推しの為に死ぬ話。 作:ざるそば
決してきっと多分私がエルデンリングのDLCに忙しいからとかではありません。
1つ目 魔女からは逃げられない。
「……ふぅん、今はそこにいるの。まぁ、納得だわ。治安もそこそこ、観光名所にも溢れているもの」
館の一室、普段は立ち入り禁止にしている場所。そこでマギラは足を組みながら、千里眼の魔術を利用して彼の旅路を見つめていた。不在にしている間は、彼女にとっていつもの日課であった。
まるで映画のスクリーンのように映し出される彼の姿に、小さく息を吐く。
黒いローブのスリットから見える脚は艶かしく見る者を虜にするほどの色気を放っていた。
「さて、今日はどんな旅をするのかしら」
彼の成長を見届けるのも師である自分の務めだと思っているからである。大層な二つ名で呼ばれた過去があると言うのに、すっかりほだされたものだと我ながら思う。
でもそうなってしまったものは、なってしまったのだから仕方ない。
――そんな優雅な姿は、ある光景を見た瞬間全てが粉微塵となり、風に吹かれて消えた。
「あ、この女、粉かけてるわね……! 塩撒けェ塩! 私の彼に色目を使うなぁ!」
ペッペッ、と言わんばかりにそう告げる彼女。向ける対象は彼と親しく話をする受付嬢である。
ちなみに受付嬢にそんな感情は一切無い。仕事をきっちり行う人物として見られているだけである。要するに彼女の思い込みだった。対人経験の少ない彼女である。要するに単純な人物であった。
「くそぅ、プライドが無かったら呪い殺してたかもしれない……! えぇ、そうよヴァン。他の女の誘いなんて断りなさい……!」
ぐぬぬ、と言わんばかりに歯噛みする。
この場所から呪い殺そうと思えば簡単に出来るのだが、さすがにそれは大人気ないからやらないだけである。
実は睡眠薬を利用されてヴァンが荷物を盗まれそうになった時があるのだが、その時はきっちり干渉した。具体的に言うと相手の恐怖心を最大限まで引き上げて発狂させた。他にもヴァンが呪い殺されそうになった時は彼女が直接干渉して、そのまま呪詛返しまでお見舞いしてやったのである。
魔術に関してはある程度の知識は持っていても、使えない以上心配なモノは心配だ。故に彼が旅をしている間は二十四時間見守っている。
でもあの時、元王国騎士団隊長であった女や彼に心配される病の少女がいた時は嫉妬に胸を搔き乱したものだ。いつ盗られるものかとヒヤヒヤした。
普段彼の前で見せる姿はクールで知的な人物を意識しているが、彼の目がいなくなった途端に独占欲丸出しの残念な人物に成り下がっているのが、彼女である。
とうとうガリガリと爪まで噛みだした。
「私の目が黒い内は他の女になんか渡すものかぁ……!」
魔王軍幹部マギラ。かつては人から恐れられ、自ら人を見下げ人の世から離れた場所で暮らす彼女。魔女は今日も元気である。
2つ目 井戸端推し会議
「……まさかあの世に行ったら伝説の刀匠と、人工生命体になんてモノに会うなんてね。あの子ってばホント出会いに溢れていたのね」
「お前さんがアイツに勝負を挑んだ時はヒヤヒヤしたぜ」
「全くです、私のマスターを何だと思っているのですか」
「は? 私が剣を教えた弟子なんだけど」
「あ?」
「あ?」
「初っ端から落ち着けよ、お前ら。剣をしまえ、構えを解け」
威嚇し合う猫の声が聞こえてきそうな程お互いに睨みを利かす二人に、彼は溜息を吐きながら手で制した。
さすがにあの世でも殺し合いを眺めるなんて御免である。
「むっ、マスターの師に言われるとなると……」
「あの子の師の言葉なら、まぁ……」
「そういう所まで似てるのかよ」
何でアイツはこういう連中ばかりに目を付けられるんだと、彼は再び溜息を吐いた。人の美醜に関して然程、審美を区別する目は無いが、それでも彼はよく言えば普通の部類に入るだろう。
