今日は土曜日。
ユウキ少年との約束の日はあっという間に訪れた。
早いよなぁ、一週間。年々早くなるんだよな。
思うに体感時間というのは、人生における割合なんじゃないか? 10歳の1年は人生の10分の1、30歳の1年は人生の30分の1。だから30歳の感じる1年の長さは、10歳の感じる1年の長さの3分の1に感じると。これなら年々、時間が進むのが早く感じるのに説明がつく。
まあだから何だってことはないし、結局言いたいのは最初に言ったとおり、あっという間に土曜日になったということだけだ。
で、約束の30分前にSHOP123に着いた俺は何をしているかというと、例の如くストレージボックスを漁っている。
「お、ヴェーラーくんちゃん。買いですねぇ」
まあヴェーラーは発行枚数が多いから前もストレージでたまに見かけていたし、何なら家で余ってたと思うが、この子も何枚あってもいい。
「しかしあれだな。この店、低レベルばっかりだな」
ショウケースに並べてあるカードも、こうしてストレージに入っているカードもみんな下級モンスターばっかりだ。
「それはそうですよ。うちは低レベル専門店ですから」
「おっと、すみません聞こえていましたか。えーっと……」
後ろから声をかけられ、咄嗟に社会人の仮面を被って振り返る。
……あー、看板娘ちゃんの名前が出てこない。喉元まで出かかってるとかそういう感じではなく、通りすがりの人の名前を当てろと言われてるようなレベルで出てこない。
まて、店員なら名札があるのでは? ……あった、そうだリッカちゃんだ。思い出した。
名前に詰まったのを愛想笑いで誤魔化して、こちらから話題を振る。
「低レベル専門でしたか。どうりで下級モンスターの品揃えがいいわけです」
「ありがとうございます。でも上級モンスターを集められる資金力がないってのが本当なんですけどね」
「たとえそうだとしても、他店と差別化出来てるのは良いところだと思いますよ」
それにストレージもおおよそレベル、属性、あいうえお順と整理されていて探しやすい。もちろんおおよそだから多少混じってはいるが、ごった煮ストレージとは探しやすさが雲泥の差だ。
それだけ手をかけているというのは良店として間違いなく加点要素と言える。とはいえ、ストレージはあの砂漠の砂金探しが楽しいという面もあるので、加点要素ではあるのだけど……みたいな気持ちもちょっとある。
「あ、そういえばちゃんと自己紹介してなかったですね。ヤナギ リッカっていいます。中学2年で、ユウキとは幼馴染なんです」
「ああ、それで……っと、シドウ ススムです。会社員をやってます」
「! 企業デュエリストってやつですね!」
ピンと来たようにリッカちゃんが言うが、残念違うんだ。
「いえ、普通の会社員です」
「普通の?」
「はい。パソコンしたり、機械いじったり、会議に出たり。そういう普通のサラリーマンです」
その言葉に、リッカちゃんは考え込んだ。
たっぷり1分。
そして慎重に、言葉を選ぶように口を開いた。
「それは、えっと……つまりユウキは普通の会社員を師匠にして、来月の大会で優勝目指して修行する、んですよね?」
「そうですね。しかも私の指導経験はゼロです」
「…………大丈夫なんですか?」
「修行する時間をバイトにあてて、優勝者からカードを買い取る方が現実的だとは思いますよ」
もちろん売ってくれるのならだが。
リッカちゃんは不安しかないといった表情だが、それを口からこぼさないあたりにこの子が良い子であることが窺える。
「まあ、これでもその辺のデュエリストには勝ち越せる自信はありますからそれを担保に、あとはユウキ君のデュエリストの勘を信じてください」
「それは、確かに……そうかも」
先週のデュエルでぽんっと上級モンスターを出してみせたのが一応の根拠になったのか、先程の不安一辺倒といった感じからだいぶ持ち直した。
うん、まあ、嘘は言っていないから、これでOKでしょう。勝てるとは言っていないというヤツだ。
ふと壁に掛かった時計を見れば、ユウキ君との約束の時間が5分後に迫っている。そろそろ来るかなと思った直後、店の扉が勢いよく開き本人が現れた。
「シドウさん!!」
「やあユウキ君、今日もジャージかい?」
「はい、走りやすいので!」
もっとズボラな理由かと思っていたら返ってきたのはずっと合理的な理由だった。元気いっぱいなのは良いことだ。
「それよりもシドウさん! デッキ組みましたっ!!」
「え、組んだの?」
「もちろんシドウさんに言われた通り、大事な1枚を決めてます!」
「そうか。言われた以上のことをやってくるなんて、ユウキ君は優秀だな」
とりあえず褒める。それが指導の基本だと、ぺら読みしたママさん教師の自己啓発本に書いてあった。
「それじゃあさっそく見せてもらおうかな」
「デュエルですね!」
「しないから。デッキを俺に渡して、中身確認させて」
「……しないんですか?」
「しない」
しょんぼりするユウキ君。いっぱい褒める指導方針だが甘やかしはしない。褒めると甘やかしは違うのだ。
「……中身確認したらね」
「っ、はい!!」
ただし、実践できるとは言っていない。うるせぇ、俺は意思薄弱なんだよ。じゃなきゃこんなことになってねぇ!
