薩摩の子   作:キチガイの人

4 / 127
星野アイ視点の出会いの物語です。
あと平日の更新速度は落ちます。しゃーない、仕事や。


004.そして彼女は恋に落ちる

 私は生まれ変わった。

 同時に、嘘をつき過ぎた私への罰なんだと思った。

 

 

『この馬鹿は金の無駄だ』

 

『こんなの産まなきゃよかった』

 

『邪魔なんだよ』

 

 

 生前よりも酷い環境で生まれた私は、やっぱり両親からも愛されることはなかった。もし生まれ変わったら、賑やかで楽しい家族の一員になれるんじゃないか?という、生前の私の心の奥底に眠っていた密かな願望は、あっけなく崩れ去ってしまった。

 近所の人も、学校の人も、両親の素行により私に近づくことすらしなかった。

 誰も──私を助けてはくれなかった。

 

 愛する方法がわからない私でも。

 そんな私でも、少しは──少しは、愛してほしかっただけなのに。こちらも愛する努力はするはずなのに、その機会すら与えてもらえなかった。

 

 愛を求めることはそんなにいけないことなの?

 私は死んでも誰にも愛されないの?

 

 だから、私は。

 

 

「これからは私のことを『お母さん』って呼んでいいからね? 何かあったら私や夫に言ってちょうだい」

 

「はい──お母さん」

 

 

 だから、私は。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 そんなときに、私は彼に会った。

 

 

「──っ。あー、うん。自己紹介からだよなぁ。俺は島津桜華だ。上でも下でも好きな名前で呼んでくれ」

 

「──星野アイです。よろしくね」

 

 

 不思議なものを見る目、それが彼の第一印象だった。

 黒目黒髪、日本人ではごく普通の容姿であり、それでも整った顔立ちをしていた。身長も同学年の男子の平均値と呼べるような高さであり、特筆するべき点は何もない。

 

 ごく普通の少年。

 それなのに。

 

 私は彼のことが苦手だった。

 

 

「……なんか、俺は君に悪いことでもしたか?」

 

「全然そんなことないよー。急にどうしたの?」

 

「いや、なんか、こう……本当に主観的で悪いんだけどさ。俺の知人に似てるんだわ。()()()()()()()()()()()?」

 

「……っ!?」

 

 

 これだ、この彼の目だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私が癖で無意識に吐いた嘘すらも、その嘘を口にするたびに目を細めるのだ。

 分かってるんだぞ。そう言いたげに。

 

 ただ、彼の指摘はその時だけだった。

 確かに嘘を吐くたびに目を細めるが、それ以上のことは何も言わなかった。咎めることもなかった。

 

 

「どうして米津君には分かっちゃうのかなぁ」

 

「島津な。うーん、こればっかりはもう体質のようなもんだから仕方ないやろ」

 

「ん?」

 

「知人の言葉を借りるなら、『人の言動にはそれ相応の理由がある』だ。たぶんだけど、星野さんって他者との適切な距離感を置くために、無意識に嘘をついてない? 自分がこれ以上傷つかないように……いや、違うな。()()()()()()()()()()()()()()()()()かな?」

 

 

 まぁ、一族柄そういうのには敏感なんだよ。人や状況見定める目がなきゃ、今の(島津)はここにいないしね。

 彼はそう語った。

 生前の芸能界でもそんなことを指摘する人は稀だったから、それを中学生の少年に指摘されるなんて思わなかった。私の心がその時酷く動揺したのを今でも覚えている。

 

 そして彼は私に優しく笑いかけた。

 「まぁ、悪意や自分への被害がなければ、正直嘘なんざどうでもいいんだけど」と。

 

 それ以降も彼とは度々会うことになる。

 私は嘘を重ね、彼はそれを許容する関係に。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 そんな彼との関係に転機が訪れたのは、中学卒業を意識し始める時期だった。もちろん空っぽな私に進学希望先はなかった。とりあえず今の両親に負担をかけない高校に行くつもりだった。

