ポケモン廃人、知らん学園に入学した。【完結】 作:タク@DMP
「っ……あー……変な夢見たデス」
寮の一室でバジルは汗びっしょりのまま目が覚めた。
とんでもない夢だった。
自分は空を飛び、逃走する怪盗。
それを狙い撃つ──狙撃手。
彼の顔は、自分の想い人そっくりで──バジルは最初の一射で撃ち落とされてしまう。
そうして命からがら逃げた先で悪の組織に捕まり、手術台の上に寝かされ、眼球と脳と肝臓を生きたまま摘出され、それらを元に自分のクローン兵士が量産される──というSFホラー小説もかくやというものであった。
(最……悪デス)
昨日見たホラー映画の所為だろうか、と考えつつも、もう朝も朝なので起き上がることにする。
しかし、イクサ達はサイゴクに行っており不在。他の同級生たちも帰省しているためか、学園に残っている人は少ない。
肝心の彼氏は──復旧作業に出向いて泊まっており、バジルは一人寂しさを抱えていた。
その旨をレモンに訴えると──
「バカね。寂しいなら寂しいって言って会いにいけばいいでしょうに」
──そんな文言がメールで返ってくる。
そう言われても、気恥ずかしいものは気恥ずかしいのだ。
ゼラとは、あのオーラギアスとの戦いで、つい口走ってしまった告白から恋仲になったようなものだ。
未だに彼女は、あの時の事を「致命的な油断にして一生の不覚」としており、思い出すだけで顔が湯立つ。
何が悪いって勝手に何もかも終わりと思って彼の隣でうっかり好意を口走った自分が一番悪いのだが──
(う、ううううーッ!! 顔が熱すぎて火傷しそうデース……!!)
結局、まだ恋人らしいことは何一つとして出来ていない。
あれだけ二人で逃亡しており、難所を潜り抜けてきたにも拘わらず、何事も無かったのだ。
相棒同士のノリが続いてしまっている。なんせゼラはウブな上に照れ屋で恥ずかしがりの奥手だ。彼自身から関係を進めることなど出来るはずもない。
ではバジルはどうかと言われると、此方も此方で微妙だった。
彼女は普段の自分のペースを保っているうちは優勢に事を運んでいられるのだが、そうでなくなると途端に弱々しくなってしまうタチだ。
特に、強くゼラを意識しだしてからは、そして向こうに自分の気持ちが分かってしまった後は、まともに顔を合わせてられなくなるほど照れてしまうのだった。
(う、うう……ゼラ先パイには、Coolな私だけ見ていてほしいのデース……)
しかし、それでも寂しさは理屈では埋める事が出来ない。
バジルはスマホロトムのメッセージアプリで、ゼラに「今日会いにいってもいいですか? 街でお茶とかどうデース?」と打ち込む。打ち込もうとした。
だが、それでもこの文言を彼に読まれるという気恥ずかしさだけで悶えてしまい、送信するまでに20分ほどかかってしまうのだった。
そして──メッセージに爆速で既読が付く。
──もちろんだ
その五文字だけでは、ゼラの表情も気持ちも伺い知れない。
だが、思わずガッツポーズをしてしまったバジルなのだった。
今日は何も予定が無いのか、と聞き返すと「何も無い」と即座に返ってくる。
──デートの誘い、で良いのか?
尚。その後に返って来た返事に更に硬直する。
(あ、そうだ……これ、デートの誘いじゃないデスか……完全に……!)
言い訳をあれこれ考えたが──墓穴を掘ったのは自分の責任。バジルは自分の枕に顔を埋め、また悶絶するのだった。
心臓はバクバクと鳴り続ける。
(バカ、バカバカ……女の子の準備は、色々あるんデスよ……それを軽々しく、デートだなんて……ああ、もうっ!!)
※※※
「……うう、落ち着かないデス……」
バジルとて元はお嬢様の家柄だ。
可愛い私服の一着や二着は持っている。それを着ていく事に抵抗など無い。
元が綺麗なブロンドと碧眼なので、青のワンピースに日差し避けの帽子を被るだけで様になる。
(やっぱりらしくない、デスよね……こんなフリフリのワンピースなんて……)
しかし、ゼラとのデートということを強く意識すると、普段は何てことはない格好も恥ずかしくなってしまうのだった。
乗り合いバスの停留所で待ち合わせていたが──案の定というべきか、ゼラは先に待っていた。
相も変わらず黒く焼けた肌に、白いシャツ、そして紺色のカッターシャツ。
その体躯故に誰よりも目立ち、周囲の人々は彼から自然に距離を取っている。
だがそんな彼を見ると──やはり、彼の隣に居られるのは自分なのだ、と思わされ、迷わず彼女は飛びつくのだった。
「ゼラ先パーイっ!!」
「……バジル」
「もーう、私のために早く来て待っててくれたんデスね? 先パイって、本当に私の事好きデスよねー!」
「当然だ。だから先に来た」
「っ……」
直球ドストレートの返しに、バジルは言葉を詰まらせてしまう。
口数は少なく、そして顔も相変わらず変わらない。
だが──それ故に、バジルからすれば彼が余裕の表情のままクリティカルヒットを繰り返しているように見える。
(も、もう……ドキドキしてるのは私だけデス……!?)
