薩摩の子 作:キチガイの人
感想で島津成分が足りないとのご指摘をいただきましたので、20話頃に投稿予定だったものを前倒ししてお送りいたします。親父殿の手伝いの貯金の正体です。このように薩摩平和は保たれております。
それでも豊久成分は期待しないでいただけると幸いです。
「はぁ、全然足りないよなぁ。双子もいるってのに、アイも養わないといけないんだぜ?」
俺は通帳を片手に大きくため息をつく。
愛を自覚する必要もあるが、それ以外にも入用は山ほどある。
「だから誕生日までってのは早すぎるって話なんだよ。覚悟もそうなんだけどさぁ、金も全然足りないんよ。確か子供一人育て上げるのに3,000万かかるって話だろ? 単純計算で2人で6,000万だ」
「……がっ……かはっ……」
「……やっぱ期限延長できないかね? でも、そんな話するとアイが悲しむよなぁ。あの娘のあんな顔見たくないんよ。どっかに5,000兆円落ちてないかなぁ?」
「──しいいいいいいまああああああああづうううううぅぅぅうぅぅうっっっっ!」
突如、俺の足場が大きく動き、俺は転がるように距離をとる。
素早く体勢を立て直し、ため息をつきながら懐に通帳を戻す。
「っと。主要関節はずしたはずなんだけどなぁ。おっさん、いきなり立ち上がったら、上にいる俺が危ないだろうが。怪我したらアイがめっちゃ心配するんだよ」
「島津の
「調子に乗るも何も……」
俺は周囲を見渡し、首を傾げた。
今この場所にいるのは俺と、目の前にいるおっさんだけなのだ。
「お仲間さん……だいたい7人くらいか? みんな死んじゃってるじゃん。調子に乗ってるのはどっちよ?」
「それは貴様が──」
「──薩摩の地に土足で入る。薩摩の地でハッピーホワイトパウダーの密売。薩摩の地で裏取引。挙げ句の果てに臓器売買ときたもんだ。島津に対する明らかな敵対行為。……まぁ、いいや。おっさん、とりあえず」
俺は首をかしげ笑う。
薩摩の安寧を脅かすゴミに向けて。
「──諸事情により首は要らず。命のみ置いていけ」
おっさんは狂ったように刃物を片手に俺へ襲い掛かる。
そうなるわなぁと溜息をつき、地面をけり上げておっさんの首を膝蹴りし、そのまま首を抱きかかえて地面に叩きつけ、周りのお仲間さんと同じように首をへし折る。いわゆる組手甲冑術と呼ばれるものだ。本家のものと比べたらあまりにも拙いが、人を殺るには十分だ。
字面にすれば一文。時間にすれば1分もかからず、おっさんは物言わぬ屍になり果てる。
特別な描写など存在しない。
敵にそこまでしてやる義理もない。
「……このおっさんも成人するのに3,000万かかったのかな? あーあ、もったいねー」
礼儀として形だけは手を合わせて供養する。
俺はポケットのスマホ──裏でいろいろする用を起動し、連絡帳から目当ての連絡先を選んで、素早く電話をかける。
待つこと7コール、目当ての人物の声が鼓膜を震わせる。
『──終わったか』
「親父殿、さすがに俺だけを8人相手の場所に捨てるのはどうかと思います。鬼畜の所業です。死ぬかと思いました。死んだらどうすんですか?」
『なんだ、死ぬのか』
「言葉の綾です。雑兵でも数多けりゃ大変なんすけど」
電話の先では怒号と悲鳴と猿叫が飛び交っている。
ただ声色の比率的には終盤に差し掛かっていると言っていいだろう。どうやら今回の防衛戦も無事に終わりそうだ。
負ける要素が皆無だったが。
「そんなわけで、県境の夜の廃材置き場に置き去りにされた息子を迎えに来てください。あ、1人は生け捕りにする予定でしたが、やむを得ず全員殺りました。血は一滴も流れてないので、処理はすぐに済むかと」
『首は獲らなかったのか。臆したか?』
「雑兵の首要ります? それに血って洗い流すの大変なんです。アイが抱き着いて寝てるのに、変な匂い混じっちゃ可哀そうでしょう。あんまり彼女に心配をかけたくないんですよ」
親父殿が笑うなど珍しい。
『随分と
「そう仕向けたのは親父殿でしょう。親父殿の言いつけ通り、傍にいて寄り添う必要があるので、さっきも言った通り迎えの車を寄越して頂ければと。さっきからLINEの通知が100超えてるんですが」
『既に向かわせている。──ご苦労だった。今回のは色を付けておく。……彼女に、良いものを食わせてやれ』
「言われずとも。ありがとうございます」
電話を切って迎えを待つ。
