推しの為に死ぬ話。 作:ざるそば
不定期更新ですが、気長にお付き合い頂けたらと思います。
ぼく「これ元悪役貴族とか勇者魔王の設定とかいる?」
もう一人のぼく「間違いなくいらない」
もう一人のぼく「テンプレが死に設定おつ」
もう一人のぼく「RE I AM聞きながら書くべ」
ヴェント・カーハインは部屋にて執務に勤しんでいた。
やる事はたくさんある。領地に潜む魔物の状況、民がどのようにして暮らせているのか、何か領主として手を尽くせる事は無いのか、と。
元々騎士であった身だ。それが栄光を積み重ね一人の領主となるにまでなり上がった。――無論、それを面白く思わない貴族もいて何度か妨害や策略に巻き込まれた事はある。
しばらく動きは無い。さすがにもううんざりと、内心溜息を呟いた。
「……もうあやつが出て数年か」
突然、旅に出ますと告げて家を出ていった息子の事を思う。
人が変わったかのように従者達へ謝罪を行った後、そのままバタバタと焦るようにどこかへ向かった。
どうせすぐ戻ってくるだろうと思って、追跡や所在確認は行っていない。彼の本来の性格ならきっとすぐに根を上げて家に帰ってくると思っていたからだ。その時にはまだ領主になって歳月が浅かった事や妻の出産もあって、慌ただしく気にする余裕が無かった。
しかしそれから何の音通も無く、気付けば幾年の歳月が過ぎ去っていた。さすがに焦って動き出すには何もかもが遅すぎた。
楽観視しすぎていたのか、或いは自分が息子の事を見誤っていたのか。彼の行いは確かに目に余るものだったかもしれないが、それも時間と共に落ち着くだろうと考えていた。
結局、何もかもが裏目に出てしまったなと考える。他の子息もいるため跡継ぎの事を考える必要は無いが、それでもやはり一人の親として思う所はあった。
妻も案じているし、後に生まれた弟もまだ見ぬ兄の事を気にする年頃となった。
「……あの、旦那様」
「どうした」
「差出人が書かれていない手紙が届いております」
「ふむ……またいつもの、貴族連中の嫌がらせか何かだろう。捨てておけ」
「いえ、その……。とてもきめ細やかな飾りや羽が付けられていて。とてもそんなものに見えないのです。私から見ても特別なように思えます」
「何? 見せてみろ」
従者から手紙を受け取る。
便箋を包む封筒には、まるで硝子細工のような綺麗な飾りが施されていた。それとつけられている色鮮やかな一枚の羽根。――元々騎士であるヴェントにはそれが何なのか分かる。
貴重な魔獣のモノだ。数年に一度見られるかどうか、討伐した者は幸運を手にすると言われている程に。
「ふむ……手紙を見る。呼ぶまでの間、部屋には誰も入らないように告げておけ」
「分かりました」
扉が閉まったのを確認して、封を開ける。
手紙の文面には予想外の名前が記されていた。
『父上、お久しぶりです。ご壮健にされているでしょうか。名前も書かず、突然このような手紙を送った事、大変失礼いたします。
私はヴァン。貴方の息子、ヴァン・カーハインです』
「ヴァン? お前なのか……」
文体、筆跡は分からない。
それでも手紙には何度もやり直したような、書き直しがされたかのような痕が残っていた。
まるで言葉一つを考えるだけでも、念入りにやり直したのではないかと思う程に。
『今、私はとある人物に弟子入りしていて。ひたすらに修行の日々に明け暮れています。
笑われるかもしれませんが、それはウェルナスを倒すためです』
「……何?」
それはヴェントも聞き及んだことがある。人類における災厄、人の身では決して敵わぬ存在。人類最強と呼ばれる王国騎士団の隊長格ですら、勝負にならない程。
何かの冗談かと思う。けれどその筆跡は強く、濃く書かれていてまるで彼の信念を示すかのようだった。
『きっと誇張した話のように思われるかもしれませんが、事実です。そしてその旅で私は色んな人達に出会ってきました。そして彼らに背中を押して貰ったのです。
