ポケモン廃人、知らん学園に入学した。【完結】 作:タク@DMP
「らっしゃーせー」
(あれ? 綺麗な女の子だなー、髪は黒いけど列島の子じゃないな多分)
──サイゴクの夏は──特に暑い。
故に、フレンドリィショップにはクールドリンクを求めてやってくる客の多いこと多い事。
店員も多忙を極めていたのだが、店内はクーラーが効いているので、差し引きはゼロといったところである。
そんな折、ふらりと現れた少女は特に目を引いた。白いワンピースに黒い髪、そして背が低いからか麦わら帽子が良く似合う。
そのままドリンクコーナーを漁った彼女は、つかつかとレジにやってくると一言。
明らかに不機嫌そうな顔で言ったのだった。
「──ポケットモンスターエナジー1ダースお願いできるかしら」
「待って待って待って」
華麗な美少女は──エナドリが所望だった。おまけに致死量である。だが、それはそれとして、店員は彼女にエナドリを売る事は出来なかった。
「いや、大変申し訳ございません、お客様……」
「何かしら」
「実はポケットモンスターエナジーは売り切れでして──」
「え”」
「最近、人気ポケチューバーとのコラボをやっているからか、飛ぶように売れていて──」
「……」
「お客様?」
カチカチカチ、と少女は歯を慣らし始める。
そして──そのまま、ばったりと倒れてしまうのだった。
「エ、エナドリィ──」
「お客様ァァァーッッッ!?」
※※※
「それでレモン先輩、今日はずうっと不機嫌なのかー」
その日の夜。
宿泊所の一角で項垂れるレモンを見て、デジーは納得したように手を衝いた。
「なんてゆーか、カワイソー」
「うん。何処の店もエナドリが人気で売り切れていたみたいでね」
それをずっと近くで見ていたイクサは気が気でない。空腹のポチエナのような唸り声をずっと上げている。
そして、エナドリの売り切れという単語でデジーは何か思い当たるところがあるようだった。
「あ、もしかして例のキャンペーンかなっ」
「キャンペーン?」
「エナドリの企業とのタイアップだよ。カンについてくるバーコードを集めて応募したら、抽選1名が人気ポケチューバーのナンジャモの配信に招待されるってヤツ」
「ナンジャモか……確かに倍率高くなりそー……」
パルデアのジムリーダーであり配信者でもあるナンジャモは、この世界でもどうやら人気者だったらしい。そればかりかエナドリメーカーとのタイアップまで始めてしまったようである。
しかし、そんなことレモンにとってはどうでも良い事だ。彼女は自分の胃にエナドリさえ入ればそれで良いのである。
テーブルに突っ伏し、項垂れるレモン・シトラス。今日は結局、エナジードリンクを1ミリも摂取することが出来なかったのだ。
だが、そんな彼らを見て──当然のような疑問を呈したのはミコだった。
「待てオマエ達。
その通りである。この世界にはポケットモンスターエナジーだけでなく、レッドレイジングブルといったブランドのエナドリがあるのだ。
その為、1種類が買えなくとも何か他のものは在庫があるはずなのである。しかし──
「何処もかしこも同じタイミングで似たようなキャンペーン始めちゃったのよ!! 売上合戦の為に!!」
──レモンの金切り声がその場に響いた。そして、怒りは嘆きに変わる。
「なんで、なんで、こんなクソ暑い時期に……最悪だわ、何処にいってもエナドリが無い! バーコードを転売する為にエナドリを買い占めている不逞な輩が居るの!!」
更にスマホロトムのフリマアプリを起動すると、そこにはエナドリのバーコードが何百枚ものセットで転売されていた。
レモン、渾身の台パン。彼女がやると机が壊れかねないのでやめてほしい、と切に願うイクサだった。
「殺してやる……殺してやるわ……ギガオーライズ、フェーズ2」
「今此処でやることじゃないですよね!?」
町諸共滅ぼす気か。
「ダメだ、エナドリ不足でレモン先輩完全におかしくなってるよーッ!!」
「全く、しょうもないやつらだこと」
ミコが呆れたように言った。
「所詮、キャンペーンなど一過性のもの、待てばそのうち在庫は戻ってくるだろうに」
「私はッ!! 今エナドリが飲みたいのよッ!!」
「やめんかやめんか! 妾を揺すっても何も出んぞ!」
「本当にやめて下さいよ、レモンさん!! 過去一みっともないですよ!! 大体身体に悪いし、これを機にエナドリを抜きましょう!!」
「ううううう……!!」
イクサに窘められ、泣きそうな顔でレモンは振り向いた。
「……私はこの鬱憤を何処で晴らせば良いのよ……」
※※※
──しかし、エナドリの品薄は続いた!!
