薩摩の子 作:キチガイの人
ヤンデレって難しいなぁ。
俺のアルバイトが最前線から内政補助に部署変更があった。
これはウチの恋人がウチの上司に「オーカが傷つくところが見たくないよー」と相談したところ、二つ返事で島津家の財政担当の下につくことになった。あんまり各所に迷惑をかけないでほしいのだが、あろうことか
彼女の義理の伯父は薩摩一アイに甘いのだ。
そんなわけで最後の最前線アルバイトも無事終
「「「………」」」
俺は心身ともに死んでいた。
軽自動車には運転手の他に、助手席に兼定、後部座席には俺と未来が、死んだ魚の方がまだ生気がありそうな目で、愛しの彼女が待つ家へと向かっていた。
正直に言おう。めっっっちゃ帰りたくない。
「……ねぇ、兼定」
「……なンだ、クソ未来」
「……アイちゃん、仕事前に言ってた台詞覚えてる?」
『最後だからってオーカが無茶しないように見ててね。怪我しないように守ってくれないかな?』
確かこんなことを言ってた気がする。
俺たちは「過保護じゃねーんだからよー」と笑ってた。
あの時はまだ。
「……とりあえず呼吸してたら怪我してない判定にならないかな?」
「星野にブッ殺されるぞ」
今回のアルバイトで俺が内地に引っ込むと知ったことで、今まで共に肩を並べていた
今まで欠陥品なりに、首狩りを行っていた俺だが、意外にも俺の離脱を心の底から寂しく思う人が多くいたのだ。それは老若男女問わず、本心としては性に合わない付き合いではあったが、それでも俺の存在をそれなりに認めてくれていたのだと思うと、少し嬉しく思う。
しかし、薩摩人は狂人の集まりであった。
『桜華殿の最後の舞台、派手に飾りましょうぞ!』(善意)
『こりゃあ嫁さんの為に、ドでかい手柄を持ち帰らなきゃなぁ!』(薩摩的善意)
『というわけで、桜華様の武、九州に轟かせましょう!』(圧倒的善意)
そして俺は『
立花さん強かった。さすが親父殿の好敵手だ。
「あの歴戦の化け物集団相手に、ネームドの首級3つで、立花のクソ野郎を引かせたンだ。普通に考えりゃ大戦果以外の何物でもねェわな。戦果だけ見れば」
「そうだね。……腹部に3つ、胸に1つの刺し傷、左腕骨折兼神経ズタズタって点を見ても、よくもまあその軽症で済んだって喜ぶべきなんだろうね。本当ならば」
むしろ2日間の集中治療で外に出られることを喜ぶべきだろう。薩摩人の身体の神秘である。
この大手柄は身内の間では噂になっており、俺の名声は
『最後だからって無茶しちゃダメだよ?』
『怪我せずに帰ってきてね』
『オーカが怪我するの、嫌だよ……』
俺は車の窓ガラスに反射する自分の姿を見る。
無事とは程遠く、頭からの出血もあり頭部に包帯を巻いている姿を、俺は光のない目で見つめる。
そしてスマホを開く。
LINEの通知がカンストしており、着信履歴が78回。
「──なぁ、兼定」
「なンだ、瀕死の怪我人」
俺は一抹の希望を以て口にする。
「この怪我、アロンアルファでくっつかねぇかな?」
「馬鹿言ってねェで初手で謝れ」
♦♦♦
「………」
「………」
家に戻るなり、有無を言わさず、そして謝罪すらさせてもらえず、俺はソファーに座らされていた。俺は頭を下げて彼女と視線が合わないように堪える。
対面に座る彼女は、腕と足を組み、俺を見据える。とんだ既視感だが、以前の比ではない威圧に、今回のアルバイトの功労者は行儀よく嵐が収まるのを待つしかなかった。もう怒ってるとかの次元の話じゃないだろうってレベルだ。
「………」
彼女は無言で立ち上がり、スタスタ歩いて俺の横に座る。
「オーカ」
「はい」
「傷は大丈夫?」
「大丈夫です」
俺の嘘に彼女はニコッと笑った。
華のような笑顔であり、俺はそれが不気味に映る。
「そっか。それは良かった」
「はい」
「それじゃ──作ろっか、赤ちゃん」
アイは流れるような動作で俺のベルトをガチャガチャ外そうとする。もう外そうとかではなく、壊そうって考えているんじゃと思うくらい、音を鳴らす。
俺は無意識に距離をとって逃げようとする。
彼女は可愛らしく首をかしげる。
そこで俺は初めて彼女の目を見た。どす黒く鈍く光る、星の瞳を。
「どうして逃げるの?」
「逆に何で逃げないと思ったんですか……?」
話の流れと、彼女の思考回路が理解できない。
しかし、俺の疑問に彼女はケラケラ嗤う。
