推しの為に死ぬ話。 作:ざるそば
出せるネタはこれで絞り尽くした感があります。次の更新は来年でしょう(n回目)
いつも誤字報告ありがとうございます。
よぉ、お前も生きてたのか。そんな顔すんなよ、ギルドの仕事で生計立てるなんざその日その日の運命だ。お互い喜ぼうぜ。
何せ近頃は災厄も暴れてるみたいだからよ。
……はぁ? 知らねぇのか、災厄を? あぁ、ウェルナスって言えば分かるか。
そうだ、化け物揃いの王国騎士団の隊長格ですら逃げろって言われる程だ。
それにお前、何で王国騎士団なのに遭遇したら逃げろって言われるようになったか知ってるか?
数年前に王国騎士団の精鋭が集まったんだよ、災厄を討伐するためにな。古今東西、最強の騎士達が集ったらしい。向かった騎士達は数日経っても帰って来なくて。後になって捜索隊が向かったら、そこは。
……全滅しただとよ、そりゃもう。現場を見に行った連中が思わず吐いてしまうぐらいには、ひでぇ有様だった。武具も体も、何もかもが原型を留めていなくてよ。
勝負にならなかったんだと一目で分かったぜ。剣も鎧も何もかもが砕かれていた。
……俺もあの光景を見た瞬間、心が折れちまった。災厄や嵐に例えられるのも無理はねぇ。いや、意志を持っている分それ以上だ。
アイツを倒す事が出来るヤツがいるとしたら、神頼みに全てを賭けたか、人生全てを注ぎ込むような余程の馬鹿じゃないと無理だろ。
ん、あぁ、悪いな。せっかくの飯の席だって言うのにこんな話しちまって。
せっかくだ、何でもいい。一杯奢るぜ、兄弟。
茂みに身を隠す。息を小さく吐いて、全身の力を抜く。
今回の目的は魔物討伐。オークと呼ばれる巨人の対処。数は三匹。ならやれなくもない……。
だがそれでも気は抜けない。魔物との戦いは一瞬一瞬が命取りだ。ましてや俺は単独である。油断は出来ない。
「しっ!」
茂みから飛び出し、一体目の両膝を切り落とす。そのまま落ちて来た胴体。首を返す刃で跳ねた。ここまでは順調。事前に立てた作戦通り。
次、二匹目。だけどこちらの攻撃より先に相手が動いていた。
「■■!!!!」
思っていたより反応が早い。振り下ろされる棍棒。当たれば即死は免れない。
転がるようにして回避する。風圧で体が飛ばされた。
砂埃で視界が悪くなる。これでは――。
「下がって」
「!」
俺をそのまま潰そうとしていたオークが両断される。
見ると水色の髪を首下で揃えた女性が一人。
「貴方は……」
「戦いに集中。来るわよ」
三匹目のオークが迫る。正直に迫る棍棒。受け止めれば剣ごと潰されるだろう。
懐に潜り込むように踏み込んで、手首を切る。
瞬間、女性が斬撃を見舞う。――振るのが早すぎて一瞬しか見えない程の残光。
崩れ落ちる巨体。まるで斬られた事を後から分かったかのように。
この人、強い。俺なんかよりも遥かに。
「あの、ありがとうございました!」
「……貴方、その剣の振り方は我流ね。見た事無いわ」
「え」
「荒いわ、もっと磨きなさい。剣に頼ってるのが丸分かりよ」
我流――剣の事だ。
剣術に関してはほぼ独学だし、マギラは専門外だから自分でやるしかなかった。色んな同業者の剣の振り方とか見て真似はしていたり教えて貰ったりはしていたけれど、ほとんど自己流だ。
それをあの一瞬で見抜かれた。この人、観察眼もある。
「やっぱり。使っているのは名剣ね、それも飛び切りの。……貴方、名前は」
「えっと、ヴァン、です」
「ヴァン? ……あぁ、そういう」
彼女はそのまま背中を向けた。
もう興味は無いと言いたげに。
「貴族の遊びならさっさとやめて王国に帰りなさい。それが賢明よ」
「! ……俺を、知ってるんですか?」
「……口が過ぎたわ、それじゃあ」
