推しの為に死ぬ話。 作:ざるそば
ネタが切れ切れ詐欺してますが、多分これで本当のネタ切れです。後は、本当に思いついたらかなぁ。
話を盛るペコ。
「ヴァン、出かけるわよ準備しなさい」
「うえっ、は、はい!」
また唐突なマギラの出立宣言に、バタバタと荷物を準備する。
いや準備すると言っても剣と傷薬くらいなのだけれど。
旅用に使っているフードのついたマントを羽織る。
どのくらいの旅になるか分からないし、着いた先でいきなり修行だの言われて魔物との戦いになるかもしれない。
「どこに行くんですか」
「前に、山脈で遺跡を根城にしていた山賊の討伐依頼を受けたのは覚えてる?」
「……あぁ、ありましたねそんな事」
最も天空に近いとされる山、エフィア山脈――世界でも有数の標高を誇るそこには、元々調査されていた遺跡があると言う。しかしそこを山賊が不法占拠しているため、調査が進まず現地の調査隊や学会から正式に依頼が下された。
ギルドからのそんな経緯もあり、珍しくマギラが現地まで同行したのだ。
あの時、俺ほぼ何にもしてなかったよなぁ。ほとんど彼女の魔術で即死してたし。
「あそこの調査行くわよ」
「え、調査隊が入ってるんじゃなかったんですか」
「今の人の技術じゃ無理ね。あそこの術式を解くにはまだ百年かかるわ」
「いいのかなぁ」
「いいのよ、それに貴方だってウェルナスとの戦いが控えているんでしょう。何か使えるモノがあるかもしれないじゃない」
「そりゃ、まぁそうですけど」
「それじゃあ行くわよ」
マギラが指先を動かす。空間をなぞると魔力が赤い線となって虚空に浮かび上がって。
そのまま文字通り視界が、世界が変わっていく。
「はい、到着」
「相変わらず便利ですね……」
俺もこの転移の術式には大分助けられている。これのおかげで移動時間を短縮出来るのは余りにも成果が大きすぎた。
しかも路地裏とか人目に付かないところに出てくれるから、騒ぎにならないのもいい所だ。
「……やっぱり空気が違うなぁ、ここ」
標高が高いせいか、或いはそもそもからここの雰囲気が違うのか。
眼前に広がるのは灰色の古代遺跡。今は誰もいないのか、視線は感じない。
すたすたと歩いていくマギラの後をついていく。
「何か、人工物みたいだ……」
「えぇ、セキュリティは以前の文明時代のもの。……前の人類が残したものでしょう。絶滅してもここに残っていたのね」
「何か今物騒な単語聞こえたんですけど」
「貴方が学術の道でも選んだら教えてあげるわ、長い話になるもの」
遺跡の中は石を切り出した作りになっていて、所々を光る緑の線が走っていた。
何と言うか過去の遺物と言うよりも未来的な感じだ。
「……ここね、今の人類が止まっている段階は」
巨大な壁――そこには幾重もの魔法陣が浮かび上がっている。
同じ物をマギラの館の書物で見た事がある。防壁だ。決してこの先には行かせまいと言う強い執念の下に凝らされた技だと、見ただけで理解した。
「邪魔」
それをマギラはたった腕を振ると言う行為だけで全てを解除した。
魔法陣が壁の中に戻って消えていく。まるで敗北を認めたかのように。
「行くわよ、ヴァン」
「は、はい!」
よく見ると壁には扉のようなものがある。
保護色になっていて、遠目では判別が難しい。
マギラが扉を開けようとして、鍵がかかっているような音がする。
「鍵? 面倒ね」
彼女が指を鳴らす。
たったそれだけで、開錠したような音が響いた。
「ええ……」
「再度かけ直すから早く入りなさい。時間は有限よ」
扉を開けて、中に入る。そのまま閉めると、マギラがもう一度指を鳴らした。また鍵がかかったような音がする。
もう何でもありだなぁこの人。
「これは……」
視線を中に向ける。まるで研究施設のようだ。謎の液体が入ったカプセルのような設備がいくつも並んでいて。
