薩摩の子 作:キチガイの人
けど、この話だけは何としても入れたかった部分でした。いやー、満足。血反吐吐きながら1巻を見返した甲斐がありました。
補足ですが、この話は後の布石でもあります。
鹿児島県は変な形をしている。いや、じゃあマトモな形をしている県って何って話なんだが、どう見ても
んな変な形をしているもんだから、鹿児島県とは他の県に比べ、海岸線が長いと思われる。個人の主観である。
なので釣りスポットというのは探せばあるのだ。
俺は港に足を運んでいた。
コンクリートで固められた足場を散策し、灯台付近で釣りが出来そうな場所を探していると、一人の男性が釣りをしているのが見えた。
親父殿くらいの年齢だろうか?
茶髪とちょび髭、黒いサングラスをかけた怪しそうな人物である。それでも俺は彼に近づく。
「──隣、お邪魔してもいいですか?」
「勝手にしろ」
ぶっきらぼうに言い放つ男性と少し距離を開けて、俺は腰を下ろす。
そして、素人釣り師は人生初の釣りにチャレンジするのだった。一応、ネットとかで調べてはみたが、果たしてうまくいくのだろうか?
──1時間後──
「ぜ、全然釣れねぇ……」
俺は海に釣り糸を垂らすオブジェと化していた。
馬鹿な、ここはそこそこ穴場な釣りスポットって聞いてたはずだぞ。なぜ釣れないんだ。心当たりが多すぎて、何を改善すればいいのか想像がつかん。
あまりにもの悲惨な姿に、隣りの男性も口をはさむ。
「お前、釣りは初めてか?」
「えぇ、そうですね。釣りを楽しむというより、療養で来たようなものですから」
俺は負傷した左腕をプラプラさせる。
腹部の傷は比較的目立たない場所ではあるからいいとして、俺の左腕は肩から下が刺し傷、縫い目のオンパレードだった。ところどころに包帯すら巻かれている。
島津の息のかかった病院での集中治療だったが、それでもめった刺しにされた腕というのは、そう簡単に外観が治るわけでもないのだろう。ある程度回復する見込みがあるのが奇跡とすら言われた程だ。
「……その傷、転んだ程度じゃそうはならねぇだろ。何やった?」
「えぇ、少々事件に巻き込まれまして。危うく
刺殺される。
その単語を口にしたとき、男性は露骨に眉をひそめた。まるで、その単語がタブーだと言いたげな表情だった。俺はそれをスルーするが。
「おい、坊主。年齢は?」
「まだ15です」
「そうか。……あんまり、あぶねぇことに首突っ込むんじゃねぇぞ。心配する親の身にもなれ」
「ご忠告痛み入ります。俺だって好き好んで刺される趣味はありません。そのせいで、彼女に泣きながら怒られたぐらいですから」
男性は鼻を鳴らした。
「当たり前だ。怒られただけありがたいと思え」
「仰る通りですね。……そのあと暴走して、いつ死ぬか分からないじゃんとか言いながら犯されそうになりましたが。もう少しで、この年で父親になるところでしたよ」
「……はぁ。若い奴は揃いも揃って……」
まるで身に覚えがあると言いたげな口調だった。
俺はその話題を少し掘り下げる。
「……もしかして、前例が?」
「いや、そのだな……」
男性は頭をかきながら、ちらりと俺を見る。
そして、まぁいいか、と語り始めた。
「俺は昔、事務所の社長をやっていた」
「年寄りの思い出補正ですか?」
「嘘じゃねぇ。本当の話だ。そこで、まぁ、アイドルを育てていた」
……育てるのはちょっと違うか?と、男性は懐かしそうに語り始める。
そこにはもうない面影を、まるで昨日の話のように語りながら。サングラスのせいで目までは見えないが、そこには懐古と後悔が映っているような口ぶりではあった。
「そのアイドルの一人がな、15の時に妊娠しやがったんだ」
「え、それ普通に荒れません?」
「もちろん表に出れば全てが終わる。文字通りな。それでも──あろうことか、アイツは産むって聞かなくてな。まぁ、俺も最後には折れたが。子供を出産したんだ」
「……いやぁ、何ともまぁ」
俺はそれ以上の言葉が口から出なかった。
だろ?と男性は共感を求めるように、話の続きを語る。
「あの時は本当に肝が冷えた。子供の存在を隠しながら、アイドル活動を続けるって言って、本当にそれを両立させていたんだ。……少し抜けてるとこもあったから、番組とかで口滑らしてたが」
「失礼なことを言いますが、控えめに言ってアホなのでは?」
「俺もそう思ったよ、コイツ隠す気あんのかって。それでバレなかったのが奇跡だった」
そこまで話を聞いて、俺は首を傾げた。
「……うん? でも16歳で子供産んで、一時期アイドル活動を続けていたってことですよね? でもそんな話聞いたことないですよ。もしかして、まだバレてないとかですか? そのアイドルさんってまだ活動続けてますか?」
「死んだよ」
「……えっ」
彼は突き放すように吐き捨てた。
その嫌悪感は誰に向いているのだろうか。アイドルだろうか。それとも──自分自身か?