「あのっ! 答えたくないならそれでもいいです! 剣術を教えてくれませんか!」
「……」
「……」
沈黙が場を支配する。
それから僅かにして。
「……夜」
「はい」
「夜、近くの街のA4に来なさい。来たらそこで剣を見てあげる」
そう言って彼女はそのままどこかへ去っていった。
……A4って言えば確か地図で示したポイントの筈だ。
夜になったら、そこに向かおう。
ギルドに情報を確認してみると、どうやら手違いで偶然依頼が重なったらしい。それで彼女が依頼現場に来たと言う訳だ。本来なら俺一人で来る筈の依頼だったから。
でも結果的に剣を教えてくれる人と出会ったのだから嬉しい誤算だろう。
夜になり、A4と指定された場所へ来ると見覚えのある後ろ姿があった。
間違いない彼女だ。
「……本当に来たのね。噂通りなのか或いは」
「よろしくお願いします!」
そういって頭を下げる。
どうやら俺の事情を把握しているらしい。この人の顔に見覚えは無いのだけれど、それでももし失礼な事をしてしまっているのなら、ただ謝り続けるしかない。
「まあ、いいわ。私は自分の目と耳で判断するから。さ、構えなさい」
女性が剣を抜く。その動作は流れるように綺麗だった。
抜く動作と立ち振る舞いだけでかなりの実力者だと言うのが見て取れる。
「行きます……!」
「掛け声はいらない」
瞬間、彼女の剣が迫っていた。それを防ぐ。
鍔迫り合いになる事は無い。そのまま流れるように次の斬撃が迫る。ただ早い。
防戦一方だ。まるで川の流れのように、その剣捌きは途切れる事が無い。
「っ!」
剣にあちこちから衝撃が加えられて、握力が力の行き所を失う。
そしてふと、腕の感覚そのものが無くなったかのような違和感があった。
「はい、終わり」
持っていた剣が斬り払われて、地面を転がった。
彼女はそのまま俺の首筋に剣を当てる。殺し合いなら、俺はもうここで死んでいた。
「甘いわね、これでどうやって生き残ってきたのかしら」
「強い……」
「まだやる? もう心が折れてしまったなら逃げても」
「お願いします!」
まだだ、剣を教えて貰える機会なんて滅多にない。
それに彼女は強い。紛れも無く、俺なんかより。そんな人から剣術について学ばせてもらうチャンス。それを逃すなんて出来る訳が無い。
――小さくため息を吐いた。
「……やる気があるなら宝の持ち腐れを見て見ぬふりも出来ないわね。素振り」
「はい?」
「ここで見てあげるから、ずっと素振りしなさい。力を一切抜く事無く剣を振るのよ」
「は、はい!」
すぐに剣を取りに戻って。
彼女が見守る中でひたすら素振りをする。懐かしい、まるで鉄を打つような感覚を思い出す。
まるで師匠に、見て貰っている時のようだ。
「……思っていたよりタフね」
「そこだけは、自信あります、から!」
「じゃあ回数追加。頑張りなさい」
「えっ」
それと、分かった事がある。
この人多分間違いなくサディストだ。
「芯がズレているわ、狙った通りに、決まった力で振り続ける。柄を握る力は決して緩ませない。どんな名剣も手元を離れてしまっては意味が無い」
「は、はい!」
力は抜かない。
俺が目指す先は余りにも遠い。だから気を抜くわけにも、こういう所で近道なんかする訳にも行かない。
「体幹がブレてる、もっと丹田に意識を集中させて。剣に体重を乗せるのも大事だけど今の貴方じゃ、剣に振られてるだけ。自分の意志で振りなさい」
「はい!」
気づけば夜明けとなっていた。
……その間本当に、彼女は俺から目線を離さなかった。
「……っ!」
「……本当にやり切ったのね」
最後の回数、剣を振り終える。腕が激しく痛みを訴えていた。
体がふらつく。思わず地面に座り込んだ。滝のような汗が流れてくる。