 最初は中学卒業からの就職も考えていたが、高校進学は両親の意向によりかなり勧められた。頭のいい学校を出てほしい……という感じではなかった。詳しく聞くと、鹿児島県という土地柄上、高校卒業はかなり重要な指標らしい。普通だったら『どこ大学出身?』と聞かれるが、鹿児島では『どこ高校出身』かを聞いてくる企業が多いらしい。

 少なくとも、それが答えられないと就活は絶望的なのだとか。

 

 彼はどこの高校に行くんだろうか。

 今度聞いてみよう。

 

 そんな気持ちで彼と中央駅で散策する機会があった。

 

 

 

 

 

「──あぁ、テロか。候補者が腹刺されたらしいぜ」

 

 

 

 

 

 殺人未遂の事件が起こったのだ。後で調べてみたが、幸いにも死者は居なかったらしいけど。

 それでも、腹部の刺殺という言葉に、私は生前の記憶が溢れて止まることはなかった。

 

 フード姿の青年からのナイフ。

 溢れ出る血。

 鈍くなる思考。

 駆け寄ってくる子供たち。

 流れ出る血。

 腹部を抑えた手は真っ赤。

 暗くなる視界。

 怖い。

 救急車を呼ぶ声。

 助けて。

 痛い。

 伝えたい言葉。

 まだまだやりたいことが。

 流れる涙。

 子供たちを残していく後悔。

 痛い。

 痛い。

 怖い。

 嫌だ。

 助けて。

 

「おい、おい! しっかりしろ。大丈夫か」

 

 誰か。

 助けて。

 お願い。

 お願いします。

 

「大丈夫。大丈夫だから。大丈夫」

 

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 

「大丈夫、俺はここにいるから。謝らなくていいから」

 

 暗い。

 怖い。

 何も見えない。

 嫌だ。

 

「大丈夫、大丈夫だから。俺が一緒にいるから。大丈夫だから」

 

 

 彼はそんな私に寄り添ってくれた。

 抱きしめてくれた。

 人々の目も顧みず、彼は私を静かな場所に移動してくれた。 

 

 暗くて、怖くて、寂しくて。それでも彼の胸の中にいると、少しは安心できて。それでもお腹がズキズキ痛くて。彼は私を強く抱きしめて、肩を叩いたり、頭をなでたりしてくれた。

 死にそうだった。彼が守ってくれなかったら、もしかしたら、本当に死んじゃうんじゃないかって思った。

 

 そこから幾分か落ち着いた私は、彼に話をした。

 もう私の心はぐちゃぐちゃだったのだ。何が良いのか、何て誤魔化せばいいのか、普段ついている嘘が全然言葉に出てこないので、私は思わず話をしてしまったのだ。

 前の両親にも、そして今の両親にも、誰にも言ったことがない、私の最大の秘密。

 

 自分が生まれ変わったことを。

 生まれる前の、『星野アイ』の記憶を。

 

 

 

「………」

 

 

 

 それを静かに聞いていた少年は。

 語り終わった私が声をかけることを躊躇するくらいには、怒っていた。

 

 彼の目は黒く深く、濁っていた。私が何か間違ったことを言ってしまったと思ったが、そうじゃなかった。そんな生易しい怒りではなかったと思う。

 瞳孔が開き、口からギリっと音がして、貧乏揺すりをする彼に、私は声をかけることができなかった。

 

 そして、急にボロボロと泣き始めたのだ。

 その瞳を黒く光らせながら、涙を拭おうとはせず、ただひたすらに涙を流す。

 

 なぜ泣いているのか。

 私は彼に聞いた。

 

 

「──報われねぇなぁ」

 

 

 彼はそうとだけ口にした。

 彼は私のために涙を流した。

 

 あれ?

 私のために

 誰かが泣いてくれたことなんて

 あった

 かな?

