ブライトラップ 〜ヤンデレブライトにゆっくり溶かされていく〜 作:砂糖と蜂蜜の牛乳割り
ある雪の日。
メジロブライトと出会った——
——彼女と出会ったのは、未だ降り積もった雪の残る真っ白い春先のことだった。
ザクッザクッ。
重く、ずっしりとした雪を踏む音。
俺は歩いていた。
視界を埋め尽くす白銀の世界を。
先行く道は限りなく雪に覆い尽くされ、建物や街灯の上にはこんもり白い塊が盛られている。
顔は白い息に包まれた。
昨晩は大雪だった。
春が近いこの頃であっても、はっきり異常気象と言えるほどに雪が降った。
テレビに映っていた朝早くに出勤しているニュースキャスターも流石に顔までには出さないものの、一般的な大人の見解を代表するようにその声は心底忌々しげだ。
だが、そんな彼らとは反対に、むしろ俺はその非日常的な光景を望めることに子供心をくすぐられ、妙な期待感と共に外へと駆り出していた。
そう、駆り出したのだが——
「思ったよりも感動は少ないんだな……」
つい、そんな言葉が溢れてしまう。
いや、景色は綺麗だと思う。
やや差し込む陽の光であっても雪の結晶の一つ一つが輝き、眩いほどの白を見せている。
キラキラとしたそれは、見る人によっては宝石だとかに例えそうだ。
確かに綺麗なのだが、しかしそこには何か物足りなさを感じていた。
こう、期待していたものとはかけ離れているようで何処か近いような……どうしようもないもどかしさがあるのだ。
それが何であるかは分からないし、こういうのは決まって探っても無駄であると経験的に知っている。
以前も、この感覚に陥っては何度も落胆させられているのだから。
「……帰る、か」
大人になると、こうも景色に無頓着になるのか。
軽い絶望のようなものを味わいつつ、肩を落として踵を返すと、ふと気づいた。
——小さな足跡がある。
俺の足跡ではない。
それは弱々しさすら感じる小さな足跡。
さきほどまでは気づかなかったが、薄く確かにある。
その先を目で辿ってみれば、向かいにある公園の入り口まで続いているようだった。
「他にも誰かいるのか……?」
今は早朝。
昨夜の猛吹雪からまだ幾らも経っておらず、うっすらと空が白んできている程度の時刻。
ここに来るまで誰もいないと思っていたのだが……まさか先客がいたとは。
「……鬼が出るか、蛇が出るか。行ってみるか」
そのときの俺は負けず嫌いというか謎の対抗心を抱くと同時に、何か運命的なものに引き摺られるようにして小さな足跡が続く公園へと入っていった。
♦︎
思ったよりも公園内は広大で、かつ殺風景であった。
雪、土、凍った水、禿げた白樺。
見渡す限りそれだけが広がっている。
どこもそんな変わり映えのしない景色で、探し物をするのは難しい。
しかし、足跡の持ち主は意外にもすぐ見つかった。
大きくそこに一本だけ生えた白樺の前。
その人物は、ベンチに座っていた。
「ウマ娘、か……?」
厚着にされたウマ耳があることから、ウマ娘なのだとわかる。
それにしても、彼女はその金色の瞳で何を見つめているのだろうか。
……あれ? どうして、会う前から俺は彼女の瞳が金色だと分かっているんだ?
「……まあ、いいか」
少し自分の中で疑問を残しつつも、まずはそのウマ娘へと話しかけてみることにした。
「あの……ここで何を?」
ピクリ。
声をかけると彼女のウマ耳が動き、それからゆっくりと振り返った。
ふんわりと揺れる、明るい鹿毛のロング。
そして、やはり金色の瞳は穏やかにこちらを見つめてくる。
「……」
「……」
数瞬、互いの視線が交差したのち、彼女はようやく口を開いた。
「………あら、ごきげんよう〜。お隣、どうぞ。この位置からですと、よく見えますよ〜」
何が……?
そんな疑問符が浮かべつつも、彼女の手の指す方へと目を向ける。
「ほら、あちらの枯れ木の、一番上をご覧くださいな。葉っぱがちょんと、くっついているでしょう?」
確かに、二人の居るベンチの前には見上げるほどの大きな白樺の木に、一つだけ萎びた葉が生え残っている。
それが、どうしたというのだろうか……?
「一人でそよそよ〜っと揺らいでいらっしゃるの。落ちそうで、ぜ〜んぜん落ちませんのよ〜……」
それきり、彼女は口を閉ざしてしまう。
もはや、その瞳には葉っぱしか映っていないらしい。
かといって、このまま帰ってしまうのも、妙に心に残りモヤモヤとしそうな気がする……。
ふわふわとした子だ。一人残すのも危ない。
仕方なく彼女の腰掛けたベンチの隣へと座り、そのまま一緒になって葉っぱを見つめ続けることにした。
そよそよ、風に揺られる枯れ葉。今にも吹き飛びそうなほど頼りないのに、しっかりくっついて一向に落ちない。
この木と枯れ葉を見ていると不思議にどこか、懐かしいような気分になってくる。
おかしいな。
今日初めて見たはずなのに、な……。
「……強い子ですわね〜」
「そうだな……」
短く返事をすると、やや驚いたように彼女はこちらへと顔を向けた。
「……まあ、あなた、まだいらしたのですか〜?」
「葉っぱが気になって、な……」
「……それで、一緒に?」
不思議そうな様子を見せたあと、ホッと安心するようにして、ため息をこぼす。
「……やっぱり、あなたでしたわ〜」
その呟きはあまりに小さく、俺にはよく聞こえなかった。
「今、なんて——
「——ブライト! やっぱりここに居た……! もう、朝苦手なくせに早く起きて毎日きてるんだから——って、誰!?」
いきなりかっ飛んできたやや黒みの鹿毛のウマ娘に、問おうとした言葉は遮られる。
そのウマ娘には見覚えがあった。
彼女の名は、メジロドーベル。
先日行われた選抜レースにて、みごと一着を取っていた子だからよく印象に残っている。
そのドーベルは、訝しむように眉間に皺をつくり、ブライトと呼ばれたウマ娘の耳に口を寄せる。
「ねぇ、この人……知り合い……? ……まさか、絡まれてたわけじゃ——
「トレセン学園のトレーナーです……! ほら、トレーナーバッチもっ!」
胸に付けたトレーナーバッチを引っ張り、強調する。
変質者などに間違われたら、大変だ……。
そして、二人の目は大きく見開かれた。ブライトのは、特に。
「……!」
「……本当だ、バッチもつけてる。ビックリした……」
友人が来たならば、見守り役としての俺はお役御免だろう。
踵を返して、さっさとトレセン学園へと帰ることにする。
もともと、そのつもりだったしな。
背中側に視線を感じながらも振り返らず、その日はまっすぐ帰途についた。