まるで鉄火場の中にいるような感覚だ。
「飲みなさい、休息はしっかりとる。じゃないと戦いはいつ来るか分からない」
「あ、ありがとうございます」
彼女から水筒を受け取って飲み干す。
冷たい刺激が身に染みた。
「……エレナ」
「はい?」
「エレナ・シューハウトよ。名前、まだ教えていなかったでしょう」
「エレナさん……」
記憶を巡らす。それでも彼女の記憶は思い至らない。
おかしいな、俺の事を知ってるという事は王国関係者なのは間違いないんだろうけど。
「また今日の夜、やる気があるならここに来なさい」
「分かりました」
エレナさんだってずっと俺を見ていて寝てない筈なのに、一切疲れを感じさせる事無くそのまま歩き去っていく。
それから毎夜、俺の剣術修業が始まった。
「あぁ、エレナさんですか? フリーの傭兵ですよ」
あれから少し情報を集めようと思ってギルド支部に向かった。
受付嬢にエレナさんの事を聞くとどうやら知っているらしい。何やら有名人のようだ。
「もしかして惚れちゃいました? キレーですよね、エレナさん。氷の美女って感じで! 私も憧れちゃいます!」
「いや、あの……聞きたいのはそういう事じゃないんですけど……」
何で受付嬢の人は皆、勢いが強いのだろう。
下手するとこちらが押されかねない。
「それで、何が聞きたいんですか?」
「えっと、エレナさんの経歴、とか」
「おいくらでしょうー」
「じゃあ金貨四枚で」
「はーい、ありがとうございますー!」
これは別に違法や賄賂ではない。同業者の情報を知りたければ、ギルドへ相応の金額を渡すと教えてくれる。ちなみに渡した金額のいくらかは本人へ渡るシステムだ。
本来、依頼を一緒にやる時に相手の癖や特徴、過去を知っておきたい時ギルドが代わりにある程度教えてくれると言うシステムである。ちなみにこのシステムで俺に金額が支払われた事は一度もない。割とへこむ。
「エレナさんは、元は剣士ですね。数年前からこの街に突然現れて最初は用心棒。そこから魔物討伐や傭兵稼業で設計を立てられるようになりました。達成率はほぼ百パーセント。ですがいつこの街から去ってもおかしくはないので、私達も気がかりなんですよー」
「突然現れた……」
「腕は確かで、しかも美人。彼氏はいないようなのでそこもフリーですねー」
「あの、そこはどうでもいいんですけど……」
「ただこの街に来る以前の過去は一切が不明です。どうやらその事をギルドにも伝えようとはされません。余程隠したい過去があるのでしょう。まぁ、私達には大した問題じゃないですからねぇ」
「……一切が不明」
あれほどの剣の腕を持っておいて、過去が不明。あり得ない、俺も何人かの人達と依頼を協働してきて、多くの戦士を見て来たがその中でも彼女は一際抜けている。
どうやらかなりの訳ありらしい。
「それに決して、黒い事をしていた訳ではないようです。犯罪歴があれば私達に通知が行きますからね。そこは安心してください。あの方は素晴らしい人ですよ」
ますます分からない。
王国の関係者なのは間違いないんだろうけど。だったらどうして彼女はフリーになって、この街にいるんだろう。
「ありがとうございました、これはおまけで銀貨も」
「やたー! ヴァンさん、話が分かるー! じゃあ、私からもおまけで、エレナさんのスリーサイズは私目線で上から」
「あ、そういうのはいいんで」
でも悪い人じゃないのは確かだし、俺を色眼鏡で見てくる人でもない。なら今はそれでいい。
またいつものように剣を振るう。
エレナさんの剣にもある程度目が慣れた。
「っ!」
流れようとする彼女の剣を抑えつけるように、剣をぶつける。
最初はいとも容易く剣を弾かれていたのが、今や打ち合いが成立する程にまで成長した。