大体顔が良ければ出会う前の道中で奴隷として売り飛ばされていた筈である。
本当にか細い運命の糸を辿って来たのだと思う。
「……まぁ、なんだ。俺から言えばお前ら二人には感謝してるよ。剣は打ってやれても、肝心の部分はド素人だからな俺は。そこだけは俺にはどうしようもなかった」
「何を仰りますか、マスターの精神はきっと貴方が育てたモノ。それが無ければ私は彼と出会えなかった筈です」
「そうよ、騎士団の実力者でも悲鳴を上げるぐらいキツい訓練させたのに、眉一つ動かさずやり遂げるんだから。
あの諦めない根性、私は好きよ」
「はぁ、私はマスターの心臓そのものになりましたが?」
「へぇ、私は彼に斬られて、古い傷になったけれど?」
「あ?」
「あ?」
「だから落ち着け、お前ら。剣を抜くな、構えるんじゃねぇ」
とうとう突進の構えに入る猛牛のような雰囲気を漂わせる二人に、彼は三度目の溜息を吐いた。
例えあの世でも最強と名高い王国騎士団隊長と前文明時代の人工生命体が激突なんて事態になれば、死者でさえ顔を青くするだろう。
「お前ら、もし仮にアイツを悪名で呼んでくるヤツがいたらどうするんだ」
「ぶち殺します」
「ぶち殺すけど」
何でそういう時は呼吸が合うんだ、と言わんばかりに彼は両肩を下ろす。
もう殺し合いにならねェならそれでいいかと思ってしまう。そのままお互い、彼の自慢をノーガードで殴り合うように話す二人を遠目から眺めた。もうどうにでもなれ、と言わんばかりに。
「お前、なんだかんだで愛されてんだなぁ……」
「当然ですが?」
「当然だけど?」
「だから怖ェよ」
3つ目 のんびりと
「……釣れないなぁ」
「釣れませんね」
ナルディアと二人で釣りに出ていた。
と言うのも、今回の依頼はこの地域で釣れる魚を納品して欲しいと言う依頼である。ギルドに回すぐらいなら、漁業関係者に頼めばいいのではないかと思ったが依頼として出されているのだからしょうがない。
それに受けたのは珍しく乗り気なのはナルディアだ。
「……」
「……」
ぼんやりと目の前の海を眺める。光が海面から反射して、青々と輝いていた。
背後からは街行く人たちの声が聞こえてくる。
もう座り始めてから何時間経ったんだろうか。じわりと額を汗が伝った。
「と言うかこれ、俺達がやる事なのか? 普通に漁師達がやる事なんじゃ……」
「受けてしまった以上やるしかありますまい。投げ出しては信用責任に関わりますから」
「ホントかなぁ……」
ツンツンと試しに釣り竿で海面をつついてみる。
釣れる訳ないんだろうけど、それでもどこか時間を持て余してる感じがした。
「基本貴方が受ける依頼は討伐が多いのは知っています。ですが、こういうおつかいのような依頼も大事な事ですよ。
腕を上げる事に専念していると忘れられがちですがね」
「……それは確かにそうだけど」
「……おっと、来ましたねこれは」
お先に、と言って慣れた竿捌きで魚を一匹釣り上げるナルディア。
本当に王様なのか疑うぐらい、俗世に染まってる気がする。
「こう見えても一人旅は慣れているので、一通りは出来るのですよ」
「何で考えてる事が分かるんだ」
「貴方の考えは分かりやすいですから」
笑ってそんな事を言われると、何も言い返す気にならない。
きっと彼に何を言ったって、右から左に受け流されるだろう。彼との付き合いも長いから、そういう人物だという事は何となく分かる。
「……釣れないなぁ」
「餌がバレているのかもしれません。仕掛け直してみるのも良いのでは?」
「そんなもんか……あ、本当に食われてる」
つけておいた餌が、針に触れないようにして綺麗に食べられていた。
どうやら魚の方が一枚上手だったようらしい。鱗だけにってか、喧しい。
はぁ、と溜息を吐いて空を見上げた。
その様子に見ていたナルディアは小さく笑う。
