薩摩の子   作:キチガイの人

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 シリアスほのぼの回です。
 次回が序章最終回です。


 余談ですが、この作品は『バッドエンド』です。
 今のところ主要キャラはアイだけですが、他の面々も薩摩に逃げ込みます。正直に言って、それらの面々の消失は原作の芸能界にとって損失以外の何物でもありません。原作通りであれば、輝かしい舞台での栄誉もあったはずです。今作ではそれらが一切ないです。本作では『狂った地での安寧(日常)』が繰り広げられます。
 ……まぁ、バッドエンドだからって、彼ら彼女ら自身が不幸とは限りませんが。


036.この奇跡のような日常で

 私の最愛の人と同棲して数ヶ月が経過した。

 彼と幾度の夜を迎えたことだろうか。

 それでも──寝起きの、この瞬間はいつも嫌いだ。

 

 

「………」

 

 

 目をこすり、意識が覚醒した私の朝一番にすることは、彼の姿を探すこと。

 周囲を見渡し、彼が隣に寝ていることを確認して、今日も代り映えのない幸せな一日が始まるのだと安堵する。

 

 私は転生者だ。

 一度目の人生を終え、なぜか二度目の人生を、何の理由もなく与えられた存在。

 この幸せな日常が、いつまでも続く保証がない。それこそ──この最愛の彼が隣にいる日常が、生前の私が死ぬまでの夢である可能性もある。ふとした拍子で、この自分の意識のみが消える可能性も否定できない。

 死んだことがあるこそ、私はそのすべてを幻として失うかもしれない瞬間が、恐ろしい。

 

 

「zzz……」

 

「……オーカ、おはよ」

 

 

 いまだに寝ていて意識のない彼の唇に、自分の唇を重ねる。

 今日は休日だ。昼からオーカ、みっちゃん、ミク君、タネサダ君とカラオケに行く約束をしているが、それまでは彼をいっぱい愛することができる。

 

 彼は私と恋人関係になったとき、今までと変わらないじゃんと口にした。

 けど、私は違った。オーカが告白してくれたあの日、私は感情を抑えることができなかった。

 

 どれだけ彼の気を引く行動をとっても、どれだけ唇を重ねようと、どれだけ彼を愛したいと願っても。そこには私自らが線引きをしてしまうのだ。私が彼を愛していても、彼が私を愛し続ける必要はないのだと、もう一人の自分が囁く。

 本当の私は、嫉妬深く、少しのことで激しく動揺し、そんな醜い自分を愛してほしいと願う図々しい女で、でも自分の本当の姿を見せたくないから嘘で誤魔化す、かなり面倒な女。

 そんな女が、この太陽のように心優しき少年の隣に立つ資格はあるのか。

 この疑念でさえも嘘で隠し、今まで彼と歩んできた。

 

 拒絶されるのが怖かった。

 嫌われるのが怖かった。

 生前の母親(お母さん)と同じように、捨てられるのが、怖かった。

 

 生前は完璧を演じた。嘘で嘘を重ね、強い自分を魅せた。魅せることができた。

 しかし、今世の彼は嘘を許さなかった。彼のその黒い『目』の前では、私を偽ることすら許さなかった。この醜い自分を曝け出し、嘘か本当かもわからない言葉で、彼に愛を囁き続けるしかなかった。

 

 

「……んっ、オーカ……オーカぁ……」

 

 

 ぺちゃぺちゃ音を立てながら、唇を舐め、(ついば)み、舌を絡め、唾液で濡らす。彼という存在を味わうために、彼に自分をマーキングするために、彼を愛するために。私を選んでくれた彼を、誰にも取られないように。彼は私ので、私は彼のモノだから。

 マーキングという意味でなら、彼に私の痕跡を刻みたい。歯形とかも考えたが、彼はそんなことをしなくても傷だらけ。これ以上彼に痛い思いをしてほしくない。

 

 

『──は? なんでアイを選んだのかって?』

 

『こんな外見がいいだけの、嘘だらけの女って、普通に考えて面倒だと思うんだよね』

 

『確かに』

 

『……そこは否定してほしかったなー』

 

 

 告白から数日後。

 私を選んでくれた理由を彼に聞いたことがある。

 

 

『……何でアイを選んだのか、かぁ。確かになぁ。何でアイを選んだんだろ? 俺も分からん』

 

『………』

 

『多分、未来の言った通りなんだろうな。この感情、理屈じゃねぇんだよ。言葉にしづらいな。魂が、アイじゃなきゃダメだって叫ぶんよ。きっと、俺の隣にいてほしいのは、お前なんだ』

 

 

 そして彼は微笑む。

 私の大好きな、あの優しい笑顔で。

 

 

『これからきっと、アイの美しいところ、醜いところ、様々なお前を知るんだろうな。時には笑って、時には泣いて、時には喧嘩をして、そして仲直りして、アイという不完全な女の子を、もっと好きになるんだろうなってのは思う』

 

『……失望されたりしちゃわないかな?』

 

『失望ってのは、過度な期待しているから起こるもんだ。価値観の押し付けは、俺の趣味じゃないぜ』

 

 

 同時に私は理解した。

 私が彼を好きな理由は、ただ彼の愛が私を満たしてくれるだけじゃない。彼は、私の本当の在り方を、愛してくれるからなんだって。

 

 

「……ちょっといいか?」

 

 

 ふと我に返ると、私をジト目で見る彼がいた。

 

 

「オーカ、おはよう」

 