これは彼女の教えの賜物だろう。
「せいっ!」
「!」
剣がぶつかり合って、同時に距離を取る。
立ち合いの時間を示す砂時計を見る。もうそれは砂が完全に落ち切っている事を示していた。
「……どんどん強くなるのね、貴方は」
「ご指導のおかげです」
さらに打ち合う。
彼女から与えられる修行の成果は、確実に形となって出ていた。特に剣を振る時の感覚が違う。
以前は剣に振られていたのが、今は自分でしっかりと剣を振れていると言う感覚があった。
「……今日はここまでにしましょう。しばらくずっと同じ事を続けているわ。これ以上やると体を壊す可能性がある」
「え、まだやれるんですけど……」
「だから、まだやれる内に止めておくの。引き際を考えておくのも大事な事よ」
剣を鞘に納める。
確かにここ数日、ずっと剣の鍛錬だ。思っていたより体に来るかもしれない。
マギラや師匠の時の修業とは違う、全く異なる部分を意識するモノだ。剣の振り方、握り方、さらには意識の集中のさせ方など。
空を見ると夜明けの光が差し込んでいた。
「日が昇ったわね」
「ですね、夜明けを見るのにも慣れました」
「朝食で酒場に行きましょう。あそこは一日中開いてるから。私が奢ってあげる」
「え、剣まで見て貰ってるのに……」
「いいでしょ、ここまで来たんだから貴方も付き合いなさい」
彼女の後をついていく。
ギルドの酒場は本当に一日中開いていて、席には一晩飲み明かしていたであろう客が酔い潰れていた。
適当な席へ座る。料理を注文して、来るのを待つ。
……改めてみるとエレナさん、本当に綺麗だな。
「……私は、第二隊長よ」
「え」
「私は元々、王国騎士団の第二隊長を務めていたの。だから貴方の事をある程度は噂で知っていた。
予想通り、それは全部根も葉もないただの尾ひれだったけど」
「王国騎士団の……!?」
確か師匠がそんな事を言っていたような気がする。
王国騎士団――そこの隊長ともなると人類最強格と称される。
それがどうして――喉まで出掛かった言葉を飲み込む。それ程の人物が素性を隠してこの街にいるという事は、聞くべきじゃないと思ったからだ。
「……不思議ね、貴方の事だから突っ込んで聞いてくると思ったわ」
「いや、喉の此処にまだ残ってますよ。……ただ、言いたくなさそうだなぁって思ったんで」
「……そう?」
「剣をそんな人に教えて貰ってる。その事実の方が俺には大事ですから」
俺の言葉にエレナさんは目を丸くした。
珍しい、彼女のこんな反応を見れるなんて。
「ホント、噂と違うわね貴方。何で家を出た訳?」
「いえ、その、色々事情があって……」
「なら私も聞かないでおくわ、お礼よ」
私はいつも悪夢を見る。かつてこの身が経験した凄惨な有様を。
王国騎士団の隊長――人類最強と謡われながら、何一つ果たせなかった光景を。
人類の大災害とも呼べる存在を前に、王国騎士団でも史上最強と言われる騎士達を率いて私は討伐に向かった。
けれど、そんな私に待ち受けていたのは地獄と言う名の現実だった。
『弱い』
仲間が殺された。瞬殺だった。
『温い』
仲間が殺された。見向きもされなかった。
たった腕の一振りで、足を振るうだけで次々と騎士達が死んでいく。まるで時の砂のように、流れるように命が消えていく。
そこには屍の山があった。剣も槍も鎧も全てが砕け散っている。
私の部隊が、全員呆気なく殺された。皆が、今まで共に生きて来た者達が、皆例外なく。あれほどの訓練を、座学を積み重ねてきた仲間たちが、皆。
『あ』
圧倒的と言わんばかりの実力差があった。
何かが折れる音がした。何かが砕けるような音がした。
恐怖に歯が震える。死ぬ、殺される――。
心が、精神が膝を着いてしまった。