3日もしたころには、レモンの様子はいよいよおかしくなってしまっていたのである。
「お紅茶ですわぁぁぁ~~~~~!!」
「……」
「……」
「……」
「お紅茶が美味ですわぁぁぁ~~~~~!!」
他3人は絶句した。ホテルのレストランで一人優雅にティータイムを嗜むレモン・シトラスの姿は、見るに耐えないものだった。
そもそも優雅かコレが? 本当に?
「ねえ、どうすんのさ転校生、レモン先輩おかしくなっちゃった」
「エナドリ3日抜いただけでこうなるのか……僕も想定外だったよ」
「健康的で良いではないか」
「ヤだよ、こんなレモン先輩、気持ち悪いよーッ!!」
ぐいっ、と紅茶を飲むとレモンはキラキラとした顔でイクサ達の顔を見る。
「あら、ごきげんよう、御三方! 今日も試練に向けて精進しましょうね!」
「どういうことなの……!?」
「ふぅー、お紅茶が染みますわぁ~~~!!」
「絶対に普段は言わない事を言ってる……」
「あのー、レモンさん……? 大丈夫ですか? 暑さとエナドリ抜きで大分頭ァやられちゃってるのは分かりますけど、気を確かに……」
「エナドリィ? エナドリ……ッ?」
その単語を聞いた途端に、レモンの様子がおかしくなる。
「エーナードリリリリリリリリリリリ……」
「ギャーッ!! レモンさんが昔のパソコンのインターネットにつなぐ時みたいな音出して壊れたーッ!!」
そのまま変な音を立ながらレモンは、天井を見上げて壊れてしまった。流石、逃亡生活の頃でさえ1日たりともエナドリを欠かさなかった女。それが無くなったことで精神的な支柱が崩れてしまったのである。
「おかしいよ!! 自分の手持ちが奪われた時もエナドリで精神的余裕を保ってたってこと!?」
「仕方ない、ウサギの小娘。お前修理得意だろう、何とかせい」
「ボクに何をしろって言うの!?」
「デジー、アレを使おう」
「なに!?」
「無理やりにでもレモンさんの正気を戻すんだ。だってデジー得意だよね?」
「なにが!?」
「誘い受け」
「聞き捨てならないんだけど!!」
デジーが顔を真っ赤にして反論する。しかし、横で悪乗りするのはミコだった。
「おうそうだな、小娘は調子に乗って、その後コテンパンにされるところまでがワンセットだからのう」
「皆ボクの事なんだと思ってんの!?」
「オチ担当」
「酷いよミコさん!!」
「えーと……でも、そんなデジーも可愛いよね」
「可哀想は可愛いってこと!?」
「でもぶっちゃけるとデジー。自分でも美味しいって思ってるんじゃ──」
「え、えへへ、転校生相手なら正直満更でもないかなって」
「早よせんか」
本当にもう、と文句をぶつくさ言いながらも、デジーはレモンの耳もとで囁いた。
「ざーこ♡ ざーこ♡ エナドリが切れたくらいでレモン先輩よわよわ♡」
「……」
それを聞いたレモンは──
「私は……弱い……」
──声を上げて泣いてしまったのであった。
微妙な空気を作ってしまった当事者であるデジーもまた、手で顔を覆い隠すのだった。
「ちがっ……ボクはこんなつもりじゃ……」
「あーあ、小娘泣かせた」
「元はミコっちの所為だよね!? もう!! こーなったら、転校生が何とかしてよ!!」
「ええ!? 僕!? ……大丈夫かなあ、此処まで酷いのは初めてだし……」
とはいえ、このままレモンが壊れたままでも困るので、イクサはレモンの耳元で囁くのだった。
「……大丈夫ですか? 貴女のナイトは……傍に居ますよ」
「……」
それを聞いたレモンは──
「私は──弱い……」
やっぱり声を上げて泣いてしまったのだった。