「残念でしたね。……ですが、たまにはこういう一時を過ごすのも人生には良い事です。適度な無駄を、私は楽しみだと思っています」
「なんか意外だ。ナルディアって結構、仕事寄りな方の人間だと思ってたから」
「それは少し買いかぶりですよ。私だって一日中、横になっていたいと思う日ぐらいあります」
「マジか」
「それに、貴方との人生の記憶を戦いだけのモノになどしたくはありませんからね。こういう一時があったのだと振り返る時には。そんな、青空でも眺めているような思い出が必要なのです」
ナルディアが言うならそれもそうか、と思いながら餌を付ける。
そういえば師匠やマギラとはこういう事をした記憶は無い。……あぁ、いや師匠と鍛冶の仕事を手伝うのが好きだったか。
あの鉄を打つ一時は、忘れられないなと思う。
「……忘れたくない思い出ばかりだけどなぁ」
泣きそうな声で、そう呟いていた。誰にでもあるような、心穏やかな一時がどこかと言うのならそれはずっと傍にある。何度だってそう言える程に、俺の人生は間違いなく恵まれているのだと。
結局魚は釣れなかった。
4つ目 それは在り得ざる――
「……あら」
ふと自分がうたた寝している事に気が付いた。
珍しい事もあるものだ。私には眠る必要が無い。だから意識を失うなんて事は無い筈なのに。
……彼の戦いが、あの日が過ぎてからまるで私の日々は抜け殻のようになった。ただ館に籠っては彼との日々を、その残影を思い出す毎日へとなっていた。
「物思いに更けすぎていたかしら」
見慣れた館の景色。
……だけど、どうしてか違和感がある。
こんなに私の部屋は、整っていただろうか。まるで彼が生きていたころのような――。
「まだ寝てたんですか? なんだか、らしくないですね」
「――え」
ひょい、と顔を出してきた彼に意識が空白を覚える。
そんな、在り得ない。だってあの時、彼は。確かに――。
「なんだ、寝ぼけてたのかお前らしくもねぇな魔女」
「ふむ……どうやら疲れているようです。きっと彼女なりの考えがあるのでしょう」
「で、ヴァン。そろそろ剣術稽古の時間でしょ。アンタも早く準備しなさいな」
何で、そんな。だって貴方達は皆――。
「……嘘」
「何言ってるんですか、ほら食事冷めますよ」
「だって、貴方は……ウェルナスと戦って……」
「ウェルナスならイヴやエレナさんと協力して倒したじゃないですか。貰った欠片も最大限に使って、師匠の武器全部使い切って。そりゃもう激戦に次ぐ死闘でしたけど」
「……」
人類の大災害――数など意味を為さない相手に、そんな事が。
――本当に、そうなのだろうか。
もしかすると今まで私が見ていたモノは夢だったのだろうか。
「……本当に?」
でも今の私には何かが足りていない。私は知っている大切な何かを見失っている。
あった筈のものを、無くしてしまっている。
「じゃあ先に剣術修業と行きましょうか」
「うぇっ」
「うぇっ、じゃないわよ。アンタの人生はこれからも続くんだし、出来る事はやっておいた方がいいに決まってるじゃない」
「それなら白兵の訓練にしましょう。マスター、それがきっといいです。そうしましょう」
「は? 私が先なんですけど?」
「は? 決めるのはマスターですが?」
「落ち着け、お前ら。こんなところでおっぱじめようとすんじゃねェ、テメェも止めねェか」
「あの、二人とも落ち着いて貰って」
「アンタはどっちにするの?」
「マスターはどっちにするんですか?」
「ヒェッ」
「……ダメだな、この具合は」
私はそこでようやく、いつも身に付けていた筈のものが無いと気が付いた。彼が私にくれたたった一つの贈り物。
……あぁ、優しすぎるこの光景は。
本来ならば少年は、何も為せずに死ぬ筈だった。
本来ならば男は、自分の生涯に意味を見出す事が出来なかった。