『……折れたか、ならば貴様は戦士ではない。ましてや女だ、興味もない。国へ帰るがいい』
残されたのは、肩書だけの女。
生き残ってしまった抜け殻。恐怖に屈してしまったどうしようもない人間。
だから私は国を捨てた。国を捨てて、もう残りの人生なんてどうでもいいと言わんばかりに傭兵稼業に身を染めて――。
「っ!! ……もういいっ!」
汗だくの体で飛び起きた。いつもそうだ。私はいつもそんな夢を見ている。
震える息を、胸を抑えつけるようにして整えた。
あぁ、そうだ。私の部隊はもういない。皆が災厄に、あの男に殺された。
もう戻ってくる事は無い。私も、私の人生も。
あれは戦いではない、虐殺だ。地獄を名乗るのであれば、まさしくそれが相応しいと言わんばかりの光景だった。
「……そっか、今依頼で離れてるんだっけ」
何やらお金が足りないとの事で、彼は急遽依頼を受けてくると言って街を離れている。
だから今日は剣術を見なくていいのだ。
それにどこか寂しさを覚える。彼の剣を見ている間だけ、私は悪夢から逃れられるから。
「……」
そんな彼を思い出す。
ヴァン・カーハイン――最初は余りの杜撰な剣術に見ていられなくて。口に出してしまったら、そこから奇妙な縁が始まった。
最初はどうせ怯えて逃げていくだろうと思った。かつての私のように、現実を前に心が折れるのだと。だってそれが人間だって、私は知ってしまったから。
でも彼は、何一つ文句を言わずにやり遂げた。
鍛錬が軽い訳ではない。その証拠として息も切れているし汗だって滝のように滴り落ちている。
でも眉一つ動かさず。ただただ私の言う課題をこなすのだ。何の疑いもせず、何の迷いもせず。
「……貴方達が生きてたら、何て言うのかしら」
『隊長』
かつての、騎士達の声が今も耳から離れない。こびりついて消える事は無い。
彼らは何というのだろうか。今の私の有様を見て。かつての栄華など見る影もない今の私を。
騎士を捨て、国を捨てて、最後は己の人生まで捨てて。挙句の果てに、私は死に場所を探している。このどうしようもない生涯を終えられる場所を。
その筈、だった。
「ヴァン……」
灰色だったはずの人生。もう何にも興味を示さないと思っていたのに。
気づけば一筋の小さな光が差し込んでいた。
それはまるで月明かりのように。温かい光となって、私を照らしてくれた。
「そういえば、何であの子が戦うのかまだ聞けてないわね」
余程の理由がある筈だ。見返したい相手がいるのか、それとも。
……彼の将来が、少しだけ楽しみだ。
ますます、あの子は強くなっている。筋がいいと言うよりも、見て吸収する能力が高い。
あの調子なら王国騎士に入る事だって夢じゃないだろう。何なら隊長の座だって狙えるに違いない。
「……私は」
思わず自分がそんな未来を考えてしまっている事に気付いて、両膝を抱える。
私は一体、どうしたいのだろう。
剣の刃先同士が激突する。刀身は跳ね上がって、それでもお互い剣を放さない。
「しっ!」
「甘いっ!」
そこから流れるように剣戟に持ち込む。力は緩めない。
エレナさんの剣は早く正確でさらに鋭い。気を抜けば、間違いなく殺される。
さらには一度の瞬きで三度の斬撃が飛んでくるのだから、一瞬の隙も許されない。息をする事でさえ、やっとだと思う。
でも、そんな人に出会えて、ここまで面倒を見て貰っている俺は間違いなく幸福だ。
だから俺は――俺は必ずウェルナスを――。
「ここまで。これ以上は殺し合いになるわ」
「……はい」
どっと力が抜ける。そのまま床へ倒れ込んだ。
「さらに強くなってるわね……。今の貴方がもし王国にいたら、スカウトされるでしょうね」
「してはくれないんですね」
「……色々事情があるのよ。それでヴァン」
「はい?」
