薩摩の子   作:キチガイの人

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 シリアス回です。
 以降ほのぼの書きたいです。
 ちなみに今は序章の折り返しです。


020.大嫌い

 

 

「あんのクソアマがぁ……! 全部分かっててやってやがったなぁ……!」

 

 

 久方ぶりの自身に渦巻く憎悪のままに動きたかったが、最優先事項を違えるような真似はしない。

 渡り廊下から校舎内に入った俺は、最後にアイを視認できた方向へと走る。しかし、俺もすべてを見ていたわけではないので、途中で捜索の糸口が途切れてしまう。

 少なくとも彼女は正常な判断ができるような状況ではなかったはずだ。それどころか、かつて中央駅のトラウマを遥かに超える取り乱し方だった。今の彼女は本当に何をするのか分からない。早々に見つけ出さなくては。

 

 俺は短く思考する。

 彼女の行く場所と言えば。精神状況、普段の行動ルート、消去法、それらを脳内に想定しながら、いくつか候補を絞ることができた。

 その候補の中で、彼女が行きそうな場所は──

 

 

「……屋上か?」

 

 

 考えるなら先に動け。

 間違っているなら別の場所を当たれ。

 

 俺は推測で一番可能性が高い場所に足早に向かう。

 人生で培ってきた全ての筋力を使い、地面をけり階段を上り

 

 

「アイぃっ!」

 

 

 屋上の扉を蹴破って侵入する。

 扉が壊れることはなかったが、俺は扉の生存など気にする間もなく、周囲を見渡した。すると、近くのフェンスに体育座りをする女子生徒が一人。長い黒髪に、紫色が混じっているので確定だろう。

 素早く近寄って肩を叩く。

 

 

「おい、おい! 聞こえてるか!?」

 

「……お……かぁ?」

 

 

 彼女の目を見て──俺は言葉を失った。

 アイ、お前……、

 

 

「……あははっ、あはっ。ダメだよ、オーカ。ちゃんと許嫁さんのところに行かなきゃ。女の子を待たせちゃいけないんだよ?」

 

「………」

 

「私も知らなかったなぁ。オーカに許嫁が居るなんて。すっごい美人さんだったね。おっぱいも大きかったし。あれ? もしかして超タイプな娘だったりする? あの人も満更じゃない様子だったし……もしかして相思相愛的な?」

 

 

 ……人間って、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 クレヨンの黒色で塗りつぶした瞳で、視線も合わさずに、それでも演技を続けようとする。既に限界なのは火を見るより明らかなのに、それでも無理矢理演じているのだ。

 彼女の心は──既に、壊れていた。

 

 俺は大きくため息をついて、彼女の真正面にしゃがみ、彼女の両肩を掴む。

 そして──彼女の瞳をまっすぐ見つめた。

 

 

「どーしたの? オーカ?」

 

「………」

 

「ん? 何か私についてる?」

 

「………」

 

「もー、言ってくれないと分からないよ?」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 

 徐々に言葉はなくなる。

 代わりに、彼女の瞳から、ぼたぼたと大きな雨粒が流れ始めた。

 

 

「……ゃだ」

 

「………」

 

 

 そして体育座りの姿勢を崩し、前のめりになりながら、俺の胸に飛び込んできた。俺の胸の位置にある服を、震えた手で必死につかみ、彼女は俺に訴える。

 か細い声で。

 今にも消えそうに。

 

 

「……やだ……やだよ」

 

「………」

 

「……いいこに、するから……うそつかないから……おーか、すてないで……」

 

「………」

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 

 最悪の気分だ。

 幼い少女のように、犯していない罪の懺悔を行う彼女を見て、俺は崩れ落ちそうになる衝動を必死に堪えていた。

 

 そうすればいい?

 どうすれば彼女を救える?

 

 考えても答えが出ない。

 この少女をどうすれば元に戻せる?

