薩摩の子 作:キチガイの人
正直、アニメ1話で撃沈したから本編ほとんど見てないんだよなぁ。
「──前世の記憶があるって言ったら……君は信じる?」
何と答えるのがベスト何だろうか。
正直に言おう。
全然信じてない。
引きつった顔をしているのは、俺自身がよく分かってる。仕方ないだろう、いきなりオカルトチックなことを言われて、それ以上の何を言えばいいんだ。
ただ──先ほどの光景を見て、それを頭ごなしに否定するのはどうかと思った。
このタイミングで暴露するのだ。先ほどの発作も、その『前世の記憶』とやらが関係があるのだろう。ないとか言われたら泣く。
俺はゆっくり吟味しながら言葉を紡ぐ。
「一般常識で語るなら『信じない』だろうな。でも、信じる信じない以前に、実際にはそうなんだろ?」
「……てっきり信じないと思ったよ」
「あんなん見せられたらなぁ」
弄っていたスマホを机の上に放り出し、彼女に向き合う。
どんな前世の記憶が出てくるのやら。
結論から言おう。
俺は完全に舐めていた。
彼女には母親が居た。
彼女の母親は逮捕され、彼女は施設に入った。
母親は出所したが彼女を迎えに来ることはなかった。
彼女は『愛』を理解できなかった。
彼女は『嘘でも愛してると言えば、そのうち本当になるかもしれない』の言葉とともに、アイドルにスカウトされた。
彼女は『B小町』というアイドルグループのセンターとし大ブレイク。
彼女はアイドル活動中に双子を産む。
彼女は20歳の時、転居間もなくストーカーに刺殺され死亡。
「──それで、気が付いたら生まれ変わってた。そのあとは、米津君も知ってるんじゃないかな? 前世と同じ名前になるとは思わなかったけどね」
「………」
彼女は乾いたように笑う。
その笑みを見て、理解した。
理解して──頭の何かがプチっと音がした。
視界の景色がぐにゃりと歪み、頭が熱いと警報を鳴らす。歯を尋常じゃないレベルで嚙みしめた関係でガリッと音が鳴り、両手の握り拳が爪が食い込んで悲鳴を上げるのを無視する。
あぁ、俺は怒っているのだろう。
それも尋常じゃないくらいには。
俺の心の中の島津義弘公が叫ぶのだ。
前世の彼女の母を殺せと、ストーカー男の首をねじ切れと。いや──死してもなお転生させた挙句、児童虐待上等の腐れ家庭に放り投げた、このクソッタレな
そりゃ彼女も気分悪くなるわなぁ!? 自分の死因が目の前に転がってりゃ、フラッシュバックするのも無理ないわなぁ!? そりゃ怖いわなぁ!? そりゃ助けてほしいわなぁ!? あぁ!?
ふざけるな、彼女が何をしたってんだ。
いい加減にしろよ、
「米津君? どうしたの?」
「……いや、その、何だ。うん」
「え、なんで泣いて──」
そして、なんか泣けてきた。
やるせなさとか、自分の無力さとか。
この感情がエゴでしかないのは分かってる。彼女より辛い目にあってる人間なんざ、全世界に何万もいるんだろう。ただ彼女だけが不幸じゃないのは、分かってはいるんだ。
でも、それでも。
それでも、だ。
このボロボロ零れる涙が止まらないのだ。
それは、何て──
「──報われねぇなぁ」
思わず口に出た言葉がそれだった。
彼女からしてみれば、余計なお世話だったのかもしれないけどさ。
すっかり大丈夫?と言われる立場が逆転してしまった俺たちだが、とりあえず理性で取り繕えるレベルにまで回復した俺とアイは、前世の記憶を含めた世間話をすることにした。
カラオケ屋に居るということもあり、途中で彼女の歌も聞いた。
うん、歌がすごいというより、その仕草や立ち回りが凄かった。中学3年生がやるパフォーマンスを遥かに超えていたのだ。ここまで来れば、彼女の語る生前アイドルだった話も信憑性が増すものだ。
「ところで一つ質問なんだが、アクアとルビーってのは子供の名前か?」
「そうだよ。あれれ、もしかして口にしちゃってた?」
さすがは双子の母親と言うべきか。
この会話を持ち出した瞬間、彼女の目に光が戻ったのを俺は感じた。いや、正しくは『ここまで自然な笑みを浮かべているのを初めて見た』と言うべきか。俺と会話するときの仮面を取っ払い、目を輝かせて彼女は言葉を紡ぐのだ。
「──それでそれで! もう本当に可愛いの! いやー、やっぱり私の子だし? 当たり前なんだけど? 私のライブを前列で見てた時なんて、もう本当っっっっっっっっっに、最っっっっっっ高っっっっっっだったわ! しかもしかも! ものすごく頭までいいのっ! 例えばね──」
「………」
ごめん、押しちゃいけないスイッチを押したかもしんない。彼女は映画一本でも作れるんじゃないかってレベルで双子のキャワエピソードを延々と語り始めた。俺は彼女の同意に相槌を打ちながら、それでも彼女の話を根気よく聞いた。
この子煩悩アイドルを誰か止めてくれ。