「……」
互いに黙りこくってしまう。
そのうち、バスがやってきてしまった。
二人は無言のままバスに乗り、隣の席に座る。
席は狭く、ぎゅうぎゅうに押し込まれる形になり、より二人は近くで密着する。
しかし──そうなると自分の高鳴る心音が彼に聞こえるのではないかと思ってしまい、余計にバジルは恥ずかしくなるのだった。
(本当にこの人は……いっつも無表情で……本当に私の事、好きなんデスかねー……)
だがしかし。
近くに寄って初めて分かる。
どくんどくんどくん、と速く脈打つ鼓動の音。
明らかに自分のそれではない心音が伝わってくる。
それがゼラのものである気付くと、彼女はサングラスを掛けた彼の顔を覗き込んだ。
ドキドキしているのは自分だけではなかったのだ、と気づき、にんまりと彼女は笑う。
思わず彼の肩に頭を乗せると、今度は頬まで熱くなっていくのが感じる。
「ゼラ先パイ……緊張してるのデス?」
「……お前の隣なんだ。しないわけがない」
「へへへへー……♪ 私もデス。今日は久々のデート、楽しみマショウ!」
「っ……ああ」
嬉しさのあまり、バジルは彼の手を強く握り締めた。
※※※
「町も復興が進んできたデス。ゼラ先パイが居るから、デスね!」
「……俺は大したことはしていない」
「またまたー、そんな事言っちゃって。サバイバル科の皆さんの活躍は聞いてマスよ? 瓦礫の撤去とか──」
「それくらいだ。学生の手伝いに過ぎんさ」
復興が進み、徐々に元の形を取り戻していくプライシティ。
壊れた後でも尚、プレハブ住宅で持ち直し、日々を必死で生き抜いていく人々。
それを見ていると、自分にも何かできる事があるのではないか、とバジルは考えてしまう。
しかし、そんな彼女の心中を察したのか「心配するな」とゼラは声をかける。
「オシアスは一度滅んで、また持ち直した。お前が考えている程、ヤワな場所じゃない」
「……そうデスけど」
「俺はただ、出来る事をやっているだけだ。この町が持ち直したのは……復興に尽力して働いている人達の皆の力だ」
だから気にしなくて良い、とゼラは言う。
所詮自分もまだ学生の身で出来る事は限られている、と彼は続けた。
「それに……デートなのだろう。今は難しい事を忘れるべきだ」
「……そうデシタね」
「行きたい場所はあるのか?」
「あー……そ、それが、考えてなかったデス」
ただ単に会いたくなっただけだ、と伝えると流石に怒られるだろうか、とバジルは考える。
ゼラがバジルに怒ったことなど今の今まで一度もないのであるが。
しかし、言葉も話も続かず、仕方なくバジルは白状するのだった。
「えーと……しばらく会えてなかったから」
「……」
「会えると思ったら、頭真っ白になっちゃって考えて……ないデス」
「……」
「ゼラ先パイ? おーい、ゼラ先パイ?」
すっかり彼は固まってしまっていた。
しばらくして口を開いた彼は──顔を抑えると「分かった……大丈夫だ」と答える。
どう見ても大丈夫ではない。
「……あの、どうしたデス?」
「……すまん」
「もしかして、怒ってマス……?」
「違う!!」
珍しく彼は声を張り上げた。
そして──絞り出すように「すまん、本当に違うんだ……」と声を漏らす。
「……嫌なわけがない。だから、会いたかったと言われると俺も……頭が真っ白になる」
「ッ……そう、デシタか……先パイも私と同じだったんデスね」
「当たり前だ……」
二人で手を繋いでしまうと、何かいけないことをしているんじゃないか、と思われる程に胸が高鳴ってしまう。
逃亡時代の頃よりもドキドキが止まらない。
それでも、互いが互いに会いたかったことを確かめた二人は、そのまま固く固く手を繋ぎ、町を回るのだった。
「アテも無くても良いだろう。時間はどうせ、幾らでもある」
「……はいっ」
ショッピングモールで新しい服を買ったり、本屋でお気に入りの本を立ち読みし、買っていったり──そんな取り留めのない、しかし尊い時間が過ぎていく。
「疲れてないか?」
「私を誰だと思ってるデース! 探偵は足で稼ぐ仕事デスよ?」