……さて気を取り直して、フリースペースのテーブルで渡されたデッキを広げる。軸となるカードは──やっぱり光天のマハーヴァイロか。
デッキ全体を見れば、前より魔法使い族が増えて装備ビート色が落ち着いている。とはいえエースは光天のマハーヴァイロで間違いない。なんでわかるかだって? EXデッキ0な上、エース級のモンスターいないんだもん。
しかし予想はしてたけど、このデッキで優勝は厳しいな。まず、1枚しかない光天のマハーヴァイロを素引きしなきゃいけない。プロのデュエリストなら引いて来れるんだろうし、ユウキ君もそれが出来ることはこの間のデュエルで確認している。けど、トーナメント形式の大会で常に引いて来れるほど安定したドロー力は持っていない。持ってるならチンピラに負けるはずがない。
差し当たって必要なのはデッキの安定、つまり初動カードとサーチカード。それから第二のエースか。
「リッカさん、このお店は低レベル専門店でしたね。マジシャンズ・ソウルズはありますか? 星1闇属性のカードです」
「……見たことあるかも。探してきます」
「3枚、いやユウキ君のドロー力なら2枚でも……やっぱり3枚お願いします」
それから何枚かカードをリストアップして探してもらい、有ったり無かったりユウキ君が元々持っていたりして、そこそこデッキとシナジーがあるカードが集まった。
そしたら次は、それぞれのカード効果を読ませて理解してもらった上で、それら効果を組み合わせたコンボ──個人的には展開ルートと言う方が慣れてるが──を説明する。
「──という感じだね。モンスターは墓地からの蘇生や回収方法が沢山あるから、呼びたいモンスターは積極的に墓地に送るのが基本になるかな」
「うーん……」
「あんまり納得いってない感じかな?」
「ああいえ、すごいのは分かるんです! 分かるんですけど、こう、何というか……あー……宇宙人と話してるような感じがして」
「宇宙人」
言いたいことはわかるが、宇宙人。外国人くらいにならなかったのか。正解は異世界人だが。
ユウキ君が引っかかってる理由は、根本の考え方が違うためだ。俺にとって必要なカードはサーチを駆使して集めるもの。他方、ユウキ君にとって必要なカードは引いてくるもの。つまり、わざわざ面倒な行程を踏まずとも何某の壺で引いてくれば良いじゃん、ということなのだ。
ふざけんな、それが出来たら手札事故なんか起きねえ! と思うが、実際出来る人が割といる。ここではデッキトップで解決するのは普通なことなのだ。俺もデスティニードローしたい……。
「まあ、最終的にデッキに何を入れて何を抜くかはユウキ君が決めるんだ。君のデッキだからね」
俺がするのは選択肢を増やしてあげること。どうするかは彼が決めなきゃ。とはいったものの、指導する身としては頑固より素直だと嬉しい。
ユウキは机に広げたデッキを見てうんうん唸る。その目は真剣そのものだ。彼の邪魔をしないよう、リッカちゃんと2人で席を外す。
「リッカちゃん、ありがとうね」
「え?」
「カード探してくれて。おかげで助かったよ」
「いえいえ、これくらい全然、仕事の一つですし。それに私もユウキの力になりたかったから。ところでシドウさん、少し敬語が抜けてきましたね」
おっと、少し気を抜いてしまったようだ。指導するのだから学校の先生のような自分を意識していたのだが、やっぱり付け焼き刃ということか。
不快にさせてしまったかなと思ったが、どうも違ったらしい。
「素の方が良いですよ。大人に敬語使われるって慣れてなくて、ちょっとむずがゆいというか。ユウキもやりにくそうでしたし」
「それは気がつかなかったな……そうだね、もう少しラフにするよ」
ちょっと距離をつめ過ぎな気がしないでもないが、リッカちゃんは変な顔はしてないし、とりあえずこれでいいか。
「シドウさん、デッキ出来ました!」
「デッキだけに?」
「え?」
やっべスベッた。
「いや何でもない忘れてくれ……それじゃあ約束だしデュエルしようか」
