推しの為に死ぬ話。   作:ざるそば

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推しの為に駆け付ける。

 

 オルフェニア士官学園。

 数百年以上続く魔王率いる魔物の軍勢との戦いで、その因縁に終止符を打つ者を育てるべく王国が築いた人材養成学校。

 その中庭には、数多の人が転がっていた。まだ生きているが、放置すれば死に至ると素人目でも分かる程の重傷である。

 倒れている人々は皆、教員であり騎士であり、類まれな実力の持ち主であり、誰一人として例外は存在しない。しかしそれは人間と言う枠組みの中においてである。

 動けぬ者達を見下すようにして、一人の巌が立っていた。

 

「――弱い、ただ只管に弱い。貴様らが束になって、何故この身へ傷一つつけられずにいる」

 

 男は見ただけで異常だと分かる程の体格であった。大人ですら見上げてしまう程の背丈に大木と見間違う程の肩幅。露わにされた上半身には、極限まで練り上げられた鋼鉄の肉体がある。

 磨き上げられた鏡面のように、男には傷一つとして存在しない。周辺には彼らが抵抗として振るった折れた武具が散らばっていた。

 その悉くが何一つ、男には届かなかったのだ。

 

「……興覚めだ、少しは骨のあるやつがいると思ったが所詮は人か。まあいい、元より期待などしておらん。あの時の王国騎士団とてそうだった。

 だが、戦士には至らぬとも覚悟してこの場に立った以上、命は貰っていく。無論、道理よな」

 

 男の目に偽りはない。今から一人一人を殺して回ると、そう告げた。それは虚言では無くただ淡々と今から広がる結末を見据えていた。

 生徒達はただ屈めて、嵐が過ぎ去るのを待つしかない。もしこの場に出れば殺されると本能が理解しているからだ。

 止められる者はいない。男に敵う存在は、今この場にいない。今から起こされる虐殺を、止められる者は――。

 

「――待ちなさい」

「……」

 

 だが、一人の少女がそう口にした。腰まで伸ばした黒髪と水晶のような青い瞳。

 まだ大人に至らぬ見た目と学生服を着ている事から、この学園の生徒である事は推察出来る。

 少女の瞳は、男を見据えて離さなかった。――しかしその両手は、微かに震えている。

 

「女、やめておけ。俺に挑むのであればそれは命を投げ捨てる事と変わらん。どうせ終わるというのならばせめて後へ続く形を残して遂げるがいい」

「殺すなら、私一人の首で十分でしょう。こう見えて、かつて勇者を輩出した家系ですから。今後、私が貴方達を滅ぼす理由になってもおかしくないと思いますが」

 

 彼女の言葉を挑戦だと理解したのか、男の目が僅かに細まった。

 その心意気が本気か虚偽かを区別するべく、静かに見据える。けれど少女は目を逸らさなかった。

 

「……本気で儂の前に立つと言うのであればお前の首にも意味は生まれよう。逃げるなら追いはせん。

 それでもここに立つと言うのか」

「はい、ここで逃げる事こそ私にとっては在り得ない事。

殺すなら私から殺しなさい」

 

 ――数秒の静寂。その間、双方の足は動かない。故に男は判断した。

 少女が後に引かないのだと悟って。その覚悟に敬意を示すべきだと理解して。右手の身を背後に引いた。

 

「承知した。ならば痛みなく終わらせよう。お前のその決意に免じて」

「……」

 

 少女は目を閉じる。

 そして己の生を振り返った。誇れる両親に育てられた事、自分が勇者を生み出した家系である事に満足せずそれを超える人間になると誓った事、学園で過ごしたのは二年余りの輝かしい記憶。

 ああ、でもそういえば一つ気になる事がある。かつての幼馴染――数年前に突如、家を出ていった彼はどうしているのだろう。悪童、名家の恥、末代までの呪いだのなんだの色々言われていたが、それでも少女は彼を気にしていた。まだ戻れる筈、まだ取り返しのつく筈だと。

 そうしていつか、戻ってくる日々を願いながら。気が付けば今に至って。

 