 

 それからも、私は彼と話をした。

 たくさん、たっくさん、話をした。

 

 

『星野さんがアクア君とルビーちゃんが大好きだってのはよーく伝わった』

 

『それは絶対ない。断じてありえない。星野さんの子供たちが、星野さんを恨むなんざ死んでも有り得ない。あぁ、命だってかけてもいいぜ? 間違ってたら錦江湾の海水飲み干してやる』

 

 

 彼は私の、子供たちへの愛を、本物であると言ってくれた。

 

 

『島津が──いや、俺がこの世に存在する限り、君の安全を保障しよう』

 

『嘘偽り大いに結構。だが、これだけは覚えておけ。君がどう思おうが、どう嘘つこうが、俺は君を守り(愛し)続けるからな。これが俺が星野さんに送れる愛情のカタチだ』

 

 

 彼は私を守ってくれると、言ってくれた。

 

 

 

 

 

『え? 分かりにくい? はっきり言ってくれ? えー……』

 

『……あぁ、もう、分かった。分かったから。言うよ。言えばいいんだろ!?』

 

『えーと、あー、うん、そのー、ね? うん。俺個人としては、だ。星野さんのことを好ましく思ってます。はい──あ゛あ゛あ゛あ゛っ、分かった! 好きです。はい、好きですよ! これでいいだろう!?』

 

『あ、もちろんlikeの方だからな? 友達としてだからな!? そこ勘違いすんなよ!?』

 

 

 

 

 

 彼は私を、こんな私を好きと言ってくれた。

 

 あぁ、愛されるって、こんなにも嬉しいんだ。

 こんなにも──満たされるんだ。

 

 それと同時に、私は一つの欲を持ってしまった。愛し、愛されることを諦めてしまった転生者の少女は、一つの小さくて、とても大きな欲望を抱いてしまったのだ。

 

 彼の愛。それは少年の家柄としての情だ。

 自分の親族は何があろうと守る。自分の親戚は守り通す。だから、彼の愛は、それこそアイドル時代の私と同じように同胞(ファン)に平等に与えられるのだろう。

 

 でも、私は──星野アイは、その愛を独り占めしたくなった。独占じゃなくてもいい、私をもっと、もっと愛してほしいと願ってしまったのだ。その瞳を、温もりを、彼の全てを、私に向けてほしいと願ってしまったのだ。

 今なら私にナイフを刺した彼──リョースケ君の気持ちが分かった。

 あぁ、そうだよね。自分だけを見てほしいよね。もちろん愛しい彼を刺殺なんてしないけど。

 

 

 

 さて、私は何から始めるべきかな。

 彼を振り向かせるには、何をするべきかな。

 

 

「お母さん、私ね、お願いがあるの」

 

「どうしたの? 珍しいわね、何でも言ってちょうだい」

 

「私さ──」

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 始めよう。私の初恋を。

 私の全てを、アイドル時代で培った全てを、この時のために出し切ろう。何もかもが嘘つきで、他人を本気で好きになったことがない私だけど、嘘でも愛してると言えば、そのうち本当になるかもしれない──違うかな? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私は彼に愛をぶつけよう。

 

 ごめんね、オーカ。

 でも君が本気にさせちゃったんだから。

 

 だって私は。

 欲張りな星野アイなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──よし、桜華君のお母さんには話付けたよ。それと高校入学時には一緒に住めるよう家も借りなきゃね。あ、彼の進学先は──だから。今の学力だとマズいんじゃない? 本気で彼の心を狩るのなら、今からでも遅くないから勉強しなさい」

 

「はーい」

 

 

 これは、私が本気で恋をする物語。

 

 

 

 




次回、そろそろ世界線の話をします。

【島津桜華】
 恋愛感情が分からない少年。本気で誰かを愛おしいとは思ったことはないし、何なら恋するより友人と遊んでたほうが楽しいと思う時期だから仕方ない。過保護気質なのでアイのことは全力で守るけどね。

【星野アイ】
 ここから鈍感少年の攻略が始まる。恋愛初心者には難易度ハードだが、欲張りなので頑張ります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。