待つこと十数分、見覚えのある外車が、鹿児島と熊本の県境に到着した。助手席に座る胡散臭い男は、後部座席に乗るよう指示する。特に拒む理由がないので、早々と乗り込んだ。
「──お疲れ様です、桜華様。処理班は既に向かわせております」
「家の仕事ですからね。仕方ないです」
運転席に座る初老の男性の言葉に、俺は肩をすくめてスマホに視点を戻す。
そして100の通知を辿るうちに、俺の表情に険しさが追加された。
「アイの奴、まーた俺の普段着を寝巻にして寝るつもりだな? この前、母上と普段着買いに行ってたじゃん。タンスに鍵かけないとダメな時代かコレ」
「別にいいじゃないですか、減るものじゃないですし」
「話聞いてた? 俺の着るもん減るんよ」
助手席の咸の言葉を一蹴する。
とりあえずLINEで「今から帰る」と短く返信し、スマホをポケットにねじ込む。
「あ゛あ゛あ゛あ゛……疲れたぁ。つかアイツ等誰だよ。
「聞いた話によると龍造寺かと」
「こちとら忙しい時にちょこまかと……つか本当に龍造寺? もちっと強い印象あったんだけど、あそこ。いつの間に弱体化しちゃったん?」
九州における勢力圏は島津・龍造寺・大友の3つに分かれる。俗に言う『九州3国』と呼ばれる所以だ。龍造寺も大友も、一度は事実上断絶した家柄だったけれども、近代になって徐々に勢力を伸ばしつつある連中だ。
とは言っても力差は三国志で例えるなら
やってることはヤクザの抗争とさして変わらんが。
「今回の連中は一部の暴走のようです。質が低いのは寄せ集めだったからでしょう。龍造寺の本家からも始末しといてくれと依頼がありましたし。ほら、あそこは後継問題が安定しませんから……」
「その雑魚にこんな時間がかかるなんてなぁ。昔は首刈ればすぐ終わる簡単なお仕事だったのに」
前までは首を獲れば終了だった。
何が悲しくて近接格闘のみで殺らねばならなかったのか。
……前に、盛大に首斬り祭りして、血塗れで帰ったことがあったが、その時のアイの顔が忘れられない。辛そうな表情を押し殺すような笑みを浮かべ、怪我はなかった?と聞いてくるのだ。
もちろん相手次第だ。敵将なれば手加減する余裕はないし、近代兵器向けられれば、トリガーに指かける前に首を切り落とすのは当たり前だろう。ただ──今回のように素人の集まりであれば極力血は流さない方向で済ましている。
ちなみに人を殺めることに対してアイは知っている。知っていて、それでもなお俺に好意を寄せてくるのだ。薩摩に毒されている気がしなくもない。狂ってるよな、アイも、俺も、薩摩も。
「昔は何も考えずに首獲ることだけ考えてれば良かったのに、随分と俺も弱くなったもんだ。義弘公に顔向けできねぇよ」
「別にいいんじゃないんですか? 義弘公も愛妻家でしたし。将来の妻を慮って──なんて考えれば、かの鬼島津もニッコリするでしょうよ」
「誰が将来の妻だ。あ、それで思い出した。お前マジでふざけんなよ。『舞姫』クソシナリオだったじゃねーか。俺より先にアイが読んで大変だったんだからな」
「……あー、おすすめの恋愛小説調べたんですが、中身までは把握してませんでした。後で個別に謝っておきます」
そんな雑談を交えつつ、長い道のりを走行した外車は俺の自宅前に止まった。運転手のお爺さんに感謝の意を示し、2人と別れる。
時間はもうすぐ日付が変わる。
俺は自宅のインターホンを鳴らした。
『はーい』
「帰ったぞ」
返事は聞こえず、バタバタと扉の奥が騒々しくなり、ガチャンとドアロックの外れる音と共に、紫がかった黒髪の美少女が胸に飛び込んでくる。
「怪我はない?」
「ないから早めに帰れたんだよ」
「良かったぁ……おかえり」
巨星の笑顔に、俺は微笑むのだった。
クソみたいなアルバイトだが、彼女を守るためと考えるのなら、あまり悪くないのだろうと。
「あぁ、ただいま」
【島津 桜華】
今作の主人公。悩み多き現代高校生のため女々成分が抜けない。愛を知ればマシになるか? ただ死生観は島津らしくバグっているので、敵を殺めることに抵抗なし。そもそも内政官向けなので戦闘は苦手だと思っている(比較対象は父親)。組手甲冑術のシーンは、ドリフターズの豊久イメージ。
【星野 アイ】
今作のヒロイン。転生者。島津汚染と転生により死生観が若干バグっている。刺殺のトラウマは主人公が守ってくれるので幾分かマシになったが、それはそれとして危険なアルバイトをしている主人公のことが心配。