「そいつはドーム公演が決定してたんだが、その直前に殺された。ファンに腹刺されて、な」
「………」
「あの時ほど後悔したことはねぇ。今でもアイツの葬式が脳裏に浮かぶんだ。俺が、あの時、俺が……」
どれほどの後悔を抱え込んだ「俺が」なのか。男性はいつの間にかこぶしを震わせていた。
言葉は後悔が滲み出ていたが、次に出た言葉には憎悪が含まれていた。
「実行犯は自殺した。だが、あの事件には共犯者がいたはずなんだ。俺はアイツを殺した奴を絶対に許さねぇ。何年かかるか分からんが、必ず、この手で……」
「復讐、ですか」
俺は無感情に言葉を紡ぐ。
彼の見えない位置でスマホを取り出し、LINEに文字を打ち込みながら。
「月並みな言葉ですが、そのアイドルさんは今のあなたを見て何を思うでしょうか? 死んだ彼女は、復讐を望んでいるのでしょうか? 俺はそうは思いません」
「ガキに何が分かる。確かにアイツはもうどこにもいない。復讐したところで、死んだ人間が生き返るわけじゃない? はっ、そんなの分かってる。でもな、俺自身が許せねぇんだ。アイツを殺した奴が、まだ生きてるって事実にな」
「……まぁ、そうなりますよね。すみません、今の俺の発言は想像以上に薄っぺらでした。言ってる自分が一番ビックリしたぐらいですよ」
俺の言葉に彼を止める力は皆無だった。いや、そもそも止める行為自体が無粋と言わざるを得ないだろう。彼の行動理念はただ2つ、彼女を殺した犯人への憎悪と、彼女を守ることのできなかった自分の無力さへの罰だ。
彼の気持ちは十分理解できる。
だが──俺は知っているのだ。
「復讐自体はご自由に、としか言えません。でも、自分を必要以上に責めるのは、彼女も望んでいないはずです」
「確かにそういう性格じゃねぇだろうな。だが、恨んではいるだろ。俺がアイツをスカウトしなきゃ、そもそも殺されることはなかったんだからな」
「……俺にはこれが限界ですね。俺の言葉じゃ響かない、そうでしょう? ──
俺は無意味な釣りをしながら、彼の名前を口にする。
男性──苺プロダクションの斎藤社長は立ち上がり、俺を睨みつけた。
「お前、最初から──」
「俺にはあなたを説得する力はない。あなたを赦す言葉を吐くことはできない。それなら──本人に任せるのが一番だと思いませんか?」
「は?」
俺は「何言ってんだコイツ」と言いたげな社長に、スマホを振りながら微笑む。
ちなみにスマホの画面にはLINEの履歴が映っており、最後は相手側からの『今着いたよー』の返信で終わっている。
「そうだろ? アイ」
「──久しぶりだね、
彼はその声に反射的に振り返った。
後ろには、俺の最愛の人がいた。……いや、待って。何で普段着なの? その『アイドルセカンドシーズン』のTシャツは今の場面に似合わんだろ。
格好はしまりがないのは認めよう。
しかし、今の彼には彼女がどう映っているだろうか?
彼が知る姿よりも若干幼いか。それでも、彼がかつて十数年前に失い、もう二度と出会うことがないと思われていた一番星が、穏やかな笑みを浮かべながら立っているのだ。アメジストのネックレスが、沈みかかった夕日で紫に輝く。
斎藤社長は唖然としながら、一歩一歩前に進む。彼女に向かって。
「……あ……い……なの……か……?」
「ごめんね、大事なライブの前に死んじゃって。たっくさん、迷惑かけちゃったよね」
私、生まれ変わったんだ、と少女は笑う。
斎藤社長は会話中も前に進み、その手は彼女の肩に触れた。それが生きている証だと、彼女が幻影でも自分の想像でもなく、ましてや後悔からの幻でもないと語りかけるように。
いまだにサングラスで彼の目は見えない。けれども、頬には涙の軌跡が道を作っていた。
「私も後悔してたんだ。何も言えずに死んじゃったからさ」
「アイ……俺は、俺がっ……」
「だから今なら言えるよ。──佐藤社長、私、アイドルやれて幸せだった。社長の事、これっぽっちも恨んでないからね? 私をスカウトしてくれて、見守ってくれて、ありがとう」
嘘じゃないからね?と、少女は目に涙を浮かべながら、彼を赦す。
かつてすべてを失った男は、その言葉に耐えることができなかったんだろう。非業の死を遂げたアイドルの生まれ変わりを、力いっぱい抱きしめた。
「俺、はっ、斎藤だって、何度も言っただろ……! こんのっ、クソアイドルがぁっ……!」
「あはは、そうだったね!」
男は恥も外聞も捨てて、喉の奥から吠えるように泣いた。その復讐心が消えることはないのかもしれないが、自分を責め続ける日々が終わりを告げたのは、俺から見ても明らかだった。
少女も笑いながら泣く。生前の自分を拾い上げ、文字通り一蓮托生でアイドル人生を共に駆け抜けた恩人に、生前に伝えることのできなかった感謝の言葉を、十数年の時を超えて、ようやく伝えることができたのだから。
俺は少し離れて、二人の姿を眺める。
最愛の少女の、生前の心残りが一つ消えたのだ。今この時ばかりは、彼女を転生させた
【島津 桜華】
主人公。斎藤社長が鹿児島に来るよう仕向け、彼が居ることも知ったうえで接触する。ちなみに裏では、一人で釣りに行くシナリオで、恋人と壮絶な喧嘩をしていた。「演出上必要だから社長さんと二人きりになるだけだって! 危ないことはないって!」「オーカは怪我人だから最初から私も付き添う!」「お前、計画ちゃんと聞いてた!?」
【星野 アイ】
ヒロイン。転生者。生前の無念を一つ晴らす。本話後、主人公を彼氏として紹介し、社長を呆れさせる。
【
生前のヒロインが所属していた苺プロダクションの元社長。ヒロインの死後に疾走していたが、見事薩摩のキチガイ共に釣られる。今回の件で、重荷を少しは下ろせた様子。島津が紡ぐ『双子釣り野伏計画』のキーパーソン。