ブライトラップ 〜ヤンデレブライトにゆっくり溶かされていく〜 作:砂糖と蜂蜜の牛乳割り
散りばめた伏線は回収しないといけませんね。
——トレーナーバッヂは、裏面に5桁から6桁に亘わたる識別番号が彫られている。
この識別番号をURAの公式サイトのトレーナー検索欄に打ち込めば、そのトレーナーバッヂを付けているのがどのような人物でどこの学園に所属しているのか分かるという仕組みだ。
主にトレーナーバッヂを紛失した際や、トレーナーであることを証明するために用いられる代物だが、時折こうした行方不明時にも用いられる。
誘拐事件にあった際の『SOS』として。
——元からおかしいと思っていた。
親族から知人に至るまで連絡をとっても、どれだけ警察が捜査の手を広げようとも、メジロアルダントレーナーの足跡さえも掴めないなんてありえないことだった。
明らかに誰かしらの意図があって彼は『誘拐』されたのだ。
だからこそ、俺は真っ先にトレーナーバッヂの落ちていたメジロ家を疑ったのである。
「——ごめん、ちょっと席を外すよ」
「はい、お待ちしておりますわ〜。トレーナーさま」
「ああ、でも今回のは少しだけ長くなるかも」
そう言って、俺はメジロ家主催のお茶会を途中で抜け出し、廊下をひた歩く。目標地点へと辿り着くように。
「……確か、ここだったよな」
やがて例のトレーナーバッヂが落ちていた置物の前までやってきた。
すぐさま辺りを見回し、観察し始める。
「他に何かこの近くにあるはずだ……」
左側は、ひと一人分ほどの煌びやかな窓が等間隔に貼られている。
右側は、壁とこれまた等間隔に設けられた部屋へと繋がるドアがあるだけ。
一見すると、ありふれた構造のようだが——一つ、違和感を覚えるところがあった。
「……いや、ドアとドアの間隔が一組だけ違う場所があるぞ」
周囲の他のドアと見比べ、そのドアと繋がった空き部屋にも入って、よく観察してみなければ分からないほど僅か。
だが、確かにそこには妙な隙間——ひと一人が通れそうなスペースが空いている。
まさか……。
そう思い、近くの置物の角度を確かめるが——
「ビンゴだな」
その置物は、壁側に向かって傾いていた。
つまり、だ。
俺は置物にかけられたストッパーを外し、更に壁側へ傾けた。
すると——
「なるほどな、隠し階段ってわけか」
壁の一部が次々と変形していき、下へ向かう階段が現れた。
その奥は視認できない。
階段はどこまでも深く続いているようで、暗くて見えないのだ。
「……」
呑み込まれてしまいそうなそれを前に、再度俺はこの階段を見つけるに至ったトレーナーバッヂを見つめる。
「ここに連れ込まれる前、メジロアルダントレーナーは何とか自分がここにいると知らせようとしていたんだな」
連れ去ったのがどんな奴か知らないが、助けを求めていたことがバレればタダではすまなかっただろうに……。
「その勇気、ちょっとばかし貰うぞ」
バッヂを握りしめ、その階段をゆっくりと降りていった——
♦︎
——どれほどの間、階段を下っただろうか。
5分……10分、いや1時間……?
薄暗い階段上では時間の感覚が狂ってしまい、正確な時刻がわからない。
わかるのは、それほど深く掘り下げられた地下空間であるということだ。
「……隠しものは目立たず人の触れない遠い場所に、か」
どうやらこの先は、メジロ家とってよほど隠したい何かがあるらしい。
知ってしまえば二度と後戻りできないであろう何かが。
それでもなお、歩を進める俺はつくづくバカ野郎だ。
そうやって推測を進めているうちに、ようやく階段の切れ目が見えてきた。
……やっとか。
お茶会を抜け出してきた都合上、早めに戻らなければならない。
証拠となるものを見つけ次第、すぐにここを去ろう。
しかしそんな考えは、階段を下りきった先の光景にすぐさま吹き飛んだ。
——それは、巨大かつ堅牢な『トリカゴ』だった。
地上の光の一切を断たれた暗黒。
それに溶け込むように瞳は暗く濁り。
無機質なまでに整然と並べられた石畳。
触れる素足は赤く染まって。
じめじめと湿気を帯びた冷たい空気。
ボロボロの薄い布地に包まれた体は細かく震え。
見た者を凍えさせる鋼鉄の鎖と枷。
それに手足はきつく縛られ。
奪われた自由と尊厳。
もはやそこに意志などない。
——メジロアルダントレーナーは、そんな『トリカゴ』の中で飼われていた。
「——に————ろ」
彼の乾き切ってひび割れた唇が僅かばかり動く。
しかし、そこから紡がれる声は掠れており、よく聞こえない。
よく聞こえるように、俺はその口元へと耳を近づけた。
「——アイツが、くる……にげろ」
彼がそう呟いた瞬間——背後から迫る禍々しい気配に体が震えた。
「……っ!」
まるで、熱い冷水を浴びられたようだった。
背筋が凍るのに反し、その奥は熱く爛れている。
その圧倒的な気配に口はおろか、指一本たりとも動かせる気がしない。
「——まあ、久しぶりのお客さまですね」
耳元へと囁かれるその声は、丁寧な口調に隠しきれない怒気が滲んでいた。
やがてその人物が俺の正面へと回り込むことで、ようやくその姿が明らかとなる。
——動くごとに揺らめく、シルクのように滑らかな空色の長髪。
後ろに振り絞られた同じく空色のウマ耳。
その瞳は淡い紫に輝くアメジスト——ではもはやなかった。
まさに、漆黒にも似た深く濃い紫に塗りつぶされた『深淵』であった。
俺は、彼女を知っている。
いつの日か見た、捜査資料の写真に載せられていた人物——メジロアルダンであったのだから。
「貴方様はどなたなのでしょうか?」
こちらを覗き込み、どこまでも引き摺り込むようなその深淵の瞳には、何か恐ろしいものが巣食っている気がした——