薩摩の子 作:キチガイの人
時系列的には『008.年貢の納め時』より少し前です。
というか台風回投稿した瞬間に台風発生したんだが?
2023/7/1
オーカとの同棲生活を始めて1ヶ月が経過した時。
私は島津家の本家に顔を出すことになった。オーカは別件で同行できないと謝っていたが、私は全然気にしてないと口にした。オーカは目を細めて溜息をついてた。
島津家の偉い人と顔を合わせないといけないと、お母さんはそう言っていた。
古いけれど歴史はありそうな屋敷に一人で行くのは心細かったし、オーカが一緒に来てくれないことに内心泣きたくなった。どうしてもと言っていたので、私だってオーカを困らせたくなかったけど、それでも本心は──一緒に居て欲しかった。
奇妙なものを見る目で私を観察する本家の人々から逃げるように、案内された個室に足を運んで、応接室のソファーに腰をかけるよう言われたので、座りながら私を呼んだ人を待つ。
そして私を呼んだ人がまもなく現れた。
30歳くらいの青年だった。優しそうな目をした人で、それはどこか……そう、オーカに似た人だった。彼は目を大きく見開き、そして微笑みを浮かべた。
「──遅れてすまなかったね」
「私も今来たところです。星野アイと言います。よろしくお願いします」
手が震えてたのがバレたかな?
何とか必死に嘘の仮面で誤魔化し、平然を装う。彼は特に気付いた様子はなく、「自己紹介ありがとう」と口にした。
「私も自己紹介しなくては。姓は島津、官職は
「………っ!?」
私を呼んだ偉い人。
それはオーカのお義父さんのお兄さん──島津で一番偉い人だった。
「桜華君に今回の同行しないよう伝えたのは私だ。これは私の我儘でもある。どうか桜華君を怒らないでほしい。責は私にあるよ。どうしても君と一対一で話がしたくてね」
「……はい」
彼はそう言って──頭を下げた。
そして「本当は気軽に頭は下げられないけど、これはプライベートだからね」と頭を上げた。
彼は自分で待ってきた麦茶のボトルからコップに注ぎ、分家の養子である私の前に置く。いくらプライベートとは言え、島津家の現当主に色々させるのは気が気でなかった。でも横槍を入れるのも失礼なのかもしれないと動くことはできなかったのだ。
「さて、君を呼んだのは他でもない。君の姿を見た時、私はどうしても聞きたいことがあった。それだけを聞くために桜華君から君を離してしまったのは本当に申し訳ない」
「いえ……大丈夫です」
「その前に一つ身の上話をしよう」
当主様は暗く笑う。
「私は昔、一人のアイドルを推していた」
「………っ!?」
「そのアイドルは十数年前だったかな、彼女のファンであるストーカーの青年に殺害されてしまった。
彼の目を直視できなかった。
当主様は──気付いている。
「彼女──名前は『アイ』と言うんだけどね、アイちゃんは魅力的な女の子だった。素晴らしかった。最高だった。私も思わず熱狂してしまったよ。家臣を巻き込んでライブに足を運んだものだ。本当に楽しかった。今の私があるのも、アイちゃんのおかげと言っても過言ではないだろう」
「そう、なんですね」
「君は彼女にそっくりだ。けど、私が君に聞きたいことは荒唐無稽の御伽話の類いだ。彼女が亡くなった時期と、君の生まれた時期に相違もある。そもそもが
「………」
「単刀直入に言おう。
私の喉はカラカラに渇いていた。
彼の瞳は、まっすぐ私を見据える。
否定するのは簡単だ。けれど、果たして私は彼に嘘をつき通すことができるのだろうか?
先ほど彼を欺けたと思ったが、彼はオーカの伯父さんでもある。その彼が、オーカと同じ『嘘を見抜く力』がないと言い切れない。もし嘘だとバレてしまったら──どうなる?
もしオーカと一緒にいれなくなったら?
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。
絶対に嫌だ。私は、オーカと離れたくない。
でも、もし本当のことを言ったら?