「そろそろ話してくれない? 貴方が何故、そこまで強さを求めるのか」
エレナさんの瞳は至って真剣だった。
その眼差しが、嘘は許さないと告げていた。
「……そういえば話してなかったですね。笑われるかと思って、言わないようにしてるんですよ」
「笑わないわよ」
「俺は……倒したい奴がいるんです。そいつを倒さないと死んでしまう子がいて」
「……倒したい奴って、まさか」
「――ウェルナス」
瞬間、エレナさんの瞳が固まったようにこちらを見た。
「今、なんて」
「ウェルナスです。俺はアイツに挑みます」
「…………――そう、なのね」
「エレナさん?」
「今日はここまで終わりよ」
踵を返して彼女は去っていく。
……あぁ、そういう事か。
過去を語りたがらない事、王国騎士団と言う立場から去った事、そして今の反応。
「……言わない方が、良かったかなぁ」
でもお世話になった人に、嘘はつきたくないのだ。
それがどんな結果をもたらすのだとしても。
「……ですよね、師匠」
剣を目の前に翳して、輝く星を見上げた。
あれからエレナさんは姿を消した。剣術の修行を見てくれる相手はいなくなった。
それから数日して。
ギルドで依頼を受けようとした際に、受付嬢から声を掛けられる。
「ヴァンさんー、指名依頼が来てますよー!」
「指名依頼?」
「はい、指定の時刻に来てくださいとのことです。なんですかねこれ」
「いや、俺に聞かれても」
依頼書を見る。
まるで決闘状みたいだな、これ……。
指定されたのは、ここからそう遠くはないとある森の中。
目的地へ向かうまでに、そんなに時間はかからなかった。
――森の中に開かれた広場。指定場所はそこだ。けれど誰もいない。
“罠か?”
ごくまれに、本当に稀に。ギルドの管理をすり抜けて山賊などが報復で偽装依頼を出してくることがあるのだ。
俺はまだ当たった事無いが、同業者が何人か遭遇していると聞く。あるのは数年に一度のペースだとか。
「……でも見晴らしが良すぎる」
奇襲をかけるには余りも広すぎた。視界も開けているし、これなら多人数でも何とかなる。
これは一体――。
「本当に、時間通り来たのね」
聞き覚えのある声と足音で振り返る。
そこにいたのは一人の騎士だった。以前までとは感じる圧力が違う。
「エレナ、さん……? 依頼者って……、それにその鎧」
「えぇ、私よ。そこは間違いない。……これは私の鎧。本来私はこれを着て死ぬ筈だったの。
――ヴァン、今から殺し合いをしなさい私と」
「……え?」
「どちらかが死ぬまで、お互い剣を振り続けるの。分かりやすいでしょ?」
「ちょっと待ってください、何でいきなり……!」
瞬間、強い殺意が叩き込まれる。
来る。間違いなく、彼女は本気だ。
「王国騎士団第二隊長、エレナ・シューハウト参る」
「あぁ、クソッ!」
手加減出来る程の相手じゃない。やるしか無い。
躊躇いなく、剣を振るう。
今の私の腕は、かつての全盛期に再び届いている。
この数日の間で改めて徹底的に自分を鍛え直した。だって私は、貴方を前にすると剣を握られずにはいられない。貴方を前にすると、私は私のままじゃいられない。
「ヴァン! 守ってばかりじゃ何も変わらないわよ!」
本来なら私は死んでいる筈だった。あの時、あの瞬間災厄に殺されている筈だった。他の者達と同様に。
それなのに、私だけが生き残ってしまった。見逃された――。副隊長も部下も皆、私の騎士達は誰一人例外なく、殺されたと言うのに。
現実から逃げるように王国から出て、フリーの根無し草の傭兵として残りの人生を捨てるように生きていた。何もかもの出来事から目を逸らすようにして。そうしてどこかで野垂れ死ぬと思っていた。何もかもから逃げ出したのだから。