「私も迂闊だなーって思ったよ。どれだけオーカが私を愛してくれるとしても、島津であることに変わりはないんだなって気づくべきだったんだよ。いつ死ぬか分からないんだから、もう結婚できる年齢とか考えてちゃ手遅れになる可能性もあるよね? それなら早めに赤ちゃん作らないと、オーカとの子供を愛せなくなっちゃうじゃん。私も馬鹿だよねー。だってそうでしょ? 私とオーカは実質夫婦なんだよ。なら子供作っても問題ないじゃん。私何か間違ってる? 間違ってるなら何か言って。言って」
「アイ、いったん落ち着こう」
「あはは! 私は落ち着いてるよ? だってオーカの帰りを、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと待ってたんだから! ねぇ、どうしてLINE見てくれなかったの? どうして電話に出てくれなかったの? 私寂しかったよ? でもオーカの帰りを待つのがお嫁さんの仕事だから、ちゃんと家事もしてたんだよ? 元々子持ちだったからね。それぐらいならできるよ? どうして褒めてくれないの? ねぇ、どうして? ねぇ、ねぇ、ねぇ、どうしてどうしてどうして?」
「いや、アイはよく頑張ったと思うよ」
「ありがとう! だったら、もちろんご褒美もくれるよね? 本当ならオーカが2日前に無事に帰ってきてくれるのがご褒美だったんだけどね。でもオーカは約束を破る人だから。前よりもボロボロで帰ってくる酷い人だから。きっと次は、もっと、もーっと傷ついて帰ってくるから。あはは、オーカはどうして逃げるのかなぁ? 私、オーカともっと愛し合いたいだけだよ? もう学校も辞めようかな。オーカの赤ちゃん産んで、正式に結婚して、私とオーカとアクアとルビーと、新しい赤ちゃんの5人で、楽しく楽しく、暮らすんだぁ。あはは、楽しみだね! そうでしょ? ねぇ?」
黒い感情を垂れ流すアイに、俺は目を細めて大きくため息をついた。
この2日間、俺は意識がなかったので彼女の呼びかけに応えることができなかった。それも相まって、今のアイは精神的にいっぱいいっぱいなんだろう。とにかく自分の嘘を言葉として口に出さなければ、自分というものを保てないくらいには。
俺に言いたい言葉はそれじゃないはずなのだ。
俺は虚ろな瞳で言葉を重ねるアイの肩を掴む。
そして、いつものように彼女の目を見て話をする。視線を決して外したりはしない。
「アイ、今回の件は全面的に俺が悪い。言いたいことがあるなら言ってくれ。君がどんな罵倒をぶつけようが、俺自身は君を嫌いになどならない」
「………」
彼女はようやく俺を
俺の知る、その綺麗な瞳で。
「……オーカの左手、全然握力ないね。いつもは優しく、力いっぱい触れてくれるのに」
「そうだな。ぶっちゃけ左腕そのものが使い物にならん」
「そうなんだ」
彼女は大きく息を吸い込む。
そして、
「お゛ぉがぁのばがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
アイの渾身の絶叫と共に、彼女は俺の胸に飛び込んできた。多分反動で身体の傷4箇所の傷口が開いたが、もう仕方がないとしか言いようがない。
胸に顔を埋め、ポカポカ俺を叩く。
「死んだら嫌だって言ったもん! 私ちゃんと言ったもん! 約束守ってよ! 私を置いていかないでよ! 私を一人にしないでよ!」
「これで最後だから、どうか安心して欲しい」
「私決めたから! オーカが危ないところに行くときは、私もいっしょに行くから! オーカが死んだら、私も死ぬから! だから! 自分を大切にして! お願いだからぁ!」
俺は彼女の叫びを甘んじて受ける。
この叫びに、嘘は一片も混じっていなかったのだから。
『出席をとるぞー。──ん? 星野は?』
『山田センセー。星野さんは2組に駐屯してまーす』
『……星野は出席っと』
【島津 桜華】
主人公。最後のバイトでやらかす。ちなみに「アイツん所に帰るんだから死ねるかよぉっ!」とか言って、左手犠牲にしても命だけは守った模様。
【星野 アイ】
ヒロイン。転生者。若干ヤンデレ化する。ゆりかごから墓場まで、内外問わず主人公の世話をし始める。学校から『実質1年2組』と言われており、それ以外は特に問題なく、2組の授業も聞いているので、山田先生は胃を押さえてスルーしてる。
【島津 家正】
島津家当主。今回の事の顛末を聞いて泡を吹いて倒れた。