「……そうだったな」
「あ、でも、喉は渇いたデス……オシアスの日差しは、やっぱりきついデスねー。学園の中だと実感しにくいデスから」
「丁度──そこにカフェがある」
「流石ゼラ先パイ! 準備が良いデス!」
ことゼラは、対バジルの事になると本当に過保護だった。
逃亡生活中は常に彼女の事に気を配り、守り続けていただけはある。
「あーあ、ゼラ先パイ、スパダリが過ぎマスよー。このままゼラ先パイと一緒に居たら、私先パイ無しで生きていけなくなっちゃいそうデス」
「……」
ちゅー、とアイスコーヒーをストローで啜りながら、バジルはにへへ、と彼に笑いかける。
相も変わらずの仏頂面だったが、ゼラは──「俺はそれで良いがな」と答える。
バジルのコーヒーを飲む手が止まった。
「……え、えへへ、ゼラ先パイ……本当に私の事、好きデスね。なんで、私なんかの事、好きになっちゃったんデスか?」
「……なんか、だなんて言うな」
「Sorry! で、でも、他にもっと可愛い子いると思うし……私、探偵オタクだし……ゼラ先パイみたいな凄い人には釣り合わないデスよ」
つい不安が堰を切ったように漏れ出す。
バジルにとって、ゼラはずっと守ってくれる頼りがいのある凄い先輩だった。
彼女はずっとゼラに面倒を掛けているのではないか、と内心では考えていたくらいだ。
そんな彼が自分に好意を寄せてくれていたと知って一番驚いているのは、他でもない彼女自身だ。
「……一目惚れだ」
「え?」
「……好きになった、じゃない。
「ッ……そ、そう、デスか。一目惚れ、デスか……」
参ったなあ、とバジルはテーブルに突っ伏す。正直、予想だにしていなかった答えに、余計に悶えそうになった。
有無を言わせないレベルで自分の事が好きなんじゃないか、と思い知らされる。
「……なら、仕方ない、デスよね……」
「それに──お前は俺を怖がらないで居てくれた」
「大体、ゼラ先パイを怖がる人達がおかしいんデス! こんなに良い人なのに!」
「……それで俺は救われた。少なからずな」
見た目と先入観で自分を見ない彼女に、少なからずゼラは信頼を寄せている。それが揺らぐことは今後も無い、と彼は言う。
普段無口な彼が此処まで本音を曝け出すのは珍しい。だが、こうも正面から言われると、やはり気恥ずかしくなってしまい、バジルは突っ伏した顔を上げられなくなってしまうのだった。
「……今日のゼラ先パイ、おしゃべりすぎデス」
「理不尽だ。いつも一言足りないという癖に」
「……それはそうデスけど! なんか、悔しいデス……」
火照った顔は、お代わりのアイスコーヒーでも冷めはしない。
「先パイは、昔から私に甘いんデスよ。先パイは最強の狙撃手で、皆の……ヒーローなのに」
「皆のヒーローになった覚えはない。昔から射抜くべきものを射抜いてきた。それだけだ」
そう言ってのける彼に──思わず、バジルは問う。
「……先パイ」
「何だ」
「もしも私が──悪いヤツで……たとえば世界の敵だったとして。その時は──先パイは私を
「……」
ゼラは黙りこくる。
バジルの顔は、妙に不安そうだった。
ただの試し行為のようには思えない。
何処か恐怖を滲ませたような顔だった。
「変な夢でも見たか」
「私はッ……うう……ハイ……」
「俺も見た。お前を──射落とす夢を」
「ッ……先パイも?」
「妙な偶然だな。だが──ハッキリ言って有り得ない。所詮は夢だ」
ゼラは「不愉快極まりない」と言い放つと、残ったコーヒーを飲み干し、ミニパフェのアイスをスプーンで掬い上げる。
「……俺は……お前が世界の敵なら、俺も世界の敵になるつもりだが」
「……え? で、でも──それは、ゼラ先パイ……」
「お前を撃つように命じられたなら、
ゼラは妙に饒舌だった。熱が入ってしまったのだろうか、彼自身もそれに気づき、咳払いした。
「とにかく……好きな子に銃を向けないといけない世界など、此方からゴメン被る」
「……えへへへ」
「……おかしかったか」