ずっと闇の中にいるような感覚だった。もがくのもやめて、流れに何もかも身を任せていた。
“でも、私は出会ってしまった。貴方に、貴方と言う光に”
数多に煌く剣戟の中で彼を見る。吹きすさぶ剣の嵐。我流で粗かった筈の剣筋は、見違えるほどに繊細だった。
ヴァン――ヴァン・カーハイン。とある王国の貴族の息子。
その瞳はまだ揺れている。迷っているのだと分かる。
まだ少年の目だ。私の知る騎士の瞳ではない。本物の戦場を、地獄を見た者の瞳ではない。だから私がなるのだ。彼の地獄に。
きっと彼の先には数々の困難が待ち受けるだろう。それに折れてしまわないように。負けてしまわないように。
「優しさは捨てなさい! それでは災厄を超えられない!」
“貴方は、美しい人。この傍で、ずっと近くで永遠であって欲しいと思う程に”
「私の部隊は全滅した! あの男に一切、剣を届かす事が出来ずに!」
“だからあの災厄に負ける程度の腕だと言うのなら、今ここで私が斬る”
「貴方がもしウェルナスに挑むと言うのなら! ここで私を斬りなさい!」
凄まじい剣戟の応酬。あぁ、ここまで。こんな領域にまで育ってくれていたなんて。
私には過ぎた時間だ。腐っていた筈の人生には余りにも眩い。
この光を、あの災厄なんかに消されると言うのならいっそ私が――。
でも、この時間を終わりたくない。永劫に続いていて欲しい、貴方とずっと斬り合っていたい。あぁ、そうだ私を見ろ。私だけを見てくれ。私には貴方だけいればいい。
「エレナァッ!」
「超えて行きなさい! 私を!」
隙が見えた。そこを狙う。
ありったけの殺意を叩きつけて、その空隙を捉える。
けれど既に彼は、私の上を行っていた。
「――っっぁぁぁぁぁッ!!!」
決着は余りにも一瞬過ぎた。
体に走る冷たく鋭い感覚。それから体に溢れる熱い何か。
斬られた。間違いなく致命傷に至っている。
躊躇いなく振るわれた剣。命を奪う刃。あぁ、あの時本来私もこうなる筈だったのに。
不思議と痛みは無い。この剣を打った鍛冶師はかなりの名匠だろう。
それに、彼に殺されると言うのも悪くない。
「――」
地面に倒れる私の体を、彼が支えた。その泣きそうな瞳が私を見る。
優しい人――殺されかけたと言うのに、それでもまだ私にそんな感情を向けてくれるなんて。
涙が流れる頬に手を伸ばす。
「そんな、顔、しないで。私が、決めた、こと」
思っていた通り、噂なんて全く当てにならない。
ヴァン・カーハイン――死に向かって生きる事を決めた人。流星のように短い人生を生きると決意した人。私にとって貴方の光は眩しすぎたのだ。
この身も心も、何もかもが焼かれてしまう程に。
「これで、よかったのよ……」
力が入らなくなっていく。視界が朧気になっていく。
彼の顔が解けていく。
――誰かが重なる。あれは、あの人影は。彼らは。
あぁ、そうか。
『隊長』
みんながそこにいた。ずっとまっていてくれたのね。
いま、わたしもそっちにいくから。
『隊長』
もう私は大丈夫。心残りは無くなったから。
ありがとう、ヴァン。
貴方は、貴方の願いを果たしなさい。
行ってらっしゃい。
ええ皆、見てる? しっかり目を逸らさないで。私がみっちり仕込んだ弟子が戦っているんだから。凄いでしょう。
ほら、瞬きも禁止。食い入るように見つめなさい。
私なんか見ていないで戦いを見るのよ。何、頬がニヤけている? 眼を突くわよアンタ。
あそこを見て、あそこで貴方達を殺した男と戦っている少年。嵐の中で傷つきながら、何度も死にかけながら、それでも膝を着かず、立ち続けて災厄に挑む者。
きっとあれからたくさんの出来事を経験してきたのね。剣の腕も瞳も、もうすっかり一人前の騎士になっている。
ええ、そうなの。――彼が、私の光よ。