中央には、大きな筒のようなモノが一つ。そしてその傍に台座……と言うより端末装置だろうか。
「これは……」
「恐らく、あの端末ね。触れて見なさいヴァン。あれは何らかの認識をするモノみたい」
「えっと、爆発したりしませんよね」
「そんなところに貴方を連れてくる訳が無いでしょう」
ホントかなぁ、と思いながら装置に手を伸ばす。
まるで手を翳すようなパネルがあるから、そこにそっと触れた。
『生体反応を認識。人工機械生命体イヴの再覚醒を実施します』
「は?」
突如、中央の筒のようなものが開く。
そこには一人の女性がいた。
長い白髪と陶器のように白く、滑らかな印象を持たせる肌。この遺跡に流れていた色と同じ緑色の瞳。
彼女は俺の前に降り立つ。
「おはようございます、でしょうか。人工機械生命体イヴ、ここに」
「えっ」
「貴方の種族を人間であると判断。マスターと認定します」
「えっ」
「さあ、ご命令を。必要とあればエイリアンの討伐でも」
「えっ」
話題について行けない。頭がフリーズしている。
「あの、貴方イヴと言ったかしら」
「えぇ、そういう貴方は――人間ではありませんね。私のマスターとしては該当しません」
「貴方が活躍する予定だった文明、とっくに滅んでるわよ」
「えっ」
「えっ」
イヴさんを連れて館に帰還した後、色々と彼女の情報を整理して照らし合わせていた。何でも彼女は対エイリアン―今でいう魔物―を目標に設計された兵器らしい。
兵器と言うには、結構人間らしいけどなぁ。
「その、つまり私は……覚醒が遅かったと?」
「でしょうね。余りにも施錠が硬すぎてきっと貴方の覚醒を出来なかったのよ。だから貴方が守るべき文明は、とっくに滅んでいるわ」
「本末転倒過ぎませんか、私の人類」
料理をしながら、後ろの話を聞く。
マギラが言うには、イヴを作った人類はとっくに絶滅していて。彼女はそれまで眠っていたらしい。
……何か寂しいなそれもそれで。
「出来ましたよ」
「ありがとう」
マギラとイヴさんの前に料理を置く。
こう見えても師匠と過ごしていた時、家事はある程度やっていたからこなせるのだ。さすがにその道のプロには完敗するけど。
「あの……マスター、私はアンドロイド。機械で作られた生命体です。食事は不要なのですが」
「もしかして食べれない?」
「いえ、食べる機能を再現は出来ますが意味が無いと言うか……」
「別に良いよ、意味なんかなくたって。俺がしたいからやってるんだし」
「食べてあげなさいな、こういう人物なのよ貴方のマスターは」
「……分かりました。あ、美味しい……」
もぐもぐと食事をするイヴさん。こうしてみると普通の人と変わらないなぁ。
彼女が機械生命体なんて言われても実感がない。
対エイリアンかぁ。きっと彼女が生まれた世界は、かなり未来的だったのだろう。それこそスペース映画みたいな世界観なのかもしれない。
「イヴさんは武器とか何使うの? ビームとか何かカッコいい武器とか」
「いえ、硬い拳で死ぬまで殴るだけです」
「意外と原始的!?」
「シンプルイズベスト、と言う奴ですマスター」
「結構単純なのかもしれないわね、貴方達を作った人は。
……待って、という事は格闘戦が出来るの?」
「はい、対人は常に最適解を出せるようにコントロールが可能です。強力な高等種のエイリアンならともかく、そこらのエイリアンなら負けはしないかと」
「……行けるわね」
「あの、まさか……」
マギラが指を鳴らす。
館の一室に転移――よく修行として彼女に魔術を打たれる部屋だ。
「やっぱりそうなるんですかぁ!」
「イヴ、貴方のマスターに稽古をつけてあげて」
「はい? あの……何故」
「理由は後で彼から聞くといいわ」
剣を構える。
お手並み拝見だ……!
