薩摩の子 作:キチガイの人
ところで今回「薩摩の子」ですが、執筆案が2つありました。
1つはこれと、もう一つが「星野アイのストーカー殺人事件発生前に涼介、伊藤誠、安室透、金〇恩に憑依した薩摩人が、知略・謀略・権力・核を用いて事件を阻止するために奮闘する短編」で迷って前者にしました。何かあると涼介は切腹しようとします。読み終わるころには本編見るたびに「コンギョ」が脳内再生されます。
あ、感想の返信は行っておりませんが、五体投地で全部目を通してます。
気軽に感想や自分の思いとか書いちゃってくださいませ。
彼女に初めて出会ったのは2年前。
どういう経緯で?と聞かれれば、『家の都合』と答えるだろう。
俺──
そして遠い分家筋にして俺の母の友達としての付き合いもあった星野家とは交友があったのだ。じゃあ2年よりも前には会ったことがなかったのか?と、疑問に思う者もいるだろう。母と星野家の奥さんとは中学からの付き合いなのだから。
理由は簡単だ。
彼女は養子だったのだ。
その養子になった経緯も、そりゃまぁ酷いもので。
児童虐待と言えば誰だって察するだろう。父親母親からの暴行は日常茶飯事、ご丁寧に顔だけは傷つけなかった配慮付きだ。俺もアイ自身が多くを語らないし、んなこと思い出したくもないだろうし、俺だって彼女の辛い記憶を根掘り葉掘り聞く必要もなかったので詳細まではわからない。
それを行動力の塊みたいな星野母の活躍により、親権まで奪取して今に至るのだから、それだけが彼女にとっての幸運だったのだろう。アイの元の父母が彼女にさして興味がなかったのも理由の一つかもな。
これでアイに手を出そうと考えようものなら、権力と腕力の全てをもってして叩き潰す所存だ。薩摩に足を踏み入れて帰れると思うなよ。
身も蓋もないが、アイは『親ガチャ』に失敗してしまったのだ。
親が子を選べないように、子だって親を選べない。人間の永遠の問題テーマだな。
そんな彼女に会った時のことは今でも覚えている。
何というか、当時の俺が戸惑ったのは今でも覚えている。
「──星野アイです。よろしくね」
彼女は笑いながら、そう自己紹介した。
ただ……そう、何というか、目に光がないのだ。薄暗く淀んだ、酷く何かに絶望した、そんな悲痛な表情に笑顔を無理矢理コーティングしたかのような『笑い』なのだ。
人というものは、ここまで悲痛に笑うことができるのか。島津少年にとって初めて会うタイプの人種であり、正直当時の自分は彼女のことは苦手だった。
それ以降も月ペースで会うこともあり、その笑みが痛々しい以外に彼女を苦手視する理由もなかったので、そこそこ顔見知りにはなった。
ただ如何せん、彼女は名前を覚えない。何回言っても俺のことを「米津君」と呼ぶのだ。Loser踊るぞ。
「──はぁ? 知らんがな」
『あ゛? 拒否権があると思ってんの?』
そんな彼女との腫物を扱うような関係に転機が訪れたのは、島津母と星野母が食事会をすることになり、俺とアイが中央駅を散策するハメになった時である。
暇になったアイをエスコートして来いという母の命に苦言を呈してはみたが、中坊の俺には事実上選択肢はなかったのだ。俺に諭吉まで握らせて黙らせる始末である。酷い脅迫と賄賂を見たものだ。
そして当日。
俺とアイは『若き薩摩の群像』の前で待ち合わせた。
「すまんな、こんな
「全然、大丈夫だよ。一人でいるほうが暇だし」
「なんか食べたいものとかあるか? 軍資金はあるから、馬鹿高いところ以外は行けるぜ?」
「うーん……私は中央駅は詳しくないからなぁ。米津君にお任せしてもいいかな」
「………」
レモンを歌ったほうがいいのだろうか?
そんな歌は得意じゃないんだよなぁ。
なんて話をしながら俺たちが東口広場へ向かう。
その道の途中、広場の群衆に違和感を覚えた。そもそも東口の広場はイベント等が土日に開催されるのだから、人が集まるのは自然なのだ。ただ、喧騒の種類からして日常的な雰囲気じゃないのは未成年の俺でも理解できた。
警察やら救急隊員が目につき、パトカーのサイレンも鳴れば一目瞭然だろう。
当時の東口では選挙演説があった。
市議会議員選挙が近かったしね。
俺はTwitterを開いて「鹿児島中央駅 東口」で検索する。
そして──その理由を口にした。
「──あぁ、テロか。候補者が腹刺されたらしいぜ」
世も末だなーと、当時の俺は何の感情もなく呟いた。
刺された当人は救急車に運ばれている途中であり、幸いほかのけが人はいないようだ。主犯も取り押さえたから、これ以上の被害は出ないはずだ。ド田舎でテロなんざ、俺の人生初めてだぞ。今日は本当に運がない。
俺はスマホを閉じてポケットにねじ込み、彼女に声をかける。
「おーし、んじゃ行くか」
歩き出して数歩で気づく。
彼女からの反応がない。
後ろを振り向いたが、俯く彼女はさっきから一歩も動いてないし、言葉すら発してない。
「どうした?