“せめて、顔ぐらい見れたら良かったのですけど”

 

 そうしてすぐ迫る終わりを受け入れようと目を閉じて――。

 場違いな鈍い音が響いた。

 目を開けると、ボロボロの布切れとフードを纏った一人の人物が立っていた。手にした剣で、男の拳を受け止めている。

 

「間に、合った……っ!」

 

 剣が払われると男が距離を取る。謎の人物は剣を構え直し、少女を背にする。そして相手から目を逸らさなかった。

 

「貴方、は……」

「……何者だ。先の一撃を止めたのは認めるが、ここに飛び込んだのは間違いだったぞ。女の決意と慈悲を受け入れるべきだっただろうに」

 

 フードが風で外れる。

 見えたのは黒髪の少年。左目には眼帯と、頬には深い生傷が一つ。それだけで彼がどのような生を歩んできたのかが分かってしまう程の出で立ちだった。

 

「――うるせぇ、こっちはあんまり余裕ねぇんだ。ギリギリまで準備してたんでよ。とっとと斬られるか逃げるか選んでくれ」

「ヴァン……!」

 

 ヴァン・カーハイン。名高き戦士を数々輩出したカーハイン家の跡取りにして、その名に深く泥を塗ったとされる悪童。

 数年前に、突如として家を出てそのまま行方不明となっていた少年その人であった。

 

 

 

 

 

 

 ――負けイベント、或いは永久離脱。

 ゲームにおいてこれらの単語が並ぶと、凡そ察しが良い人もいるだろう。ゲームで特定のキャラが敗北イベントにて死亡し、以後パーティとして使用できなくなると言うモノ。

 

「……何でこうなっちまうかね」

 

 窓枠に手を置くと、見えるのは穏やかな街並み。俺の知っているゲーム――その序盤に登場する街とそっくりであった。

 未だ上の空にいようとする頭を引き戻して、思考を走らせる。

 こうなれば俺のやる事はたった一つ。ヒロインを何としてでも生かす事。そのために序盤の負けイベントをどうにかして突破する必要がある。

 ……ただ、そのイベントの敵が極悪なのだ。

 魔王幹部こと、ウェルナスがいきなり学園に出現。教員や騎士達を薙ぎ倒し、自分の力を見せつけるもヒロインに「私の首で済ませなさい」と言われ、言葉通りヒロインの首を刎ねて殺すのだ。

 それを見た主人公は、深いトラウマとなり二度と同じ犠牲者を出さないと誓うために魔王討伐へ向かう――と言う導入である。

 このヒロインことアイリスがとにかくまあ素敵なのだ。優しいし、博愛主義だし、美人なのに相手を中身でしっかり判断する人だし。彼女の生涯を綴ったおまけ本は、余りの人気ぶりと発行部数の少なさにプレミアが付く程でありファンであれば涙なしには読めない。

 だから助けたい。どうしても、彼女に先の未来を見せてあげたい。

 

「……でも何でよりによって」

 

 原作で一番最弱って言われてる人間なんかに転生してるんですかねぇ……!

 おまけに周りの評判も頗る悪いとされる悪徳貴族である。ちなみに両親は極めて真っ当な性格であるが、息子自身がどうしようもないクズであり、見放されていたが最後までそれを知る事は無かったと言うおまけつき。

 

「とりあえず、今考える事とやるべき事は……」

 

 目標はアイリスの生存。そしてそれが起こるのは数年後。少なくとも一年とか二年ではない。それが俺に与えられた猶予である。

 倒すべき敵は魔王幹部の一人であるウェルナス。このゲームにおいて最強の存在であり、ラスボスである魔王よりも遥かに強かったとユーザー達の意見が満場一致したレベル。設定上においても人類相手に数百年以上の間、単身で無双する。実力者揃いの王国騎士団の間でも遭遇したらすぐに逃げろ、と勧告されている程。

 俺が転生した存在は、悪徳貴族の息子。序盤は主人公に嫌がらせばかりをし、魔王との戦いが始まれば自分の生存を優先に考え、人類を簡単に裏切る。そして主人公達には殺す価値もないと、放置されそれを最後にゲーム中には登場しなくなる。