 

 

「──あら? まだやってたの?」

 

「……撫子(なでしこ)、てめぇ」

 

 

 無い知恵振り絞って脳みそを回転させていると、今日一番の不愉快な音が鼓膜を震わせ、思わず近寄ってきた女を睨みつける。

 彼女は「怖いわ」とクスクス嗤う。

 

 

「ねぇ、助けてほしい? 助けてほしいわよね? 助けてほしいに決まってるわよね?」

 

「相変わらず人をキレされるのが得意なようだなぁ? あぁ?」

 

 

 挑発だと分かっていても、俺は彼女の言葉に刃物(ことば)で対応するのだった。そのまま首を飛ばせればどれほど幸せだったか。

 すると、返って来たのは正面からだった。

 

 

「──っ、だめっ、わたしの、おーかを、とらないでっ」

 

 

 アイは怯えた表情で彼女を──撫子をけん制する。

 その弱弱しい姿を興味深そうに見つめた彼女は、ニヤリと不愉快に嗤う。

 

 

 

 

 

「桜華、星野アイさんとディープキスしなさい」

 

 

 

 

 

 何言ってんだこのアマは。

 

 

「不服そうね」

 

「目の前にぶちまけた生ゴミが散乱してたら不服だろ」

 

「ところで、ここに傍から見れば『星野アイを泣かせた島津桜華』の写真があるわ。貴方のお母様、彼女を泣かしたらひどくお怒りになるでしょうね?」

 

 

 いつの間にかスマホで取られた写真をちらつかせながら、この女は彼女へのディープキスを強要してくる。女の首は恥だが、女じゃなければ問題ないか?

 

 頭に上りかけていた血を、俺は理性で抑える。

 彼女は確かに生ゴミに失礼な存在ではあるが、撫子は意味のないことは言わない。撫子がそうしろと言っているのだから、そこには何か解決の糸口があるのだろう。

 そうじゃなかったら殺す。

 

 

「………」

 

「……おーか?」

 

 

 俺は壊れた少女を見下ろす。

 正直、いまここでのディープキスなんぞ、最悪に等しいシチュエーションだ。もっと……こう、俺もアイも今世では初キスなのだから、それ相応にふさわしいタイミングってのがあってだな。

 しかし、悩んでいる暇はないのだろう。

 

 俺は大きく、大きくため息をつく。

 そして大きく息を吸い込む。

 

 

 

 アイ。本当にごめん。

 

 

 

 俺は彼女の頭へと手をやり、軽く撫でる。

 状況があまり分かってないアイは目を細めて嬉しそうに微笑み、俺も笑い返して──人生初のキスを行う。マウストゥーマウスと言ったか? 彼女も前にキスをねだって来たことはあったが、まさかこんなタイミングで行うとは夢にも思わなかった。

 正直、夢であってほしいが。

 

 最初は唇を合わせるだけのキス。

 彼女の化粧をしていないけれど、それでも綺麗な薄いピンクの唇に、自分の唇を人生15年にして初めて重ねるのだった。

 

 

「……んっ……」

 

 

 彼女の吐息を聞きながら、次は軽く口を開けて舌を相手の唇に触れさせる。まさか司書の堀之北先生から渡された『キス100箇条』というアホみたいな本が役に立つ日が来るとは。人生は何があるかわからないものだ。

 すると、早い段階で彼女も同じように舌を絡めてきた。

 え、ちょっと待って。もう最終段階まで行く感じ?

 

 内心戸惑いながらも、俺は彼女の舌に自分の舌をゆっくり丁寧に絡める。確か息を合わせるのがコツって言ってたな。とりあえず彼女の舌の動きに合わせるとしよう。正直、俺もキス初心者なので、お気持ちだけの配慮になるが。

 

 

「……んんっ……んちゅ……れろ……はぁ、はぁ、んっ……れろ、はぁ、んちゅ……」

 

 

 彼女の吐息を漏らす音と、互いの呼吸音のみが聞こえる。

 彼女も求めるのに必死であり、俺もそれに応えるのに必死だった。それこそ、撫子がいつの間にか消えていることすら気づかなかったレベルに。

 

 そして、俺とアイは、人生初のディープキスを楽しむのだった。

 30分程。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「迷惑かけてごめんね」

 

「……いや、俺の方こそ悪かった」

 

 

 最後はアイの名残惜しそうな表情と共に、人生初キスが終わった。

 彼女の精神状況も普段より不安定ではあるが、先ほどよりはずっとマシになったと言えるだろう。授業を1つ完全ブッチした形にはなったが。

 

 俺は屋上のフェンスに寄りかかって腰かけて胡坐をかき、その俺の股座にアイが腰を掛けている状況だ。俺がアイを後方から抱きしめている状況と言えばわかりやすいだろうか?

