ブライトラップ 〜ヤンデレブライトにゆっくり溶かされていく〜   作:砂糖と蜂蜜の牛乳割り

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 トレーナーとブライトの過去編ですわ〜
 これで、どうしてヤンデレになったか分かりますね。


プロローグ メジロブライトとの初めての出会い

 

 

 

 

 ——朧げな記憶の彼方。

 あの日、雪解けの春に初めて彼女と出会った。

 

 

「……つまんないな〜」

 

 退屈さに任せてそう呟き、僕は道の端にある雪の塊を軽く蹴り付けた。

 が、返ってきたのは硬い感触で。

 蹴った足のつま先に、すこしピリリとした痛みが走る。

 雪が溶けて固まった、もはや氷の塊となったそれは、以前の柔らかさを完全に失っていた。

 

「はあぁ……」

 

 どんよりと陰った空のもと。

 今日、何度目かもわからないその感触に、大きく白い息を吐く。

 

 

 

 先月は大雪だった。

 ニュースでは、観測史上とか何たら前線だとかで、大人たちが妙に騒ぎ立てていたように思う。

 その報道のとおり、翌日には、東京の至るところ全てが白銀に染まり、交通機関がほとんどダメになってしまうほど雪が降った。

 そのおかげで、いつも忙しくてあんまり家に居れないお父さんがその日だけは家に居てくれて、嬉しかったのをよく覚えている。

 

 雪が降ってから、僕はどう友達と遊ぶことしか頭にないほど楽しみにしていたし、実際、めちゃくちゃに雪を投げ合って雪まみれになるのは心地よくて。

 冬がすごく好きになった。

 

 けれど、その楽しみはもう終わり。

 一ヶ月もすれば、僕らを優しく包み込んでくれた雪はもはや使い道のない、人に散々踏まれた土まみれの硬い氷となってしまった。

 

 それに、お父さんの二度目の転勤も決まった。どうやら昇進らしい。

 冬が終わって春になると、この町から離れるのだとお母さんに告げられた。やけに誇らしげな表情だった。

 やっとできた友達も、この好きなった景色もまた全て置き去りにして……。

 気づけば、僕は一人家を飛び出していた。背中にとばされる声を振り切って、がむしゃらに走った。

 春になって喜んでいるお父さんもお母さんも、他の大人もみんな皆、大嫌いだ。

 

 

 ——だから、春は本当に『つまらない』。

 

 

 

「なにか面白いものは——って、誰かいる」

 

 

 そうして、なんとなくいつもの遊び場である、無駄に広い公園へとやって来ると、大きな白樺の前にあるベンチにウマ娘らしき姿があった。

 

 らしき、と言うのはあまりに体が小さくてウマ耳と尻尾がベンチの影に隠れてハッキリ見えないからだ。

 ちょこっと姿を覗かせるソレは、もしかしたら、ウマ耳と尻尾を生やしたコスプレの線もあるかもしれない——まあ、ないだろうけども。

 たぶん、背丈からしてだいぶ年下のウマ娘だ。

 

 

 そんな小さい子がいったい、ここで一人何をしているのだろう。

 僕はつい気になって、そのウマ娘の子に話しかけてみることにした。

 

「ね、ここで何してるの?」

「ほわぁ……?」

 

 声を掛けられて、その子はとぼけた声を上げながら振り返った。

 すると、その容姿がハッキリ見えるように。

 明るい茶色めの ふんわり 長い髪。

 泣いていたのだろう。すこしだけ、目の周りが赤く腫れていて、濡れていた。

 それでも、その濡れた金色の瞳は、どこまでも透き通っていて、むしろ輝いているようにすら見える。

 とても綺麗な子だと思った。

 

「ひぃっ……」

 

 好奇心にまかせて僕がそう問うと、遅れてその子は小さい悲鳴をあげ、元から小さい体をさらに小さく丸めてしまう。いうまでもなく、怯えられていた。

 身に覚えはないが、何か、怖がらせる事でもしてしまったのだろうか。

 これでは僕の質問にも答えてくれそうもない。

 こうなると、家を飛び出してきてアレだけど、やる事もないし、帰らなくてはならなくなる。

 家を出るとき、言い過ぎちゃったし……この辺でちょうど良いのかもしれない。

 

 

「言い辛いなら、無理して答えなくてもいいからさ……。じゃあ、僕はこれで」

「あっ、ま、待ってくださいまし……!」

 

 そう言い、僕が踵を返そうとすると、ぎゅっ、服の裾を掴まれた。

 思っていたよりも強い力に振り返れば、彼女が懸命に僕を引き止めていて。つづけて彼女は服を掴んだ手とは別の手で、すぐに目の前の大きな木を小さく指さす。

 いや、正確には、そのすこし上か。

 

「あそこの、木にある葉っぱを見ていて……」

 

 指された先を見上げれば、ポツンと。一つだけ他の葉っぱから置いてけぼりにされた枯葉があった。

 あれを眺めていたというのか。今も涙を流しながら、一人で。しきりに体を震わせて。

 何があったのかは分からない。けれど、とても僕には、そ知らぬふりなどできそうになかった。

 

 

「じゃあさ、僕も一緒にいいかな?」

「ふぇ……?」

「よいしょっと」

 

 返事を聞くまえに、彼女の隣に腰かける。

 冬の名残である、この寒さによってベンチはヒンヤリ冷たい。構ってやるもんか。一人残される寂しさを、僕は誰よりも知っているから。

 目の端に捉えた表情は驚きを浮かべるも、それ以上は何も言ってこなくなった。

 