ボッコボコにされました。クッソ強いですイヴ。
今、仰向けで倒れる事しか出来ません。めちゃくちゃ肩で息をしています。
「弱いですねマスター、さすがにビックリです」
「辛辣、だなぁ!」
「五分と持たなかったわね、頑張りなさい」
いや、なんだあの反応速度。こっちが動く前に行動全部読まれてる。予備動作全部潰されてるし。
そして仕舞いには拳を剣で迎え撃とうとしたら、剣ごと掴まれてそのまま地面ごと引きずられた。おかげで今、背中がズタズタである。
マギラが魔術で傷を治してくれたけど痛い。ついでに自分が弱いって事を改めて突き付けられたので辛い。
「刀身掴まれたらどうしたらいいんですか」
「肘を殴って下さい。そしたら力が緩みますので、そのまま斬り払えばいいです」
「なるほど……」
意外と座学もためになるので、勉強になる。
唐突にマギラが戦闘訓練を考案したが、確かに白兵戦の練習ならもってこいだろう。
多分、俺が出会ってきた人達の誰よりも強い。マギラはノーカウントで。
「マスター、何故そんなに強くなる事が必要なのです?」
「……ウェルナスって言うさ、倒したい奴がいるんだよ。そいつをやらないと、一生後悔する事になるから」
「ウェルナス……私のページに履歴はありません。強いのですか? マギラ」
「えぇ、世界最強、人の災厄、人類における大災害、歴史の破壊者、命を砕く者――今の貴方でも勝てないでしょうねイヴ」
「何と……」
「でも、彼は挑むのよ。だからここで稽古をつけているの」
「それは……無駄死にと変わらないのでは」
意外と辛辣だなぁ、この機械生命体。
でも確かに、傍目から見ればそうだろう。俺がやろうとしている事はきっと無駄なのかもしれない。
「でもさ、無駄かもしれなくても。やる理由があるんだよ、だから俺は挑むんだ」
「……貴方の事が分かりません、マスター」
「こういう子よ、貴方のマスターは」
この日から、訓練にはイヴとの組手も追加された。地獄だった。
でも、ウェルナスに挑むためだ。このぐらいは頑張らないと。
館での三人の共同生活が始まって数ヶ月。イブと白兵戦の訓練を行った後、マギラからは魔術の訓練を受けると言う過密なスケジュールを過ごしていた中。
ふと思いついた事があって、マギラに相談していた。
「どうですかね……」
「いいんじゃない、息抜きには丁度。それに貴方だって楽しんできなさいな」
「何の話をされているのですかマスター」
「うん、ちょっと出かけようかって」
「え、出かける?」
マギラから欠片を受け取る。転移の術式が記された欠片。世界では余りにも貴重で高い武器が一個や二個は平気で買えるほどの価値が付いてるらしい。そんなモノを片手間で作れる彼女は、改めて凄いと思う。
そういえばミュールさん、元気にしてるかな。あれからマギラ曰く、定期的に欠片を貰いに行ってるらしい。連れて行ってくれてもいいと思うんだけどなぁ。
「よし、行こうイヴ」
「あの、行くってどこへ……」
「街だよ」
イヴの手を繋いで、もう一方で欠片を砕いた。
世界が切り替わる。視界が移り変わる。
まるで昼夜が切り替わるかのような光景で。
「……ここか、噂には聞いてたけど来るのは初めてだなぁ」
「ここは」
高い建物がいくつも並び、空を往く何機もの飛行船。建物から建物へは通路のようなモノが繋げられている。街を行く人々の服装も気品が高そうなモノばかりだ。
恐らくはこの世界で最も栄えているであろう都市ルグレリアス。技術も文明もマギラ曰く世界で最先端らしい。
「きっとここならイヴも楽しめるだろう、行こう! 俺だって初めて見るものばかりなんだ!」
「あの、マスターっ!」
彼女の手を引いて走る。
適当な屋台や街の出し物、水族館や動物園のようなもの。
さらには研究施設のようなもので、実験の体験まで出来るところがあった。凄いな、同じ世界でもここまで文化が違うだなんて。
時間は溶けるように過ぎ去っていく。昇っていた日はあっと言う間に落ちていく。
気づけば、一日の終わりとして料亭に入って夕食を取っていた。
「あの……マスター」
「どうした?」
「その、何故今日はこのような時間を」
「楽しくなかった?」
「いえ、楽しいは楽しかったのですが……。意味が、分かりません」
イブは何か思いつめたような表情でそう呟いた。
らしくないなぁと思ってしまう。
