ブライトラップ 〜ヤンデレブライトにゆっくり溶かされていく〜 作:砂糖と蜂蜜の牛乳割り
ブライトとの幸せな日々…
——ワアアアァァァッ!!!
けたたましい轟音。
老若男女入り乱れたそれは、もはや歓声かどうかもわからない。
『——さあ、大欅を超え最終直線に入った! 大外後方から迫るメジロブライト! 果たして先頭のウマ娘は逃げ切れるのか!』
後方からグンと加速したブライトに、実況の声には自然と熱が入る。
ブライトは今、東京レース場にて芝1800メートル——共同通信杯に出走していた。
「いけーっ! ブライト!!!」
俺も観客の声に負けないように、声を張り上げる。
このレースに至るまで何度もトレーニングを重ねてきた。
——レースに絶対はない。
それでも、自分のウマ娘が絶対に一番なのだと。
彼女のトレーナーになった今は確信している。
だから——ブライト、俺に一着の輝きを見せてくれ!
その声が届いたのか、ブライトは歯を強く噛みしめ、さらに地を抉り加速。
次々に他ウマ娘を追い抜かしていく。
すぐに、残った先頭のウマ娘との一騎打ちとなった。
互いの肩がぶつかりそうになるほど、熾烈に。
譲らない。譲るつもりなどない。
そういった気迫がビリビリと伝わってくる。
「メジロの新たな光を、トレーナーさまにお見せいたします……!」
「っ、負けない……!」
ゴール板が近い。
決着は、すぐに着くだろう。
そして、その差は一バ身となった。
『一着はメジロブライト、メジロブライトですっ! 見事、後方一気で差し切りました!』
「よしっ!」
俺は思わずガッツポーズをとった。
やはり、担当の勝利は何度味わおうとも嬉しい。
もう跳び上がらんばかり。
最後は、勝ちたいというブライトの想いの丈が優ったのだ。
しかし、吉報はそれだけでは終わらない。
実況の声が次第に動揺を纏っていく。
『え? これマジ? あ、いえ失礼しました。今、タイムが出されたのですが——レコードです! レコードタイムが出ました! タイムは1分47秒5! 三冠ウマ娘ナリタブライアンに続く快挙です!』
それを聞いたブライトは、元気よくこちらに手を振って駆けてくる。
「トレーナーさま〜、わたくしやりましたわ〜……!」
「ハハ……なんてこった」
もしかして俺は、とんでもないウマ娘と担当契約してしまったのでは……?
今更ながら、そう思った。
♦︎
直近のレースも終え、いくらかの休日を挟んでから再びトレーニング——と言いたいところだが、その前に俺とブライトはトレーナー室にて昼食をとった。
「トレーナーさま、食後のお紅茶ですわ〜」
「いつもありがとう、ブライト」
ブライトが淹れてくれた紅茶を口の中に放り、胃へ流し込む。
もはや日課となってしまったストンと液体が胃に落ちる感覚と同時に、安心から俺は吐息を溢した。
「……ふぅっ、一息ついた。やっぱりブライトの紅茶は美味い」
「わぁ〜い、お気に召されたのなら嬉しいですわ〜」
ブライトは両の指を合わせ、にこやかに微笑む。
朗らかな優しいその笑みは、心からそう思っているのだろうな、と確信させる。
そういったブライトのおっとりした性格に、忙しいトレーナー業で疲れ切った心は安らぎを感じていた。
「こんなに美味いのは、茶葉が良いのかな。それとも、淹れ方?」
「はい〜、淹れ方も重要なのですが、美味しさの秘訣はどちらかと言えば、茶葉にありますの」
「へ〜、どんな茶葉なんだ?」
「複数の茶葉をブレンドして、奥行きのある風味を〜。すべて、アルダンお姉さまが一から手がけたものですわ〜」
またアルダン、か……。
俺は以前聞いた悲嘆に暮れる少女のことを思い起こした。
アルダントレーナーが突如失踪して警察が必死に捜索を進めるも、これといった手掛かりもなく未だ彼女のトレーナーは見つかっていない。
これらは先日、トレセン学園から伝えられた情報だ。
一刻も早く見つかることを願うが……。
ここまで手掛かりがないとなると、もう見つからない気もしてくる。
今はとにかく、突然にしてトレーナーを失ってしまったアルダンの精神状態が心配だ。
相当に仲の良かった二人と聞くからな……。
俺が深刻に考え込んでいるのを察したのか、ブライトは静かに首を横に振る。
「トレーナーさま、アルダンお姉さまのことはあまりお気になさらないでくださいまし」
「いや、しかしだな……」
「アルダンお姉さまも、ご自身のトレーナーさまのことを乗り越えようと、奮闘なされている最中ですので」
「うーん……まあ、そうか」
確かに、気にしていてもどうにかなるものでもない。
それに、本人が立ち直ろうとしているなら、外野がとやかく言っても仕方ないだろう。
深くは気にせず、切り替えていくとするか。
「よし、一緒に食事も摂ったし、今日もトレーニングに行くぞー!」
「はい、トレーナーさま」
俺たちは芝コースに向かった。
♦︎
休日の空はよく晴れ、程よく湿り気を帯びた芝コースに走る影は少ない。
絶好のトレーニング日和だった。
「ブライト、そこから仕掛けろ!」
「……はい……急ぎます……!」
ブライトはコーナーを抜け、直線に差し掛かったところでスパートを掛けた。
地を強く蹴れば、芝コース全体が揺れる。
ゆったりとスローペースだった走りも、鋭く刺すようなキレのある走りへと変貌。
瞬く間に、ゴール板を駆け抜けた。
俺はタオルと水筒を持って、疲れ果て芝に横たわるブライトへ近づく。
「良いタイムだったぞ、ブライト」
やや屈んで声をかけると、ブライトはゆっくり起き上がり、そのまま差し出したタオルより先に俺の胸へと顔を埋めた。
ぎょっとして後ろに下がろうとするが、後ろに回った彼女の腕がそれを許さない。
ふわりとした柔らかく甘い香りに嗅覚を刺激され、頭が熱を持ちはじめる。
ブライトはポツリと呟いた。
「ほわぁ……わたくし、今とっても幸せですわ〜」
「しあわせ……?」
「トレーナーさまとお食事ができて、トレーナーさまと一緒にトレーニングできる日常が幸せですの〜」
「ブライト……」
心の奥底から彼女への愛おしさが込み上げてくるのがハッキリわかった。
堪えきれずその滑らかな髪に手を伸ばし、撫でる。
明るい鹿毛の髪はどこまでも柔らかくて、降り注ぐ陽の光にかざせば透き通る琥珀のよう。
ふと彼女の顔を見てみれば、やっぱり陽だまりのような笑顔で。
この幸せがずっと続くといいな……。
ブライトの金の瞳も、そう願うように輝いていた。
それから数ヶ月後。
俺の担当ウマ娘はもう一人増えることとなった——