「まさか! やっぱりゼラ先パイは、ゼラ先パイだなって……私、貴方の彼女で良かったデス」
「……俺もだ」
仏頂面のゼラだが──口元には微笑みを携えていた。
そのまま彼は掬ったアイスを彼女の口元へ持っていく。待ってました、と言わんばかりにバジルはそれに食いつくのだった。
「んーっ! チョコチップアイスも良いデスね!」
「……お気に召したようで良かった」
「先輩も、あーんってしてくだサイっ。私のイチゴアイス、あげマスから!」
「……」
「何で今更照れるデース!?」
「その、何だ、心の準備が……」
「あーんっ!!」
「もがががが」
無理矢理スプーンを口の中に突っ込まれ、ゼラは咽込むのだった。
※※※
「あはーっ、良い眺めデース!」
「……ああ」
夕暮れ時の礼拝堂からは、プライシティを一望することができる。
彼女は思わず柵から身を乗り出し、その景色に見惚れているようだった。
ゼラもまた、はしゃぐ彼女を見て思わず顔がほころぶが──
「って、わわわ!?」
ぐらり、とバジルの身体がぐらついた。バランスを崩したのだ。
しかしすかさず──ゼラがその腕を引っ張り、自分の元に引き上げる。
「……ああ、ビックリしたデス……落っこちるかと……」
「危なっかしい。体重をかけすぎだ」
「あはは……ゴメンなさい。ゼラ先パイにはいっつも、迷惑かけてばっかりデスね……」
何とか気を取り直し、バジルはゼラに向き直った。
しかし──彼はずっと巌のような険しい顔を崩さないままだ。
「……」
「先、パイ?」
「……迷惑だなんて思った事はない。今までも、これからもだ」
「……えへへ。そんな事言われたら、私……もっとダメになっちゃいマスよ」
二人は夕陽が差す中、密着して抱き合う。
視線が交差する。自然とバジルは──目を瞑っていた。
互いを欲するように彼らは口づけしていた。
柔らかい唇の感触を感じ取り、そして名残惜しむように顔を離す。
「……初めて、デスね」
「……ああ」
「ファーストキス、どんな味デシタか?」
「……分からない」
胸が高鳴り過ぎてそんな事を考える暇など無かった。
そんな彼を、バジルは心の底から愛しく想う。不器用で無骨で、しかし──誰よりも誠実な彼の大きな体を抱きしめる。
「じゃあ、もう一回……ううん、何度でもしたら、分かりマスかね?」
「……その前に俺の心臓が破裂する」
「死なせたりしないデスよ。私が居る限りネ」
夕陽が暮れていく。
プライシティの夜は──長い。
「……心強いな」
「当然デス。ずっと隣に居たデショ?」
※※※
──その次の日。
「──はぁ!? それで
「チュ、チューはしたデスよ……」
「このおぼこ探偵が……あのねぇ……そこは耳引っ張ってでもホテルに連れ込むところでしょうが!! ただでさえあんたら見ててじれったいのよ、牛歩も良い所だわ!!」
「ホテルって──あのデスねぇ、レモンみたいなふしだらと一緒にしないでくだサイ!!」
「んなッ!? こんの言わせておけば……あんた帰ったら覚えときなさいよ。雷落としてやるわ」
「学園に居ないレモンなんて怖くないデスよ、べろべろばーッ!! 大体ド貧乳だからストレートな色仕掛けに頼らないといけないんデショ!! 真っ平らすぎて機能してないデショウけど!!」
「あんたねぇ──ッ!! ライン越えって言葉を──」
ブチッと通話をそこで切る。ついでに着拒にしてやった。これでしばらくは年増ムーブも鳴りを潜めることだろう。
ああ見えてレモンはナイーブなので、すぐに凹んでメッセージで謝ってくるはずだ、と考える。
「……牛歩でも良いデス。私達……これまでも、これからも一緒デスから。にしっ」
スマホに送られてきたメッセージを見て、バジルは微笑んだ。
──映画を見に行きたいのだが……一緒に行かないか?
──もちろんデス!
「えっへへへ……」
少しは──進展しているはずだ。
※※※
「ギガオーライズ・フェーズ2」
「NOOOOOO!? 何でいるのデス、レモンーッ!?」
尚2日後、わざわざ飛行機を使って帰ってきたレモンにハタタカガチで折檻されることになるのは別の話。