「私は、機械生命体です。ですが本来の意味を果たせず、姉妹達と違って生き続ける事になってしまった。言わば失敗作も同然。
そんな私に、ここまでしていただく意味が――」
「――意味なんてなくても、イヴはここにいていいんだよ」
「――」
「自分の理由は自分で決める。そう生きていいんだって。俺にそう教えてくれた人がいたから」
「……っ」
俺の言葉に、イヴは黙ってしまう。以後彼女は一言もしゃべらないまま、館へ帰還した。
何か不味かったかもしれない。俺の言った一言が彼女の何らかの逆鱗に触れてしまったのかもしれない。
でもきっと、師匠ならそういった筈だ。そうやって俺はあの人に救われたのだから。
それでもし間違っていたと言うなら、謝るしかない。
白兵戦の回数は増えた。彼女の口数は減った。
でもどうしてか、俺を見る目はとても優しいのだ。
まるで何かを決意したかのように。
マスターと出かけた日から数日後。
夜にマスターが寝静まった頃合いを見て彼の部屋に入る。
普段から激しい戦闘訓練を行っているせいか、彼は一度眠ると中々起きる事が無い。何度か部屋に入った事はあるが、一度も気づかれる事は無かった。
「……マスター」
寝ている表情はまるで年相応の少年のよう。まるであの時、共に街を楽しんでいた時とそっくりだ。
だと言うのに戦闘になると人が変わったように表情が切り替わる。でも、そんなところもいいなと思ってしまう。
そんな頬をそっと撫でた。指先は夜空に光り輝く星に手を伸ばすように。
そっと柔らかな温もりが手先に広がっていく。
「……挑まれるのですね、敵わぬ相手に」
あの後、彼と戦闘訓練を何度もした。最初は瞬殺されていたのが、今や打ち合いに至るまで成長している事に驚いたものだ。
けれどそれでも、今の彼はきっと敵わないだろう。
分かってしまう。この身は機械故に、理解してしまう。
「自分の理由は自分で決める――ええ、そうです。どうか、貴方は貴方のままに進まれますように。大丈夫です、マスターならきっと」
撫でる手を放した。
まるでアルバムを閉じるような、愛しい温もりが指先から消えていく事に寂しさを感じながら部屋を出る。
きっと時間は無いのだろう。そのまま迷わず進入禁止と書かれている部屋のドアを開ける。
「マギラ、今よろしいですか」
「何かしら、取り込み中なのだけれど」
マギラの私室に入った。彼は決して入る事が許されていない部屋。
そこでは彼女が何やら組み立てていた。部屋の随所には謎の黒い金属が転がっている。
「マスターは今のままだと、ウェルナスに勝てると思いますか」
「……負けるでしょうね。人の肉体では勝てないわ、瞬殺されるのがオチよ」
「貴方が作っているのは……パワードスーツ、ですか?」
「えぇ、魔道装甲。今はまだ調整中だけど……肝心の魔力炉心が上手く行かないの。ウェルナスとの戦闘を想定すると、どう足掻いても暴走してしまう。だからと言って調整を抑えても、火力不足になる。
どうしたものかしらね……」
人の体に当たる所の心臓部。そこをマギラはそっと撫でた。
あぁ、そうか彼女も同じなのだろう。
ならばこの胸にある温かくも力強い感情を、きっと彼らは、人は――。
「……私を、炉心に出来ませんか」
「え?」
「私は機械生命体です。元より部品となる事に嫌悪はありません。いえ、寧ろパワードスーツであれば私を材料にした方が効率が良いでしょう」
「ち、ちょっと……!」
「お願いします、それがマスターのためになるのなら。私も覚悟を決めました」
「そんな事いきなり言われても……。少し待ってくれる。 え、連れて来い? わ、分かりました。
イヴ、その……ちょっと付き合える?」
「勿論です」
マギラの後をついていく。
辿り着いたのは館の地下。そこにある巨大な魔法陣に足を踏み入れる。
――辿り着いた先にいたのは一人の男。人間ではない、私の知る人類でもない。もっと別のナニカだ。
「……まさか、生き残りがいたとはな」
「私を知っているのですか?」
「知っているとも。余は全てを見届けているのだからな。
それで貴様の願いはなんだ。貴様からは意志を感じた。あの男と同じ気合いだ。あるのだろう?」
男の言葉に、私は躊躇無く口にした。
それが意味する言葉が自分の死であったとしても。
「私を、魔力炉心の材料としてください」
「っ!」
