薩摩の子   作:キチガイの人

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 ちょっと真面目な回です。
 アクアの愛人である五反田サァンの視点です。
 脳を破壊します。
 感想、評価頂けると幸いです。




『俺にとって演じる事は復讐だ』
(『推しの子』アクアより抜粋)

『私にとって演じる事で復讐だ』
(『薩摩の子』謎の少女より捏造)


074.秘密主義と暴露欲求

 俺はアクアから渡されたDVDを眺める。

 飾り気のない白色のディスクに、黒いペンで『五反田カントクへ!』と書かれた、どんなものが記録されたのか不明なDVDだ。

 

 これをアクアが俺に渡してきたのが昨日の事。

 衝撃的な言葉と共に、この質素な外見のDVDを俺に手渡したのだ。

 

 

『──はぁ!? 引っ越す!?』

 

『あぁ、ルビーと鹿児島に引っ越すことになった』

 

『か、鹿児島って相当南の方だろ? なんつー辺境に』

 

 

 確かにな、と早熟は小さく笑った。

 コイツの母親であるアイが死んでから、約12年。それまで人前で笑うことがなく、いつも無表情ながらもどこか苦痛に満ちた雰囲気を醸し出していたが、今のコイツは憑き物が剥がれ落ちたような穏やかな笑みを浮かべていた。

 それこそ、アイが生きていたころのような、小さいながらも自然と出た笑みを。

 

 

『……なんかあったのか? 前は、こう、何と言うか、いっつも余裕がなさそうな感じだったが』

 

『……全部は終わってないが、長年の悩みから幾分か解放されたから、かもしれない』

 

『そうか』

 

 

 どこか言いにくそうな表情をしているが、どう説明すればいいのか分からないと言いたげな様子だった。それでも、長年の付き合いがあった身としては、自分を追い込むかのような自虐的な面に、毎度心配ではあったから、これは喜ばしいことなのだろうと納得させる。

 ……母親のことで何かあったのか? 例の渡したDVDで思う所があったのだろうか?

 

 しかし、どうして鹿児島なのか。

 聞いてみたところ、言葉を探すために視線をさ迷わせる早熟。

 

 

『あー……ルビーがちょっと、な』

 

『なんか妹の様子がおかしいとか言ってたもんな、お前。アイドル目指すとか言ってたが、まぁ、最近は有名どころの事務所が相次いで倒れてるもんな。その影響か?』

 

『かなり無理して、精神的に限界だったらしい。だから仕切り直しも含めて、東京(芸能界の中心地)から離れようと思う』

 

 

 芸能界に入ろうとして、その夢と現実の差に打ちのめされる連中はそこそこいる。コイツの妹も、その一人だったということだろう。

 加えて、自分の出生地は宮崎だと口にした。

 コイツが九州生まれとは初めて知った。

 

 

『……じゃあ、普通は宮崎に戻るもんじゃねーの?』

 

『……宮崎に九州新幹線は通ってない』

 

『マジかよ』

 

 

 調べてみたら本当にそうだった。

 それなら新幹線で福岡から乗り継ぎなく辺境まで行ける鹿児島でいいや……という話になったらしい。どうも他の理由もありそうだが、この早熟はそれ以上のことは語らなかった。

 

 引っ越しをする時期も急だった。

 あと2週間そこらで九州に行くらしい。

 

 

『となると、ここに来るのは最後になるのか』

 

『だな』

 

『お前に頼みたい仕事がいくつかあったが、まぁ、あっちでも頑張れや』

 

 

 冗談交じりに言ってみたところ、アクアは少し考えるそぶりを見せ、仕事の部分に関して言及する。仕事に関しては真面目な奴ではあったから、スマホを弄りながら俺の言葉を一部訂正した。

 

 

『……いや、機材さえあればデータの加工や受け渡しは可能だし、仕事自体は鹿児島に行ったとしてもできるぞ。今度行く高校、バイト禁止だから、むしろ小遣い稼ぎのためにも仕事を振ってくれるのは助かる』

 

『その機材はどう用意する』

 

『それを確認中……っと、大丈夫そうだ。またあっち行ってから話す』

 

 

 そして帰り際に、アクアは冒頭のDVDを取り出して俺に渡してきた。話を聞くと、アイが俺宛にアクアへ渡していたDVDだと語る。それを聞いたとき、俺は内心物凄く驚いた。

 双子だけではなく、俺にも用意していたのか。

 なぜ今になって?とアクアに聞いてみたが、露骨に目を逸らされた。……せっかく早熟が前向きになったのだから、おそらくトラウマを抱えているのであろう母親の話題に関しては、俺は以降触れることはなかった。

 

 そして今に至る。

 俺はDVDを再生した。

 

 どこかの部屋だろうか。生活感溢れる部屋に、周囲の家具を隅に移動させて、中央のソファーに座るアイが写っていた。真正面を向いていることから、彼女の向かいにカメラが設置されていることは容易に理解できた。

 ……しかし、どうにも違和感がある。アイってこんな幼かったか? どうも学生のような年齢に見えるが、俺の記憶も十年以上前なので、こんなもんかと納得させる。

 

 

『──みっちゃん、これちゃんと撮れてる?』

 

 

 みっちゃんって誰だ?