「よし! リッカ、デュエルフィールド借りるね」
「私も観戦──ダメか、店番あるし。ユウキの予約は2時間だからね」
2時間か。割とあっという間に過ぎるんだよな。まあデュエルし足りない分は卓上デュエルすればいいか。
デュエルディスクを腕に通し、デッキをセットする。決闘盤が変形する様は何度見てもいい。少年のハートが光を放ってしまう。
「新しいデッキ……行きます、シドウさん!」
「良いデュエルにしよう」
「「デュエル!!」」
デュエルして検討して、デュエルして検討して、デュエルして検討してデッキ調整して、またデュエル。
そんなことしていたらあっという間に夕飯時になる。
「今日はここまでだね」
「そんなぁ……シドウさん、もっとデュエルしたいです」
「そうは言ってもね、もう17時だ。子供は帰る時間だよ」
むしろ帰っていただかないと俺が困る。子供は夜間外出しても怒られるだけだが、そこに大人がいたら子供を夜間に連れ回したとしてお縄になってしまう。
「明日も来るから、デュエルはまた明日な」
「…………わかりました」
めっちゃ不満そうだ。親にゲームを取り上げられたみたいな顔してる。かつて子供だった身としては覚えのある不満だが、じゃあもう一戦とは言えない。だから代わりと言ってはなんだが、
「ユウキ君に宿題を出します」
「えーー!? 効果テキストの暗記ですか?」
「そんな無駄な──ごほん、なんでもない。ええと、昨年の大会、本戦のデュエルが動画サイトに上がってたから、それ全部見ておいて」
確か本戦はベスト16からだから、8+4+2+1で15試合か。あ、3位決定戦もあるから16試合だな。1動画30分くらいだったから30分×16本=480分、つまり全部見るのにかかる時間は8時間くらいか。
うん、無理だな。
「ごめん、全部は多すぎた。準決勝と決勝の3試合でいいよ。多分、ベスト4の人は今年も出るだろうから、どんなデッキを使っててキーカードが何なのかを知っておいて」
「見るだけでいいんですか?」
「去年のデュエルなんて参考にはなってもアテにはならないからね」
というわけで、今日はおしまい。それじゃあまた明日ねと言ってショップ123を後にした。
ブンブンと大きく手をふるユウキに少し苦笑しながら。
帰り道、歩きながら今日の成果を何となしに振り返る。
ひとまず最大の懸念だったデッキは、装備ビートっぽい寄せ集めから魔法使い族を軸にした装備ビートにはなった。少なくとも俺目線では。
デッキの安定性もユウキ君曰く「すっごく戦いやすくなった」そうなので、前より上がっていると見ていいだろう。
一方で課題になっているのが火力要員の不足だ。マハーヴァイロしかエースが居ないため、マハーヴァイロで突破できない時にどうしようもなくなってしまう。手取り早いのはサンダーボルトなどの除去札を増やすことだが多分それだと成長に繋がらないし。
「やっぱりEXデッキ0枚なことに手を入れるべきか?」
なんでもいいから12枚積めば壺カードのドローコストにもなる。だがどうせなら先の火力要員不足を補う形にしたい。
ユウキ君のデッキと喧嘩しないEXモンスター……
他に円融魔術で出せそうなのは……あれ、いないかも? ブラック・マジシャン系を初めとした名称指定系の融合モンスターは、その指定モンスターがデッキに居ないからダメだし、アーカナイトマジジャンはシンクロモンスターが必要だし。
「……あ、シャドール。シャドールなら融合条件が緩いから──それなら円融魔術じゃなくて
シャドール・ファルコンとビースト、EXデッキにネフィリム……ダメだ、ネフィリムは子供が手を出せる値段じゃない。
────いやもう、値段のこと気にするとEXモンスターはほぼ無理だろ。やっぱりこっちで用意するしか手がない気がする。
カードとの絆云々があるから自分で集めるべきって思ってたけど、遊城十代だってHEROデッキ丸ごと貰い物だし、EXデッキくらいあげても大丈夫じゃないか?
