薩摩の子 作:キチガイの人
感想いただけると幸いです。
「はーい……返却期限は〇/〇となってます。どぞ」
「ありがとう」
俺はスキャンした貸出カードと本数冊を、カウンターに訪れていた女子生徒に渡す。受け取った彼女は図書室を出ていき、俺は姿が消えるまで視線で追う。
そして、未来にオススメされた『今日は甘口で』の2巻、栞を挟んでいた部分を開いて読書を再開する。
「──カウント7、ね?」
「……はいはい」
カウンターの内側に座っている俺に、それこそ隣で別の本を読んでいた少女──アイが、悪戯っぽく笑いかける。可愛らしいスケジュール帳を開き、今日の日付のところに正の字を書き足していくのだ。
その光景を俺はジト目で眺めながら、現実逃避するように漫画へと視線を戻す。
カップラーメンが出来るくらいの時間が経った時、今度は男子生徒が本を持ってくる。
俺ではなく彼女にカードを渡すあたり、まぁ、そうなのだろう。
初期はスキャンの方法やパソコンの使い方に四苦八苦していた彼女だが、今では貸出カードと本を受け取り、流れるような所作で手続きを済ましていく。
男子生徒は意を決したようにアイに話しかける。
図書委員になってから、この光景は幾度となく目にしているので、俺にとっては恒例行事になっている。
「あ、あの、星野さん」
「どうしたの?」
「彼氏とか、いますか!?」
「いないよ?」
「じゃ、じゃあ」
「大好きな男の子と同棲はしてるけどね。毎日一緒に寝てるし、何なら毎日キスして舌入れてる」
「」
「返却期限は〇/〇です。忘れないでね」
「」
脳みそをぐちゃぐちゃに破壊された男子生徒は、壊れる5秒前のロボットのような動作で図書室を離れて行った。撫子のアレも大概だったが、アイのコレも憲法違反の領域なのではないか?と思うのは俺だけだろうか。
さっきのカミングアウトいる?
俺は漫画から視線を離さず、心の中で男子生徒の冥福を祈った。返却期限までに立ち直ることを祈ろう。
「……カウント8」
「お前のはカウントしないって話だろ。レギュレーション違反すんな」
「あ、バレちゃった?」
悪戯っ子のように舌を出すアイに、俺は目を細めながら削除を要請する。
既にカウント7までいっているのだ。これ以上増やされると困るぞ。
消えるボールペンでの記載のため、正の字を正しく戻していくアイを横目に、俺は1週間前の彼女との会話を思い出すのだった。
♦♦♦
「……その、オーカ。我がままを、一つ言ってもいい?」
「んぁ? あぁ、Tシャツね。そこに『巨星堕つ』のTシャツなら置いてあるぜ」
「そっちじゃなくて! それも貰うけど!」
リビングのソファーに、俺とアイは向き合うように座る。
今日も今日とて俺のTシャツを着ている彼女に違和感を一切覚えなくなったので、もう俺はダメなのかもしれません。その『江戸城有血開城』のTシャツは俺のお気に入りなのになぁ。
何かを言いだそうとするアイは少し顔が赤い。
熱でも出てるのだろうか?(現実逃避)
「あのね、その……オーカがね、他の女の子と話をしているとね、胸がキュッとなって……その、本当に自分勝手なんだけど、嫌、なんだ」
「………」
あのクソ女の傷跡は想像以上に深いらしい。
俺は短く「そうか」と答えた。元々が依存気味で、どう克服しようか試行錯誤してきたところに、劇薬をブチ込んで悪化させたのが、あの撫子とかいう女なのだ。やっぱり許せんわ。
「でもこのままじゃダメだと思って」
「……あまり急ぎ過ぎるのは良くないぞ。ゆっくりで、ゆっくりでいいんだから」
「だからナデコちゃんに相談したんだ。どうすればいいかって」
「あれ? 俺壮絶なマッチポンプ見せられてる?」
よりにもよって、あの人格破綻者に相談するのはなぜなんだろう。
そもそも恋愛方面でアドバイスできることあんの? 性格のせいで縁談すら一つも来ないことで有名であり、現島津当主から睨まれている女だぞ? ある意味、おれよりも恋愛向いてなさそうな奴なのに。
