薩摩の子 作:キチガイの人
寒暖差にご注意を。
引導を渡しましょう。
「やっと傷塞がったわ。地獄だった」
『聞いてるこっちもね』
腹を刺されてから数週間経過して、ようやく自由に動くことが可能となった。若干跡が残ってしまったが、傷さえ治ればこっちのもの。ようやく気恥ずかしく気まずい拘束生活からオサラバできるのだ。
アイからもOKは貰った。
少々残念そうな顔をしていたのは気のせいだろう。そうに違いない。
「しっかし、本当に治療期間中の彼女の我は強かったなぁ。あれかな、アイもアイなりに成長してるってことかね」
『誕生日前に仕留めるつもりでは?(名推理)』
「そっち?(戦慄)」
咸の指摘に、俺は恐れ慄く。しかし、そちらの方が説得力があるので、俺はもしかしたら残り30日の期間すらないのかもしれないと震える。
これも全部撫子のせいだな。そう思っておこう。
いや、やっぱり徳川のせいにしておこう。アイツら絶対に許さねぇ。
「って、俺の話はどうでもいいのよ。おい、咸。なんかアイから面白い噂を耳にしたんだが? 女の子とLINEで大変盛り上がっているとか何とか」
『なにそれ僕知らない。詳しく』
『吐けや麒麟児』
『あなた方が思うようなことは何もないですよ。そもそもの話、星野さんの双子の件で知り合った方……と言えばいいでしょうか?』
咸曰く、アクア君とルビーさんの件を調べている最中、偶然にも知り合って何故か仲良くなったと。
どうやらあの双子、実の父親への復讐計画を企てていることが発覚したらしい。そこに思いつく彼らも凄いが、この胡散臭い麒麟児は、彼らの復讐を止めるために動いていると言う。俺らが雑兵切り捨てるのと、一般人が実の父親殺すのとじゃ訳が違うもんな。
『彼らの復讐も正当な感情です。本来なら我々に止める権利などない。……ですが、星野さんがそれを望むでしょうか? 桜華だって静観の予定ですからね』
「そうだな。正直、アレに俺から直々に動く価値はないと思ってる。そもそも俺と元旦那は赤の他人だ。わざわざ東京行って殺すくらいなら、まだアイに楽しい思いをさせた方が数千倍価値があると思うぜ。無論、この薩摩の地を踏むのであれば相応の対価は支払ってもらう。……アイ個人も恨んでりゃ、また徳川諸共滅ぼしたんだが」
──生前のアイを間接的に殺したのは元旦那である。
その事実を彼女に伝える。
最初、俺はその決定に猛反発した。元旦那が彼女を愛していなかったという点は100歩譲って、これ以上彼女に現実という名の刃でめった刺しにすることに何の意味がある? 知らないなら知らないで、それでいいじゃないかと。
しかし、他の馬鹿3人と人格破綻者は反論した。いくら可能性が低かろうと、元旦那がまた生まれ変わった彼女を手にかけることもあり得る。何も知らないアイを、何らかの手段で元旦那がかどわかす可能性もあるのだ。常に最悪は想定するべきであると。
それは俺の口から彼女に伝えた。
彼女は──そっか、と目を伏せた。
『……オーカ。強く抱きしめて。……もっと、もっと強く、壊れるくらいに、強く。……あーあ、私ってやっぱり愛されてなかったんだなぁ』
彼女は泣くことはなかったが、静観と言った俺も、この時ばかりは元旦那のクソ野郎を殺して
愛を渇望した少女には、さぞかし辛いだろう。
彼女が何したってんだよ。
最終的に彼女は恨むのではなく、ただただ悲しんだ。
なので、俺は彼女と楽しい思い出をたくさん作ろうと心に決めた。人生は長いようで短い。やりたくないことをやるほど暇じゃねぇんだ。
「……それはそれとして『星野アイ名義で元旦那宅に暑中見舞い発送(表示住所は島津家所有の廃村)』だけはやってみたい」
『怖い怖い怖い怖い。殺した元妻名義で暑中見舞い来るの怖いって』
『オイ、悪意に善意で返して発狂させる星野理論やめろ』
俺だったらその暑中見舞いに手を付けないわ。
補足だが、この案にアイは思いのほかノリノリだった。
「話がそれたな。で、咸のお相手さんは? 何をどう双子の件で彼女とお知り合いに?」
『……はぁ。彼女の名前は『黒川 あかね』さんです。役者の最高峰の集まる『劇団ララライ』に所属する天才ですよ』