マギラが息を呑む音が聞こえた。
止めようと、指先を伸ばそうとしていて。
私は彼女に目線を配り首を振った。
「代価は何を選ぶ?」
「代価、ですか」
「無論だ、不可能を可能にするという事は奇跡に等しい。であれば相応の代価がいる」
「……」
「イヴ、落ち着いて。まだ考えてからでも……」
僅かに考える。
けれど過ぎったのは、彼との思い出。そして決意を決めた彼の覚悟。未来があった筈だ。それを彼は投げ捨てて、とある選択を選んだ。
であれば、この身も同じモノを捧げよう。
「記憶を」
「……」
「マスターであるヴァン・カーハインの、私と私に関わる全ての記憶を代価とします」
「イヴ、それは……!」
彼の中から、私が永遠に失われる事を意味する。
この先も決して思い出される事無く。彼は私と出会った事が無いようにして生きるのだろう。
少し寂しいけれど、でも彼が覚悟を決めたと言うのなら。従者である私もそうしなければ示しが付かないだろう。
「……良いのか。お前を新たな生命体として定義する事も出来よう」
それは一種の慈悲だと理解する。人工生命体である私が、本当の命として生きる事。
けれど私は首を振る。それでも私は、あの人の役に立ちたい。あの人の支えになりたい。
「いいのです、私は光を見ました。この空を、大地を、世界を見させてくれた新たな光。弱くとも、何かを照らし続ける小さな希望。
その輝きの為に、私は私を定義するのです」
「……そうか。ならば代価、確かに受け取った」
マスター、間違いなく私は幸せ者です。他の姉妹達は戦いできっと果てていったのでしょう。それが本来の私達の意味、役割だった筈です。
時間に取り残された私は本来なら意味を失っていた。何の価値もないただの部品でしか無かった。
そんな私に、貴方は心をくれました。一つの生命体として日常をくれました。
――貴方はきっと死に向かって歩むのでしょう。なら、私はその道を支えます。従者失格かもしれません。機械生命体としては失敗作なのかもしれません。
それでも、それでも心の底から手を伸ばしたいと思った人が出来たのです。
だからこの命は貴方の為に、何もかもを使い切りましょうマスター。
「……あれ」
いつものように館で目を覚ます。思わず目を擦った。
また今日もマギラと修行の一日が始まるのだろう。
けれど、どうしてか今日は。酷く視界が滲んでいる。まるで星が雲に隠れるように。
「何で、俺……泣いてるんだ」
まるで大事な人を失ってしまったかのような喪失感が心にあった。何か傍にあった筈のものが無いと叫んでいた。
けれど分からない。それが何も。見つからないパズルの部品を探すように。
「ヴァン、起きてる? って、どうして泣いてるの?」
「その、分からないんです。何かが、無くなってしまったように空っぽで」
「…………――大丈夫よ、無くなっても消えないモノだってきっとあるわ」
その日、どうしてかマギラは酷く優しかった。
災厄は倒された。
国で行われている葬儀の中、私は去っていった最後の弟子の後ろ姿を見届けて小さく息を吐いた。
そっと短剣に手を伸ばす。柄に触れると仄かな温もりが感じられるような錯覚があった。
「……貴方でしょう、イヴ。暴走する魔力炉心を抑え続けてくれていたのは」
結論から言えば結局、魔力炉心の調整だけは上手く行かなかった。実験を行う間も無く、戦いの日が訪れてしまった。
ぶっつけ本番と言わんばかりの投入。本来なら魔力炉心は暴走を開始して、ウェルナスとの戦いに耐え切れず彼の体は内側から弾け飛ぶ筈だった。
けれどそれでも最後まで彼が自分として在れたのは、魔道装甲の中にあるたった一つの存在が彼を支えていたからだ。それが暴走し続ける彼の体を繋ぎ止めていた。
「……ありがとう、イヴ。彼を守ってくれて」
建物を出た後、空を出てそっと呟いた。
その名を新たに覚える者はもうきっと、この世にいないだろう。
そして彼女は館に戻り、消えていった者達に思いを馳せた。
マスター、やり遂げたのですね。お疲れさまでした、激しい戦いでしたね。
……見守っていましたよ、ずっとお傍で。例え貴方が覚えていなくとも、貴方の内側から。
えぇ、大丈夫です。今度は私もいますから。これから先もずっと貴方のお傍で、貴方を守り続けます。
おやすみなさい、私のマスター。
――何も無かった私に光をくれて、ありがとう。