絆ポイントが0から始まるか、50から始まるかの違いだけだろ。大会までに100にすればOKだ。
「……だいぶ無茶か?」
カードとの絆って一朝一夕で上がるものなのか。ヒトですら信頼関係を築くには時間が必要なのに、相手は精霊だぞ。
でも「デュエルしたら友達」みたいなこともあり得そうだし。
あー、もう! 精霊が見えれば彼の下に行きたがっているカード達を紹介するだけで済むっていうのに。
やっぱ邪な心がダメなのか? 少年だった頃の純粋な心じゃないとダメか? 押入れの薄い本を処分したら見えるようになったりしない?
「しないだろうなぁ」
結局、どうするか考えがまとまらないまま家に着いた。ただいまと無意識に口にしながら玄関を潜る。
夕飯に適当炒め物を作って、ニュースを流し見しながら食べる。【氷帝】のタイトルを獲得した海斗プロがアマチュア大会にゲスト参加してエキシビジョンデュエルをしたと報じていた。あとで動画探すか。
一方、タイトルを失った柏木2冠、改め、柏木【光龍】は来週から【炎王】タイトルの挑戦者としてマッチするらしい。ほんとすごいなこの爺さん。
食事を終えて食器を片付けて、手すきになったところで戸棚からストレージボックスを引っ張り出す。帰り道で見繕っていたユウキ君に合いそうなカードたちをそこから取り出して並べていく。
一旦食事というインターバルを挟んだからだろう。正直、さっきは深く考え過ぎてたかもしれない。
精霊がどうとか、絆がどうとか。それって多分、俺に求められていることじゃない。ユウキ君に求められていることだ。
俺がすべきことは最初の5枚から絆の力を必要とするデッキを、逆転の一手だけに絆の力を必要とするデッキに押し上げること。そこから先はもう知らん。
「ネフィリムはせっかくだしイラスト違いにするか。あとはこれとこれと……はっ、ハリファイバー君! そういえば君、こっちじゃ無制限じゃん」
ウッヒョ〜、一気にフィニッシャー問題が解決するぜ。ああでも、デッキの世界観的に魔法使い族のリンク4も候補に入れて────オルターガイスト以外にいたっけ? ちくしょう、こういう時にニューロンがあればすぐに検索できるのに。
無いものはしょうがない。家のストレージをサッとさらい、ユウキ君のデッキに合いそうなカードをサイドデッキ用のケースに納めていく。もちろん汎用や誘発も入れて。
ケースが8割ほど埋まったところでふと顔を上げれば、時計はもう日付を越えていた。
嘘だろ、5時間近くやってたのか。サッとさらうとは何だったのか。
……よし、これ以上はやめよう。明日に響く。
広げたカード達をストレージボックスに仕舞い戸棚に戻す。選抜したカードを入れたケースは明日のために机の上に置き、シャワーを浴びるため風呂場へと向かった。