本来ならば生命体は、誰にも見つかる事無く永遠に眠り続けていた。
本来ならば剣士は、失意から逃れる事が出来ずその果てに自ら命を絶った。
けれど運命は確かに変わった。たった一つの意志が全てを変えた。そうして彼らは皆、自分の人生を誰かの為に費やす事を選んだ。誰かの為に死ぬ道を進んだ。もしそんな彼らに、自分の未来があったのだとしたらそれはきっと――。
「……マギラさん?」
「えぇ、そうよね。これはきっと、貴方が見せてくれた光景。もしもなんてあり得ない。だって貴方達は皆、その光を希望だと信じて自分の人生を燃やし尽くした。
――自分の幸福を、誰かに捧げた。その光は今も確かに、未来へ続いている」
託される願い。繋がれる希望。この未来が良きものであるように、ときっと誰もが思っている。
貴方達の生き方は、誰かの運命を確かに変えた。そしてその運命は同じように誰かの未来を変えていく。
撒かれた種はやがて芽を出し、いつの日か花開くだろう。
それはこの世界が終わるまで永遠にある私には出来ない事だ。空の星に消えていった思い出を抱きしめる事しか出来ない。
「大丈夫よ、ヴァン。忘れないわ、貴方の事は。私が貴方を、貴方達を覚えている。この世界で、何があっても」
「……」
「だって、貴方は自分の歩んだ道を、その決意を私にくれたでしょう」
あの日、彼がくれた一本の短剣。短くも輝く刀身はまるで彼の歩んできた人生そのものを象徴するようで。
何の飾り気も無い、けれど強く頑丈にと打たれた刃。
――貴方と私を繋ぐ、たった一つの縁。私が私である理由の一つ。
「……ありがとう、ヴァン。見守っていくわ、私はこの世界を。貴方達が紡いだ先の光景を。
大丈夫、未来はまだ何も分からないけれど。それでも貴方達が変えたモノは今も尚残っている。
だからもう、眠りなさい。私なら大丈夫よ」
「……そっか」
景色が消えていく。
皆が笑いながら白い光の中へ溶けてゆく。そうだ、彼らは自分の生涯に満足して消えていった。自分の終わりを、笑って迎えられたのだ。
「ありがとうございました、マギラさん。貴方のおかげで俺は本懐を遂げられた。その事にただ感謝の念を」
「……未練はそれぐらい?」
「はい、後は……あの世で師匠達と話そうと思います。その後の話を。たくさんあるんですよ、様々な景色を見たからそれこそ、数えきれないぐらいの思い出が」
「そう、なら長い時間になりそうね。……行ってきなさいヴァン」
「はい、行ってきます」
そうして彼は、何度も見た表情で眩い光の中に笑いながら――。
目を開く。
……やはり何か願望を、夢見ていたようだ。あり得ざる光景を。決して訪れる筈の無い未来を。私は無意識に魔術を使ってしまっていたらしい。
「……それは夢。いえ、きっと幻覚よ。だって彼らは選んだもの」
自分の腰に彼の短剣が差してある事に気付いて、ここが現実なのだと思い知る。
……でもそれでも、先ほどの光景は嘘ではない。私は確かに彼らと話した。そして彼らを見送った。
「館、随分と広くなっちゃったわね」
彼がいた頃を思い出す。
騒がしく慌ただしくも、決して退屈ではなかった宝物のような日々を。
「……」
きっと私が、それ以上のモノと出会える事は無いだろう。
彼が次の世代へ残した種を、見届ける事しか出来ない。でもきっと、私の役割はそれでいい。
貴方達が遺したモノを私は見守る。そうしてまたきっと、誰かが自分の人生の意味を見つけるのでしょう。
貴方達が教えてくれた。
きっと世界は、そんな事の繰り返しで出来ているのだと。
「さて、掃除しましょうか」
そして今日も私は独り、館で日々を過ごすのだ。
けれど退屈ではない。苦痛だとも思わない。
だって貴方と、運命と出会えたから。
「……おやすみなさい」
そんな彼らが今もきっと笑っている事を願って。
私は短剣をそっと撫でた。