『今ネットで調べた。ガワがコチラ』
『爆ぜろ
未来が爆速で調べて画像を共有する。
めっちゃ美人さんだった。
『僕も調べてびっくりした。役者としての評価も高いじゃん』
「この儚げな感じのおしとやかな女性感いいわなぁ。めっちゃ羨ましいです。とりあえず咸は紐無しバンジージャンプやってくんね?」
『ハハハッ、ところで彼女の名前と外見画像、そして今録音した桜華の感想を星野さんにお送りしたわけですが』
「ハハハッ、LINEの通知が鳴り止まん」
とりあえずLINEの通知を切る。
これで一時期は安心だ。ほんの一時期だが。
『……あァ、そうか。クソ旦那って、この劇団のOBか』
『そこに繋がるのね。どう? なんかアイちゃんの元旦那さんの面白い情報とか手に入った?』
「そもそも、劇団のOBのこと教えてもらえるくらいの関係なのか?」
『あー、そっかー』
俺の指摘に、未来が盲点だったと笑う。
仲が良くなったとしても、所詮は有名な劇団のエースと
他のルートも開拓しながらの交友なんだろう。
『顔も知らない友達にそんな秘密を暴露するわけじゃないですよ。これを見て下さい。プライバシーなことはモザイクかけてますが、彼女とのLINE履歴です』
彼が自分でソートしていくLINE履歴を眺める。
ふむふむ、いやー、何というか……ね?
『咸に聞きたいんだけどさ。これ付き合ってないってマジ?』
『ごく普通の友達とのLINEでしょう?』
『テメェも砂糖量産所の人間かよォ……』
俺とアイのLINE履歴みたいだった。
未来と兼定の脱力した様子を、意味が分からないと肩をすくめる咸。自覚がないって怖いな(他人事)。
『私の話はここまでです。まずは先の問題──島津夫妻の案件から解決するのが先でしょう?』
「俺にパスしてくんな」
『それもそうだね。咸の件も逃がすつもりないけど』
『二人纏めて地獄に落としてやるから覚悟しろよォ?』
彼のとは違い、俺は既に逃げられる状況じゃないから仕方ないんだろうけどさ。
まぁ、俺の『恋愛』への理解がない以上、コイツ等のアドバイスを参考に、何とか彼女の誕生日までにカタをつけなきゃいけない。
しかし、だ。
「いやもうホントマジで全然わからねぇよ。親愛の情と何が違うんだよ、恋愛ってのはよぉ。島津だから彼女を守るのは当たり前じゃん。いいじゃんそれで。何が悪いん?」
『悪いと申しますか、何と言いますか。……説明が難しいですね。親愛の情の上位互換と言いますか』
『分け隔てなく与えられる愛って、星野がアイドル時代にバラ撒いてたやつと何が違うってハナシ。ファンに贈るのと、特定個人に与えるものはちげェだろうが』
「一緒だと思うんだけどなぁ」
島津として彼女を
そのためなら命だって惜しくはない。
この感情の上位互換とは何だろうか?
『……ねぇ、桜華。一つ聞きたいんだけどさ』
「何だ? 何かわかったんか?」
未来は俺に世間話をするように語る。
ごく普通に。当り前に。俺の思考に、仮面に──
『島津として、彼女を守るのは当たり前なんだよね。彼女の幸せのため、新たな生を謳歌させるため、文字通り命を賭して守る覚悟があると』
「あぁ、もちろんだ」
『じゃあさ、桜華は自分が島津じゃなかったらアイちゃん守らないの?』
「──は?」
『島津として、何て建前は正直どうでもいいよ』
『桜華はなんで彼女を守るの?』
『桜華にとって彼女は何なの?』
『一個人として守りたいというのなら──それは『親愛』を超えた何かじゃないの?』
『桜華はさ、星野アイという少女を、個人的な感情で守りたいんじゃないの?』
『その感情は──
──恋愛って呼ぶんじゃないの?』
【島津 桜華】
主人公。ほら、はよ気づけ。
【星野 アイ】
ヒロイン。転生者。暑中見舞いは相手の好きなものを送ろう。そうしよう。
【税所 咸】
主人公の幼馴染。次章の贄。
【伊集院 兼定】
主人公の幼馴染。今作独自設定の『鹿児島はブラックコーヒー消費量日本一』の一翼を担う。
【種子島 未来】
主人公の幼馴染。最後の発言は姉の指示。