だからせめて、例え果たせなかったのだとしても。知らない誰かに笑われてしまうような結末になってしまったとしても。それでも私は、自分が願う自分でいたいと思います』
「……本気、なのだな」
『それから姿をお出しする事の出来ない理由に関しては、もう私の体はウェルナスとの戦いを想定したモノに成り果てたからです。今まで出会ってきた友人ならともかく。
せっかく産んでいただいた父母には、到底お見せ出来ないと思いました。ですから今回、手紙のような形を取らせて頂いています。どうかご容赦の程を』
「……」
『……それと貴方だけには事実を話しておこうと思います。私はヴァン・カーハインであっても、そうではありません。
父上の知るヴァン・カーハインはもういないのです。今ここにいる私は、たまたま迷い込んでしまっただけの、生き残ってしまった亡霊に過ぎません』
「それは……」
その事を書く文体は今までと違って僅かに震えているように見えた。何度も消しては書き直したかのような痕が残っている。
「……お前は」
思い出す。突然彼が豹変した時のことを。
まるで人が変わったかのように。従者達へ頭を下げていた。
でもそれでも、彼が自分の息子と言う存在である事に変わりはない。
『ですがそれでも、過去は無かった事には出来ません。
父上、どうか私の今までの御無礼の数々、そしてこれからの非礼をお詫びさせてください』
「違う……違うのだ、ヴァン。確かにお前の振る舞いは目についた。だがそれでもお前につけられた数々の名は、その大半が根も葉もない噂話でしかない。我が家名を陥れるための罠でしかなかったのだ。
私が、私が権謀術数に秀でていれば。奴らの暗躍を阻止出来ていれば……! お前は、あそこまで呼ばれる筈が無かったのに……!」
涙が零れ落ちる。
何もしてやれなかった、何も守ってやれなかった。
何か出来た筈だ、けれど彼の事を何一つ分かってやれていなかったのだと。
『……元々、私は噂と変わらない程愚かな人間でした。大した用意もせず無計画で家を飛び出し、挙句の果てには勝手に死にかけては命を拾われた。
自分で思い返していて思わず笑ってしまう程です』
「……そんな事は無い。人間は正解を選べない事もある。簡単に気づく事が出来た筈の間違いを、続けてしまう事だってある」
『……もうすぐウェルナスが学園を、士官学校を襲撃します。ですが、私はそれを知っていても止めようとはしません。とあるたった一人の少女を救う為だけに、一部の人達を見過ごします。迫る刹那まで自分がヤツを倒せるための時間を作るために使います。
卑怯者、と言われたらそれまでかもしれません。ですが戦いに巻き込みたくない以上、死人を増やしたくない以上、学の無い自分に考える事が出来た手段はこれぐらいのものでした』
「どう足掻いても手段を選べない時もある。そう、背負うな……。生きていれば辻褄の合わない、合わせようが無い事だって山ほどある」
騎士として生きるのと領主として生きるのでは、見る光景が余りにも違い過ぎた。
故にいくつもの矛盾を抱えて生きていた。その苦痛は自分自身もよく分かっている。
『私はその時ウェルナスに挑みます。誰も倒せず止める事の出来なかった嵐に真正面から飛び込みます。
もしも、もしもこの身が奇跡に届いた時。その褒章は父上が受け取ってください。それが今の俺に出来るたった一つの恩返しです。
きっと生きて貴方に会える事はないでしょう。改めて一度も姿を現す事の出来ない事を謝罪致します。あの世で武運長久をお祈りしています。どうかお元気で、父上』
「……」
筆跡は小刻みに震えていた。けれどそれを押し殺すかのような力強さが文字にはあった。
ヴェントはその手紙をもう一度目に通して、傍にあった暖炉へ静かに置く。手紙はやがて火の粉に焼かれ、灰となって消えた。
「……ヴァン、お前は一つ見誤っていた。例え何一つお前にそれらしい事をしてやれなかったのだとしても、私にも父としての意地があるのだ」