「……」

「……」

 

 そのまま僕たちは黙ったまま、枯れた葉っぱを見上げ続ける。

 日は東へ昇って頂点に差し掛かり、あっという間に西へと落っこちた。

 辺りは夕日に爛れて、白い雪でさえ赤く燃え上がる。

 もうすでに、女の子から涙はこぼれなくなって。代わりにその表情には戸惑いが滲んでいた。

 

「どうして、お側にいてくれたのですか?」

 

 僕は、ためらわず言う。

 

「泣く君のことと葉っぱが気になって……」

 

 嘘じゃない。これは本音だ。

 だからこそ、恥ずかしいし、ちょっとキザっぽい。

 でもおかげで、春の花にも負けないぐらい、少女の顔にはかわいらしい笑顔が咲き誇る。

 春の暖かな日差しによって、もはや冬の冷たい雪は溶けて消えていた。

 

 

「ふふふっ……ずっとわたくしのお側にいてくれたのは、あなたさまだけです」

 

 そう言って、また彼女は涙ぐんだ。

 けれど、今度の涙は寂しさからくるものではないと分かっているし、なら次にすることは決まっている。

 

「順序がおかしいかもなんだけど、お互いに自己紹介しよ?」

「はい、わたくしはメジロブライトですわ〜」

「うん、僕は——

 

 

 その日から、僕たちはこの公園でよく遊ぶようになった。毎日、晴れだろうと曇りだろうと、たとえ雨が降ろうと、泥んこになりながら。でも時折ゆっくり休みながら。ずっとずっと遊んだ。

 いつもブライトは優しいまでに笑顔で、僕もつられて幸せな気分になれた。

 春がすこしだけ好きになった。

 

 

 ——その時、僕は浮かれていたんだ。

 幸せは続かないのだと、知っていたはずなのに。

 

 

 

 

「明日には、お父さんの転勤先に引っ越すわよ」

 

 次の日の朝、遊びに出かけようとしたところで、突然、お母さんにそう告げられた。

 前と言っていることが違う。

 

「まだすぐには引っ越さないって、言ってたじゃん!」

「はぁ、お願いだから聞き分けて。急にお父さんの仕事の都合で予定が変わったの」

 

 うそつき。

 

「ともかく、いい? 辛いかもだけど、今日中には例のお友達にお別れしておくのよ?」

 

 最後は、突き放すようにお母さんに言われ、僕は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 

 ……また失うんだ、馴染んできた景色も、仲良くなった友達も、ぜんぶ全部。

 わかっていたんだ、そんなこと。

 前も、その前も、そうだった。

 学校と遊び場、街のいろんなお店の場所だって覚えて、好きになっていったのに。そのたびに、離されて。

 友達だって。僕が引っ越すって分かってから、みんな心配してくれるけど、途端にどこか見限るように素っ気なくなるんだ。

 

 ああ、こいつはもう自分たちとは関係なくなるんだ、って。すぐに興味をなくされて離れていく。

 そうやって、僕は友達を失ってきた。

 

 もう嫌なんだ、失いたくない。

 これ以上、あの冷えた目で見られたくない。

 そんな臆病な僕がこれからすることは、きっと仕方のないことで、しかし、とうてい許されない罪なのだろう。

 

 

 

「もし、もしだけどさ……僕が遠くに引っ越すって言ったら、どうする……?」

 

 公園に着くなり、僕はブライトにそう尋ねる。

 わざわざ言葉を濁して、あくまでも仮定の話だと念まで押して。

 事実を伝えて、拒絶され、離れられるのが怖かったんだ。

 

 けど、僕以上に怖いと思っているのはブライトの方だったのかもしれない。

 焦りと悲しみ、わずかに絶望が入り混じった表情で、つよく彼女は僕に取り縋ってきた。

 

「あなたさまと、離れたくありません……。どうか、ずっとお側に居てくださいまし……!」

 

 決して離さない。離してなるものか。

 そんな必死さがそこには滲んでいた。

 今までにない反応に、一瞬、僕は戸惑うけれど、胸の内から何かがこみ上げてくる。一条の光すらも掻き消すような仄暗い悦楽が。

 

 ああ、やっと……騙されてくれる。

 

 愉悦に歪められた、僕の口は止まることを知らない。

 

「今はいいけど、大人になったら、はなれ離れになっちゃうかも……」

「そんな……うぅっ」

 

 ブライトは手で顔を覆い、希望のない未来をひたすら嘆いた。

 悲しむ少女に、これから告げるのは、きっと優しくて惨いそんな嘘。

 

「だからさ、そうならないために僕が君のトレーナーになるよ!」

「わたくしのトレーナーさまに……?」

「うん! そうすれば、僕も君の側にずっと居られるし、もう寂しくないでしょ?」

「〜〜〜っ! はい、はいっ……! ずっと、ず〜〜〜っと、わたくしと一緒に!」

 

 僕が離れないでいることに、ブライトは喜んだ。

 これできっと、彼女のことだから、もう僕のことを見限れないし、ずっと僕のことを覚えててくれる。

 そうすれば、いざ離れる時、最後まで友達でいてくれるよね?

 

 

 その翌日、僕は東京から地方に引っ越した。

 そうして、学校やら生活やらで忙しく日々を送るうち、いつしか僕は彼女との約束を忘れていた。

 

 ……いや、本当は一刻も早く忘れたかっただけなのかもしれない。

 今も彼女が僕を待っていると思うと、胸の奥が罪悪感で満たされて、押し潰されそうだったから。

 

 

 

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