「あーあ、転校生泣かせたー、罪な男だなー」
「デジーが行けって言ったんだろ!?」
「あーあー、全くどうするのだコヤツ、何言っても泣いとるぞ」
その時である。
何処からともなく──こんな話が聞こえてきたのだ。
「おーい知ってるか? イッコンタウンの山の上に手製のエナジードリンクを作っている職人が居るらしいぜ」
「はぁ? 何でわざわざエナドリ?」
全員は硬直する。
レモン・シトラスの様子が──明らかに変わった。
「……ふぅん? 良い事を聞いたわ」
※※※
「いやいやいや待って下さい、おかしいでしょ!! わざわざエナドリの為に山に登るんですか!? そもそも手製のエナドリって何!?」
「先祖代々から伝わる製法でエナジードリンクを作っているらしいわ」
「おかしい!! おかしい!! 絶対におかしい!!」
先祖代々から伝わる製法でエナジードリンクを作るとは何なのだろうか。最早何処からツッコんで良いのか分からないイクサだった。
「ボクもうヘトヘト……クソ暑いし、熱中症になるーッ!! あ、転校生っ。熱中症をゆっくり言ってみて」
「デジー、熱があるなら寝てなよ」
「ああーん、塩対応ーッ!! でも好きっ!! 最近転校生にぞんざいに扱われると、キュンキュンするーっ♡」
「本当に寝ていてほしい」
最近彼女は新しい扉を開きつつあった。対イクサ限定の被虐趣味である。当のイクサが困惑しているのは言うまでもない。
「妾は暑くも何ともないがな。お前達人間は大変だのう、心底同情するわい。小娘、暑さでおかしくなるのは良いが、程々にしとけよ。あーあ、鋼鉄製のオーデータポケモンで良かった妾」
2秒後、ミコはデジーの荷物を全部持たされていた。デジーの顔には青筋が浮かんでいた。
「皆クソ暑いのを我慢して歩いてるんだよ? ……暑くも何ともないなら、荷物持ち、出来るよね?」
「正直すまんかったと思っておる」
「こっわ……」
「見なさい、着いたわよ」
レモンが指を差した先には、崖っぷちに小さな小屋があるのだった。
※※※
「大変申し訳ございません……実は、この伝統的エナジードリンクの製造には、とある樹液が必要なのですが……最近森に住み着いた巨大なオヤブンポケモンの所為で、取りに行けてないのです……」
小屋の中から出てきた老人は申し訳なさそうに言った。どうやら、材料が無い所為でエナドリが作れないらしい。
イクサ達は──レモンの顔を見た。今まで見た事が無いくらいにおっそろしい顔をしていた。
「キャプテン様もゴタゴタで忙しく、なかなか此方に手が回らないようで……」
「……焼けばいいのね?」
「え?」
老人は顔を見上げた。
──修羅の顔がそこにあった。
「そのクソッタレオヤブン……焼けばいいのね?」
「え?」
※※※
「ありがとうございました……これでまた、先祖代々のエナジードリンクが作れます……」
その日──イッコンタウンの周辺で、観測史上最大の落雷が目撃されたという。
辺りには赤黒い雷雲が立ち込めており、巨大な蛇を見たという証言も多数あった。
また、最近巨大なビークインが辺りには出没しており、近隣住民は近付かないようにしていたのだが──何故かこの日を期に、オヤブンが現れる事は無くなった。
「……というわけで、これが例の職人が作ったエナジードリンクね」
「お礼にこんなにいっぱい貰っちゃったけど、良かったんでしょうか……?」
「構いやしないわ。漸くこれで私はエナドリに困らない」
にっこにこで、レモンはエナドリの瓶をテーブルに置く。