災厄は倒された。その場にいた王国騎士達全員が、ヴァン・カーハインを名乗った少年とウェルナスの死闘を見届けていた。血を血で洗うような激戦だったと言う。その戦いの余波だけで校舎が崩壊したため、士官学校は修復の為しばらく閉鎖となった。
ヴァン・カーハインは一人の少女に看取られながら、灰となって消えていったと言う。
ウェルナスが倒されたと言う事で国は、歓喜と驚愕に震えていた。
王国の城にヴェントは呼び出されていた。王の前に跪く彼の周囲にはカーハインを称える声が相次いでいる。
「ヴェントよ、礼を言うぞ。其方の息子のおかげで、人類を脅かす嵐が一つ消えたのだ。
カーハイン家には相応の礼と名誉を」
「お言葉を遮るようで申し訳ありませんが一つ言葉を述べさせてください。――王よ、私は何一つ息子に銘じておりません」
その言葉で、周囲はまるで凍り付いたかのように固まる。
「……何?」
「ヴァンは自らの意志で、たった一人家を出ていったのです。――それは決して私の命令ではありません」
ヴァンが戦っている間、ヴェントが出来た事は他人を巻き込まないために既に騎士団へ連絡して現場を封鎖する事ぐらいだった。それぐらいしか出来なかった。
周囲が騒然とし始める。彼が意味するのは、それはつまり――。
「……つまり、カーハインとしての命では無かったと?」
「その通りです。……故に我らはその名誉を受けとる資格はありません。それは、勇者に与えられるべきモノだからです」
「……あい、分かった。では情報部を動かすとするか。ウェルナスを倒した英雄として、彼を何も知らぬまま神輿に担ぐ訳には行かん」
「感謝いたします、我が王よ」
情報部が動き出すと、彼の話は世界の各地に残っていた。
彼に助けられた、彼と共に戦った、彼は良き人物であった――そんな言葉が数々聞こえてきて。
その結果として、国はヴァン・カーハインと言う個人を弔う事とした。
「……」
大聖堂に用意された巨大なテーブル。
そこにはいくつもの花や手紙が添えられていて。多くの人が足を運んでいた。
見慣れぬ貴族であろう男性と少女、ここから大分離れている異国の王、見慣れぬ老婆など多種多様な光景があった。
泣き崩れる妻の体を支えながら、ヴェントは添えられた品の数々を見る。彼が家を出てからの歩みを知らないけれど、それでもどんな人生であったかは予想が付く。
出会いと別れに満ちた冒険、苦しくとも輝ける日々。きっと彼の人生は紛れも無く光に満ち溢れていたのだろう。
「ヴァン……手垢のついた言葉かもしれないが、私はお前の事を誇りに思うぞ。
……これでせめて一つは、親らしい事を出来ただろうか」
戦闘こそ見れてはいないが、戦いの残光をヴェントも見た。凄まじい光景だった。地面には数々の崩落した痕、窓ガラスは砕け散り、壁は巨大な亀裂が入ったり分断されていたり。まるで災害が起こった後の荒地のようだった。
きっと想像を絶するほどの戦いがそこにはあった。果たしてそこに自分もいて、彼に加勢出来ただろうか。
――否、だ。きっと逃げ出していた。嵐と戦おうとする人間はいない。過ぎ去るまで待つしか無いから。
けれど彼はそれに挑んで、そして奇跡を成し遂げた。
その結末を悲しくは思えど、哀れだとは思わない。死者の人生は死者だけのものだ。ならそれを生者が定義するのは、余りにも筋違いだと、ヴェントは思う。
「……今はゆっくり休め。私も毎日足を運ぼう。
そして約束するよ、お前の父として私は名に恥じぬ人物であり続けると。あぁ、そうだ。騎士としても大人としても……一人の男としても。
よく頑張ったな、ヴァン」
ヴェント・カーハイン。
人類の大災害を倒した少年の父親として名が知れ渡る事となる。また彼が行った執政の数々に民は大いに喜び、彼を領主として称えた。
しかし彼は生涯を通して自ら一度も息子の話題に触れる事は無かったと言う。