分からない。
たすけて。
たすけて。
「……そう、です」
「そうか」
私はどうなるの。
オーカ、たすけてよ。
君と、離れたくないよ。
「……ははっ」
「………」
「ははははっ、あはははははっっっ」
当主様は、笑っていた。
自分の目元を右手で覆い、ただひたすらに笑っていた。笑って──泣いていた。
「……生まれ変わりの話を彼は一切しなかったが、桜華君から君が『愛』を理解できない人であり、『愛』を理解することのできない境遇であったと聞いたよ。彼女は己を愛してくれる者を求めている、そう彼から聞いた。それは恐らく──生前からの渇望だったのだろう」
そして彼は、力いっぱい右手で机を叩いた。
私はびくりと体を震わせる。
「ふざけるなっ! 私は彼女のファンを名乗っておきながら! 彼女から『愛』を受け取っておきながら! 彼女の真に欲するものを渡すことすらできなかった! それどころか、彼女がファンから刺された!? いい加減にしろ! 彼女が刺される理由などなかったはずだ!」
「当主、様……」
「彼女は幸せになるべき人間だった! 彼女は愛されるべき人間だったはずだ! それが何だ! 彼女の気持ちすら理解できない愚者が、彼女のファンを名乗る者が、そして私自身が! 何一つ理解してやれなかった! 彼女を『愛』することができなかった! 齢20のアイドルすら守れず、何がファンだっ!」
そして彼は項垂れた。
「彼女に……愛を、知ってほしかった。愛される喜びを、知ってほしかった。それを教えるのが私じゃなくてもいい。幸せなら、彼女が幸せなら、私は、それでよかったんだ……。死んでしまったら、それすら叶わないじゃないか……」
「………」
「………」
流れる静寂。
それを先に破ったのは島津家当主だった。
「……すまない、取り乱してしまった。ところでアイ君、君は桜華君のことが好きなんだね」
彼の問いに私は答えた。
私の答えは──あの頃から変わらない。
「はい、大好きです。私なんかが、オーカに甘えてばかりの私が、彼の傍にいる資格があるのかわからないけど。私は──島津桜華が大好きです。私は彼に、愛してほしいんです」
「……あぁ、桜華君が羨ましい。でも、彼は私の無念を晴らしてくれた。──わかったよ、アイ君。何か困ったことがあったら私に言いなさい。島津家当主としての協力は難しいが、私個人でできることは尽力しよう」
だから──と『アイ』のファンは微笑んだ。
「どうか幸せになって欲しい。私がアイ君に望むことは、ただそれだけだよ」
彼は島津家当主としてではなく、『アイ』のファンとしての望みを口にし、私に頭を下げた。
私は「ありがとうございます」と感謝の言葉を伝える。
「それと、君は桜華君の傍に居る資格があるのか──という話だね。桜華君のパートナーになるべき人物は彼自身が決めることだ。だが、私としてはむしろお似合いだと思うけど?」
「け、けど、私はオーカが居ないと何もできないですし、タネサダ君にも依存しすぎと言われましたし」
「……兼定君かな? 桜華君って、親愛の情が深いところがあるからね。だからなのか分からないが、自己に無頓着なところがあるんだよ。彼は身内を守るためならば、殉ずることすら厭わないだろう。死は常に念頭にあり、島津らしさであり、島津の弱点でもある」
けれども、と当主様は私に微笑んだ。
「アイ君が桜華君の
だから存分に甘えるといい。
というかイチャラブしてくれ。
推しの幸せで飯が美味い。
彼はそう言葉を残し、私に再度頭を下げた。
「桜華君のことを、よろしく頼むよ」
「……はいっ!」
私の返事に、島津家当主は満足そうに頷いた。
【島津 桜華】
今回出番なし。本話後、当主から焼肉屋の優待券を2枚貰う。代わりに、人生の墓場コースが確定する。
【星野 アイ】
本作のヒロイン。転生者。当主の後ろ盾を得る。
【島津 家正】
現島津家当主。生前のアイのファン。長年の後悔から解放される。