 

 

『じゃあ、タネサダ君、ミュージックスタート!』

 

 

 タネサダ君って誰だ?

 そして唐突に流れる『フリージア』。選曲がおかしい。

 

 

『カントク、久しぶりー。アイでーす』

 

『いつもアクアがお世話になってまーす。あれ、もしかしてルビーもかな? でも小さい時のアクアってカントクに懐いてたし、やっぱりアクアが一番お世話になってるのかなぁ?』

 

『このDVDがカントクに届くころには、もう私は死んでるかもしれないね。ごめんね、唐突に居なくなっちゃって』

 

 

 その言葉に俺は何度目かの驚きを覚える。

 アイは……自分が死ぬことを知っていたのか?

 

 

『私はカントクに頭が上がらないかな。私の息子を、私が死んだ後も面倒見てくれてさ。本当にありがとうございましたっ』

 

『アクアは突然引っ越すって言ったんじゃないかな? まぁ、私のせいでもあるんだろうけどね』

 

『でも──アクアはもう大丈夫だよ』

 

『ものすごく、辛い思いをさせちゃったかもしれないけど、アクアはもう、大丈夫だから。私の息子は、前を向いて歩くことができるはずだから』

 

 

 画面のアイは優しく微笑む。

 それはアイドルとしての魅了する笑みではなく、役者としての輝かしい笑みでもなく、あくまでも母親としての微笑みを湛えながら。

 やっぱり双子の母親だったか、と思うのと同時に、なぜか涙腺が酷く刺激された。

 

 

『カントク、本当にありがとう』

 

『二人は遠くに行っちゃうかもしれないけど』

 

『私はもう会うことも難しくなっちゃったかもしれないけど』

 

『それでも──アクアのこと、ルビーのこと、これからも支えてくれると嬉しいな』

 

『というわけで、アイでしたー。またねー』

 

 

 そこまで長くない時間のDVDではあったが、そこで彼女が遺した最期の俺宛のメッセージは終わった。……ここに母親が乱入してこなくてよかった。

 いい年した中年の涙なんざ、実の母親には見せられないからな。

 

 気持ちを落ち着かせて、俺は仕事に戻る。

 これからもアイとの約束を果たし続けよう。アイツも少なからず稼ぎは欲しいだろうから、今のうちに引っ越し後の環境でも手軽にできそうな仕事を確保しておく。

 たとえ遠い地に移住したとしても、アクアが俺の()()であることに代わりはな

 

 

 

 

 

「──ん?」

 

 

 

 

 

 俺はアイのDVD中に流れていた曲を検索する。

 今まで映画製作に携わっていた身だ。あの素人同然の最低限の加工しかできていないDVDは、曲も撮影中に流したものであり、後から加えたものではないことは明らかだった。

 そして、曲の詳細情報を知った。

 あれは──6()()()()()()()

 

 アイが死んだのは10年以上も前だ。

 つじつまが合わない。

 

 どうなっていやがる……?

 それから仕事も手につかないレベルでモヤモヤが頭の中を支配したので、耐えきれずにアクアに電話をする始末。

 

 

「早熟、例のDVDについて聞きたい」

 

『何かあったのか?』

 

「あれを撮ったのはいつだ?」

 

 

 ちょっと待てと言葉を残し、十数秒無言になってから回答が返ってくる。

 

 

 

 

 

『──2週間前らしいぞ』

 

 

 

 

 

 コイツは自分がどんな馬鹿なことを言ってるのか理解しているだろうか。

 それに、口調的にあたかも()()()()()()()()()()()()()言い回しだ。

 

 

「2週間前って、お前なぁ。じゃあ何だ? アイが生きているとでも?」

 

『あぁ、鹿児島にいるぞ。だから引っ越すんだし』

 

「……は?」

 

『他に何か用はないか? すまん、ちょっと忙しくて──あ、ルビー。離れ』

 

 

 そこで電話が切れた。

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 俺は最後まで状況が理解できなかった。

 

 

 

 




五反田(ごたんだ) 泰志(たいし)
 映画監督。子供部屋おじさん。アクアの幼少期からの知り合いであり、裏方作業の師匠。今作ではアイのDVDで脳が破壊された、暴露欲求の被害者。数週間後にアクアへ電話したときに「もしもーし。あ、カントクだぁ。ひっさしぶり! アイだよ!」と聞こえてきて、宇宙猫になる。
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