 詫びのつもりで、幾分か力加減増量中だ。

 

 

「一つだけ、聞いてもいい?」

 

「どした?」

 

「あの人、オーカの許嫁?」

 

「あぁ、そうだ」

 

「……そう……なん「元、な?」──え?」

 

 

 アイと同棲する前の話だ。

 俺が島津家次期当主としての継承権があったころの話であり、破棄された瞬間に解消された関係でもある。なので正確には『元・許嫁』であり、今の俺と彼女との間には何の関係もない。

 そう説明すると、「そっかぁ……」とアイは嬉しそうに笑った。

 

 

「撫子、先輩だったかな?」

 

「あんなんクソ女で十分だよ。で、可哀そうなことに──未来の姉貴でもある」

 

 

 種子島(たねがしま)撫子(なでしこ)。種子島家の長女にして、未来の姉。

 内政面に特化した一族に生まれた、軍略の天才と称される女性だ。『蜀の法正(ほうせい)、島津の撫子』とまで揶揄されており、これには『軍事・奇略の天才』という意味の他に、『洒落にならないレベルの人格破綻者』という意味も含まれている。蜀の軍事の天才なら龐統(ほうとう)が挙げられるだろうが、法正は史実で『睨まれた』という理由だけで人殺してるくらいダメな奴だからな。

 ただなぁ。そういう人格破綻者が軍才に向いてるんだよな。結局、常人にはない思考回路の方が軍事に向いているのだから。

 

 

「オーカはその人、好きじゃなかったの?」

 

「種子島家の現当主に土下座されてた許嫁関係だったし、破棄時も当主から『ですよねー』で納得されたから、好き嫌い以前の問題だったなぁ」

 

 

 今回の件も種子島家の当主自らが土下座しに来るんだろうなぁ。あの人には昔から世話になってるから、結局は怒りを抑えるしかないのだろう。行き場のない振り上げた拳のみが残る。

 まぁ、と俺は彼女を強く抱きしめながら彼女の問いに答えるのだった。

 

 

 

 

「──俺は死ぬほど大っ嫌いだよ」

 

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 

「──あら、未来。そんな怖い顔をしてどうしたの?」

 

(さえず)るな、ゴミが」

 

「……ノータイムで女の子()の顔を助走つけてぶん殴るなんて、どういう教育を受けたの?」

 

「整形手術だよ。少しはマシになったんじゃない? ……何してくれちゃってんの? もしアイちゃんが壊れてたらどうするつもりだったの?」

 

「その程度で壊れるのなら、その程度の駒よ。……鳩尾を蹴るのはやめて頂戴」

 

「良かったじゃん。桜華なら首へし折ってたよ」

 

「えぇ、桜華よ。その桜華を動かす駒。何とか使い物になってくれて嬉しいわ。結果論で考えなさい。雨降って地固まる、コレで良かったじゃない」

 

「……なんでコレが姉なのかな? もうアイちゃんにも当主引き連れて土下座しに行かないといけないじゃん」

 

「謝るのはよろしくね。私は次の仕事で忙しいから」

 

「……もう桜華とアイちゃんだけは巻き込まないでよね」

 

「前向きに検討してあげるわ。そう、全ては──

 

 

 

 

 

 ──薩摩の為に」

 

 

 

 




【島津 桜華】
 今作の主人公。彼女の依存度が上がったことに頭を抱える。以降、異性と言葉を交わす度に、キスをねだられる様になる。図書委員の時は死ぬ。これで付き合ってないんですってよ奥さん。

【星野 アイ】
 今作のヒロイン。転生者。主人公への依存度が上がる。キス解禁されました。主人公が寝ている間にキスしていることがある。

種子島(たねがしま) 撫子(なでしこ)
 種子島家の長女。薩摩一の傾国の美女と言われるくらいの美貌を兼ね備えた、軍略の天才で人格破綻者。おっぱいも大きい(F)。今回の件を島津家当主は知らず、主人公とヒロインも性格的に告げ口しないだろうという計算も込めて動いているのでタチが悪い。しかし、そんな彼女の行動理念は『薩摩の為』に集約しており、他勢力が島津勢力圏に大々的に介入してこないのは、コイツの報復を恐れてとの噂もあるくらいである。正直、カミキよりタチが悪いのでは?

【種子島家当主】
 まだ名前が決まってない。長女の独断でお腹が痛い。でもコイツが薩摩を支えているのも事実。内外からのヘイトに、今日も彼は胃痛薬片手に頭を下げる。余談だが、アイの星野家への養子入りにも深く関わっており、彼女の境遇を憐れんで薩摩の他家への根回し等も率先して行った人格者。だから彼が土下座すると主人公は強く出られない。
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