ちゃんとこの場に居る全員分貰えたので、折角だから乾杯したいらしい。
「イクサ君、デジー、ミコさん──今回は貴方達にも色々手伝って貰って助かった」
「いや、最後はハタタカガチが暴れてただけなんで、僕達は何とも」
「それに、レモンさんがヘニャってたら、調子が出ないもんねー!」
「私は幸せ者ね。良い仲間に恵まれた。乾杯といきましょう」
「はいっ」
4人は「かんぱーい!」の掛け声と共に瓶をぶつけ合う。そして蓋を開けて──エナドリを喉に押し込むのだった。
……そして、思いっきり噎せ返るのだった。
「ゴフッ、マッッッッッッッッズゥゥゥッ──!!」
──曰く。
後から聞いた話によると、例のエナジードリンクは漢方とか諸々を煎じて作った滋養強壮剤に近いものだったらしい。
甘い樹液は入っているものの、それを上回る苦みと渋みが彼らを襲ったのである。
それを聞いてイクサは「まあ、伝統的な薬って往々にしてそういうもんだよね」と納得したのだが、問題はレモンだった。
「うーん、うーん、エ、エナドリ……」
この通り、あまりのショックで更に3日程寝込む事になってしまうのだった。そうして起き上がった後、引き攣った顔で彼女は言った。
「私──決めたわ。エナドリ、今度から控えようと思うの」
「レモンさん……」
……尚、健康には近付いたので、これで良かったのかもしれない。
※※※
「ねえ、イクサ君」
「なんでしょうか?」
ある日の夜。
傍のイクサを抱きながら──レモンは彼に問う。
「ここ3日、私……寝込んでいたでしょ?」
「そうですね……」
「その時、変な夢見たのよ」
「夢ですか?」
彼女は頷く。横で爆睡するデジーの顔を確認し、彼女には聞かれてない、と確信すると──ぽつり、ぽつり、と話し始めた。
「……笑えない夢よ。とても強い奴……あれは、プテラみたいな怪物だった」
「プテラ……ですか」
「ええ。断片的にしか覚えてない。夢の中では、ピカチュウが生きてて、一緒に私は戦って……負けるわけがないって思ってた」
イクサを抱きしめる力が強くなった。結果は──見るも無惨な敗北だった。
最後まで必死に抵抗した。だが、それでも勝つことは叶わず、ゴミのようにあしらわれてしまった。
夢の中の出来事のはずなのに、酷くそれが屈辱的だったのが記憶に新しい。
「……負けたのよ、私。そして──怪物に殺された」
「ッ……」
「それがとっても怖くて……あの子が居て勝てない相手なんて早々居るわけないのに」
そこまで言って──レモンは「いや、駄目ね」と続ける。
「……馬鹿だわ、私。そういう慢心が……あの子を殺したようなものなのに」
「気にしないで良いですよ。ピカチュウが強かったのは皆が認める事だし、それに夢の中の話じゃないですか、レモンさん」
「……夢、ね」
「それに──レモンさんはもう、強敵相手にひとりで抱え込む必要はないんです」
今度はイクサが彼女を抱きしめ返した。確かな体温が、彼女を安心させる。
「僕というナイトが、ずっと傍に居ますよ」
「……そうね」
「レモンさんは強い。でも、レモンさん一人で何でもできるわけじゃない。だから──もし、どうしようもない事があったら、必ず僕が助けます。必ずです」
「ん」
自分は幸せ者だ、と心からレモン・シトラスは想う。きっと奇跡があるなら──この少年と出会えたことなのだ。
「ありがとう……それを聞いて安心できたわ」
「変なレモンさん。ずっと、そうだったじゃないですか」
「……エナドリが無い所為ね、きっと」
「自分で言ったんだからエナドリは控えて下さいね」
「うん……」