会話中にソフトドリンクを頼んだが、来店時訝しげな顔してた店員さんが微笑ましいものを見る目で持ってきたんだぞ。もうココ来れないじゃん。
「星野さんがアクア君とルビーちゃんが大好きだってのはよーく伝わった」
「え? まだ十分の一も語ってないけど……」
「だから伝わってんだよ」
語り足りてはいないだろうが、それでも彼女は満足したようにジュースで喉を潤す。ノンストップで喋って、よくもまあ今まで飲まずに来れたものだ。これもアイドル経験の賜物なんだろうか。バラエティー番組とか出てたとか言ってた気がするし。
一息ついたとき、アイはポツリと零す。
「……でも、あの子たちは、怒ってるのかもね」
「そのココロは?」
「お母さんが居なくなって、私も悲しかったから。それに、ほら、両親が居ないってイジメの原因とかになることもあるじゃん? そうなってなきゃいいんだけどね……」
カランと彼女の飲むドリンクの氷が音を鳴らす。
「恨んで、ないかな? どうして私たちのお母さんは居ないんだって。どうして死んじゃったんだって」
「星野さん……」
「酷いお母さんだよね、私」
殺されたから仕方ないけどさ、といつものように笑う彼女。
だから俺は即答した。彼女に感傷的な時間を与えてはいけないと、本能で察してしまったからだ。
「それは絶対ない。断じてありえない。星野さんの子供たちが、星野さんを恨むなんざ死んでも有り得ない。あぁ、命だってかけてもいいぜ? 間違ってたら錦江湾の海水飲み干してやる」
「それは言い過ぎじゃない?」
「言い過ぎ? チップとしては足りないくらいさ」
彼女の心配は杞憂である。
俺はそう断言した。
彼女の子らは頭がいいといった。
それならば理解しているだろう。
死してもなお、子らの安否に胸を痛ませる彼女の愛というものを。十分に理解しているはずなのだ。
俺はそう力説した。
それに、だ。
「そうじゃないと、悲しいだろ」
俺の『彼女の子らは、彼女を恨んでいない』論の最たるものがその言葉である。
死後の心配など彼女がする必要はない。希望的観測に縋るのは俺の信条にはそぐわないが、こればっかりはその信条を投げ捨てるのだった。
「それなら、安心だね」
「なんせ俺の命まで賭けちゃったんだ。そうじゃないと困る」
「確かにね」
アハハっ、と彼女は笑う。
いつものではなく、子を自慢するときのように。
笑って、笑って、泣いて、笑った。
笑いながらぼろぼろと涙を流す彼女の肩を抱き寄せ、彼女が満足するまで傍に寄り添うのだった。
♦♦♦
カラオケ屋を出て、俺たちは横に並んで歩く。
俺の右腕に、彼女が左腕を絡めるようにして。
「──あ、そうだ。言い忘れてた」
「ん?」
「さすがに刺殺テロが今後起こることは低いだろうけど、その度に錯乱されても困るからな。これだけは言っておかなきゃならん」
俺は自分より背の低い彼女を見下ろし、その目を見た。昨日まで苦手であったが、今はそれほどでもない、その暗い瞳を。
「俺は島津で、君は俺の分家筋の人間だ。たとえ養子だろうが、んなこと関係ない。遠い親戚であろうが、血が繋がっていなかろうが、君がその姓を名乗る限り、君は島津の庇護下にある」
「つまり、だ。君が他殺を恐れる必要はない。君には幸せになる資格がある。権利がある」
「島津が──いや、俺がこの世に存在する限り、君の安全を保障しよう」
「君は自分を愛してほしかった、と言ったな? 嘘でも愛してると言えば、そのうち本当になるかもしれない、と言ったな?」
「嘘偽り大いに結構。だが、これだけは覚えておけ。君がどう思おうが、どう嘘つこうが、俺は君を
「悩んでいるんだったらいつでも言ってくれ。可能な限り助力する。助けてほしいときは俺を呼べ。離島に居ても駆けつけてやる。あぁ、余計なお世話だったいつでも言ってくれ。いつでもクーリングオフを受け付ける」
俺は宗家として、『庇護の愛』を伝えた。
それに彼女は「ありがとう」と頷くのだった。
その頬を朱に染めて。
『アンタ、アイちゃん口説き落としたそうだね。責任取って結婚しなさい。本人の了承済だから拒否権はないよ』
「母上、んな話聞いてないんですが」
『あと中学卒業したら、アイちゃんと同棲しなさい。星野夫婦には話は通しているし家も借りたからね。人生の墓場に行って来い。さっさと孫の顔見せろ。アイちゃん泣かしたら殺す』
「ドウシテ……ドウシテ……」
ちなみに彼女の外見はアニメそのままです。
【島津桜華】
親族の庇護の責務としての愛をアイに持つ。ただ責務別として、この危なっかしいアイを本心で守りたいと思っている。
【星野アイ】
自分に寄り添ってくれる。自分の話を信じてくれる。自分の子供への愛を肯定してくれる。自分を愛していると宣言する。役満じゃないですか。
次回、彼女視点です。