「それで一緒に考えたの」
「答えじゃなくて一緒に考えるあたり、アイツの恋愛偏差値の底が知れたな」
自分のことは完全に棚に上げて勝ち誇る俺。
50歩100歩と脳裏に浮かんだが、気にしないことにした。
「『なら桜華が他の女と話す度に10分間キスすればいいんじゃない?』って話になったんだ。はい、これ企画書」
「ホントマジで余計なことしかしないなクソ女」
彼女から渡されたのは数ページの企画書だ。アイツの仕事柄、報告書を製作することが多いせいか、この企画書も無駄に綺麗に纏められていた。ペラペラと捲っただけで話の概要は理解することが可能であり、よく読むと企画の詳細を馬鹿でも理解できる徹底ぶり。
とてもじゃないが現在進行形で大友と諜報戦している人間の作った資料とは思えない。
単純に暇だったのか、それとも手を抜きたくなかったのか、他にも理由があるのか。
しかし、この企画書には大きな穴がある。
俺はそれを指摘した。
「この企画書通りに行くとさ」
「うん」
「最低でも1日3時間半はアイとキスする計算なんだけど」
「ディープキスだね」
「唇擦り切れるわ」
企画の責任者出てこい。
時間設定おかしいんだよ。
「せめてこの『互いが異性と話をするごとに10分』のレギュレーションを変えていただけると嬉しいです。つか述べ120人斬りは異性と話す機会多いだろ。水増しすんな」
「じゃあ『オーカが異性と話をするごとに10分』ってこと?」
「時間も変更希望。10分は長すぎるし、仕方なく異性と話すこともあるだろう?……『桜華が異性と話をするごとに1分』なら受け入れてやる」
「うぅ……どんどん減ってくよぉ」
毎日適応されるんだぞ。
「それと『桜華が寝てるときはフリータイム』って何?」
「あ、それは私が勝手にやるから大丈夫」
「その言葉のどこに大丈夫要素が?」
この文言が何を指すのか、おおよそ察することができるのが悲しい。
今までは寝ている俺の布団に勝手に入り、一緒に寝ていたアイだったが、最近は勝手に俺の唇を舐めているのだ。あのキス以降、アイの中から自重という二文字が消えている。
あの大戦犯のせいですね。アタイ許せへん。
「大丈夫、少しオーカを寝てる間に借りるだけだから」
「今のままで満足してほしいんですが。あれだろ、寝てる間にエッチなことするんでしょ?」
「──え? ヤっていいの?」
「嘘です。俺の寝てるときはキスくらいならお好きに」
俺は久しぶりに『死』の恐怖を全身に感じた。
ヤっていいの発言の時、アイの表情が完全に消えていたからだ。餓えたライオンの前に極上肉を出したとしても、あそこまでの威圧感はないだろう。完全に俺の童貞を貰い受ける顔をしていた。
無表情で、首をかしげて、彼女は最終確認をしたのだ。
俺が即座に否定しなかったら、次の日には童貞少年は跡形もなく消えていただろう。
同時に戦慄した。
唇ペロペロでも、彼女的には自重しているのかと。
「分かった。じゃあ今日から、オーカが他の女の子と話をするたびに1分キスをするってことね。……だからって、1回で長い時間、他の女の子と話はしてほしくないな?」
「善処する」
「じゃあ、今日は何人と話をしたの?」
「ゼロですね」
再度、彼女は無表情で俺を見つめる。
無言でスッとポケットから
「……7人ですね」
5箱追加される。
「……すみません、12人です」
ようやく彼女は微笑んだ。
俺はアイほど嘘が上手じゃないらしい。
「オーカがリードしてくれると嬉しいな」
「はいはい、分かりましたよ」
俺と彼女の顔は互いに至近距離となり、再度覚悟を決めて、彼女の要望に従うのだった。
【島津 桜華】
今作の主人公。今回のルール制定は恋人になるまで有効。ちなみに恋人関係になると大幅な内容変更が発生する。
【星野 アイ】
今作のヒロイン。転生者。軍師の助言を得て、合法的に主人公からキスする方向に仕向ける。ちなみに時間削減されて受け入れられるまでが某軍師の読み。