落ち着かせるように彼女に近づき、俺はアイの顔を見て──目を見開く。
彼女は
腹を抑えながら
定まらない視点で
「……ひっ……かはっ……うぇっ……っ! はぁ、はぁ、はぁ……ひぐっ……あ゛っ……」
溺死する寸前の人ですら、ここまで苦しまないだろうと言わんばかりに、顔を真っ青にしながら酷く喘いでいたのだ。
唇は震え、肩を震わせ、何かに耐えるように、でも耐えられなくて、逃げ出したくて、でも足は動かなくて。初めて会った時以上に濁り切った瞳をせわしなく動かしながら、右手で腹を、左手で心臓の位置を強く握りしめていた。
異性と肩がぶつかっただけでも赤面してしまう童貞気質な島津少年だが、この時ばかりは彼女の肩を抱き寄せて必死に呼びかける。
少なくとも星野母からは彼女が持病持ちなんて聞いたことがないのだ。焦るなというほうが無理だろう。
「お、おい。具合悪いのか? 救急車呼んだほうがいいのか?」
「……ひゅっ、い、嫌っ……嫌っ……痛い……ひぐっ……怖いよぉ……」
心臓の位置の服を強く握りしめていたアイの手は、近づいてきた俺の腰へ手をまわして抱擁する。体制的には左腕を俺の腰に回し、右手を腹に回したようだ。
ただ当時の俺は非常に混乱していた。
それでも安心させるように肩をたたき続けたのは英断だろう。
俺は彼女の言葉を頭の中で復唱する。
痛い?これだけなら腹痛を訴えているようにも見えているので、この流れで救急車を呼ぶのが得策だと思うだろう。ただ続けて発せられた「怖い」……これが意味が分からない。
自分の状況が把握できてないのか? それに対する恐怖? やっぱり救急車?
「痛い痛い痛いぃっ……嫌っ……はぁ、はぁ、怖い、暗いの怖いよぉ……ひっ……助けて……よぉ……っ!」
……もしかして、これメンタル的なやつか?
俺は短い思考で答えを導き出す。その時は児童虐待のトラウマだと思い込み、それは当たらずも遠からずだった。
つまり俺が今なすべきことは──彼女を静かで安全な場所へと移動させることではないだろうか。
俺は彼女を抱き寄せながら、速やかにカラオケ屋へと移動した。人通りの多い中央駅において、他に静かになれる場所がここしか思い浮かばなかったのだ。
店員の訝しげな接客対応を後目に、個室に入った俺は彼女と一緒に座り、アイの肩を叩いて声をかけ続ける。その間、彼女の手の位置が変わることはなかった。
できることは、それだけだった。
「い゛だい゛よ……ううぅっ……」
「大丈夫。大丈夫だから。大丈夫」
「ごめん……本当にごめんね……あぁっ……うぅ……」
「大丈夫、俺はここにいるから。謝らなくていいから」
「……アクアぁ、ルビーっ、ごめんね……本当にごめんなさいっ……!」
「……大丈夫、大丈夫。大丈夫だよ」
「暗いよぉ……怖いよぉ……うぇっ……、死にたく、ないよ……」
「大丈夫、大丈夫だから。俺が一緒にいるから。大丈夫だから」
言っていることは分からない。
それでも、そうだとしても。
彼女の独白に、ただただ「大丈夫」と無責任な言葉を吐き続ける俺。
1時間ほど経っただろうか。
彼女の発作とも言える現象は、徐々に鎮火していった。
最後のあたりはただひたすらに肩を優しく叩き続けてただけなのだが。それで彼女の発作が収まるのであれば良しとしよう。
「……米津君、ごめんね。迷惑かけちゃった」
「いや、いいよ。こればっかりは、しゃーない」
彼女は自分がもう大丈夫であると、心配いらないと微笑む。
目元も赤く腫れて、いまだに手を震わせて、深く暗い濁った目で、笑顔の仮面を張り付けて、そんな表情をするのだ。俺の胸がキュッと痛む。
抱きしめる体勢ではなくなったものの、俺の右隣に腰を下ろすアイの左手は、俺の服の裾を握って離さなかった。俺はそれを指摘することはなかったが。
カラオケボックスで歌うことなく、さらに30分ほど一組の男女は言葉を発することはなかった。あったとすれば延長を依頼したとこだろうか。その間席を立った時、彼女も俺の服の裾から手を放したが、再度座りなおした時にまた掴むのだった。
無音の部屋で、スマホをただ弄っていた俺。
その時、彼女はポツリと言葉を発した。
「──ねぇ、米津君」
「ん?」
「──前世の記憶があるって言ったら……君は信じる?」
ここから、俺と星野アイとの関係が始まったのだ。
時期的には中3です。
続き気になると思うので5/14中には投稿します。