「……おう、おはよう」

 

 

 彼が完全に起きてしまった。

 意識のある状態だと、彼の許可がないとキス(愛すること)ができない。

 

 

「もっとキスしよ?」

 

「まだやるんすか?」

 

 

 それでも渋々了承する彼が大好きだ。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 あの頃は満員の観客の前で歌っていた。

 そして──今の観客は4名。

 

 どうすれば相手を魅了できるのか。何をすれば彼ら(ファン)が喜ぶのか。いくら一度死のうとも、身体が、声が、呼吸が、息が、1ミリ単位のズレすら許すことなく、完璧なアイドルを演じることができる。

 加えて、今の自分には愛する彼がいる。今私の歌う『恋愛』をテーマにした歌に、自分の感情を重ねることで、私のステージはより完成度が増す。

 

 4分ちょっとの歌が終わり、私は癖で頭を下げた。

 今までで一番緊張したかもしれない。

 

 

「「「「………」」」」

 

 

 だからさ、感想が欲しいな?

 唖然としてたら、ちゃんとできてたのか心配になる。遅れて拍手の音が響くので、とりあえず満足はしてもらえたみたい。

 

 

「さすが……としか感想が出ないですね。自分の語彙力の消失に驚いてますよ」

 

「オヤジの演武見てた気分だぜ。つかそれ以上だわ。最適化された踊りってのは、ここまで人を魅了すンだな。正直、舐めてた」

 

「これ当主殿が知ったら卒倒するソレだよね。そりゃファンにもなるよ、これは」

 

 

 肝心の愛しい彼は無言だった。

 彼の感想が一番大事なのに。

 

 

「どうだった? 君のためのライブだったんだけどなぁ」

 

「……いや、あぁ、凄かった。ごめん、これ以上相応しい言葉が見つからない」

 

 

 もっと褒めてくれると思ったんだけどね。

 感動してくれているから良しとしよう。

 

 彼の感想が聞けたタイミングで、採点システムが作動していたことを思い出す。

 一切の接待が存在しない、プロ御用達の辛口採点。

 

 

 

 

 

『82.4点』

 

 

 

 

 

 ……まぁ、そうなるよね。

 自分の歌唱力というものを過信してない。

 妥当な点数と言ったところかな。

 

 お疲れ様という言葉を浴びながら、自分の定位置(オーカの隣)に座る。喉にキンキンに冷えた麦茶を流し込む。

 

 

「次は……桜華行ってみます?」

 

「いっつも俺だよな。下手な順とかじゃない?」

 

 

 オーカはため息をつきながらマイクを手に取る。

 他の面々はヤジを飛ばしているが、私としては内心すごくワクワクしている。最愛の彼の歌声を聞くのは、これが初めてだったから。

 彼は事あるごとに、自分は歌が上手ではないと口にしていた。それでも──彼の歌というものを聞いてみたい。彼の歌声を、五感で楽しみたい。しかも、彼の選曲したのは最近の恋愛ソングだ。彼の口から愛しているという言葉が聞けるのは最高だと思う。

 

 たとえ、下手だったとしても気にしない。

 大事なのは彼が歌うことそのものに──

 

 

 

 

 

「~♪ ~♪♪」

 

「──えっ?」

 

 

 

 

 

 思わず声が出てしまった。

 彼の歌声が響き渡る。男性の声帯を最高の状態で酷使し、音程は決して乱れることはなく、多少のアレンジを加えながらも崩れず、感情を最大限込めて美声を奏でる。

 私がパフォーマンスで魅せるのに対し、彼は声色で魅せている。これで下手などと評価したら、芸能界を歌で売って食っている面々が発狂してしまう。そのくらい、プロ顔負けの歌唱力を披露していることに、オーカ自身は気づいているのかな?

 多分気づいていないと思う。

 

 やがて歌が終わり、私の拍手だけがボックスに響く。

 他3人は苦い顔をしていた。

 

 

「最後、ツメ甘かったなァ?」

 

「そうだな、最後やらかしたわ」

 

 

 

 

 

『96.8点』

 

 

 

 

 

「そして点数に現れるわけだねー」

 

「はぁ、やっぱり歌は苦手だわ」

 

 

 

 

 

 

『97.7点』(みっちゃん)

 

『98.9点』(タネサダ君)

 

『98.6点』(ミク君)

 

 

 

 

 

「はい、オレの勝ち。何で負けたのか明日までに考えときな」

 

「はー、クソ。絶対次は超えてやるからな覚悟しとけよ?」

 

「最下位は免れましたが、下から数えた方が早いのは屈辱的ですね。精進せねば」

 

「0.3詰めるとしたらどこかなぁ? サビ甘かったかもしれない。アイちゃん、そこのマイク貸して。もう一回やってみる」

 

 

 拝啓、アクア、ルビー。

 お母さん、心が折れそうです。

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。歌は下手と口にするが、そこに『4人の中では』という枕詞がつく。基本的に薩摩のキチガイ4人組は何かと全力で競い合うので、ジャンルによっては玄人顔負けの(わざ)を見せる。歌に関しても仲間内でしか披露しないので、標準の歌唱力を知らない。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。歌はやや平凡。しかし生前の努力とカリスマ性で他者を魅了する。他4人からして『歌一本の自分たちと、歌以外の土俵で無双する彼女とは、競う方向性が違う』という認識なので、4人組の間で起こるような煽り合いの対象にならない。が、その関係が彼女にとっては羨ましく思うことも……?
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