愉悦に染まったものと違い、美しいまでに透き通っていて。涙で歪む視界でも、強引に彼女へと視線を惹きつけられる。
ブライトは、その澄んだ声でゆっくりと語りはじめた——とある少女の物語を。
「——むかし昔あるところに、一人のウマ娘の少女がいました。少女は一人でした。少女にとって、周りの子たちはあまりに速すぎたのです。寂しさから少女は涙を流しました。
そんなある日、見かねた両親に連れられ、少女はとても大きな屋敷に暮らすことになりました。そこには、同年代のウマ娘の子たちが多く、これなら、と少女はその小さな胸に淡い期待をもちました。ですが、そこでも変わらず少女は孤独でした。
彼女が、いきなり駆け出した他の子達へ必死に追いつこうとしても、追いつけず、ついには置いてけぼりにされてしまいます。丘に駆け上がった後、ウマ娘の子たちがその顔に大輪の花を咲かしても、少女だけはそこに混ざり合うことはできない。その日以来、少女の小さな胸には、ぽっかりと大きな穴が空きました」
——少女というのは、おそらくブライトのことだろう。これはブライトの幼い頃の物語だ。
「それからも、一向に彼女のことを理解する人は現れません。少女は毎日、日が暮れるまで泣き続けました。もう、わたくしのことを分かってくれる人は居ないのだと。もう二度と、このさびしい気持ちはなくならないのだと。少女は絶望していました。
けれど、ある日を境に少女のこれまでの日々は一変します。雪の降る冬の日、とうとう孤独に耐え切れず少女が屋敷を抜け出して、遠く離れた公園で枯れることなく泣いている時、一人の男の子に出会ったのです」
語るブライトの瞳は、そこから、しだいに光に満ちていく。
「少女は公園のベンチに座って、枯れかけの木に残った一枚の葉を、涙を流しながらぼんやり見つめていました。ひとりぼっちで、風に揺らされても必死にしがみついている葉っぱを今の自分と重ねていたのです。
男の子は、そんな少女の側で静かに、一緒になって葉っぱを見てくれました。ずっと、いつまでも。降り積もった雪が夕焼けに赤く染まり、少女が泣き止むまで側にいてくれました。やがて少女は男の子に問いました。どうして、側にいてくれたの、と。すると男の子は、『泣く君のことと葉っぱが気になって……』と、やや恥ずかしそうに返してくれました。それは少女にとって初めてのことでした。自身のペースに合わせてくれる人がいることに、たまらなく嬉しかったのです。
その日から少女はよく笑うようになりました。少女は男の子とその公園で、晴れの日も曇りの日も、雨の日も、毎日、泥んこになりながら、時折ゆったり休みながら、遊びました。そうして、男の子は約束してくれました。『少女を二度と一人にしない。将来は少女のトレーナーになる』と」
しかし、光が灯っていたブライトの表情に、だんだんと影が落ちていった。
「ですが、それから男の子が少女の待つ公園にやって来ることはありませんでした。少女は不思議に思いました。どうして来ないのだろう、と。けれど少女は待つことにしました。きっと、一時的に来れなくなっただけで、すぐに一緒に遊べるようになるだろう、と男の子と交わした約束を信じていたのです。
そうして、少女の男の子を待つ日々は始まりました。毎日、朝から晩まで男の子が来るのを待ちます。大きい家の幼いウマ娘が公園で一人で、です。当然、悪い大人たちに目をつけられ、そのうち、とうとう少女は誘拐されてしまいます。誘拐された先は少女にとって地獄でした。悪い大人たちにずっと罵詈雑言、ひどい暴力を振るわれたからではありません。この瞬間も男の子が公園に来ているかもしれない、一刻でもあの公園を離れることが少女には苦痛でした。少女は家の者に助けられた後も、公園に向かい、めげずに男の子ことを待ち続けました。
うららかな春が過ぎ、燦々と夏が過ぎ、豊かな秋が過ぎ、厳かな冬が過ぎ去りました。どれほどの時が経ったのでしょう。一年、二年、三年……月日はあっという間に過ぎました。ですが、どれほど待ち侘びても。どんなに狂おしいほど願っても、男の子は少女のもとに現れませんでした。
そんなことですから、次第に、少女の想いは歪んでいきました。淡く抱いていた好意は憎悪に、男の子を想うたび甘く切なくなった胸はむしろ喜ばしいまでに真っ黒く満たされました。騙され、弄ばれた。ならば、あの男の子にも自分と同じ気持ちを味わせてやるのだと、少女は誓いました。そしてさらに月日が流れ、少女が学園に入学し、ついにトレーナーとなった彼と再会したのです」
そこでブライトは区切り、どこか懐かしむような、どこか遠いものを見やるような目で俺に微笑んだ。
——まさか、その男の子というのは……。
「ふふふっ……お久しぶりですわ、トレーナーさま。十年ぶりでしょうか? ようやく、またあなたさまにお会いできました」
その嬉しそうに染めた桜色の頬と表情には、どこか見覚えがあった。
夢か現か、いや、夢というのにも頼りない、おぼろげな記憶のはるか彼方。夕焼けに燃やされたこの場所で、一人の女の子と交わした約束。
『あなたさまと、離れたくありません……。どうか、ずっとお側に居てくださいまし……!』
『今はいいけど、大人になったら、はなれ離れになっちゃうかも……』
『そんな……うぅっ』
『だからさ、そうならないために僕が君のトレーナーになるよ!』
『わたくしのトレーナーさまに……?』
『うん! そうすれば、僕も君の側にずっと居られるし、もう寂しくないでしょ?』
『〜〜〜っ! はい、はいっ……! ずっと、ず〜〜〜っと、わたくしと一緒に!』
ああ……そうか、ブライトが。そうだったのか……。
俺は力なく、ダラリと。白い淡雪の降る、虚空を仰いだ。
何を、いったい何をそんなに嘆いていたのやら。
すべて、俺のせいだったじゃないか……。
担当だったあの子も、ブライトも、俺でさえも。
みんな不幸にさせてしまったのは、すべて無責任な俺のせいだっただろうが。
結局、何も変わらない。
また俺は、嫌なことがあれば何もかもを放り出して、こうして逃げてしまうのだ。
「トレーナーさまのお側に、ず〜〜〜っと、わたくしを居させてくださいまし。たとえ、死が二人を分かっても、もう二度と離しませんわ〜♪ 」
「ああ、わかったよ、ブライト……」
とっくにブライトは壊れてしまっているのだろう。
その表情は柔らかく微笑んでいても、瞳は憎しみと悲しみで暗い。
諦めてしまおう。
決して、逃げられない運命だというのなら、受けいれてしまった方が楽だ。
もう、抗うのも疲れてしまった。すべてが、どうでもよくなった。
だって、こんなにも瞼が重くて、眠いのだから。
「おやすみなさい、トレーナーさま。お目覚めになられたら、ゆっくり二人で愛し合いましょう♪」
俺の意識はそこで、完全に暗く閉ざされた——