 その末路は設定資料集のQ&Aにおいてさらっと死んでいた事が書かれて済まされる程だ。

 

「これ、無理ゲーって言われても納得いくレベルだよな」

 

 でも、まあ目標ははっきり見えている。後悔だけはしたくない。何も出来なかったと言う未練だけを抱えて生きていくなんで御免だ。

 だから今、やるべき事は分かっている。

 とりあえずは。

 

「――まず、メイドさんに土下座だっ……!」

 

 記憶にこびりついている悪行の数々。

 まずはこれをきっちり清算しなければ……!

 

 

 

 

「――はっ」

 

 彼女の声を聞いた時、ふとそんな。かつての遠い始まりを思い出した。今となっては色褪せて薄れてしまった彼方の記憶。

 地獄のような日々の年月だった。家族の名前も顔も声も、もしかすると自分の名前すらも忘れてしまう程の旅だった。

 自分の原点と呼べる過去など、もう破片となって飛び散ってしまったけれど。それでも残るべき決意はまだ胸の奥に刻まれたまま。

 剣を強く握りしめる。目線はヤツから逸らさない。一度でも目を逸らせば、その瞬間に殺されてもおかしくない。それ程の力量差がある。

 

「アイリス、今すぐ倒れてる騎士と先生達をこの場から離して治療しろ。治癒はお前の十八番だろ。運ぶのはそこらへんで屈んでる生徒ども引っ張り上げたらいい。まだ治療すれば間に合う」

「そんなっ、せっかく会えたのに。貴方も早く逃げて――」

「――頼むよ、治療に関してはお前にしか出来ないし、お前以上に優れてるヤツなんていないんだから。ここは俺がやる。俺しか出来ない事なんだ」

「……っっ! 死んだら、絶対に許しませんからっ!!」

 

 離れていく足音。これでいい。

 彼女に、今の俺の有様を見せたくない。この体はもう既に人と言う基準から遠くかけ離れてしまったから。

 馴染んだ体で剣を握り直す。師が鍛えてくれた刀身は、あの男の一撃を受けて尚歪んでいない。折れず曲がらず歪まずの刀身だけが、今この場における生命線だった。

 懐にしまい込んである欠片も充分。左眼もまだ稼働こそしていないものの、いつでも発動できる状態である。

 出来る事は、全部やって来た。おかげで到着が寸前になってしまったが、間に合ったのだから良い。

 

「アンタがウェルナスか、こうしてやり合うのは初めてだな。強い戦士だの何だの聞いてたから女には手を出さないと思ってたのに幻滅したぜ」

「……悪童の名、魔族にも届いていたぞ。退屈な話であり、この世の恥と思ったが。

 ――この手で死ぬ事で箔でもつけるつもりか」

「そりゃ、戦士の誉れだろうが俺はそうじゃないんでな」

 

 幾度と想定はしてきた。けれど初めてヤツとは対峙して分かった事がある。目の前に立つ――たったそれだけで何もかもが萎縮してしまいそうになるほどの圧力があった。

 息をするだけで、全身の力が張り詰めそうな程にアイツの存在は強い。それ程までに彼我の実力差はあった。

 それでも慣れた手つきで剣を構える。俺は今から嵐に飛び込む。人ではどうしようもない程の絶望に挑む。

 この世で最も信頼できる鍛冶屋が打ち、道を教えてくれた師が術を刻んでくれた剣。そして多くの人達との出会い。

 俺一人ではどうしようもないけれど、それでも数々の恩人達に支えられた人生だった。彼らがここまでの道を繋げてくれた。この背中を押してくれた。この手を引いてくれた。

 今までの喜びも苦しみも悲しみも、何もかもこの瞬間の為に。

 さあ、行こう。この命を燃やし尽くす時だ。――数多の出会いに、恥じない為に。俺が彼らの信じた俺であるために。

 

「行くぜ、災厄」

「フン、せめて一撃で散るなよ小僧」

 

 

 

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