「まずいことになっちゃった」
「ふーん、そっか」
深刻な顔で私がそう声をかけるのを、イオリちゃん……銀鏡イオリはこちらを一瞥もすることなく答えた。
「本当にまずいんだって。私はもうおしまいかもしれない」
「それもう三日前にも聞いたから。週に二回は言ってないか?」
相変わらず視線は違反生徒が爆弾を仕掛けると予告した建物から離さずに、冷静にそう返された。
それを言われると、言い返す言葉も無い。でも本当に毎回おしまいになりそうになってるだから仕方ないだろう。
「そもそも」
うっとおしそうな声色を隠さずに、イオリちゃんは言う。
「偵察から帰って来たのに何がおしまいになるんだ? 私達が今風紀委員の仕事に当たってるのは理解してるよな? 遊んでる暇はない」
イオリの言う事はごもっともだ。反論のしようもない。
私の役目は偵察と、戻ってきたらスポッターとしてイオリのサポートを行う事で、無傷で帰ってこられたなら敵が接近しない限りは危ないことも無い。
「そもそもリコ、これから始まる仕事の内容。わかってるのか?」
「う、うん……一応。違反生徒が爆破予告を出した建物の調査と、犯人の確保……だよね」
「そうだな。だからこうやって朝から張り込みをやって、私の神経もすり減ってるんだ。だからリコのくだらない話に付き合ってる余裕は──」
「その……爆弾、盗ってきちゃった」
「は?」
私のその言葉に、目を見開いてイオリはこちらを向いた。
自分の手の中にはついさっき偵察の途中で気づいたら手の中にあった、いかにもといった見た目の時限爆弾が一つ。
「なんでそんなもの盗んだんだバカ! 場所だけ伝えて処理班に任せる手筈だっただろ!」
「そんな事私に言われてもわかんないよ……なんか偶然見つけて盗めそうだなって思ったから……私だって食べ物とかの方が良かった!」
「ああもう完全に忘れてた……! こいつはこういうバカなんだった!」
なんで盗んだのかと言われれば、特に深い理由もない。
爆破予告のあった建物に一人で偵察に入って犯人が残っていないか、爆弾はどこか、逃げ遅れた人が居ないか。そういったものを確認していた時に偶然にも目の前にあるのが目に入ったからだ・
建物を出た辺りで気が付いて、このまま捨てたら絶対行政官に怒られるんだろうなと思ったのでイオリのところに持っていく判断をした。そしてついさっき、カウントダウンが進んでいるのに気が付いた。
我ながら間抜けな話だと思うし、ただただ抜けない盗癖と忍耐力の無さを呪うしかない。
「はぁ……やっぱり元違反生徒の犯罪者を頼った私が間違いだった」
「私だって刑罰じゃなかったら風紀委員の手伝いなんて危険なことやりたくないよ」
そう、刑罰。これは罰なのだ。
私、
今まで何度も、気づいたら誰かのものを盗んできた。必要あるものも、必要ないものも。お金になるものも、ならないものも。罪状は百件を超えると言われた。
そんな生活を続けるものだから当然のように風紀委員会に捕まることもあったけど、その度に脱獄をしてまたコソ泥生活を続けて。そういうのが四度続いたところで、ついに脱獄に失敗してしまった。
そしてついに私に言い渡された刑罰は、風紀委員の手下になること。要は体のいい雑用として扱いつつも首輪を付けて悪さをしないように監視しようというものだった。
私が弱いくせに対応するのに必要なリソースと生徒からの不満を膨らませていること。思想が無いこと。そもそも温泉テロリストや美食テロリストのように破壊活動はしないこと。
様々な要因が重なっての判断だったのだろう。誰が言い出した事か知らないけど迷惑な話だ。
「それで」
眉間に皺を寄せながら、イオリは言う。
「どうするつもりなんだ? それ」
「……どうしたらいいと思う?」
「質問を質問で返すな! 普通に処理班のところに持っていけばいいだろ」
「それ行政官に怒られない? アコちゃんの小言嫌いなんだよ私」
行政官——天雨アコは、特に私のことを嫌ってるからすぐに小言を言ってくる。
いやまあ、風紀委員の人たちは大抵私のこと嫌いなんだけど。アコのそれは筋金入りだ。
でも、仕事してるんだしもうちょっとくらい労いとか褒めとかあってもいいと思うんだけどなぁ。
「だったら……リコがそれ持ったまま人気の無いとこまで走ればいいんじゃいか?」
「そんなことしたら爆発して死んじゃうよ!」
「死ぬわけないだろ爆弾くらいで」
何を大げさなと言いたげな風なイオリ。
でもそうか……死なないならそれしかないのかな。でも痛いんだろうなぁ、痛いのと行政官の小言どっちが厳しいかなぁ。どうにかして誰かに押し付けられないかな。
「だいたい、リコに拒否権は……ん?」
私の態度に呆れた様子のイオリがとんでもない事を言おうとしたところで、何かに気づく。
その視線は、私の手の中にある爆弾に注がれている。
「リコ……それ爆発まであと何秒だ?」
「えぇと、あと十五……秒? 十五秒!?」
えっ、十五秒? ほんとに十五秒?
それじゃあ走ってどこかへ持っていくにしても街中で爆発させてしまうし、イオリも巻き込みかねない。
そうなったら怒られるどころかまた独房に逆戻りになりかねない、非常にまずい。
「どどど、どうしようイオリちゃん!」
「ああもう……貸せ!」
慌てる私からイオリは爆弾をひったくると、そのまま銃のストックの部分を振りかぶり、空高く打ち上げた。
ぐんぐんと高度を上げていく爆弾。そしてほどなくして、空から響く爆発音。
「助かっ……た?」
「ふん、全く世話の焼ける」
なんやかんや言いながらも助けてくれたらしい。
パラパラと爆弾の破片が降って来る中で、愛銃を肩に担いだイオリがいつも以上にカッコよく見える。
「ありがと……イオリちゃん……」
一方私の方はと言うと、緊張が解けてしまったからか腰が抜けてしまいその場にへたり込んでしまった。
お礼も言う声も震えてる、すっごい情けない。
「仕事は終わったんだ。早く帰るぞ」
腰が抜けて立てない私に、イオリが手を差し伸べてくれる。こういう風にしてくれる人、スラムに居た頃は居なかったな……。
少しだけ、胸の中があったかい。風紀委員の仕事も、危ないし痛いこともあるけどちょっとは悪くないかなと思った。
その後、結局帰ってから行政官にめちゃくちゃ怒られて始末書を書くハメになってしまったのは、別のお話。
やっぱり風紀委員の仕事、嫌い!